表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
尾張の飯炊き足軽、信長に拾われる 〜桶狭間の裏で名もなき兵糧係は腹から天下を支えた〜  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/23

第二十一話 坂井新八郎、蔵に来る

 飯が届くようになると、文句の形が変わった。


 最初は、手間が増えたという文句だった。


「印を見るのが面倒だ」

「荷を分けると人手が足りない」

「椀を湯にくぐらせる暇があるなら早く食わせろ」


 そういう声なら、まだよかった。


 面倒なのは事実だ。

 人手が足りないのも事実だ。

 腹を空かせた兵が早く飯を食いたがるのも、当たり前だ。


 けれど、飯場へ届く米の状態が少しずつ良くなり、腹を下す者が減り始めると、文句は別の場所から来るようになった。


「飯炊き足軽が出しゃばっている」

「蔵の作法を知らぬ者が、家中の顔を潰している」

「上様に拾われたからといって、調子に乗っている」


 そういう声は、飯場の鍋の中には入ってこない。


 だが、蔵の隅に溜まる湿気のように、少しずつ空気を重くした。


 その日、俺は朝から味噌樽を見ていた。


 蓋の縁に白い膜が出始めたものを分け、すぐ使う分と、まだ置ける分を見極める。


 味噌は難しい。


 少し酸いからといって、すぐ駄目になるわけではない。

 火を通せば使えるものもある。

 だが、匂いの奥に嫌な苦さが出たものは、兵には食わせられない。


「これは飯場へ。こっちは漬け込み用。これは、もう一度見る」


 俺が言うと、佐助が小さな札を付けていく。


 佐助の手つきは、かなり早くなった。


 まだ人足たちの中には彼を見る目が冷たい者もいる。だが、佐助は黙って働いた。味噌樽の蓋を見る目は確かだし、どの蔵の隅に湿りが溜まるかもよく知っている。


 悪事に使われていた目が、今は守るために働いている。


 それを見るたびに、俺は少しだけ救われる気がした。


「清吉さん、これは?」


「さんはいらないって」


「でも」


「じゃあ、清吉で」


 佐助は困った顔をした。


 俺が笑うと、ようやく小さく頷く。


「清吉、この樽は蓋が少し浮いてます」


「どれ」


 俺は蓋に手を置き、匂いを嗅いだ。


 まだ使える。


 だが、長くは置けない。


「今日の粥に回そう。味は少し濃いめにする」


「はい」


 佐助が札を付けようとした、その時だった。


 蔵の入口で、大きな足音が止まった。


「ここか」


 若い男の声だった。


 振り返ると、武士が立っていた。


 二十を少し過ぎたくらいだろうか。背は高く、肩も張っている。顔立ちは整っているが、目がきつい。着物も刀も上等で、自分が人の上に立つ側だと疑っていない男の立ち方だった。


