第03話 夢と理
リスティアは砦に来た当初こそ動転していたが、ティナに会うと落ち着きを取り戻し、ポツリ、ポツリと事情を語ってくれた。
効率化に最適化、ねえ。
言っていることだけを聞けば、俺のいた世界のビジネス論理にも通じるものがあるが──
問題は、エネルギー供給元である精霊の存在を軽んじていることだろう。
「精霊さんをモノみたいに扱うのは許せない!」
リスティアの主張は、もっともだった。
そして、辞表を叩きつけたあと、ティナの気配を精霊に聞いてここまで飛行魔法で来たという。
魔王とゼファスまでいたのは、さすがに想定外だったようだ。
……なぜティナに?
リスティアいわく、「精霊に好かれてる子に、愚痴を聞いてもらいたかった」とのこと。
もう一人、“すっごいホワイト”なのがいるらしいが、そちらとは面識がないという。
……すっごいホワイト、ね。気になる。
***
魔王の次は、賢者の降臨。
砦はふたたび騒然となった。
とくに色めき立ったのは、元ブラック冒険者ギルドA級のセラとミア。
魔法職のあいだでは、どうやらリスティアは“伝説”らしい。
見習い魔法使いのリサまで加わり、三人そろって「リスティア様」呼び。
当の本人も、まんざらでもない様子だった。
なおリサはすっかり二人と打ち解け、どこから調達してきたのか──マリンブルーのセーラー服に衣装チェンジ。
肩上で切りそろえたショートカットが、青春のきらめきを帯びている。
紺ブレの優等生ヒーラー、スカート短かめギャル魔法使い、そして新たに加わったセーラー服の後輩。
──なぜ、この一角だけジャンルが学園ものなんだ?
それはさておき。
リスティアの持つ杖型の魔導ギアは、魔王カンパニーのチーフエンジニア──ライナが特別に開発したカスタムメイド。
五属性同時展開がどうとか。
よくは分からないが、いかにもライナらしいロマン仕様だ。
セラたち“魔法ガールズ”のキラキラした眼差しに気をよくしたリスティアは、
「じゃあ、見せてあげる〜」と披露しかけたのだが──
青ざめたゼファスの剣幕に押されて、あえなく中止。
……そんなにヤバいのか?
とはいえ、リスティアは鉄仮面と和尚に治癒魔法を施してくれた。
二人とも、みるみるうちに回復していく。
「ひとり10万Gね〜」と、笑顔で請求してきたが……。
ともあれ、これで久しぶりに、幹部が全員そろった。
***
「リスティアさん、ありがとうございます」
イケメンが穏やかに礼を言う。
レオンに破壊された仮面は、いまは新調待ちで、鉄仮面は素顔のままだ。
……もう仮面いらないんじゃないかなー。
とも思ったが、あれが無いと落ち着かないらしい。
俺は、復活した二人にもモヒカンと同じ話をして、「王国ホワイト改革」について賛同を得た。
「やはりボスは、われらの予想もつかないことを考えているな……。しかも魔王まで仲間にするとは」
和尚は、しきりに感心した様子でうなずいていた。
そして、俺たちは改めて、これからのことを話し合っていた。
魔導ギアビジネスを立ち上げるのは、悪くないだろう。
ドワーフ商工会という優秀なメーカーもいる。
そして今では、世界最高クラスの契約術師であるリスティアも協力してくれている。
さらに。セラ、ミア、リサの三人はリスティアに弟子入り志願らしく、将来的には契約術師の人材も増えていきそうだ。
だが──問題があるとすれば、それは。
ビジネスモデルの核となる“精霊炉”。それは、魔導ギア運用におけるインフラの要だ。
現代の通信ビジネスに例えるなら、魔導ギアはスマホ。
精霊炉は、電波を飛ばす基地局や、裏で稼働するサーバー群といった“土台のシステム”に相当する。
俺がやりたいのは、単なるモノ売りじゃない。
目指しているのは──サブスクリプション型の収益モデル。
魔導ギアと精霊炉を繋ぎ、稼働に必要なエネルギーも含めて提供する、持続可能なエコシステムだ。
だが──その壁は高かった。
「精霊炉ばかりはな……」
ゼファスが、苦い顔で言う。
「あれだけの高度なシステムを設計・開発できるのは、魔王カンパニーのエンジニアでもごく一握り。
おそらく、ドワーフ商工会でも手が出せまい。彼らのものづくりの腕は確かだが……領分が違う」
そうだよな。
