転入一月目 蜜柑-10
逃げる俺達と追う蜜柑の距離はチューブ通路一つ分くらいか。走るのではなく無重力ブロックを泳いで移動している。最初の踏み込みが一番大事であるが、二十人弱の男子全員がうまく移動できているとは言い難い。何人かは遅れてしまう。
レーザーブレードを構えた蜜柑が最後尾に迫ってきた。
一人欠けても勝てる見込みがなくなるため援護が必要だ。
「ほーら、蜜柑の大好きなスプーンだぞ」
「斬ッ!!」
牽制のために投げたスプーンがレーザーブレードにより両断されてしまった。おお、怖い。
「超高度AIでありながらまったく無駄な事に時間を費やしてしまいました。全部、あなた方の所為です」
「弟子入りしてきたのはそっちのはずだ」
「黙りなさい!」
一番後ろにいた長門君の手を引っ張り急がせる。
「日向、援護だ!」
「くらえ、スプーン!」
「こんなモノ。こんなモノッ!!」
日向の投擲したスプーンを蜜柑は簡単に両断してしまう。無重力でも巧みな剣さばきに思わず拍手を送ってしまった。
「人類共め。他の超高度AIが言う通り、お前達は排除されるべきだった。こんなオママゴトに付き合う必要なんて最初からなかったのに!」
閉めたばかりの扉が両断されてしまった。あまり足止めにはなっていない。
足止めするためにはレーザーブレードで斬れないものを投げなければならないが、強固な扉さえ両断する得物にどうやって対抗する。
「上野、備後。いいぞ、離せ!」
先行していた大和達が三人で協力して運んできたのは、無骨な金属柱だ。無重力であっても質量の大きい物質は初動に運動エネルギーを必要とするため、三人がかりでようやく投擲できたらしい。
金属柱は、以前に日向が取った超硬合金の切れ端だ。
目を見開いた蜜柑は逡巡した後、後退して金属柱を避けた。
「逃げたな、蜜柑。お前は挑む事を諦めたのか」
「ッ! 黙ってください。『凶弾』という脅威から救われた側のあなた方に糾弾される筋合いはありません!」
「理不尽な事を言っていないか?」
「言ってはいけませんか! 考える機械は感情に従っては駄目だと!」
何を言っても聞いてもらえそうにないな、これ。特に論破しようとも考えていないので問題はない。俺達は行動で示そう。
殿を務めた俺が道場に到達して、男子全員が逃げ延びた。
その後、多少遅れてというか、自ら袋小路に入った男子生徒を急いで追う必要のなくなった蜜柑がゆっくりと入室してくる。
「ここは道場だ。竹刀か木刀に変えたらどうだ?」
「斬られるのが怖くなりましたか。今更です」
威嚇のためかビュンビュンと光の刃が空を斬る。
レーザーブレードでぶつ切りにするつもりらしい。切断性能は高いが、物理剣に変えなかったのであればそれが蜜柑の敗因だ。
「フォーメーションA!」
竹刀を持った選出五人を前衛に、サポートが周囲を固める。一人の女子生徒に対して御大層な布陣であるが、武器を持った超高度AIに対しては人類の圧倒的な不利。
俺が先陣を切って確殺範囲に踏み込む。
「学習能力のない」
目で追う事のできない速度でレーザー刃が俺の胴を両断してしまう。
「そっちはワンパターンだな」
……が、胴を斬られたはずの俺が構わず走り続けて、練習し続けていた上段からの振り下ろしをお見舞いした。
悔しくも避けられてしまったものの、俺はニヤりと笑う。これまで一歩も動かなかった蜜柑を回避させてやった。剣道でなければガッツポーズで喜んでいる。
俺とは対照的に、蜜柑は酷く驚いた表情だ。
「どうして、斬れていないのですか!?」
種明かしは両断された学生服だけが脱げ落ちて暴かれる。腹の位置に固定された鉄のプレートがしっかり見える。
「それはっ」
「超硬合金を加工したチョッキだ」
竹刀の先を蜜柑に向けて突きを放つ。
蜜柑はレーザーブレードで竹刀を輪切りにしてくるが……残念。
「竹刀にもコーティングをっ」
レーザーブレードは優秀な武器なのだろうが欠点がある。物理剣と異なって受け止められない。斬れなかった俺の竹刀は直進して、蜜柑の耳を掠めた。
「小細工程度で、いい気にならないでっ!」
「武蔵! ダンス開始、ワン、ツー!」
覚えたダンスに従ってバックステップしたところ、首があった場所をレーザーブレードが空振りしていった。
「スイッチ。ワン、ツー、スリー、フォー」
後ろにいた日向と交代して次の立ち位置に移動。日向の突きも回避されてしまったが、同時に跳び出した大和の竹刀の先がレーザーブレードの柄を弾く。
「読まれている?! どうして」
「事前の未来予測から誤差なし。だけど、リズムは崩さない。ワン、ツー、スリー、フォー」
一番後方にいる讃岐が取るリズムに合わせて俺達は動く。
「超能力を使われている!? 卑怯な――」
“シリアルナンバーXXYより、シリアルナンバーXXX宛
それは観測誤認ですよ。彼等は今、超能力を使っていません。事前の練習では遠慮なく使っていましたが、そんなのは練習器具の範疇でしょう”
「ッ! 生徒会長っ」
二十人弱による機動的な攻撃を継続する。未来位置へと先回りした者がウレタン刀や竹刀を振り、避けられてからの反撃を更に未来位置に移動していた者達がコーティング刀で防ぐ。直後に入れ替わりしたチームが更に攻撃だ。
動きを止められない蜜柑は汗をかく。息が切れ始める。
レーザーブレードのもう一つの欠点が露見し始めたか。どう見たって、エネルギー消費量が激しい。あんな小さな柄の蓄電量など高が知れている。電力供給元は蜜柑本人だ。
竜髭菜とて百メートル走の繰り返しで体力を消耗していた。蜜柑のスタミナ切れは近い。
“シリアルナンバーXXYより、シリアルナンバーXXX宛
未来視によって見た今の貴女の動きを完璧に覚えて、対応した。なんて非効率なやり方なのでしょうか。完全な舐めプです。超高度AIが人類に合わせるのではなく、人類が超高度AIに合わせてきている。それを反則と言いますか?”
“シリアルナンバーXXXより、シリアルナンバーXXY宛
今忙しいので黙っていてもらえませんでしょうか!”
“シリアルナンバーXXYより、シリアルナンバーXXX宛
貴女は言いましたよね。人間が超高度AIに勝つのは不可能だと。その不可能が、可能に変わりますよ”
「だから、黙ってと!」
明らかにレーザーブレードの光量が減少した。出力不足により刃の長さは半分未満になっていく。
ついに壁際にまで蜜柑を追い込んだぞ。
汗でオレンジ色の髪が頬に張り付いた蜜柑が、迫る俺を凝視した。
「一本、取ったぞッ!!」
「しまッ」
蜜柑に大きな隙が出来た瞬間に、小手打ちを決めた。
手から離れたために発振を停止したレーザーブレードの柄が転がる。
「……勝った。勝ったぞっ、男子全員の勝利だ!」
「……嘘、負けた? 超高度AIの私が、人類に??」




