表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離婚できないなんて…  作者: マーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/38

第四章:逃げ場のない関係

第四章:逃げ場のない関係


 通話が切れたあとも、しばらくその場から動けなかった。


 夜のざわめきが遠くに感じる。


 さっきの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。


『見えてるから』


 意味が分からない。

 でも――分かりたくもない。


(……帰るしかない)


 逃げ場なんて、最初からない。


 重い足取りで家へ向かう。


 * * *


 玄関の前に立つ。


 ドアの向こうに、美咲がいる。


 それだけで、呼吸が浅くなる。


 鍵を差し込み、回す。


 カチ、と小さな音がやけに大きく響いた。


「……ただいま」


 返事はない。


 静かすぎる。


 リビングに入ると、電気はついていた。


 だが、人の気配がない。


「美咲?」


 名前を呼ぶ。


 その瞬間――


「おかえり」


 背後から声がした。


 心臓が跳ねる。


 振り向くと、そこに立っていた。


 美咲が。


「……っ」


「どうしたの?そんな顔して」


 いつもの笑顔。


 でも、どこか違う。


 温度がない。


「いや……別に」


「そう?」


 美咲はゆっくりと近づいてくる。


 一歩ずつ。


 距離が縮まる。


 逃げ場がない。


「今日はどこにいたの?」


 穏やかな声。


 だが、その目は逸らさない。


「仕事だよ」


 反射的に答える。


 もう、癖になっている。


 嘘をつくことが。


「へぇ」


 美咲は小さく頷いた。


「どこの?」


「……会社」


「違うよね」


 一瞬で否定された。


 言葉が詰まる。


「ねえ」


 美咲がさらに近づく。


「その嘘、いつまで続けるの?」


 空気が張り詰める。


「何のことだよ」


「本気で言ってる?」


 その声には、もう優しさはなかった。


「全部、知ってるよ」


 心臓が止まったような感覚。


「……何を」


「誰と会ってたか」


 息ができない。


「どこにいたか」


 逃げられない。


「何を話してたか」


 完全に、囲まれている。


「……嘘だ」


 かろうじて絞り出した言葉。


 美咲は、静かに笑った。


「じゃあ、これ見せようか」


 そう言って取り出したのは――スマホ。


 画面をこちらに向ける。


 そこに映っていたのは。


 ――俺と理奈。


 バーのカウンターで、向かい合っている姿。


 はっきりと分かる。


 言い逃れできない。


「……なんで」


 声が震える。


「どうしてこんなの」


「簡単だよ」


 美咲はあっさり言った。


「見てたから」


 頭が追いつかない。


「どこから……?」


「全部」


 その一言で、背筋が凍る。


「最初から?」


「うん」


 笑顔のまま、頷く。


「あなたがあの店に入るところも、出てくるところも」


 呼吸が荒くなる。


 理解したくない現実が、目の前にある。


「……なんでそんなこと」


「決まってるじゃない」


 美咲の笑みが、わずかに歪む。


「あなたが信用できないから」


 その言葉は、あまりにも冷たかった。


 だが、それだけじゃない。


「それに――」


 一歩、距離を詰める。


 逃げられない。


「監視してないと、不安でしょ?」


「……は?」


「だってあなた」


 耳元で囁かれる。


「また“同じこと”するかもしれないじゃない」


 心臓が止まりそうになる。


 その言葉。


 その意味。


 それは――


「知ってるよ」


 美咲が、ゆっくりと顔を離す。


「三年前のこと」


 終わったはずの過去が、完全に目の前に引きずり出された。


「……誰から聞いた」


「誰でもいいでしょ」


「よくない!」


 思わず声を荒げる。


 だが、美咲は微動だにしない。


「ねえ」


 静かな声。


「離婚したい?」


 その問いに、言葉が詰まる。


 したい。


 でも――できない。


「できないよね」


 即座に言い当てられる。


「だって、あれがあるもんね」


 その“あれ”が何を指すのか。


 分からないはずがない。


「私が黙ってる限り、あなたは自由でいられる」


 ぞっとする。


「でも、逆に言えば――」


 微笑む。


「私が話せば、全部終わる」


 完全な支配だった。


 逃げ場はない。


 選択肢もない。


 ただ一つ。


 この関係に、縛られるしかない。


「だから」


 美咲は優しく言う。


「ちゃんと、いい夫でいてね」


 その言葉が、何よりも恐ろしかった。


 愛でもない。


 信頼でもない。


 ただの――拘束。


 俺は、ようやく理解した。


 この結婚はもう、


 壊れているんじゃない。


 閉じ込められているんだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