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第四十四話:泥の巨塔、三好の野望

天文六年 十月 / 西暦一五三七年 十月

視点:三好 長慶

飯盛山の山頂にそびえ立つ、見たこともない灰色の巨塔を私は見上げていた。三郎殿が「コンクリート」と呼ぶあの泥は、乾けば石を凌ぐ硬度を持ち、火を寄せ付けぬ鉄壁の肌を見せている。だが、私を真に戦慄させているのは、城の堅牢さそのものではない。木箱の上に座り、短い脚を揺らしながら「資材の搬入が三日遅れている。北摂の派閥が石灰を止めているね? 無駄な抵抗だよ、代わりの調達ルートはもう計算済みだ」と淡々と告げる、僅か四歳の稚児の存在そのものだ。彼の前には、複雑な線と数字が書き込まれた「工程管理図」が広げられている。三郎殿は刀を振るわず、ただ筆一本で、三好家の中に巣食う旧態依然とした利権構造を次々と解体していった。

三好家中には、三郎殿の台頭を快く思わぬ者も多い。叔父の康長に近い一派は、石灰の納入を遅らせることで工事を停滞させ、三郎殿の権威を失墜させようと画策した。だが、三郎殿が打った手は、武力による粛清ではなく「効率」による排除だった。彼らから買うのをやめ、周辺の村々に直接「石灰の焼き方」を教えることで、より安く安定した調達ルートを構築してしまったのだ。三郎殿の言葉通り、古い利権に固執した一派は販路を失い、血を流すこともなく自滅した。かつて小売りの現場で培ったのであろう「数字」への執着と、無駄を削ぎ落とす冷徹な合理性は、この乱世において何よりも鋭い刃となっている。

今や、三好家の兵たちは三郎殿が設計した「冬でも暖かい石の兵舎」を、職人たちは三郎殿が考案した「滑車を用いた重機」を、民たちは三郎殿が架けた「壊れぬ橋」を、命の綱として頼っている。家中も領民も、気づけば三郎殿の技術なしでは一日も立ち行かぬほどに、その知恵に依存していた。私自身も例外ではない。三郎殿がもたらす圧倒的な「富」と「安全」という果実を知ってしまった以上、もはやそれ以前の戦国には戻れぬのだ。三郎殿に、貴殿は我らをどこへ連れて行くつもりかと問えば、彼は不思議そうに「どこへって……畳の上だよ。みんなが安全に、畳の上で死ねる国を造っているだけ。そのためには、この城みたいな『標準スタンダード』が必要なんだ」と答えた。

畳の上で大往生。そのあまりにささやかで、この乱世においてはあまりに不可能な望みを叶えるために、この幼子は既存の世界をすべて破壊し、灰色の泥で塗り替えていく。私は、三郎殿の小さな背中を見つめながら、固く拳を握った。彼は三好家を天下へと導く神風ではない。三好家そのものを、自らの設計図を動かすための「歯車」へと作り変えようとしているのだ。恐怖はあったが、それ以上の高揚があった。この四歳の公方と共に歩めば、私は歴史上の誰一人として見たことのない、全く新しい景色の頂に立てる。たとえそれが、三郎殿の設計図という名の「檻」の中であったとしても、私はその未来を掴み取るだろう。

【作者より:次話への展望】

第四十四話をお読みいただきありがとうございました。今回は長慶の視点から、三郎の「規格化」と「効率」がいかに中世の組織を内側から変質させていくかを描きました。

次回、第四十五話「羅生門の怪、再び。〜三郎の初陣?〜」

日付は 天文六年 十一月 / 西暦一五三七年 十一月。

視点は再び 主人公・三郎 に戻ります。

飯盛山城の完成を快く思わない幕府側が、ついに実力行使に出ます。三郎の「不燃の城」と「規格化鉄砲」の実戦テストを兼ねた、幕府軍による大規模な包囲網。四歳の公方が初めて戦場(現場)に立つとき、彼は武器ではなく、再び「物理法則」と「リスク管理」を手に取ります。

また、阿波の平島館で「息子がコンクリートで城を建てた」という報告を受け、お茶を吹き出しているであろう父・義維の様子も、折を見て差し込んでいく予定です。お楽しみに!

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