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折に触れて廻る2  作者: 馬場 ヒロシ


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第六章  自分が望むもの

エミリを愛してる・・かもだ

周りからのプレッシャーや期待感・・そして罠

それがヒロシにを蝕んだ。

結論を出す時だ

ヒロシは診療所から出て、部屋で着替え帽子を被り、作業場の新聞を纏めて自転車の籠に乗せ、「わー!!」と大声を出して走り出したのだった。

昨日から今朝までの目紛(めまぐる)しい出来事を投げ捨てるように、ヒロシは新聞を郵便受けに素早く丸め入れ、閉まった店のドアに挟んだりし無心で配達したのだった。

夕刻、無言のまま食事を素早く済ませ黙って、自分の部屋でダウンを着込み店を出たのだった。

食事中エミリも彼女の母親もヒロシをチラチラ見ていたが、ヒロシは全く目を合わせなかった。


2月の公園は地面から冷え極寒だった。ヒロシは珍しく暖かい日本酒を飲みたいと思い買い込み、公園のベンチに座り蓋を開けて飲むのだった。

温められた日本酒、ワンカップだが、そこから出る湯気を見つめながら、ツンとくる日本酒熱燗の独特な口当たりを感じていた。「あー・・美味っ!」

ヒロシの頭の中はエミリの素っ裸な豊満な胸と、母親の作戦通りだったなと成功を喜ぶ絶妙な薄笑いを思い出して交差していたが、自分自身ある程度の覚悟を決めていた。

(やはり・・ここは俺が長居しては駄目な場所だ。計画通りに進もう。明日の静岡学院の試験に集中をしよう)

埼玉学院に合格はしていて、そこに進む方向でいたが、彼自身が一度諦めていた静岡学院の受験を明日に控えていた。周囲にも自分でここで生きる話はしていたが・・静岡学院大学にはしっかりと書類を送ってあり、先月に受験票も自宅に到着していた。

両親もなにかと都合がいい埼玉学院の合格を喜んでいたが、父親からは最後はお前が決めろ・・そうも言われた。

ここまで自分の周囲が変わってしまうと、歪みを訂正することは難しいが、少しでも元に戻す努力は最終最後まで・・諦められなかった。

それに・・夢で見た恵美からの言葉。(少しでも私が見えたら、猛ダッシュで走ってきて、愛してる・とそう言い抱きしめて・・)

その夢が頭から離れなかった。

(そうだよ・・君を遠くに発見したら・・そうするよ)

心がそう言っていた。

「う〜酔った。帰ろう!」

次の朝の配達を終わると、ヒロシはカバンに書類や参考書などを入れ駅に向かい電車に揺られた。

後を追って店から出てきたエミリに振り向きもせず。

(夕刊とあす朝の朝刊は寮母さんが配達してくれるから、あとは俺の問題だ)

ヒロシはその足で静岡に急いだ。

試験は10時からだったので、新幹線を使ってもギリギリだった。

午前中に英語と数学の試験を受け、無事に答案用紙を提出した。感触は良かった。だが倍率30倍以上・・受験者は多く、ひと教室におそらく100人以上は居たのだった。そんな試験会場が他にもあり、何百人いるのだろう?そう思うヒロシだった。

(まったく・・芸能人がいるとここまで違うもんかな。過去のこの大学は、いかにも地方大学ののんびりとした学風だったけどな)

ヒロシは多くの受験生を見、そう思うのであった。

昼食は学食があったので、そこに行きチャーハンを食べ、イヤホンで洋楽のカセットテープを聴き気持ちを落ち着かせていた。

(懐かしい・・俺いつも安い饂飩(うどん)かチャーハン食っててたな。今日も同じだけど。でもね、このチャーハンがいいんだよ。大盛りだし何故か、味噌汁までセットだから)

