離婚できない男 part2
この物語は、「離婚したい」と言われた側の男の話です。
縛られているわけでもない。
脅されているわけでもない。
それでも離婚できない理由がある。
それは愛なのか、情なのか、
それとも――ただの弱さなのか。
前作とは違う、“優しさが足枷になる関係”を描いていきます。
静かに壊れていく日常を、ぜひ見届けてください。
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男の一言
「終わってるのに、終わらせるのが一番難しいんだよな」
離婚できない男 part2
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第一章:優しさという鎖
「離婚したいんだ」
そう言われたのは、三ヶ月前だった。
言ったのは――俺じゃない。
妻の、奈緒だった。
「……そっか」
その時、俺はそう答えた。
驚きも、怒りもなかった。
ただ、少しだけ寂しいと思っただけだ。
「ごめんね」
奈緒はそう言った。
泣きそうな顔で。
でも、不思議と涙は出ていなかった。
「いいよ」
俺は、笑って答えた。
それが一番、楽だと思ったから。
* * *
それから三ヶ月。
俺たちはまだ、同じ家で暮らしている。
同じテーブルで食事をして、
同じ空間でテレビを見て、
同じベッドで寝ることもある。
ただ一つ違うのは――
“終わっている”ということ。
関係は、もうない。
でも生活は続いている。
奇妙な同居だった。
* * *
「今日、遅くなる」
朝、奈緒がそう言った。
「仕事?」
「……うん」
一瞬の間。
でも、俺は何も聞かない。
「そっか。気をつけて」
「……ありがとう」
それだけの会話。
昔なら、「何時?」とか「ご飯どうする?」とか、
もっといろいろ話していたはずなのに。
今はもう、必要ない。
* * *
分かっている。
奈緒には、他に好きな人がいる。
直接聞いたわけじゃない。
でも、分かる。
帰りが遅くなった日。
スマホを見ている時の表情。
ふとした瞬間の、優しい顔。
全部、俺に向けられていたものじゃない。
(……気づかないふり、うまくなったな)
苦笑する。
* * *
会社帰り。
コンビニで夕飯を買う。
二人分。
もう一緒に食べる必要なんてないのに。
でも、やめられない。
やめたら、本当に終わる気がするから。
* * *
帰宅すると、奈緒はまだ帰っていなかった。
静かな部屋。
電気をつける。
テーブルに弁当を置く。
その時、スマホが震えた。
――奈緒からだ。
《ごめん、今日帰らない》
短い一文。
それだけで、全部分かる。
「……そっか」
誰もいない部屋で呟く。
怒る理由も、責める資格もない。
だって――
離婚は、決まっているのだから。
ただ、まだしていないだけ。
* * *
それでも。
(……なんでだろうな)
スマホを握る。
返信は簡単だ。
《分かった》
それでいい。
それで終わる。
でも――
指が止まる。
打てない。
離婚届も、同じだ。
机の引き出しに入っている。
書けば終わる。
出せば終わる。
なのに――
できない。
(……優しさ、か)
違う。
これは優しさじゃない。
ただの――
臆病だ。
* * *
その夜。
一人で食べる夕飯は、やけに味が薄かった。
テレビの音だけが響く。
誰もいないのに、消せない。
静かすぎるのが怖いから。
ふと、テーブルの上を見る。
二人分の箸。
そのまま置いてある。
片方は、使われないまま。
ずっと。
* * *
玄関の鍵が、回る音がした。
深夜だった。
「……ただいま」
奈緒が帰ってきた。
少し疲れた顔。
でも――どこか満たされた表情。
「おかえり」
俺は、いつも通り答える。
「ごめんね」
「いいよ」
また、そのやり取り。
壊れているのに、続いている。
それが、この関係のすべて。
* * *
「ねえ」
奈緒が小さく言う。
「まだ、出してないの?」
分かっている。
何のことか。
「……うん」
「そっか」
それだけ。
責めるでもなく、急かすでもなく。
ただ、確認するだけ。
その優しさが――
一番、きつい。
* * *
俺は、離婚できない。
縛られているわけじゃない。
脅されているわけでもない。
ただ――
手放せないだけだ。
終わっているのに。
もう戻らないのに。
それでも。
(……まだ、ここにいたい)
そう思ってしまう。
それが、この男の――
離婚できない理由だった。
第一章を読んでいただき、ありがとうございます。
本作では、「優しさゆえに離婚できない男」をテーマにしています。
前作が強制的に縛られる関係だったのに対し、今回は自分自身の感情がブレーキとなる形です。
相手に裏切られていると分かっていても、
責めることができない。
手放すこともできない。
そんな“曖昧な地獄”を丁寧に描いていきます。
この先、
妻の本音、もう一人の男、そして主人公の変化が描かれていきます。
静かな物語ですが、確実に崩れていきます。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
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登場人物
■ 相沢 恒一
本作の主人公。
穏やかで優しい性格の会社員。
妻から離婚を切り出されているが、それでも関係を終わらせることができない。
自分でも理由が分からないまま、“今のまま”を選び続けている。
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■ 相沢 奈緒
主人公の妻。
すでに気持ちは離れており、別の男性に想いを寄せている。
離婚の意思はあるが、強く迫ることはせず、どこか距離を保ったまま関係を続けている。
優しさと罪悪感の間で揺れている人物。
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■ 謎の男
奈緒が想いを寄せている相手。
まだ直接登場していないが、すでに主人公の生活に影を落としている存在。
今後、物語を大きく動かす鍵となる人物。




