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第二十二話:暗殺者の足音

天文五年 弥生 / 西暦一五三六年 三月

 三郎が提言した「石の街道」の先行工事が、淡路島北端で産声を上げた。だが、文明の利器とも言えるその道が延びるほどに、三郎を取り巻く殺意は濃度を増していた。

 ある夜、勝瑞城の離れで図面を引いていた三郎の元に、柳斎が音もなく現れた。その手には、血に濡れた一本の苦無が握られている。

「若君、今宵で三度目にございます。……細川晴元殿が放ったと思われる、伊賀の者かと」

 三郎は、4歳の短い指に挟んだ筆を止め、深く溜息をついた。

 (……やっぱりか。僕が造る『道』は、三好が京を呑み込むための牙に見える。細川にしてみれば、この芽を早いうちに摘んでおきたいわけだ)

「柳斎先生。……僕の首一つで、この工事が止まると彼らは思っているのかな」

「いえ。彼らが恐れているのは、若君の『首』ではなく、その『頭脳』が生み出す異界のことわりにございます。……若君、もはやここは安全ではありませぬ」

 その時、襖が静かに開き、三好長慶と松永久秀が入ってきた。二人の表情は一様に険しい。

「若君。晴元だけではございませぬ。京の将軍家からも、『三郎を公方様の養子として迎えたい』との内意が届きました」

 長慶が、皮肉な笑みを浮かべて告げる。養子とは名ばかりの、実質的な人質要求だ。三郎を京に引き剥がし、その技術を幕府の管理下に置こうという腹づもりだろう。

「……長慶。君は、僕を京へやるつもり?」

「まさか。お主は三好の、いいえ、この新時代の心臓にございます。……若君、ここは一つ、晴元と将軍家に『石の回答』を叩きつけてやりましょう」

 長慶の言葉を引き継ぐように、久秀が地図の上に黒い石を置いた。それは、阿波と畿内を繋ぐ要衝、和泉いずみの堺を指していた。

「若君。道を作る前に、一つ『絶対に落ちない城』を、海の向こうに築いていただきたい。……三好の拠点を和泉に打ち込み、京の連中が手出しできないほどの威圧感を与えるのです」

 三郎は、4歳の幼い顔を歪めて苦笑した。

 (城、か。石灰と石の技術があれば、既存の木造建築とは次元の違う防壁が造れる。でも、それは同時に、僕がこの戦国乱世の主役として、完全に舞台に引きずり出されることを意味する……)

「……分かった。久秀、長慶。城を造ろう。ただし、それはただの砦じゃない。……大砲の直撃にも耐え、千人が一年籠城しても飢えない、構造計算に基づいた『要塞』だ」

 三郎は白紙の紙に、初めて「城」の断面図を描き始めた。

 それは、中世の日本には存在し得ない、稜堡りょうほう式の星型要塞を思わせる異形の設計図だった。

 4歳の少年の筆が走るたび、古い室町幕府の終焉が刻一刻と近づいていく。

 暗殺者の脅威を、さらなる「構造物」でねじ伏せる。三郎の歩みは、もはや後戻りできない領域へと踏み込んでいた。

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