 その後ろに、供の若侍が二人。


 さらに数人の小者。


 蔵の中の人足たちが、一斉に手を止めた。


 かやが荷台の横からこちらを見る。


 伊三郎は帳面を閉じた。


 五郎兵衛殿は、入口近くで片目を細めた。


 俺の腹が、すっと冷えた。


 名前を聞かなくても分かる。


 たぶん、この男だ。


 坂井新八郎。


 坂井蔵人殿の甥。


 荷を止めようとした男が持っていた小札に、名の影が残っていた相手。


 新八郎は蔵の中をぐるりと見回し、最後に俺を見た。


「おまえが清吉か」


 昨日も似た問いをされた。


 だが、坂井蔵人殿の声とは違う。


 こちらは最初から刺しに来ている声だった。


「はい。清吉にございます」


 俺は頭を下げた。


 その瞬間、新八郎が鼻で笑った。


「本当に飯炊きの顔だな」


 蔵の中が固まった。


 飯炊きの顔。


 それが何を意味するのかは分からない。


 けれど、褒め言葉でないことだけは分かった。


「はい」


 俺は答えた。


「飯炊きです」


 新八郎の眉が動いた。


 言い返されると思っていたのかもしれない。


 俺は言い返したつもりはなかった。


 飯炊きであることは、恥ではない。


 桶狭間の雨の中で、そう思えるようになった。


「その飯炊きが、坂井の札を疑ったそうだな」


 来た。


 俺は手を握った。


 味噌の匂いが指に残っている。


「札を疑いました」


「人ではなく、札をか」


 新八郎は皮肉げに笑った。


「伯父上にそう答えたそうだな。小賢しい」


 小賢しい。


 腹の奥がきゅっと縮む。


 だが、五郎兵衛殿の言葉を思い出す。


 腹に力を入れろ。


「見たものを申しただけです」


「では、これも見ろ」


 新八郎は、そばにいた小者へ顎をしゃくった。


 小者が荷を前へ出す。


 小さな味噌樽だった。


 見た目は普通だ。


 縄も締まっている。


 だが、妙だった。


 この蔵の印がない。


 伊三郎の札もない。


 かやの結びでもない。


「これは?」


 俺が聞くと、新八郎は言った。


「坂井家からの差し入れだ。兵に食わせろ」


 俺は味噌樽を見る。


 差し入れ。


 言葉だけならありがたい。


 だが、今の状況で、坂井新八郎が持ってきた味噌樽。


 何も見ずに飯場へ回すわけにはいかない。


「確認してもよろしいですか」


 俺が言うと、新八郎の目が細くなった。


「坂井の味噌を疑うか」


「飯場へ出すものは、すべて確認します」


「坂井の名でもか」


「はい」


 声が少し震えた。


 でも、引かなかった。


「坂井の名でも、清吉の名でも、出どころがどこでも、兵の腹に入るものは見ます」


 新八郎の後ろの若侍が顔を赤くした。


「無礼な!」


 弥助殿がいれば前へ出ただろう。


 だが、今弥助殿は飯場へ行っている。


 ここにいるのは、俺と、かやと、伊三郎と、五郎兵衛殿。あとは人足たちだ。


 五郎兵衛殿が一歩動こうとした。


 俺は小さく首を振った。


 これは、俺が言わなければならない気がした。


「無礼なら、お詫びします」


 俺は頭を下げた。


「ですが、見ます」