その時だった。学食が急に騒がしくなり、ヒロシも耳にしていたイヤホンを外し周りを確認した。

学生達は「おお!風はるかだ!」「本当だ。本当にこの大学の学生なんだ!」そんな事を言いながら、

多くの学生がそちらを見て走って行った。

ヒロシはアイドル歌手には興味がなく、聖子や明菜くらいを知っている程度だった。だが、恵美から行くように頼まれたチケット・・不思議だ。

(ふうーん!人気あるんだな。まあ写真でも可愛かったけど、実物はもっとキラキラしてるね。やっぱり芸能人だわな・・)

ヒロシは遠目に彼女を見て思うのであった。

そこに・・突如だった。下を向きチャーハンを食べるヒロシに衝撃的なことが起こった。

驚いたことに“風はるか”は学食のチャーハンをお盆というかトレーに乗せ、ヒロシの目の前の席に座った。

さすがのヒロシもポカーンと口を開け見いいってしまった。(可愛い・・美人)

細身のジーンズにパンプス・・白いトレーナーに赤い革ジャン姿・・顔は小さく、目鼻立ちが整って長い黒髪が、この頃流行った聖子ちゃんカットでなのがヒロシの心臓をバクバクさせた。

「ここ座ってよろしかったかしら・・相席しても?」

(他にも席は空いているのに、何故?俺の前に?)

彼女は見向きもせずに、なぜか一直線にヒロシの前の席に座ったのであった。

ヒロシは我に帰り「ああ・・全然いいですよ。俺もう食べ終わりますから」

ヒロシはそう言いレンゲでチャーハンを掻き込んだが、突然、喉に詰まらせゴホゴホ言いながら、ご飯粒を“風はるか”の方に飛ばした。彼女は一口入れたところで慌ててヒロシを見て

「えっ!大丈夫?もう・・慌てて食べるからよ。さあ・・」

そう言い彼女はヒロシの手を取り水を渡した。

ヒロシは顔を赤らめ水をグッと飲み落ち着いた。

無論だが周りの目線が気になった。

ヒロシは自分の飛ばした米粒が、彼女のチャーハンにも入ってしまい慌てた。

「だ・・大丈夫ですか?代わりのチャーハン俺買ってきます。本当にごめんなさい」

ヒロシは慌ててご飯粒飛ばしのチャーハンを、彼女には食べさせられないと、同じチャーハンを急ぎ足で買って戻ってきた。

「ごめんなさい。お気を悪くせずに・・」

彼女は(いいの!いいの!)と手で合図したがヒロシは、流石にこれは失礼だと感じ、飛ばした“風はるか”のチャーハンと自分のトレーを抱え、席を立ったのだった。

それを見て睨んだ彼女は・・

「ねえ!そのチャーハンどうするの?私が一口しか食べただけだけど・・捨てちゃうの?・・あゝ、勿体無いなぁ・・」

ヒロシも少し気になり「・・それもそうですね」

そう言うのであった。

風はるかはテーブルを拳で軽く2度叩き

「もう一皿食べたら?ここに座って・・私の残り」

ヒロシは緊張したが、これも何かの縁だと思い席に座りトレーを置いた。彼女の自分のご飯粒入りチャーハン・・(一口しか食べてないから・・勿体無いよなあ)

