転入一月目 蜜柑-9
ワンパターンなスプーン曲げと素振りの日々で一週間。
特に目ぼしいニュースはなく更に一週間。
「がんばれー、がんばれー」
「無花果も飽きないな」
「頑張っている学生を応援するのも楽しいものですよ」
前向きな超高度AIもいる一方、少々気がかりなのが目と目の間に皺を浮かべながらスプーンを擦り続けている超高度AI。
スプーンだけではなく、用意された色々な金属を日向が実演で曲げてみせているものの、超能力解明の道は遠いらしい。
「……分子構造そのものが変わっている……もしかすると原子配列も……強い力か、弱い力か……本当にメタ量子が……」
ぶつぶつ呟いているのでそっとしておくとして、男子生徒の修行については多少変化があった。
二十人弱を三グループに分けて、Aグループはこれまで通り朝から晩まで素振り、Bグループは座禅しながらの瞑想、Cグループはダンスレッスンのような事をしている。
チアリーダーのポンポンを置いた無花果が何故か不審顔を俺に向けた。
「……剣道、飽きましたか?」
「違う違う。対蜜柑の修行だぞ」
「瞑想までは理解できますが、ダンスレッスンはどういう意味が?」
「三秒経ったらそこでターン。後ろと交代して、はいステップ」
まだ盆踊りな動きしかできていない。改善が必要だ。
「きちんとした理由はあるが、女子生徒に手の内を明かすつもりはないな」
「私は公平な生徒会長ですよ」
「なら、星道学園が何を隠しているのか教えてくれ」
「特優先S級秘匿事項です」
何が公平だ、こん畜生な超高度AIめ。
「いえ、男子生徒が公平過ぎると思います。……実のところ、超能力を使えば今の時点でも蜜柑に勝てるのではないのでしょうか? いえ、戦う必要性さえないのでは」
「それだと本当に意味がない。無理に対して挑戦する事に意味がある」
「超能力は貴方達の個性ですよね。足の速い個性を持つ者がランナーとして秀でる。勉学に強い者が学者となって称賛される。決して反則ではないと私は思うのですが」
「……不覚にも、無花果を見直してしまった」
「えっへん。何せ生徒会長ですから」
全面的に無花果に賛同するものの、問題は蜜柑がどう思うかである。超能力で圧勝してしまっても彼女を納得させられなければ意味がない。
「おい、武蔵! だべっていないでお前も修行しろよな」
大和に呼ばれてしまったので俺も剣の素振りに参加だ。
一心不乱に剣を振る。頑張っているが、それだけで剣豪になれるはずがない。
そもそも、超高度AIの実体が実現する超反応、超速度に対応できると思っているのが間違いなのだろう。
一秒を数千枚にコマ割りして動きを捉える事のできるカメラと演算速度を有する超高度AIにとって、人間の動きなど止まっているのも同じだ。もっと単純な機構の機械とのアイスホッケーゲームにさえ、人類は半世紀以上前に勝てなくなってしまっている。ゲームにおいて、“COM”と名付けられた無人の相手は、人類の自尊心を崩さないように接待を続けているのである。
「……蜜柑が堪えられなくなるまで、二週間くらいです」
公平な生徒会長が当人に聞こえないように伝えてきた。
「修行は間に合いますか?」
「余裕だっ。はっ、やっ!」
蜜柑の顔つきが日に日に陰った。
日向のサイコキネシスを目撃した時の艶は薄れていき、以前までと同じ腐ったミカンに変わっていく。いや、以前と比べてもより悪いか。独り言もなくなり、俺達と目を合わせなくなり、食堂や道場にも出てこなくなった。
「出てこないって意味だと他の女子生徒も同じだけどな」
「私は毎日出席です」
無花果いわく、引き籠ってサイコキネシスの解析に集中しているとの事であるが、進捗を聞いたところ首を横に振られてしまった。
密告を受けていた二週間までもう少し。
男子生徒の方は相変わらずであるが、随分と体が締まってきたな。部活動に所属していない俺の体にも筋肉が現れ始めている。最低限の動きはこなせるだろう。
「野郎共、総仕上げといくぞ」
「おーッ!」
「グオグオ」
「ぎゃーぎゃー」
人語を失った輩も混じっている気がする。まあ、成人前の人間の男子なんてそんなものか。
Xデーがいつ来ても問題のないように構えて待っていたが、その日が到来したのは一日後の午後だ。
久しぶりに道場に現れた蜜柑の足元にスプーンが落とされた。まさか、ねじ切る事に成功したのかと思えば、そんな事はない。まったく曲がっていないスプーンが捨てられただけだ。
「――結論は最初から出ていたというのに。無駄な時間でした。やはり、無駄な挑戦でした。私達のすべてが無駄でしたね」
一方的に結論だけを告げて蜜柑は道場から去ってしまう。絶望している癖に律儀な奴である。
「野郎共。今晩、リベンジだ」
チューブ通路の先を通るのは一か月ぶりになる。星道学園での理不尽な生活にも慣れてきたものだ。今では考えずとも感覚だけで無重力を移動できてしまう。
扉を何枚も超えて以前のあの場所、照明の落とされたエアロックへと到達した。
ボスエリアである。ここにレーザーブレードを装備した野蛮な女子生徒が控えているはずだが――、
「――いたな。律儀なだけでなく勤勉な奴だよな。なぁ、蜜柑!」
――門番のごとく、宇宙船の外へと通じる重厚な扉の前で蜜柑は鎮座していた。彼女の手元より、レーザー光が伸びていく。
光源に乏しい倉庫のごとき広々としてうすら寒いエアロックにおいて、女子生徒の姿が幽鬼のごとく浮かび上がった。
「知能が足りないというのは幸せな事です。不可能に挑戦する事にさえ、意義を感じられるのですから」
「皮肉のつもりか?」
「羨望ですよ。どう転んでも私達は人間のように盲目ではいられませんので」
いや、どう考えても嫌味にしか聞こえない。
「大人しく今日を過ごしていれば、無駄に働く事もなかったでしょうが。いいですよ、付き合いますよ。バカ騒ぎでの終幕というのもコメディーとして悪くありません。笑って終わるのも、笑われて終わるのも似たようなものでしょうから」
「引き籠っていた癖に、おしゃべりな奴だな」
「焦らなくても、すぐに斬ってあげますよ」
蜜柑がレーザーブレードを構えた。見た目以上に長い間合いに踏み込んだ途端に、体を両断してくる必殺剣がくる。
「よし、作戦通り全員撤退だ! 道場まで後退するぞっ」
という訳で、百八十度回頭した俺達は尻を向けて逃げ出した。
「…………は?」
「実力差ある癖に待ち戦法してんじゃねーぞ。しかも無重力だぞ。等速移動で突っ込んで勝てるものか」
逃げ出した俺達を一瞬、追いかけようとしたものの、頭を振って冷静になる蜜柑。
「来ないのであれば追う必要はありませ――」
「追いかけてこないのかよ、マンドリン」
「蜜柑ッ。楽器ではありません!」
蜜柑の腰が少し浮かぶ。叩けば鳴る玩具みたいで面白いな。
「ゾンビミカンちゃーん。どうしたのー。ゾンビだからヨチヨチ歩きでちゅかー?」
「マンダリン。マイダリン。マイダーリン。ふむ、いい響きだっちゃ」
「俺達が結婚して男の子が生まれたら八朔、女の子なら紅マドンナと名付けよう」
「野郎共ブッころしてやるッ」
面白がった男子が素で挑発した結果、蜜柑は動き始める。
超高度AIの剣豪VS.一般男子生徒共の戦いの火蓋が切られた。