 謝っているのに、引かない。


 自分でも変な言い方だと思った。


 新八郎はしばらく俺を見ていた。


 そして、急に笑った。


「よい。見ろ。そこまで言うなら、おまえの鼻とやらで見ればいい」


 俺は味噌樽の前に膝をついた。


 かやが近づく。


 伊三郎も帳面を開いた。


 新八郎が言った。


「おい、娘。これは坂井の味噌だ。荷運び風情が触るな」


 かやの手が止まる。


 俺は顔を上げた。


「かやは荷を見る目として、上様から使えと言われています」


「女の目など要らぬ」


 その言葉に、かやの顔がわずかに変わった。


 怒りだ。


 けれど、かやは口を開かなかった。


 代わりに俺が言った。


「俺には、荷の縄が見えません」


 新八郎がこちらを見る。


「だから、かやの目が要ります。俺には帳面も読めません。だから伊三郎の目が要ります。俺一人では見落とします」


「無能を誇るか」


「無能なので、人の目を借ります」


 言った瞬間、蔵の中が変な静けさになった。


 自分でも、ここまで言うつもりではなかった。


 でも、本当のことだ。


 俺は万能ではない。


 槍も下手だ。

 字も読めない。

 荷の道も知らない。

 家中の面子もよく分からない。


 だから、一人でやれば失敗する。


 飯場で学んだ。


 蔵で学んだ。


 人に頼むことは、恥ではない。


 新八郎は、笑うのをやめていた。


「……開けろ」


 短く言った。


 かやが縄を見る。


 そして、小声で俺に言った。


「変」


「何が」


「縄はきれい。でも、締めた人が荷を運ぶ人じゃない。見た目だけ整えてる」


「分かるのか」


「分かる」


 俺は頷き、蓋に顔を近づけた。


 味噌の匂い。


 強い。


 悪くはない。


 むしろ、かなり良い味噌の匂いだ。


 だが、その奥に、何かがある。


 味噌ではない匂い。


 辛い。


 薬のような、舌を刺しそうな匂い。


 俺は蓋を完全に開ける前に手を止めた。


「水を」


 佐助がすぐに桶を持ってきた。


「どうしたの」


 かやが聞く。


「匂いが変だ」


「腐ってる?」


「違う。良い味噌に、何か混ざってる」


 新八郎が笑った。


「良い味噌に慣れておらぬから分からぬのだろう。貧乏足軽の舌ではな」


 俺は答えず、木のへらで表面を少し取った。


 色は良い。


 艶もある。


 だが、味噌の奥から、ぴりりとした匂いが立つ。


 俺は少量を水に溶いた。


 味見しようとして、佐助が慌てて止めた。


「清吉、待ってください」


「どうした」


「これ、前に見たことがあります」


 佐助の顔が青い。


「何を」


「味噌じゃありません。粉です。善右衛門様の時、古い味噌の臭いをごまかすために、少し混ぜていたものがあります。辛くして、酸い匂いを隠すんです」


 新八郎の眉が動いた。


「小者の分際で、何を」


 佐助の肩が震える。


 だが、逃げなかった。


「その粉を入れすぎると、腹を下します」


 蔵が静まり返った。


 俺は味噌樽を見た。


 良い味噌。


 しかし、臭いをごまかす粉。


 なぜ良い味噌にそんなものを混ぜる?