そう思いそれを食べることにした。

ヒロシは一口食べたが、変わりようもなく普通に美味しかった。が・・

「で・・どう私の使ったレンゲの味?」

ヒロシは焦りから、彼女が使っていたレンゲで食べてしまった。「あゝ・・重ね重ねすみません。焦っていて・・つい」

彼女は「アハハ!冗談よ!冗談・・それはあなたの使っていたレンゲだから」

ヒロシはドキドキしたが、ホッとするのであった。

無論ますます周囲の目が痛く、早く去りたいと思ったが、彼女は意外と気さくで食べながら質問してきた。

「ここの入試?どこ学部?」

ヒロシも彼女の食べたチャーハンを口に入れ

「あゝ・・そうです。今日はここの入試試験です。法学部です」

「あら私も法学部・・午後もあるの?」

「ええ・・世界史です」

「今日はどこから来たの?何歳?」

ヒロシは気まずかったが、彼女が矢継ぎ早に質問をしてくるので、答えることで精一杯だった。

「・・うん?カセットウォークマンね!何聞いてるの?やっぱりサザンとか世良とか?」

「いいえ・・洋楽専門です。特にイギリスロックとアメリカのフォークが好きです。」

「じゃあ・・私のことも知らないわね?少しだけ有名だけど、君のジャンル外ね」

「・・とんでもないです!知ってます。“風はるか”さんですよね。千葉県xx市出身でピアノが得意な・・」

「・・あゝ良かったわ安心・・私のこと知っていてくれて・・松田聖子って言われたらどうしようかなって思った。・・知ってて良かった・・・」そう彼女はヒロシを覗き込み言うのであった。そして次に・・

「・・・・ねーえ、hiroshi Taniさん!ねっ!」

ヒロシは一瞬で固まった。

どうして俺のペンネームを”風はるか“が知っているんだ・・と。ヒロシは聞いてみた。

「どうして・・俺のペンネーム・・知ってるんですか?俺のペンネームは一部の人しか知らないんです」

「うん!その一部の人だから・・知ってる!」

“風はるか”は、半分ほどチャーハンを食べ

「あゝ、ふーもうお腹がいっぱいだわ。勿体無い・・」

「ねえ・・Hiroshi!ちょっとあそこでお茶しない?」

そう言いヒロシの腕を掴み引っ張り出した。それを見ていた男子学生は、ヒロシへの嫉妬心が湧き上がっていた。

「あの・・まだ食べ残しが・・あゝ・・」

「え?・・大丈夫!この食堂にはハイエナがいるから・・」

そう言いヒロシをぐんぐん引っ張って行った。

2人が学食から出ると男子学生は、我先と言わんばかりに2人が座っていた席に群がり、あっという間に残り物を食べキレイになった食器を戻したのだった。


「あなたはいったい誰ですか?なぜ俺を知っているんですか?」

ヒロシの疑問は増すばかりだった。

「あのね・・あと3分しか居れないから私の話を聞いて、聞いているだけでいいわ」

ヒロシはそっと頷き缶コーヒーをグッと飲んだ。

「私がこの大学への進学を決めたのはある人からの推薦だった・・私のマネージャーだけど。仕事が忙しいから都内の大学にしたかったけど、ここにいい事が待っているってマネージャーに言われた。そしたら・・Hiroshi Taniが現れた。」

「実わね、私の原点はあなたが14歳で作曲した、あの”茜雲“っていう曲だった。たった5つのコードでその子は、まるで10以上もコードを使っているように聴かせた。旋律・・それが要因だった。その子の旋律は誰にも出せない雰囲気だった。・・私はいつか・・この曲みたいに自分の音を求め始めたの。だから必死だった。高校にも行かず、都内の事務所に所属して・・ピアノはそれなりだったけど、いくら努力してもその子のような自分らしさが出せなかった。だから・・今も勉強してる、アイドルしながら。勉強し続けるには、お金も必要だったしね」

「だけど・・私はきっとシンガーソングライターになる!絶対。それが私の夢だから。そう思ったら、一度はHiroshi Taniに会ってみたいと思った。」

「マネージャーは嘘つかなかったね。今日、hiroshi Taniに会えたから。君に会えて何かを掴んだかもしれない。難しいことではない。作ろうと思ったことより、自分自身から湧き出る音符なんだって・・君を見ていたら気づいた。ありがとう!」

