新しい一日
五百回振り終えた。
木剣を台に置いた。
息が上がっていた。
汗が首筋を伝う。
「一つ頼んでいいですか」
私が言うと、宗一郎が壁から離れた。
「なんだ」
「打ち合ってください」
宗一郎は少し間を置いた。
「覚醒した後の剣を、確かめたいのか」
「はい」
「昨日は震えていたが」
「今日は止まっています」
宗一郎は木剣を手に取った。構えを作った。
私も構えを作った。
つま先の向き。
重心の位置。
レオンに直された二点が、体に入っていた。
来た。
と思った時には肩を叩かれていた。
躱せなかった。
でも今回は目で捉えることが出来た。
「重心が前に来ている」
「はい」
「前より良くなっている」
「ありがとうございます」
「もう一度」
また一閃。
今度は脇腹を叩かれた。
やはり目では捉えられている。
だが、対処ができない。
それでも、どこで失敗したかがわかった。
「さっきより反応が速くなったな」
「勇者の血が覚醒したからでしょうか」
「それだけじゃない。積み上げてきたものがある」
十回の打ち合い。
最初の九回は、当たらなかった。
十回目、私は迷いなく踏み込んだ。
重心を前に、つま先を外に、体の軸、全てを無意識に整えることができていた。
木剣が、宗一郎の腕をかすめた。
静かだった。
宗一郎が少し動きを止めた。
「当たりましたか」
「当たった」
「初めてですね」
「そうだな」
私は木剣を下げた。
手が、少し震えていた。
今度は怖さからではなかった。
「どう思いましたか」
「どうとは」
「私の剣が、当たって」
宗一郎は少し間を置いた。
「悪くない」
「悪くない、というのは」
「良くなった、ということだ」
私は少し笑いそうになった。
「宗一郎さんにそう言ってもらえると、少し信じられる気がします」
「何を」
「自分が変わったということを」
宗一郎は私を見た。
「変わったな」
「変わりましたか」
「変わった。最初に見た時とは、全然違う」
「最初に見た時、どう思いましたか」
「うるさい子だと思った」
私は少し固まった。
「うるさい、というのは」
「存在が、うるさかった。諦めない、諦め方を知らない、そういううるささだ」
「それは、褒めていますか」
「今は褒めている」
「今は、というのは最初は違いましたか」
「最初は、疲れると思っていた」
「疲れる?」
「そういう人間は、見ていて疲れる。どうしてそこまでできるのかが、わからないから」
私は少し考えた。
「今はわかりますか」
宗一郎は少し間を置いた。
「少しだけだが」
「どのくらいわかりますか」
「完全にはわからない。でも」
宗一郎は空を見た。
「お前を見ていると、わからないことが、悪くないと思えてくる」
私は返す言葉が見つからなかった。
見つからなかったが、胸の中に何かが響いた。
テオが甲高い声で何か言った。
長かった。
嬉しそうだった。
「いいことを言った、と言っていますか」
宗一郎が少し間を置いた。
「腹が減ったと言っている」
「今日は間が短かったですね」
「そうか」
「そうでした。だんだん間が短くなっています」
「気のせいだ」
「気のせいではありません」
テオがまた嬉しそうに光った。
宗一郎がため息をついた。
私は前を向いた。
空が、完全に明るくなっていた。
今日はみんなで菓子屋に行く日だ。
それから、また何かが始まる。
問題は残っている。派閥争いも、魔族のことも、何も解決していない。
でも今日は、まず菓子屋に行く。
それでいい、と私は思った。
「行きましょう」
「どこへ」
「みんなを起こします。菓子屋に行く約束でしたから」
「まだ朝早い」
「シオンさんはもう起きています」
「なぜわかる」
「食堂にいます。きっと」
宗一郎は少し考えた。
「そうかもしれない」
「行きましょう」
「ああ」
テオが肩の上で光った。
私は訓練場を出た。
宗一郎が後に続く。
廊下を並んで歩いた。
足音が二つ、同じ速さで進んだ。
遠くで、シオンの声が聞こえた。
「エレナちゃーん! 起きてる!? 菓子屋行こー!」
食堂の方向だった。
私は少し笑った。
「いつも通りですね」
「そうだな」
「悪くないですか」
宗一郎は少し間を置いた。
「悪くない」
二人は廊下を歩き続けた。
テオが光って、空が明るかった。
今日も、新しい一日が始まる。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
「勇者が二人」はこれで完結となります。
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