たとえるなら、スマホが作れるからといって、基地局まで作れるわけじゃない。
端末とインフラ。ハードとネットワーク。求められる知識も、思想も違う。
エンジニアか──。
俺は、ライナの顔を思い浮かべていた。
リスティアが仲間になったように、彼女も……という期待が、一瞬よぎる。
だが、ライナの今の夢は“ゴーレム開発”。
それに、邪神カンパニーを離れる理由も、今のところなさそうだった。
……あと一歩、なんだがな。
***
「はあ? 研究開発費がおりない?」
ライナは、あからさまに不機嫌な声で詰め寄った。
相手は──邪神カンパニーの財務担当、エグゼス。
エグゼスは冷静に応じる。
「正確には、“適正な予算配分”です。
魔導ギアの量産設備への投資。原価削減のためのVE。在庫最適化のためのシステム構築──これらにリソースを集中させる、という方針です」
淡々とそう言い切った。
しかし、ライナは不機嫌な顔を崩さない。
「はあ……ネジ1本のコスト削減なんかよりさ、人類の夢やってるんだけど?」
心底うんざりしたように言い放つ。
だがエグゼスは、相変わらずの無表情で淡々と返す。
「原価意識のないエンジニアでは困ります。あなたが開発しているゴーレム──カスタムオーダー品が8割を占めているとか。高額な上に、MOQ購入分の残材除却費用がかさんでいます。汎用品でお願いしたいのですがね。他の魔導ギアと仕様を共通化して、調達品のボリュームディスカウントを……」
「うるっさい!」
ライナは両手で頭を掴み、髪をぐしゃぐしゃにかき乱して叫んだ。
「ゴーレムはね、あともう少しなの! 高額!? だから何よ! 投資分くらい、何倍にもして返してやるっての!」
エグゼスはその言葉にピクリと反応する。
「その、“もう少し”というのはいつですか。言っておきますが、ゴーレム開発そのものを否定しているわけではありません。ただ、いつまでも成果が見えないのでは、予算の継続は難しい。せめて、ロードマップの提示を……」
ライナは声を張り上げた。
「もう少しと言ったら、もう少しなのよ!」
エグゼスは、淡々とした表情を崩さず、ただ小さくため息をついた。
「どうにも話が噛み合いませんな。次世代魔導ギア開発の意義は認めています。技術競争力こそが収益の源泉であるという点に、異論はありません。しかし、予算は無尽蔵ではない。そのあたりのバランスを取っていただきたい。……おかしなことを言っていますか?」
もちろん、ライナにも分かっていた。
精神リンク型魔導ギアは、装着者とギアに宿る疑似人格との適合が不可欠だ。
ユリィのような高適合者の協力を得ていても、安定稼働のためには、まだ解決すべき技術的課題が山ほどあった。
さらに厄介なのは、感情や精神状態といった未知のパラメーターが絡んでくる点だ。
そうなれば、「いつまでに」「どう進める」といった明確なロードマップを描くこと自体が、極めて困難になる。
だが、慎重な評価データの蓄積は、確実に突破口へと繋がっていた。
時間さえあれば──ライナはそう確信していた。
しかし、いつ、という答えは持っていない。
彼の言い分は、確かに理に適っているが、今のライナには、その理が自分とユリィをじわじわと追い詰める刃のように思えた。
だからこそ、冷静ではいられなかった。
一方のエグゼスは、ライナの様子を見て、これ以上の対話は建設的ではないと判断した。
ライナが優秀な研究者かつエンジニアであることに疑いはない。だからこそ、ぶつかって得られるものは少ないと理解していた。
だが、邪神カンパニーという組織は、情よりも理を重んじる。
たとえ冷酷に映ろうと、持続可能な成果を最優先とする姿勢は揺るがない。
それは、善悪ではなく──ひとつの信念に基づく在り方だった。
そして、エグゼスは静かに話を打ちきった。
「とにかく、曖昧な計画では予算を通すことはできません。来週いっぱいまでは待ちますので」
ライナには、何も言い返せなかった。
エグゼスの声が去ったあとの研究室には、冷たい静けさだけが残っていた。
来週末だって?
──ユリィと私の夢は、これからなんだ。
ライナは唇を噛みしめ、震える指で髪をかき乱す。
終わらせない。
絶対に、終わらせてたまるもんか。