「うん?・・ああ!!分かった。今行くね。・・・・ああ仕事だ。・・ねえ!君!必ずここに受かって!まだ聞きたいことがあるからね!じゃあね!」

「あゝ・・忠告だけど!試験終わったら、猛ダッシュで駅まで帰るのよ!ハイエナ達が待ち伏せするからね!じゃあ!バイバイ!」

そう言い”風はるか“は車に乗り学校を去っていった。

「なんだったんだ・・ペラペラ勝手に喋って・・まったくと・・ああー!午後の試験!やばい!」

ヒロシは午後の世界史を終わらせて、終了時間の20分も前に校舎を出て、駅に向かうのであった。

案の定・・校門では如何にも追っかけですと言わんばかりの、“風はるか”のファンが群がりヒロシを待ち伏せしていた。

ヒロシにとっては過去の母校であり、裏道や緊急時の逃げ場も知り尽くしていた。

難なく駅に到着して新幹線に乗り帰るのであった。

ヒロシは彼女の言った事を思い出していた。

(俺を知っている?どうやって?この広い日本で?それに妙に俺の音楽について詳しい。・・確か?あの子の出身地は俺の実家の近くだった。隣町だけど・・そんな女の子は知らないし、話題になったこともない。シンガーソングライターか・・俺もあのまま音楽に没頭していたらなれたかな?芸能人っていうやつに。・・無理か!女好きだし、根性なしだし、それに引っ込み思案じゃ無理だわ。デビューして女の子に手を出してスキャンダルになって・・芸能界追放!・・その辺りが俺の行き着く先だね!)

ヒロシはそう思うのであった。

東京駅に着き、電車を乗り継ぎバス停に着いた。

あと実家まで少しだけど、あっという間に真っ暗だ。冬場は日暮が早いのであった。

バスの発着場で待っていると、大型の車が止まって1人の女の子が降りてきた。

少し気になったが、実家近くに向かうバスが来たので、乗り込みホッとするのであった。

ヒロシはバスに揺られ、あの1982年の9月2日をつい思い出していた。

(9月だけど暑い日だったな・・恵美に引き摺られてバスに乗って、頭を寄せ合い寝たな。あれは偶像には見えなかったし、眩しいくらい・・)

「・・美人だったな。胸が大きくて背が高くて、スレンダー・・顔が本当にいいんだよな・・」

その時だ。

「う〜ん?私のこと?・・まあ仕方がないけどね。認めるよ!うん!」

突然後ろに座る人から言ってきた。

「べ・べ・・別にあなたに言ったわ・・け???」

ヒロシは後ろを振り向き言葉が出なかった。

「あなた・・風はるか?さん?」

「シー・・ここではカナだから。その名前はNG・・」

ヒロシはびっくりして暫く下を向き固まっていた。

「ねえ!君!横に行っていい?話が遠いからさ」

そう言うとヒロシを奥に追いやり、隣の席に無理矢理座ってきた。(いい匂い・・香水だな。)

「いや〜こんなに早く再会とは驚きだね。どう!受験上手くいった?世界史ってむずいよね?」

ヒロシは少し青くなり困った顔で言うのであった。

「なんで・・今度はここに現れんですか?僕をつけていたんですか?偶然でも気持ち悪いです」

「それはこっちも同じだよ。Hiroshi Taniがこんな片田舎のバスに乗ってるんだから・・」

「あの・・」「なに?言いたいことあるの?」

「・・化粧してないと・・別人なんですね。驚きました。可愛いって言うか?普通というか?・・不思議」

「当たり前でしょう!四六時中、化粧してたら肌がボロボロだよ。まだ10代なのに。・・そう言えばHiroshiも同い年だったね。」

「そうか・・仮面のようだね。驚き・・。そうです。63年生まれです」

ヒロシ達は盛り上がらない話をぐだぐだとしていたが、急に“風はるか”が、

「おおッとここで降りなきゃ!じゃあまたね。バイバイ!幸運を祈ってるよ!」

そう言い隣町のバス停で降りていった。

ヒロシは彼女の後ろ姿を見ながら

「なんか変なアイドルだ。口は悪いし、可愛げもないし・・なんで人気があるのか分からないな。・・でも、後ろ姿やスタイルがどこか恵美に似ているかもな・・」そう思うのであった。

