表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/64

第十話:港湾の計略

天文四年 卯月 / 西暦一五三五年 四月

 阿波の春は、潮の匂いと共にやってきた。

 三郎に提示された次なる課題は、阿波の物流の心臓部「撫養むや」の港の改修であった。ここは堺や京へと繋がる利権の塊であり、三好の機動力を支える重要拠点である。

「若君、ここが撫養にございます。三好家の水軍もここを拠点としておりますが、土砂の堆積が激しく、大船の接岸が叶わぬのが悩みでしてな」

 柳斎が指差す先には、遠浅の海と、不自然に曲がりくねった河口があった。

 三郎は四歳の体で砂浜にしゃがみ込み、波打ち際の砂を掬い上げた。

(沿岸流による漂砂だ。これじゃ、いくら浚渫してもすぐに埋まる。地形そのものを変えて、水の流れで『自動洗浄』させるしかない)

 三郎は、前世で学んだ港湾工学の知識を総動員し、導流堤どうりゅうていの建設を構想した。だが、この巨大工事には現場を仕切る「目」が必要だった。

「……若君。背後に、招かれざる客が来ておりますぞ」

 柳斎の警告と同時に、波打ち際を馬で駆けてくる一団があった。

 先頭に立つのは、父・義維から三郎の「監督役」を命じられた兄・幸若だった。先日の刃傷沙汰の後、父は「兄弟で競い合え」と、執拗に幸若を現場に送り込んでくる。

「三郎! 三好の者たちが、お前の奇妙な『泥遊び』で港が使えなくなるのを恐れているぞ。今日からは、足利の嫡男である私が直接指揮を執る。お前は後ろで見ていろ!」

 幸若は馬から飛び降りると、三郎が測量のために立てていた竹竿を蹴り倒した。その瞳には、弟に手柄を奪われ続ける焦燥感がある。家格の上では対等な兄弟だが、嫡男としてのプライドが彼を突き動かしていた。

「……分かりました、兄上。では、私は端の方で砂遊びをしております」

 三郎はあえて弱々しく頭を下げ、一歩下がった。

 その夜、三郎は一人、柳斎と共に港の地図を見つめていた。

「若君。放置すれば、幸若君は適当な場所に石を投げ入れ、港を完全に潰すでしょうな」

「分かっています。だから……『嘘』を教えます」

 三郎は、あえて幸若が盗み見そうな場所に、一つの図面を置き忘れた。

 それは、港の「最も潮が溜まる場所」を「最高の建設地」として記した、偽の設計図だった。

「もし、兄上が私を追い落としたいなら、この図面を見て『私の案とは違う場所』に堤防を築こうとするはず。そこが、私が本当に狙っている導流堤の正解の場所です」

 三郎は、自分を信じない兄の性格さえも、土木の一部として組み込んだ。

 数日後、幸若は三郎の図面を鼻で笑い、三郎が記したのとは全く逆の場所に、三好から預かった「固まる泥」を投入し始めた。

「見ろ、三郎! お前の計算違いだ! 足利の嫡男たる私が選んだこの場所こそが、龍神の道だ!」

 幸若が勝ち誇ったように叫ぶ。

 三郎は、困ったような顔を演じながら、内心で深く安堵した。

(よし。そこが、流体力学的に最も『砂を押し流す』ポイントだ。ありがとう、兄さん。あなたの『悪意』が、この港を救う一番の動力だよ)

 四歳の少年の計算通り、撫養の港は劇的にその姿を変え始める。

 自らを陥れようとする兄の悪意すら利用する三郎のやり方は、もはや聖童のそれではなく、冷徹な統治者のそれであった。

 だが、その様子を遠目からじっと観察していた男がもう一人いた。

 三好孫次郎の傍らに控える、若き日の松永弾正久秀である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