第09話 魔導ギア
一夜明け、俺はようやく落ち着くことができた。
昨日の“ホワイト略奪”は、ある意味で大成功だった。
悪徳商隊を襲撃し、契約労働者という名目の奴隷を解放し、そして──いくばくかの物資と金も得ることができた。
今朝、俺は幹部たちを招集していた。
まずはヴィオラから、成果報告を受ける。
「略奪品全部で、ひと月分くらいの運営資金にはなるんじゃないかしら。……宝石や貴金属は換金が必要だけど。そっちのルートは、私に任せて」
そっちのルートが何なのか──怖くて聞けなかった。
まあ、ヴィオラに任せておけば大丈夫だろう。
俺は息をつく。
「とりあえず……これで、当座の資金はできたな」
だが、まだ終わりではない。
ここはむしろ、アクセルを踏むべき局面だ。
俺の目的は、あくまでも討伐フラグの回避。
盗賊被害が王国中央に陳情される展開だけは、絶対に避けなければならない。
だから──今こそ、言うべきだ。
「……というわけで。村から奪った物は、全部、返します」
部屋の空気が、ピシリと張りつめた。
「はあ!?」
頭ひとつ飛び出るような声が、モヒカンから上がった。
当然のリアクションだ。モヒカンだけではない。
鉄仮面のヘッドバンギングがピタリと止まり、和尚すら目を細めている。
だが、俺に引く気はない。
モヒカンがなおも食い下がる。
「いやいや、ボスぅ、それはさすがに──」
俺は手で制した。
「ホワイト改革ってのは、そういうことだ」
いくら極悪集団を更生させたところで、それはあくまで内輪の話だ。
世間の評判を回復させなければ意味がない。
モヒカンは、なおも未練がましく呻いた。
「いやあ……勿体なすぎるわあ……!」
気持ちは分からんでもない。
だが、そもそも困っている村人から奪ったものだ。そこに同情の余地はない。
ここで、伝家の宝刀を抜く。
「でも、お前ら──俺の決定には、従うんだよな?」
沈黙。
モヒカンはシュンとうなだれた。
「……しゃあないなぁ」
和尚は目を閉じて、僅かに頷いた。
鉄仮面は……黙っているのが逆に怖いが、暴れ出す気配はない。たぶん、同意しているのだろう。
ヴィオラは腕を組み、はあ……と軽く息をついてから、頭を振った。
「……まあ、これも言い出しそうな気はしてたけど」
その声には、わずかな苦笑と──ほんの少し、肯定の響きが混じっていた。
やれやれ、といった仕草で肩をすくめると、視線を俺に戻す。
「じゃあ、確認しましょうか。まずは倉庫ね」
***
盗賊団の砦は広い。
俺はヴィオラの先導で、石造りの通路を進んでいく。
しばらく歩いた先、重厚な扉がひときわ存在感を放っていた。
扉の脇には見張りの団員が二人。
俺たちの姿を認めるや、無言でスッと脇に身を引いた。
俺は取っ手に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。
軋む音とともに現れたのは──
うず高く積まれた木箱。
大きな布袋。
中身の知れぬ怪しげな樽。
物資がぎっしりと詰まった空間は、まるで宝の山のようだった。
「……これが、全部?」
ヴィオラは事もなげに言う。
「ええ。まあ、倉庫に収まりきってない分もあるけどね」
(どれだけの量を略奪してるんだよ……そりゃ討伐されるわけだ)
俺は一瞬圧倒されたが、気を取り直してヴィオラに向き直った。
「じゃあ、さっそく検品しようか。棚卸リスト、出して」
「……は?」
ヴィオラがまばたきをした。
「だから、在庫管理票だよ。在庫番号とか、分類とか……ないの?」
「……そんなもの、あるわけないでしょ」
「……まじか、この職場。どこまでブラックだったんだよ……」
俺は深いため息をひとつ吐き、袖をまくった。
「仕方ない。一個ずつ、手作業でやるしかないな……ん?」
俺の目が、ある木箱の隙間から覗く“何か”に止まった。
「これ……なんだ? 銃?」
金属の筐体。グリップ、引き金。妙に禍々しい彫刻が刻まれている。
ファンタジー世界にまったくなじまない代物だ。
俺が銃を手に取り、まじまじと眺めていると──ヴィオラが声をかけてきた。
「それ、魔導ギアよ」
その声音は、まるで禁忌に触れるかのように低かった。
「うまく動けば強力な武器だけど、メンテナンスされてなければ暴発するかもしれないわ。触るならドワーフ商工会で診てもらってからの方がいいわね」
ヴィオラの忠告は聞こえていたが、俺の意識は別のことにとらわれていた。
(……魔導ギア、って……あの?)
──魔導ギアとは。
『銀翼のシャリオ』において、弟ポジの攻略キャラ・魔法剣士リュシアンの専用装備である。
本作では魔法そのものはあまり強くなく、基本は演出要員。だが完凸したリュシアンが装備する魔導ギアは別格だ。
中盤以降の強敵をほぼ無双で突破できるチート級武器。
特に『盗賊団討伐イベント』や『魔王戦』では、事実上の攻略救済装備とされていた。
リュシアンルート以外での入手は不可。これにより一部ルートの難易度は爆発的に跳ね上がり、SNSでは「魔導ギア格差」「銀シャリの闇」として炎上した過去もある──
(盗賊団討伐イベント、マジでク◯ゲーって言われてたし。そりゃ救済手段も欲しくなるよな……)
俺は魔導ギアを手に取り、唸った。
(でも、リュシアンが使ってたのは剣だったよな。いろいろ出す予定だったのか? 新ガチャ実装か?)
俺はヴィオラに尋ねた。
「で、これも略奪品なのか?」
ヴィオラは涼しい顔で答える。
「ああ。闇ルートの横流し品よ。いろいろな伝手があるから」
いろんな伝手……ね。
俺はそれ以上詮索しないことにした。
それにしても。
俺は目の前の銃型ギアをしげしげと眺める。
そこに刻まれた銘──
《爆壊 ― ルインバースト Mk.II》
……ああ、痛いやつだ。
銀シャリの開発陣のセンスなのか、武器名や技名は背中がむず痒くなるものが多い。
あの、リュシアンルートで唐突に出てきて、唐突に光るやつ……!
この銃にも、同じ“匂い”を感じた。
俺はそっと魔導ギアを木箱に戻す。
思考の中で、リュシアンの姿が脳裏をよぎる。
……リュシアン。
可愛い顔立ちのくせに、やたら女性慣れしているんだよな。
天性の年上キラー。お姉さまたち大歓喜。
そして──盗賊団首領の天敵。
(頼む、ゲーム本編がリュシアンルートに突入してませんように……)
アリサとの仲も、最初は姉弟みたいな距離感から始まって、なんやかんやあって急に
「ボク、男として見てくれますか……?」とか言い出す。
──あれだけは勘弁してくれ。
俺は頭を抱え、深いため息をついた。
ホワイト改革の道のりは──まだまだ、前途多難である。




