第04話 剣を愛し、剣に愛され
俺は、賞金首狩りを名乗る戦士風の女と対峙していた。
背後には、和尚の首に短剣を突きつけた忍び風の少女がいる。
ただ、こちらは今のところ牽制以上の動きを見せる気配はない。
決闘の邪魔さえしなければ、危害は加えない。
──そんなことを言っていた。
盗賊団首領相手に、タイマンを挑むとは。
それだけ、腕に覚えがあるということか。
俺は、あらためて目の前の女を観察した。
身長は180cm近く。女性としてはかなりの長身だ。
全身に無駄な肉はなく、引き締まったシルエット。
おそらく、背中に担いだ大剣を振るうためだろう、上腕から背筋にかけての筋肉が異常に発達している。
まるで猫科の大型獣のような、しなやかで力強い肉体。
狩りに特化したビルドアップ。
自信過剰ではない。
これは──強者の矜持。
サシでの勝負を望むのは、誇りある者の選択だろう。
彼女は俺に鋭い視線を浴びせていたが、盗賊団首領の“圧”を前に、すぐには踏み込めないと見たのか──ふっと眼力を緩めた。
「へぇ……あんた、やっぱり強いね。隙がない」
ぽつりと呟くように言い、
そして背中の大剣に、ゆっくりと手を伸ばした。
「さっきの雑魚じゃ、使うまでもなかったけど──
あんたには、これでいくしかないみたいだ」
俺の背筋に冷たいものが走る。
素手でモヒカンと鉄仮面を軽くいなした相手だ。
その彼女が、いよいよ“本気”を見せるというのか。
ビュンッ──
風を裂く音とともに、大剣がいつの間にか彼女の手に収まっていた。
……あれ?
(どうやって抜いた?)
背中に担いでいた、あのサイズ……常識的に考えて、可動域が足りるはずがない。
だが、それをまるで流れるように抜いてみせた。
(いやいや、そんなことはどうでもいい)
俺は首を振って雑念を振り払った。
「カレン、気をつけて」
後ろから静かな声がかかる。
カレンと呼ばれた女戦士は、大剣をゆっくりと構えた。
「分かってるよ、レナ……」
そのやり取りを聞きながら、俺も構えをとる。
あの大剣のリーチ……おそらく、カレン自身の身長と同じくらい。
間合いは──二メートルはとらないと危険だ。
そんなことを考えていた、そのとき。
ゾッとする殺気が首筋に走る。
反射的に体を仰け反らせた。
次の瞬間──
俺の喉笛があったはずの空間を、剣の軌跡が正確になぞっていた。
開始の合図など、どこにもなかった。
カレンが剣を構えた瞬間……いや、それ以前から“狩り”は始まっていたのだ。
俺は思わず、首筋に手をやる。
……繋がってる、よな?
いまのは、盗賊団首領の反射神経じゃなきゃ、確実に──
冗談でも何でもなく、この女は本気で──
(いや、ウソだろ!!)
こいつは、やばい。
心拍数が、一気にレッドゾーンを振り切る。
破滅エンドを避けるために動いてきたはずなのに、
突然あらわれた賞金首狩りにキルされるなんて──!
どうする? 逃げるか?
この体なら、逃げに徹すれば……あるいは……!
──カレンの初太刀をかわしてから、まだ数秒も経っていない。
俺の脳内は、フル稼働していた。
だが、
その思考を切り裂いたのは、耳慣れた関西弁だった。
「ボスぅぅう! いてこませやぁぁあ!!」
……なんて汚い応援だ。
俺は思わず、苦笑いを浮かべた。
しかし、少し冷静になり、さっきまでの自問自答が頭の中で再生される。
逃げる、だって?
俺だけ我が身可愛さに?
たしかに、この世界に転生したばかりの頃なら、そうしていただろう。
極悪集団なんて知ったことじゃない。自分の安全が何より第一。
──だけど、今は違う。
こいつらや、ティナの前で“ホワイトな盗賊団を作る”って、大見得を切っただろうが。
……逃げてんじゃねえよ。
アイツみたいに。
脳裏に浮かんだのは、クソ上司の顔だった。
いつも威張るだけ威張って、いざとなると責任は部下に丸投げ。
あいつの尻ぬぐいで、何度涙を飲んだことか。
俺が上だったら、絶対に部下を見捨てない。
──あのとき、そんな思いで唇を噛んでいたんじゃなかったか?
逃げたら、あいつと同じってことだ。
俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして、モヒカンに向かって、グッと親指を突き立てる。
……転生前の俺なら、カレン相手に瞬殺されるのがオチ。
だが、今のこの体は──“盗賊団首領”のものだ。
このフィジカルに、賭けるしかない。
剣を構え直すカレンに、俺は真っ向から向き合った。
そして、今度は──こちらから踏み込む。
唸りを上げて迫る大剣の袈裟斬りを紙一重でかわし、
懐に入り込んで、ボディにカウンターを叩き込む。
が、それを膝で蹴り上げてガードするカレン。
腕に激しい衝撃が走る。
だが、ここで引いてはならない。
考えている暇などない。
何が起きているのか自分でも理解が追いつかないような、そんな攻防のスピードだ。
余計なノイズは、邪魔になるだけ。
二度、三度と打ち合ううちに──
カレンの剣は、俺の首元を何度も掠めた。
それを皮一枚でかわしながら、俺の拳も彼女の胴や肩をいくつか捉え、鈍い衝撃となって返ってくる。
最初のうちは歓声を上げていたモヒカンや鉄仮面も、
いつの間にか声を呑み──
息をすることすら忘れて、戦いを見守っていた。
「ハッ、やるね! さすが“1億”。そうこなくちゃ面白くない」
カレンは、言葉どおり楽しげに剣を振る。
その一撃一撃が、まるで急所を狙いすましたかのように鋭い。
(クソッ、このバトルマニアめ……)
盗賊団首領の体は問題ない。
だが、紙一重の命のやり取りに、俺の神経が限界を迎えそうだった。
攻防の隙を突き、俺はバックステップで距離を取る。
やはり、強い……。
完凸リュシアンやクラリスにも、遜色ないレベルだ。
魔王にだって勝てるんじゃないか?
そんな思考を巡らせていると、カレンは剣を軽く肩に担ぎ、その場で伸びをしながら飄々と口にした。
「ん〜、ようやく体が温まってきたかな。
それじゃ、第2ラウンドといこうか!」
……呆れたタフネスだ。
こっちはそれなりのダメージを入れたつもりだったんだが。
化け物かよ……。
──仕方ない。
とことん、やるしかないのか。
と、思ったその時。
「おー。やってるやってる」
不意に、まったく別の方向から声が飛んできた。
反射的に俺とカレンはそちらへ視線を向ける。
そこにいたのは、若い男女の四人組。
そのうちの一人、銀色の鎧を纏った男が、ニヤリと口角を上げて一歩前へ出た。
「あんたが賞金首? ソコソコ強そうだな」
気取った口ぶりに、張り付いた薄ら笑い。
場の空気が一気に濁る。
「なにしに来たんだい? レオン」
カレンが眉をひそめ、あからさまに嫌悪をにじませた声で尋ねる。
だが、レオンと呼ばれた男は、彼女をちらりと一瞥しただけで──応えなかった。
レオンの張り付いた薄ら笑いが、徐々に戦場を支配していた。




