金狼
「アルっ、お前どうして帰って来なかったんだっ!
陛下が何度も帰国せよと伝書を送ったはずだろ?!
エリーはお前を信じてずっと待ってたんだぞ?!」
「ちょっと待てっ!俺はずっと帰りたいと伝書を送っていたのに、帰国を許可しなかったのは陛下のほうだろう?!」
「馬鹿なことを言うなっ!父上はお前が死土から無事に帰ったと聞いた時から、できる限り早くお前を返してくれと東の国に伝書を送り続けていたんだっ!
その度に返ってくるのはお前が帰りたく…ない…と…、
アル…今何と言った?お前は帰ると伝書を?」
「俺のほうがききたい。ジーク、陛下は俺を返すように言っていたのか?」
「ああ、月に何度も伝書を送っていた」
「………」
俺たちの間に沈黙が流れる。どういうことだ?まさか伝書がすり替えられていた?
一国の王の伝書だぞ?そんなことがあるのか?
だが…
「だが、これで俺は国に…、エリーの元へ帰れる。
ジーク、エリーは元気でいるか?体を壊してはいないか?」
ジークの手を放してそう尋ねると、ジークの顔ははっきりとわかるほどに強張った。
ドクンっ、と心臓が跳ねる。
嫌な予感が頭を過ぎる―
ジークの肩をつかみその目を見つめる。
「ジーク、どうした?
エリーがどうかしたのかっ?」
「エリーは……っ…」
「エリーに何があったっ?!」
肩を掴む手に力を込めると、微かに眉を歪めたジークが絞り出すように言った。
「エリーは…っ死んだ」
その言葉に、一瞬で目の前が真っ暗になった―
「嘘だろう…?
ジーク…たちの悪い冗談はやめてくれ…」
身体中から力が抜けていく…
自然とジークの肩を掴んでいた手が落ちる。
ジークは一度俺から顔を背けた後、真っ直ぐに目を見てもう一度言った…
「アル、エリーは死んだ。…七日前のことだ」
何か言おうと口を開き…、そのままとまる。
エリーが死んだ?…そんなわけはない。俺たちはずっと共にいようと誓ったんだ。
頭の中は否定の言葉で埋め尽くされているのに、やっと口から出た言葉はジークの言葉を受け止めていた。
「原因は?怪我か?病気か?」
「…医師は…、難産で失血が多かったことが一番の原因だと言っていた。…もともと人より少ない体力が、ここ数ヶ月更に減っていたことも大きいと…」
「……難産…?」
「アル、エリーは二十日前に男の子を産んだ。金の髪に黒い瞳の…っ、とても元気な赤子をっ」
「赤子…」
「お前を連れ帰るまで葬式は待ってもらっている。もうこの国とは話はついている。魔導師も連れて来た、帰るぞっアルっ!」
「……ああ……」
帰るんだ、俺は…やっと…
背後であの子どもの声がした。
「死んだってマジ?ヤッバ〜」
もう何も考えられない俺はそれを聞き流した―
ジークの連れてきた王宮魔導師達にる数回の転移で、俺はエリーの待つ屋敷に辿り着いた。
玄関で俺を出迎えたのは俺とエリーの両親と執事やメイド達…
泣き叫ぶ母と義母。ジークのように殴りかかってきた父はジークが止めた。
皆それぞれに俺に何かを言っていたが、何一つ聞こえてはこなかった。
真っ直ぐに俺たちの寝室に足を運ぶ―
エリーは体調が悪い時は玄関で俺を出迎えることができなかった。そんな時は、俺は真っ直ぐに寝室へと向かう。扉を開けると、ベッドに寝たままでも必ず笑顔でエリーは言ってくれるのだ。
『お帰りなさい、アル様』
俺の心を捉えて離さないその笑顔で、その声で…
そう、この扉を開けば…
寝室の扉を開けるとエリーはいた。ベッドの上に横たわって…
ベッドに近づき、その上に腰を落とす。その頬に手を添えて、毎朝していた目覚めのキスをする。
「ただいま、エリー。
随分遅くなってしまってすまなかった。
約束通り帰ってきたよ、さぁ、いつものように笑顔を見せてくれ。
おかえりと…言って…?エリー…マイラブ…」
額に、瞼に、頬に、鼻に、唇に…、どれだけキスを落としてもエリーは目覚めなかった。
…しばらくして、部屋にジークや親達が入ってきていたことに気づいた。
母が見たことのない赤子を抱いている。あれがエリーの産んだ赤子…
俺の視線に気づいた母が目の前まで赤子を連れてくる。目の前まで来ると俺に向かって赤子を差出「抱いてあげなさい」と言った。
だが、俺はどうしても赤子を抱く気が起らなかった。一向に手を伸ばさない俺に、母は訝しげに首を傾げた。
母たちから目をそらしエリーと見つめていると、部屋にいた者たちがざわめいていく。
ジークが困惑気味に俺に駆け寄り肩を掴んできた。
「アル?お前どうしたんだ?
