第05話 A級冒険者
「あんたが賞金首? ソコソコ強そうじゃん」
ニヤついた薄ら笑いを浮かべて現れた男に、俺は思わず眉をひそめた。
(誰だよ……こっちはそれどころじゃないってのに)
「……何の用だい、レオン?」
カレンが、苛立ちを隠さない声で言い捨てる。
レオン──そう呼ばれた男は、肩をすくめながら笑みを崩さない。
「何って決まってんだろ? 今、ギルドで一番ホットな話題。“1億”の首さ。
別に、あんただけが狙ってるわけじゃないでしょ?」
その言葉に、カレンの唇が皮肉げに歪む。
「ふぅん。あんたごときがね……無理だね。ケガしないうちに帰んな」
「そりゃあ手厳しい。でもねぇ、俺にもようやく“ツキ”が回ってきたんだよ」
レオンは腰の剣に手を添え、抜くでもなく柄をくるくると弄ぶ。
その仕草だけで、空気にわずかな緊張が走る。
「こんなチャンス、逃す手はないだろ?」
(なんだコイツ……)
ちらとカレンを見ると、彼女は険しい目つきでレオンを睨んでいた。
「……知り合いか?」
「……ああ。こいつらはブラック冒険者ギルドのA級さ。腕も性格も、最悪のやつらだね」
「……A級?」
思わず反応した俺に、レオンは胸を張って言う。
「ご紹介どうも。そう、俺たちは──A級冒険者パ─ティだ」
にこやかに言うその顔には、礼儀のかけらもない。
「よろしくはしなくてもいいぜ。俺が興味あるのは、あんたの首だけだからな」
どこまでも自信満々なその態度に、俺は改めて奴らのパ─ティを見渡す。
屈強な体格の男──前衛、戦士タイプ。
ロ─ブ姿の清楚な女──落ち着いた所作。ヒ─ラ─だろう。
舞台衣装のような派手な女──杖持ち。魔法使い。
そして、銀の鎧に身を包んだレオン。光る歯、妙に“絵になる”立ち姿。
それぞれの役割が一目で分かる構成──
(なるほど。勇戦僧魔とは、古式ゆかしい……)
「今、取り込み中なんだけどね。あんたたちはお呼びじゃないよ」
カレンが冷たく言い放つ。
「まあまあ、見たところ苦戦してるようじゃないか。俺が代わってやろうかってこと」
「……苦戦?」
カレンの笑みが冷たく鋭くなる。
「あんた、ますますバカに磨きがかかってきたようだね」
レオンは肩をすくめるだけで返す。が、その張り付いた笑みが、ふっと消える。
「………まあ、別にいいんだけどな」
低く抑えた声──空気が一変する。
「ブラック冒険者ギルドの心得その一。
“欲しいものは、ぶっ殺してでも奪え”……ってな」
レオンの体から、異様な気配が立ち上る。
ギリ、と剣の柄を握り、抜こうとするその瞬間──
「カレン!」
いつの間にかカレンの隣に現れていたレナが、彼女の腕を掴んだ。
耳元で素早く何かを囁く。
カレンの顔色が変わる。
「……お前、その腰のもの……」
睨みつけるようにレオンを見据える。
「正気か?」
レオンはなおも笑みを浮かべたまま、剣に手を添えながら言う。
「これが何か、分かってるなら話は早いよな?──カレンさん。
さあ、お引き取り願おうか」
“勝っている”という確信が滲み出る声音だった。
カレンの肩がぴくりと動く。今にも飛びかかりそうな気配。
だが──
「……カレン」
レナの手が、そっと彼女の腕を引いた。
カレンは目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……わかってるよ、レナ」
カレンは、キッと俺に向かって一瞥すると、
「こんな奴らにやられるんじゃないよ!」
それだけ言うと、くるりと踵を返し、レナとともに去っていった。
「あれ……?」
何が起きたのか、俺の頭が追いつかない。
レオンは勝ち誇ったように肩をすくめた。
「さすが、物分かりが良くて助かるぜ。俺だってな、金にならない殺しがしたいわけじゃない」
その言葉に込められた冷たさに、ぞくりと背筋が粟立った。
***
陽光が照りつける道を、ふたりの影が並んで進んでいた。
カレンは怒りを押し殺したまま、無言で歩き続ける。
その背を見つめながら、レナがふと立ち止まった。
「……あんな奴ら、カレンの相手じゃない」
ぽつりとこぼした声は、どこか沈んでいる。
「でも──」
視線の先には、遠ざかる銀の鎧の残像。
「あれは……危険。たぶんギルドに新しく届いたやつだよ。あの“魔導ギア”…」
カレンは何も答えない。ただ、拳をぎゅっと握りしめた。
その拳には、まだ振り下ろされなかった闘志が、静かに燃えていた。