忘れられない人
さあ、始まるよ
教師・杉田百子物語
第二話:忘れられない人
雨。
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青嶺学園 の窓を、
静かに叩いていた。
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「杉田先生ー」
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職員室。
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生徒が駆け込んでくる。
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「黒瀬先生また寝てます」
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「……また?」
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杉田 百子 はため息をついた。
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視線の先。
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机へ突っ伏して寝ている男。
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黒瀬 恒一 。
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生徒たちは苦笑している。
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「授業五分前ですよ?」
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百子が肩を叩く。
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「……ん」
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黒瀬がゆっくり顔を上げた。
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寝不足。
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ひどい顔。
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「先生、顔終わってます」
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「失礼だな……」
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そのやり取りに、
生徒たちが笑う。
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最近。
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黒瀬は少しだけ変わった。
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昔より、
人前で笑うようになった。
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それを見て、
百子は安心する。
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でも同時に。
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怖かった。
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放課後。
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職員室には、
二人だけ。
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「杉田先生」
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「はい?」
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「今日、暇?」
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百子が固まる。
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「……え?」
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黒瀬が少し困った顔をした。
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「教材運ぶの手伝ってほしい」
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「……あぁ」
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百子は小さく笑う。
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少しだけ。
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期待してしまった自分が恥ずかしい。
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旧校舎。
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誰もいない廊下。
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夕暮れ。
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二人で教材を運ぶ。
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「重っ……」
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「先生、体力なさすぎ」
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「黒瀬先生が力あるだけです」
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そんな、
どうでもいい会話。
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なのに。
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心地よかった。
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その時。
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黒瀬の手から、
一冊のファイルが落ちる。
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紙が散らばった。
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「あっ」
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百子が慌てて拾う。
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その瞬間。
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一枚の紙が目に入る。
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古い写真。
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少女。
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黒瀬と並んで笑っている。
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百子の動きが止まった。
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「……その子」
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黒瀬が静かに写真を取る。
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「昔の知り合い」
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それだけ。
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でも。
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その目は、
今まで見たことないくらい寂しかった。
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*
夜。
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百子の部屋。
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雨音。
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机の上。
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相馬の写真。
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そして。
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今日見た、
黒瀬の顔。
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「……似てる」
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また思ってしまう。
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失った人に。
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でも。
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違う。
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黒瀬は黒瀬だ。
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なのに。
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放っておけない。
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*
一方。
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黒瀬の部屋。
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机の上。
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古い写真。
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橘 ひより 。
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でも。
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「……誰だ」
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思い出せない。
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顔を見ると胸が痛む。
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なのに、
名前も記憶も曖昧。
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ただ。
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泣きそうになる。
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*
その夜。
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窓の外。
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黒い影。
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赤い瞳。
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クロガミ が静かに笑う。
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「消しても残るか」
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風が吹く。
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「ほんま、人間いうんは厄介やなぁ」
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クロガミは空を見る。
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「せやけど――」
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笑う。
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「そこがおもろい」
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第二話 完
3話につづく