 いや、良い味噌に見せるために、混ぜたのか。


 俺はさらに奥をへらで掘った。


 表面は良い。


 少し下へ行くと、色が変わる。


 古い味噌が出てきた。


 酸い匂いが強い。


 その酸さを、辛い粉でごまかしている。


「これは飯場へ出せません」


 俺は言った。


 新八郎の顔が赤くなった。


「坂井の差し入れを突き返すか」


「兵に食わせられません」


「味見もせずにか」


「匂いで分かります」


「鼻で坂井を裁く気か!」


 新八郎の声が蔵に響いた。


 人足たちが肩を震わせる。


 俺も怖かった。


 膝が少し震えた。


 だが、味噌樽から手は離さなかった。


「坂井を裁くのではありません」


 俺は言った。


「この味噌を飯場へ出さないだけです」


「同じことだ!」


「違います」


 声が大きくなった。


 自分でも驚いた。


 でも、止まらなかった。


「この味噌を食って腹を壊すのは、坂井の面子ではありません。兵の腹です。走れなくなるのは、坂井の名ではなく、飯を食った足です」


 新八郎が一歩踏み出した。


「貴様……!」


 かやが俺の前に出かける。


 五郎兵衛殿も動く。


 その時、蔵の入口から別の声がした。


「そこまでだ」


 坂井蔵人殿だった。


 蔵の中の空気が、一瞬で変わる。


 新八郎の顔色も変わった。


「伯父上」


 蔵人殿は、ゆっくりと蔵へ入ってきた。


 その目は、新八郎を見ていない。


 まず味噌樽を見た。


 次に俺を見た。


 最後に新八郎を見た。


「新八郎。何をしている」


「私は、坂井家として兵に味噌を」


「誰の許しで」


 新八郎が詰まった。


「差し入れに許しが要りますか」


「今の清洲蔵で、兵の飯に入るものは改めを通す。わしがそう認めた」


「しかし、飯炊き風情に坂井の味噌を」


 蔵人殿の声が低くなった。


「坂井の味噌なら、腐らぬのか」


 新八郎は黙った。


「坂井の名なら、兵は腹を壊さぬのか」


「……伯父上」


「答えよ」


 蔵人殿の声は静かだった。


 だが、誰も口を挟めなかった。


 新八郎の額に汗が浮く。


「私は、坂井の面子を」


「面子は飯にならぬ」


 その一言は、蔵の奥まで響いた。


 俺は息を呑んだ。


 面子は飯にならぬ。


 それは、俺が言いたくても言えなかった言葉だった。


 蔵人殿は味噌樽の前に膝をつき、俺へ言った。


「清吉。申せ」


「はい」


「この味噌は使えるか」


「兵には食わせられません。表面は良い味噌ですが、下に古い味噌が混じっています。辛い粉で匂いをごまかしているようです」


「佐助」


 蔵人殿が佐助を呼んだ。


 佐助は震えながら頭を下げた。


「はい」


「その粉を知っているか」


「はい。以前、善右衛門様の下で見ました。古い味噌の酸さをごまかすために使っていました。少量なら辛みになりますが、多いと腹を下します」


「伊三郎」


「はい」


「記せ」


「承知しました」


 伊三郎の筆が走る。


 新八郎は顔を赤くしたまま、拳を握っていた。


「私は知らぬ」


 その声は、先ほどより弱かった。


「味噌は、伊庭屋から受け取ったものです。坂井の名で兵へ出せば、家の顔も立ち、飯場も助かると」


 伊庭屋。


 また、その名だ。


 蔵人殿の目がさらに冷える。


「宗兵衛は捕らえられている」


「別の手代が」


「つまり、おまえは、改めを通さず、伊庭屋筋から受け取った味噌を坂井の名で飯場へ出そうとした」


 新八郎は答えられなかった。


「それが何を意味するか、分かるか」


「……兵に、味噌を」


「違う」


 蔵人殿の声が鋭くなった。


「坂井の名で、悪い味噌を兵に食わせるところだったのだ」


 新八郎の顔が、今度こそ青くなった。


 自分が坂井の面子を守ろうとして、逆に坂井の名で兵の腹を壊しかけた。


 そのことに、ようやく気づいたのかもしれない。


 蔵人殿は目を伏せた。


 ほんの一瞬だけ。


 そして、すぐに顔を上げた。


「新八郎を連れていけ。わしの屋敷で預かる。上様への報告は、わしがする」


「伯父上!」


「黙れ」


 新八郎は供の若侍に支えられるようにして連れていかれた。


 去り際、俺を睨んだ。


 その目は、まだ怒っていた。


 恨みもあった。


 だが、少しだけ別のものも混じっていた。


 恐怖か。


 悔しさか。


 俺には分からない。


 新八郎が去ったあと、蔵の中には重い沈黙が残った。


 蔵人殿は味噌樽の前に立ったまま、しばらく動かなかった。


 俺は何を言えばいいのか分からなかった。


 坂井家の名が、また傷ついた。