この子はお前たちの子だぞ?わかっているか?」
「わかっているさ。いいからそれを連れてみんな出て行ってくれ。
俺とエリーの邪魔をしないでくれ」
ジークの腕を振り払いながら言うと、振り払った腕で俺の腕をつかみ、ジークが俺をベッドから立たせた。
「アルっ、いくらエリーが死んで辛いからと言って自分の子をそれとはなんて言い草だ!
あの子はエリーが命がけで産んだ子なんだぞっ!!」
「…」
「これからはエリーの分までお前が愛し、守り、育てていかなきゃいけない大事な子だろ?!」
「…」
「アルフレッドっ!」
「うるさいっ!!」
叫んだ瞬間魔力が膨れ上がるのを感じた。その魔力はそのままジークへと向かい、その衝撃でジークが壁まで吹飛び壁に激突する。両親たちがジークに駆け寄る。
それがきっかけになったのか、部屋中に俺の体から漏れ出した魔力が充満していく。その魔力は、いつもの体になじんだものとは明らかに異質なものだ。このままにしていてはいけないというのはすぐに分かった。だが、気持ちはそう思っていても、実際に行動することはなかった。
これを放っておけば…俺もエリーと共に眠ることができるんじゃないか?
それはとても魅力的なことだと思った。だが、俺が両親やジークを巻き込んだらエリーは悲しむだろう…、そう思い、ジークを守るように固まる皆に顔を向ける。
「ジーク、父上達と使用人を連れてこの屋敷を出ろ。このままではこの場は魔力に喰われるだろう。
…俺はエリーと共に眠る」
親たちが息をのむ音が聞こえ、ジークが震えながらも立ち上がる。
口腔を切ったのか、それとも内臓でも痛めたのか、その口の端からは血が流れている。
「悪かったな、ジーク」
「アル…、お前本気か?お前が後を追うのをエリーが喜ぶとでも思っているのか?」
「エリーなら喜ぶことはないかもな」
「わかっているならっ」
「それでもっ!それでも…俺はエリーのいない世界を生きていく気はない」
「エリーがいなくともお前にはまだこの子がいるだろう?!」
母の腕の中でこんな時にも寝ている赤子を指差すジーク。一瞬その姿を認めるも、またベッドに腰を下ろしエリーを見つめる。
「エリーの命と引き換えに生まれた子など…、愛せるわけがないだろう…?
憎むことならあれど、愛することなど無理だ…」
「それがあなたの結論ですか?がっかりですね」
「?!」
いきなりベッドの横に現れたのは真っ白なロープをかぶった魔導師だった。
顔の半分をフードで隠しているが、その声で男だということは分かる。
見たことのないその魔導師が片手をあげて軽く振ると、部屋に充満していた魔力が消えた。
「とりあえず皆さんはこの部屋から出てもらえますか?この人とは私が話します。」
「でも…」
「大丈夫ですから、私たち2人だけにしてください」
渋るジークを抱えて両親たちは部屋から出て行った。
あれほどの魔力の澱みを一瞬で消すとは…、こいつ、ただの魔導師じゃない。その気持ちを隠さずに魔導師を睨むと、魔導師はまた片手を上にあげた。その手の中に光の粒が集まり、白い光の球ができていく。
「アルフレッド様とは初めてお会いしますね、私はエリー様に就いていた魔導師です。
エリー様には飽きるほどアルフレッド様の話をされていたのですが、どうやら聞いていた方とは違うようで…とても残念です」
「…だからなんだ」
「そうですね。私としてはもう結論を出してもいいと思っているのですが、それではあまりにも彼女が気の毒なので…
アルフレッド様、エリー様がなぜお子を産んだかお分かりですか?」
「なぜ?…子ができたから産んだんだろ」
俺の言葉に魔導師の口元が歪んだのが見えた。
「子ができても、彼女には堕胎という選択もできたのですよ。現に皆それを勧めました。
周囲は皆彼女の体のことは知っていましたし、あなたを心配して体を壊すこともありましたからね。
親にも医師にも止められたのに彼女は産むと言ってきかなかった。
…彼女の言葉を、あなたも聞くといい」
魔導師がそう言った瞬間、その手にあった光がより強く発光した。
そして聞こえてきたのは、…エリーの声だった。
『アル様と約束をしたのです。精一杯生きると。立派なお役目を果たして帰ってくるアル様を出迎えるためにも、私も諦めずにいたい。精一杯生きた証明が、アル様との子ならこんなに素晴らしいことはないでしょう?
