43. 緊急手術 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「星野、黙れ」
九島真紀のその一言が落ちたとき、私はちょうど「やっと人並みの声量で喋れるようになったじゃないか」という遺言レベルのクソみたいな台詞をもう一発足してやろうとしていた。
その瞬間、視界の端にハサミが突っ込まれた。
私にじゃない。アーマーのバックルの隙間にだ。
「パチン」という音。
左の腰腹を血と汗でひと塊にしていた外装が、その場でざくっと切り開かれる。
「クソ——ちょっと待て、せめて一声かけろ!」
「今、かけています」彼女は顔も上げない。普段より語速は速くなっているのに、手だけは不気味なくらい安定している。「ハーヴィー、ライト。ジェス、右肩を押さえて。D、下半身を固定。アカリ、そっちのメディカルパック投げて。生食の大きいボトルも」
「了解」
「分かってるって」
「ほらよ」
「……ん」
声が一斉に飛び交って、碉堡の中が、鬱陶しいくせに妙に効率的な慌ただしさで満たされる。
外では火風暴が層になって外壁にぶつかり続けていて、避難碉堡全体が低く唸り、地面に溶接された鉄の獣みたいに震えている。ハーヴィーが主室の天井灯を点けると、真っ白な光が全員の顔の汗も灰も疲労も、遠慮なく浮かび上がらせた。空気には金属と焼けた土と止血剤と血の匂いが混じっていて、ひどく「軍学校らしい」臭気になっている。
Dは私の脚のそばで片膝をついて、一方の手で太腿を押さえ、もう一方で膝をロックした。
「暴れるな、小隊長」
「今までお利口だったこと、一度でもあったみたいな言い方すんな」
「今から覚えろ」
ジェスは右側に膝をついて、本当に私の肩を押さえた。普段は小刀で神経をさかさまに撫でまわすみたいな喋り方をするくせに、今は珍しく余計なことを言わず、「ちっ」と低く舌打ちしただけだ。
「よりによって、よくそんなとこで貰うわね」
「ありがと。頭にしようと思ったんだけど、さすがに教育的効果が薄すぎるかと思ってさ」
「黙れ」九島とジェスが同時に言う。
思わず笑った。その瞬間、脇腹の痛みが肋骨沿いに駆け上がってきて、視界が一瞬真っ白になる。
いい。
まだ生きていて、ちゃんと後悔する余力があるということだ。
九島が腰の壊れたアーマーをめくり上げたとき、ようやく傷口がはっきり見えた。銃創というより、訓練用の高圧マグネットピンか固定ボルトみたいなものが、左の下腹に斜めに突き刺さっている。外には深い灰色の金属の尾が少し覗いているだけ。周囲のアーマーの縁には擦れと熱の跡がある。血は噴水みたいには出ていないが、やけに律儀に、プロフェッショナルな流れ方で、私をじわじわ脱水させる気満々だ。
九島は一瞥しただけで、顔つきがさらに冷えた。
不思議な話だ。もともと冷たい女なのに、その上からさらに一段、冷蔵庫の中に冷蔵庫を押し込んだみたいに、温度が下がる。
「いきなりは抜きません」
「うわ、よかった。今日も最低限の常識は持ってるらしい」
そこでようやく、彼女は上目づかいに私を見る。
「星野」
「はい、黙ります」即座に言い直す。「一時的に」
アカリがメディカルパックを滑らせてよこし、自分はドアのそばに寄りかかって座り込む。銃は膝に置いたまま。目つきには相変わらず起伏がない。あの死んだ魚みたいな眼は、戦場では妙に安定剤になる。ああいうのを見ていると、世界が次の瞬間爆散しても、彼女はたぶん「へえ、爆発した」と一言言うだけだろう、という気がしてくる。
彼女の横で、工具要員の男は補給と水を手早く整理していて、女のほうは内扉のそばで張り込み、監視窓を時々のぞいている。どちらも静かだ。邪魔にならない、ちょうどいい静けさ。
いい。工具人材は、それくらいの職業意識で十分だ。
ハーヴィーが携行ライトを三センチ右にずらす。九島はそれを見もしないのに、「もう少し左。そこでストップ」と即座に指示した。
顔を上げずに光の狂いを把握している。
本気で、寝ているときに頭の中で表を組んでるんじゃないかと疑う。
「創の角度は内側上向き」彼女は内側の生地を切り開きながら、報告書を読み上げるみたいに言う。「マグネットピンの尻に返しがあれば、無理に抜くと傷口が広がる。まず深さを確認して、切開の方向を決める」
Dが私を見下ろし、それから彼女を見る。
「もつのか?」
「まだ悪態をつけるなら、すぐには死にません」九島。
この評価基準はさすがに失礼すぎる、と思ったが、先にジェスが吹き出した。
「その判定基準、気に入った」
「クソが」
九島は薄い手袋をはめ、ハーヴィーが渡した簡易プローブを受け取ると、まず傷の周りを一周なぞった。簡易画像がリストパネルに金属の輪郭を描き出す。
読むのは早いが、眉間がほんの少し寄った。
本当に、ほんの少し。ほとんどの人間なら気づかないレベルだ。
でも今の私は、この距離だ。彼女の呼吸が半拍でも乱れたら分かる位置に倒れている。
本当に鬱陶しい。
「どう」と訊く。
「運がいいです」と返ってくる。
「その言い方、運がいいように聞こえないんだけど」
「相対的に見れば、運がいいだけです」相変わらず平板な声だ。「腹腔の深部までは貫通していません。筋層と破片のあいだに引っかかっている。掻き出します。過程は痛い」
「……なるほど。君流の慰めは、事前に拷問内容を告知するスタイルなんだな」
「痛くないと嘘をつくより、有効です」
「それは同意」と、ドア際のアカリが突然口を挟んだ。
顔を向ける。
彼女もこちらを見ていた。いつものように、感情の読めない灰色のガラス玉みたいな目で。
「『痛くない』と言った人の次の一手は、大抵、すごく痛いです」と言う。
「貴重な人生訓、どうも」
「どういたしまして」
いい。こっちの新顔の小隊も、まともな人間を集めた場所ではなさそうだ。
九島は局所麻酔のスプレーと注射器を並べ、半歩でも遅れたら私が自力で逃げ出すと思っているかのようなスピードで手を動かす。
「麻酔には限りがあります」彼女が言う。「局所的に鈍らせるだけで、完全には飛ばせません」
「つまり、あとで痛みがバリエーション豊かになるってことね」
「その通りです」
「急に普段の無口が恋しくなってきた」
相手にせず、彼女は消毒にかかった。
最初の一拭きで、私は床から飛び上がりそうになった。熱さじゃない。刺すような感覚だ。誰かが、羞恥専用のアルコールを神経に直接ぶちまけてくるみたいな。
Dとジェスがほぼ同時に押さえつける。
「動くな」Dが低く言う。
「分かってる、分かってるって——クソ、これ誰が耐えられるんだよ!」
「耐えられなくても、耐えてもらいます」九島の声は低い。「星野、こっちを見て」
「なんでお前なんか——」と言いかけて、結局、顔を上げた。
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