■ 第1章 あらすじ
【起】来日――世界がまだ名前だけを見ていた頃
二〇一八年冬。サイバーサイジング社は、一九九九年に創業され、今では黄金期を迎え、世界中の金融や通信を支える巨大ITグローバル企業として知られていた。ニュースでも「世界的企業」として扱われ、街の中でもその名前は当たり前のように聞こえてくる。人々はそれを疑わない。ただ、使い、頼り、生活の一部として受け入れている。日本でも同じだった。ニュースでは「世界的企業のトップ来日」と淡々と伝えられ、街の中でもその名はもう特別ではなく、日常の一部として受け取られていた。空港のテレビに天皇皇后との面会やキッザニア視察の予定が映り、足を止める人もいる。隣では子どもが飴を舐めながらその画面を見上げている。けれど誰も、その出来事を深くは考えない。それはまだ、いつもの延長に見えていた。
【承】出発――家族の朝と、空へ持ち上がる仕事
フィラデルフィアの朝、雪の残るアダソン宮殿で夫妻は出発の支度を整える。黒と赤の特注コート、バラの刺繍入りのマフラーは、毎年の冬の配信で見慣れた姿そのままだ。ソファには、先に支度を終えた息子のジェイムズとマックが座り、両親の動きを静かに見ている。短いやり取りの中で、日本行きが天皇皇后への挨拶だけでなく、キッザニア視察も含むことが明かされる。見送りのあと、夫妻は空港へ向かい、専用機に乗り込む。機内ではコートとマフラーを脱ぎ、いつもの仕事着に切り替わる。そこは移動の場というより、地上の執務をそのまま空へ運んだような空間だった。
【転】飛行――見られる二人と、先に変わっていく日本
機体が太平洋上を進む間も、仕事は途切れない。整理された画面が並び、短いやり取りだけで各地の判断が収束していく。そのころ各国のニュースは、夫妻の移動を追い始めていた。日本では羽田空港の警備が強まり、駅や周辺施設の動線も少しずつ変わっていく。理由ははっきり示されないまま、「来るらしい」という情報だけが先に広がる。さらに都内ではライトアップの色まで変わり、街を歩く人の中に、小さな違和感だけが残っていく。何が起きるのかは分からない。それでも、何かがもう動いていることだけは伝わっていた。
【結】到着――迎えられたのは人か、もっと別のものか
羽田に着いた機体の周囲は、すでに異例の警備で固められている。タラップの先にはレッドカーペットが敷かれ、黒と赤のコートに戻った夫妻が姿を現すと、フラッシュが一斉に焚かれる。二人は足を止めず、そのまま黒塗りの車へ乗り込む。空港の外でも街の光はどこかいつもと違い、人々は「何か変わっている」と感じながらも、それをうまく言葉にできない。来日は無事に終わったと報じられる。だが、その言葉の裏で、ただの来訪では片づけられない何かが、すでに日本の内側へ入り始めていた。
【第1章あらすじ文字数 1153字】