私とアル様の子、男の子でも女の子でもきっと可愛い。アル様もきっと喜んでくれると信じています。
それにね、みんなして私がこの子を産んだら死ぬみたいなこというけど、そんなことわからないでしょう?私はこの子とアル様とずっと一緒に生きていくんです』
数か月前に旅立ってから聞きたくてたまらなかったその声…
何も言わず横たわったままのエリーの体を抱きしめ、キスを落とす。
「エリー…」
『この時の彼女の笑顔は美しかった。
永く生きているが、あんなにも儚く…それ以上に力強い母の顔を見たのは初めてだった』
魔導師の声と口調が変わる。薄々感じていた疑問が確信に変わった。
エリーの声には続きがあった。
『こんな夜更けに呼んでしまってごめんなさいね。明日では間に合わなくなってしまうかと思うの…
こんなお願い…あなたにとても迷惑をかけてしまうと思うけど、どうしても…、どうしても私はアル様との約束を守りたい…、だから私に時間を頂戴?アル様が帰ってくるまで…』
『彼女の願いはそなたの腕の中で眠ること。我はその願いを叶えると約束した。
そのため、彼女の生が終わる瞬間に時を止めた。再び時を動かせば5分と持たないだろうが…、それでもいいかと尋ねると、それでもいいと彼女が望んだ。
だが、止めた時を動かすことに条件を付けた。
彼女が我との賭けで勝ったならという条件を』
「賭けだと?」
『賭けの内容はそなただ。
…そなたがこの屋敷に戻り、彼女の訃報を知ってなお、子を愛し、守り育てるか。
結果は我の勝ちのようだ。残念だ』
「エリーは、俺がエリーの命を食らって産まれた子を愛すると?…そんなことできるわけないだろう!」
『だが、彼女はそう信じた。
…なぜ愛せない?そなたが心から愛したものが、精一杯生きた証を。
そなたを想いながら十月もの間…弱った体で必死に守ったそなたとの愛の証を』
「…」
魔導師の言っていることはわかる。俺だってエリーが元気でいたなら子の誕生を喜んだだろう。
…俺は子よりも…、誰よりも…エリー…君だけが大事なんだ…君だけが…
だが、君との最後の時間の為なら…
「愛する…、愛せるように…努力する…、だから彼女の時を動かしてくれ…
俺たちに時間をくれ…」
『人は嘘をつく生き物だ。そなたのその言葉が本心とは思えん』
「今すぐには無理だ。でも、努力する。だからっ」
『…いいだろう』
その言葉をきき、腕の中のエリーを強く抱きしめた。
そして、俺の中で確信している事を尋ねた。
「お前は死土に現れた男女の片割れだな?」
『否』
その言葉と共に魔導師の姿が歪む。はっきりとその姿を認めるのが難しくなったと思った次のとき、魔導師の立っていた場所に一匹の狼がいた。
普通の狼の倍はあるだろう大きさに、金色の瞳と毛。
その額には小さな円と、それを囲むように6つの小さな三角の印があった。
「否というのは?あれはお前じゃないのか?」
『我は使い。主から見届けを申し付かったもの』
「見届け?」
『そうだ。…我のことはいいだろう。彼女の時を動かすぞ、時間は短い、後悔をしないようにな』
金狼がいうなりエリーの体を暖かく柔らかな光が包む。その体を抱く腕をさらに強くしたとき、微かにエリーの口から吐息が漏れた。
「エリーっ、俺だっ、わかるかっ?」
「あ…ル様…?」
震える瞼がゆっくりと開いていく。完全に開いた瞳で俺を認めると、その目には見る見るうちに涙があふれていく。
たまらずその涙を唇で吸い取る。
「エリー遅くなってしまってすまない。待っていてくれてありがとう」
「あ…る…様、お、かえ、りな…さい…」
「ああ、ただいま」
俺の言葉にエリーは嬉しそうに微笑んだ。離れてから会いたくて会いたくてたまらなかった。その笑顔に。
「あるさ…ま、あの子に…は、会われ…ましたか?