 でも、兵の腹は守られた。


 それを喜んでいいのか、分からなかった。


「清吉」


 蔵人殿が言った。


「はい」


「よく止めた」


 短い言葉だった。


 俺は頭を下げた。


「……はい」


「ただし、これは終わりではない。伊庭屋の手がまだ残っている。新八郎が愚かだったとしても、愚かさを利用した者がいる」


「はい」


「おまえは、今日の味噌をどうする」


 俺は樽を見た。


 悪い。


 兵には出せない。


 だが、全部捨てるには惜しい部分もある。


「表面の良い部分は分けます。ただし兵には出しません。濃く火を通して、家畜か、使える場所を考えます。下の古い味噌と粉の強い部分は、人には使えません」


「よい」


 蔵人殿は頷いた。


「坂井の面子より、兵の腹を取れ」


 その言葉は重かった。


 蔵人殿自身が言ったから、なおさらだ。


「はい」


 俺は答えた。


 蔵人殿が帰ったあと、かやが長く息を吐いた。


「怖かった」


「うん」


「清吉、途中で声大きかった」


「そうか」


「うん。ちょっと腹で怒ってた」


「……怒ってたと思う」


「でも、焦げてはなかった」


 俺はかやを見た。


「本当か」


「たぶん」


「たぶんか」


「でも、届いたんじゃない」


 かやは味噌樽を見た。


「少なくとも、あれは飯場に届かなかった」


 そうだ。


 届かなかった。


 悪い味噌は、兵の腹へ入らなかった。


 それだけは確かだ。


 伊三郎が帳面を書き終え、静かに言った。


「記録しました。坂井新八郎持参の味噌樽。伊庭屋筋より入手。表面良好、内部古味噌混入。辛味粉により臭気を隠蔽。飯場使用不可」


「難しい」


 俺が言うと、伊三郎は少しだけ笑った。


「では、横に印を付けます」


 ばつ印。


 人には食わせない。


 その印が味噌樽につけられた瞬間、俺の腹に少しだけ熱が戻った。


 面子は飯にならない。


 だが、面子を守りたい人間の腹も、たぶん空く。


 新八郎は愚かだったのかもしれない。


 でも、ただの悪人として片づけていいのか、俺には分からなかった。


 坂井の名を守りたかった。

 飯炊き足軽に家の顔を潰されたと思った。

 そこを伊庭屋筋に利用された。


 人の腹は、米より複雑だ。


 だが、どれほど複雑でも、悪い味噌を兵に食わせるわけにはいかない。


 俺は手を洗い、鍋の用意を始めた。


 今日の飯場へ出す予定だった味噌は、別の確認済み樽から取る。


 少し少ない。


 だが、干し菜と塩で補えば粥にはなる。


「佐助」


「はい」


「今日の味噌、別樽から出す。蓋を見てくれ」


「はい」


「かや」


「何」


「荷を一つ増やす。少ない味噌を分けて、先に飯場へ」


「分かった」


「伊三郎」


「はい」


「記録を」


「もう書き始めています」


 皆が動いた。


 蔵が動く。


 悪い味噌を止めたことで、仕事は増えた。


 でも、誰も文句を言わなかった。


 いや、少しは言った。


「また荷が増えたぞ」

「腰が痛え」

「清吉、飯は濃いめにしろよ」


 そのくらいの文句は、むしろありがたかった。


 夕方、飯場から報告が来た。


 今日も腹を下した者は少ない。

 味噌は薄めだったが、粥は炊けた。

 兵は走れた。


 その報告を聞いた時、俺はようやく深く息を吐いた。


 坂井新八郎との衝突は、きっとこれで終わらない。


 伊庭屋の影もまだ残っている。


 川下の醤油倉も、まだ完全には押さえていない。


 でも、今日も飯は届いた。


 悪い味噌は止まった。


 火は消えなかった。


 それだけは、胸を張っていいのだと思った。


 夜、蔵の外で皆と粥を食べた。


 味噌は少し薄い。


 けれど、干し菜の甘さが出ていて、悪くなかった。


 五郎兵衛殿が一口すすり、言った。


「今日の粥は、面子より腹の味がするな」


「何ですか、それ」


「悪くないということだ」


 かやが笑う。


 伊三郎も少し笑う。


 佐助は黙って椀を抱えていた。


 俺は粥をすすった。


 熱い。


 薄い。


 けれど、腹に落ちる。


 それでいい。


 飯は面子を食わせるものではない。


 人を立たせるものだ。


 その当たり前を守るだけで、こんなに敵が増えるとは思わなかった。


 けれど、もう戻れない。


 俺は飯炊きだ。


 兵の腹に入るものを見る。


 坂井の名でも、伊庭屋の荷でも、誰の差し入れでも。


 悪いものは止める。


 良いものは届ける。


 それだけだ。


 それだけを、続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