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まさかの逆でしたわ!



「失礼いたします。アシェス様、セラフィナ様」


その時、応接室の重厚な扉が開き、一人の青年が入ってきた。

透き通るような銀髪に、知的な眼鏡。控えめながらも気品のある仕草。それこそが、セラフィナが「至高のうけ」と定めた事務官、ルヴァであった。


「あ、ルヴァ……! 来るな、今は来るんじゃない!」

「……? アシェス様、顔色が優れませんが。もしやセラフィナ様に何か……」


ルヴァはアシェスの動揺を察し、守るようにその前に立った。その献身的な姿を見て、セラフィナのペンが、紙を削らんばかりの速度で走る。


(……ああ! 見て! この身長差! そして守護の構え! 忠誠心が愛に変わる瞬間の、この絶妙な空気密度……!!)


「ルヴァ様!ルヴァ様がアシェス様を受け入れたきっかけはなんでしたの!?」


勢いよく詰め寄るセラフィナに、知的な事務官ルヴァは一瞬だけ眼鏡の奥の瞳を丸くした。しかし、彼はすぐにいつもの冷静沈着な面持ちを取り戻し、守るように背後に隠したアシェスの手を、そっと、だが力強く握りしめた。


「……きっかけ、ですか。それは守秘義務に抵触いたしますが……。強いて言うなれば、この方の『脆さ』を知ってしまった時、でしょうか」

「脆さ……! 完璧な貴公子が見せる、夜の、あるいは独りの時だけの、誰にも見せない涙と嗚咽……ッ!」


セラフィナのペンが火を吹く。紙面には、もはや公爵令嬢が嗜む文字とは思えない、呪詛にも似た速記が並んでいく。


「セラフィナ! もういい、やめてくれ! ルヴァ、君も答えるんじゃない!」


アシェスが顔を真っ赤にして叫ぶ。その時だった。セラフィナの動きが、ぴたりと止まった。

彼女は、ルヴァがアシェスの前に躍り出た「角度」、そしてアシェスがルヴァの袖を掴む「指先の力加減」を凝視した。


「……待って。……ええ、待って。何か、おかしいですわ」

 

「な、なんだ。ようやく正気に戻ってくれたのか?」


安堵のため息を漏らそうとしたアシェスに対し、セラフィナは獲物を定めるような鋭い眼光を向け、一歩、また一歩と距離を詰めた。


「アシェス様。今、貴方、ルヴァ様の袖を……『縋るように』掴みましたわね? そしてルヴァ様、貴方はそのアシェス様を『庇うように』前に出た。……これは、どういうことですの?」

「どういうことも何も、私は主を守ろうと……」


ルヴァが淡々と答えようとした瞬間、セラフィナの扇子が机を叩いた。バンッ!という乾いた音が響く。


「逆よ!! 逆ですわ!!!」

「ぎ、逆……?」

「私の計算では、アシェス様が強引にルヴァ様を押し倒し、身分差という壁を権力でねじ伏せ、泣き出しそうなルヴァ様を『お前は私だけのものだ』と囲い込む……。その『帝王攻め』こそが真理のはず! なのに、今のその構図は何!? まるでルヴァ様が攻め側で、アシェス様が可憐に守られる側受け側のようではありませんか!」

「何を……っ、何を言っているんだ君は!」


アシェスは絶叫したが、セラフィナは止まらない。彼女は自らの手帳を捲り、過去の観察記録を猛烈な勢いで突きつけ始めた。


「見てください! 先週の火曜日、貴方が彼に贈ったあの高価な万年筆! あれは『独占欲の現れ(攻め)』ではなく、もしかして『自分を繋ぎ止めてもらうための貢ぎ物(受け)』だったのですか!? あの時、貴方が耳まで赤くしていたのは、照れではなく、彼に見つめられることへの悦びだったと!? 嘘でしょう、私の……私の『アシェルヴァ』固定概念が……!」

「アシェ……なんだって?」

「『ルヴァアシェ』……。まさかの、ルヴァアシェ……」


セラフィナは、ガクガクと膝をついた。

公爵令嬢としてのプライドではない。自分が「攻め」だと信じて疑わなかった推しが、実は「受け」であったという、オタクにとっての天変地異。宇宙の法則が崩れるほどの衝撃に、彼女は頭を抱えた。


「……ふふ。おほほほほほ! なるほど……『強気な貴族様が、実は平民の事務官に心も体も支配されている』……。それもまた、一興。……いえ、むしろ『アリ』ですわ!! 新たな扉が開きましたわ!!」

「開くな!! 閉めろ!!」


セラフィナは再び立ち上がり、今度はルヴァの手をがっしりと掴んだ。


「ルヴァ様。本日より、私は貴方のスポンサーになります。アシェス様を……あのプライドの高い彼を、徹底的に『教育』してくださいませ。資金、場所、事後の隠蔽。すべてマクラクラン公爵家がバックアップいたします」

「……話が早いのは助かります。では、婚約破棄の書類にサインを」


ルヴァは、氷のような微笑を浮かべ、懐から一枚の書面を取り出した。

アシェスは震えながら、自分の事務官と元婚約者が、自分を「獲物」として共有し始めた光景を眺めることしかできなかった。


「アシェス様、泣かないでくださいまし。貴方のその涙、一滴も漏らさず私が記録いたしますから……!」




こうして、円満な(?)婚約破棄は成立した。

のちに、この王国で「匿名希望の貴婦人」が記した禁断の小説が大流行し、アシェス侯爵令息が社交界に出るたびに「……守ってあげたい」という一部の令嬢たちの熱い視線に晒されることになるのだが、それはまた、別のお話である。




...end

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