とて…も、可愛い…子なのです…、アル様と…同じ瞳の…」
「っ、すまない。まだ寝ているのを見ただけなんだ」
「あの子は…アル様のこと…が、だ、い好きなんです…
産まれる…前から…、わたしが…アル様、の、はなし…を…すると…おなかをける…の…
いつも…げん…きに…、それが…とても…うれしくて…」
その言葉で唐突に理解した。エリーが…なかなか帰らない俺に対する不安をはらい、信じ続けるための強い心を持てたのは、きっとあの子の存在があったからだと…
俺は、あの子にエリーを支えてくれたことに感謝するならまだしも、憎む権利などないのだと…
エリーの頬に手を添える。さっきまではなかったその温もりが愛おしい。
「俺の子だ。俺よりもエリーのことを愛していると思うよ。
もちろん、誰よりも君を愛しているのは俺だがな」
「ふふ…。アル様…あの子…のことを、おねがい…します…」
「ああ、君の分も…っ、愛し、守り、育てていくよ」
「あ、りが…とう…ごさいま、す」
そういい見せてくれたのは、今までで一番綺麗な笑顔だった。
「あ…る…さま…、もう…じかん、が、ない、よう…です…
どうか…キスを…して、いて、もらえま…せんか…」
「頼まれなくとも…、愛しているよ、エリー…マイラブ…」
エリーの柔らかく温かな唇にキスをする。
この温もりを忘れないように、この柔らかさを忘れないように心に刻みながら…
『んんっ、我のことを忘れているようだが…』
そんな声が聞こえてきたが、この場でそんなことを言ってくる金狼のことなど当然無視をした。
『我を無視するとはいい度胸だ。
…アルフレッド、そしてエリーよ。判定の時は来た。
アルフレッドは憎悪を選ばなかった。ならば必要のない力は我が預かり使おう』
何度か聞いたその判定の時という言葉に、思わずエリーから顔を離し金狼を見た。
狼に対して表情を浮かべていると思うのは不思議だったが、金狼は微笑んでいるように見えた。
金狼は天を仰ぎ、吠えた。
『ワォーン!!』
その瞬間、俺とエリーを光が包む。その光に体中の力が吸い取られていくのがわかる。
「貴様っ、いったい何をする気だ!」
エリーを助けようとその体を抱き起しその場を離れようとしても、その光はまるで壁のように固くその場に俺たちを留め、包む。体に力が入らず、エリーを抱いたまま膝を着く。
その時、さっきまで脆弱な呼吸を繰り返していたエリーの、その呼吸が聞こえてこなくなったことに気付いた。
まさかとその口元に耳を、そして胸に手を当てると、聞こえてきたのは穏やかな心臓の音と呼吸音。
ほっとしながらその顔を見ると、真っ白かった頬にうっすらと赤みがさしてきていた。
「エリー…?」
問いかけても瞼は閉じたまま開かない。だが、確かにさっきまでよりも彼女に生を感じる―
もしかしてという希望に鼓動が跳ねた時、俺たちを包んでいた光がエリーを包み、そしてその体に吸い込まれるように消えていった。
「エリー?」
『今は眠らせておけ。力が体に溶け込めば自然と目を覚ますだろう』
「エリーは生き返ったということか?お前はいったい何をした?」
『否。生き返ったのではない。死者を生き返らすことは我にはできない。
エリーはまだ死んでいなかった。
我はただ必要のなくなったものを使い、彼女が生きるための力を補った。
彼女との賭けに敗れたからな、約束通りエリーの願いを叶えただけだ』
「願い?それは俺たちに最後の時間をくれるというものだったのでは…」
『そうだ。しかし声に出さずとも一番の願いはそなたと子と共に過ごすこと。そなたが心にあった子への憎しみを捨てぬままなら、我はそなたから力をとるだけでやめようと思っていた。
だが、そなたはそれを捨てた。なら賭けは彼女の勝ちだ。我は約束通り彼女の願いを叶えた』
「エリーは魔力を受け付けないはずだ…」
『否。我の力は源の力。魔力などとは違う。
…主からの託だ。『アルフレッド、エリー、そなたたちに全てを押し付けてすまない。今生をどうか穏やかに過ごしてほしい』と。
…ではまたな、アルフレッド。エリーと子と共に幸せになれ』
「待てっ!ちゃんと説明しろ!」
金狼はもう何も言わずにその場から姿を消した。言葉のとおりいきなり消えたのだ。
しばらく金狼がいた場所を見ていたが、もうその姿が現れることはなかった。
俺がエリーをベッドに寝かせその胸に耳を当て心臓の鼓動を確かめていると、部屋の扉が勢いよく開きジークと両親たちが入ってきた。
どうやら部屋の異変に気づき、ずっと外で扉を破ろうとしていたらしい。金狼がいなくなったことでようやく入ってきた彼らは、そのまま駆け寄ってくる。
どうしたと問うジークにありのままを伝える。俺の話をきいたエリーの母が、俺と同じように彼女の胸の鼓動を確かめ泣き崩れた。その姿を見た俺の母はエリーの顔に手を触れ、その温もりに泣いた。
ジークは王に報告するといって部屋を飛び出していき、父は使用人たちに教えるといい静かに出て行った。
俺は母から子を受け取った。初めて抱いたわが子は小さく、軽かった。
「俺がお前の父親だ。俺がいない間エリーを支えてくれてありがとう」
感謝をこめてその額にキスを落とすと、子は嬉しそうに笑った。
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エリーが目覚めたのは三日後だ。屋敷中が歓喜の涙を流し祝った。
目覚めたエリーにあの金狼の話をすると、エリーは俺に一冊の絵本を見せた。
「アル様、その金狼はきっと兄妹神様のお使いだったのではないでしょうか。
昔から兄妹神様のお使いは金と銀の狼と言われていますもの」
「兄妹神…、創世神話のことか?」
昔から伝えられている創世神話―
その昔、母なる神セレスと父なる神ポルスは、
只々広がる闇の中、二人穏やかに過ごしていた。
二人の間には太陽神ファレスと月神レヴィスという兄妹神がおり、
兄妹神の為に、父母神は空と大地と海を創った。
兄妹神は世界を飛び回り、別々の光で世界を照らした。
ある時友が欲しいと泣く兄妹神に、父母神は闇・光・水・火・地・風という六種の精霊を創ると、精霊達は神々の為に豊かな緑を生み出し、その心を楽しませた。
兄妹神は父母神の真似をし、様々な動物を生み出していった。
その中には、父母神には禁じられていた『人間』という自分たちの姿にとてもよく似た者もいた。
なぜ人間を作ってはいけなかったのか―
人間は他の動物たちと違い、心穏やかに共存していくことをせず、常に争いを繰り返す生き物だったのだ。
自分たちが生み出した人間に愛情があるが、父母神が創りだしたこの世界を壊すわけにもいかない―
兄妹神は人間達に問いかけることにした。
―人とはこの世界に必要か否か―
全てを人間に委ね、兄妹神はただ人間を愛す。
いつかこの世から人間が消えるその時まで―
エリーの言葉に思い出した、金狼の額にあったあの印は、太陽神ファレスの神殿にあるものと同じだと。
なら俺が死土で会ったのはもしかして…
いや、もう過ぎたことだ、これ以上考えるのはやめよう。
それから一月でエリーはベッドから出られるようになった。その頃彼女から東の国はどうなったのかと尋ねられたが、詳しいことは避け、今では我が国の一部となったと教えた。
そう…東の国は滅んだ。いや、我が国が滅ぼした。何故俺の元へ来ていた伝書と、陛下の出した伝書の内容が違ったのか―
それはあの聖女ともてはやされていた子どもと、その子どもに頼まれた東の王の仕業だった。
陛下はその事実と、俺が報告した東の国の国政の有様に、東の王を撃つと決め兵を出した。
東の国の兵達は対した抵抗もせずに王達を差し出し投降した。陛下は東の王と聖女を斬首刑に、残った王族と貴族は、詳しい調査の元、其れ相応の対処をすると決められた。
俺はそれを聞いても何も感じなかった。憐憫も憎しみも…
その日は朝からエリーの体調も良く、朝からとてもいい天気だった。俺は腕に子を抱き三人で庭を散歩することにした。ちょうど薔薇園に差し掛かったところでエリーが足を止める。
「どうした?疲れたか?」
「いいえ。アル様覚えていますか?ここで私に言ってくれた言葉を…」
「ここで…?…勿論だ。
ちょうどいい、この子に立会人になってもらい、もう一度君に伝えよう」
「えっ、もう一度?」
驚いて目を丸くしているエリーの手を取り、もう一度彼女に伝える。あの日以上に膨れ上がった愛しさを込めて―
「エリー、共に笑おう、共に泣こう、共に精一杯生きよう…
髪が白くなり、しわだらけになるその日まで…一緒に生きていこう」
「はい…はい…」
うなづきながら涙をこぼす彼女にキスをする。
その温もりに心から幸福を感じながら…
読んでいただきありがとうございます。