(あの娘も久しぶりの実家帰りだったら、車で送って貰えばいいのに。変わってるな。それに滞在時間たったの3時間・・んー!だったら帰ってもねえ?よく来たよな、都内からこの田舎に)

ただ風はるかの詳細なプロフィールは公表されておらず、完全にシークレットだった。

ヒロシは実家に戻り、両親に自分の考えを正直に伝え、静岡学院に合格した場合には、静岡に行く事を伝えた。話を聞いた両親は少し残念がったが、本人の意向を受け入れた。

食事をしている際に珍しくテレビを見ていたヒロシだったが、お笑い番組や情報番組ばかりだった為、テレビを切り部屋に行こうとしたが突然に、風はるかの歌が流れてきた。

ヒロシはさっきまで一緒のバスを共にした彼女を思い出した。(本当に別人だわ。あんなミニ履いて)

「まあ・・歌は上手いよ・・だけどね、リフがイマイチだな・・彼女のものになってない。まあアイドルだからこんなもんだよな。仕方ない」

そう独り言を言うのであったが、ふとある事に気付いた。そう・・ほんの僅かだ。

(化粧落とした顔・・どこかで見たような気がする・・どこだろう?誰だろう?ああ・・思い出せない)

ヒロシは思い出せそうで思い出せずで少々だが悶々としたのであったが、部屋に行くと余りの心労で疲れて寝てしまった。


次に日ヒロシは朝早く起き、卒業した高校に行き、担任であった木村を訪ねた。

木村に会い、もしもの場合の相談をした。

無論だが、もし静岡学院に合格した場合には、埼玉学院を断るとのことだった。

推薦を蹴ると言うのはナンセンスな行動で、翌年から後輩の推薦枠が取り難くなってしまうからだった。

ヒロシは作戦を立てていた。もしもの場合には家の事情で・・ということでお願いした。

貧しい谷家ゆえんに、家庭の理由は1番の断れる理由だった。

木村は怪訝に思っていたが、仕方がなくヒロシの作戦に乗るのであった。しかし受からなかった時は、きれいさっぱりと埼玉学院に行くように言った。

ヒロシは大きく頷き(これがこの次元での大きな分かれ道だ。その時は諦め別の人生を歩こう・・)

お昼頃にヒロシは新聞店に戻ってきた。

着替えをし、夕刊を配り戻ると佐藤社長を訪ねた。

ヒロシはそこでも自分の本音を話し、万が一の際にはここから去る話をした。

佐藤は娘(寮母)がした失礼をヒロシに詫び、そのことが要因であるかを確かめた。

「いいえ!それはないです。エミリさんも寮母さんも優しく接してくれたし、エミリさんを僕も好きです。・・でも互いに若いですから、これからもっといい縁があると信じてますし、2人ともとても明るくなりました」

ヒロシはそう言い少し照れ笑いをした。

佐藤はヒロシの決心が強いと思い、静岡学院に合格して静岡に行くまでは、皆んなに黙っていて欲しいと言われた。それと最後までエミリと仲良くしてくれとの願いだった。

ヒロシには難しかったが、静岡学院には自分の感触では合格していると想定済みだった為、佐藤社長との約束を最終最後まで守ることを約束した。


1983年3月5日に合格票がヒロシの自宅に届き電話があった。

ヒロシは心に刻む時間が来たと思った。

その次の朝にエミリがヒロシの部屋にやってきた。

「ヒロシ君・・大学はいつが入学式?着る物とか大丈夫?何も用意している様子もないけど?」

ヒロシは勉強の手を緩め「うん、大丈夫だよ。実家の母さんが準備していてくれてるから。既に万全だよ」

そう言うのであった。

「あー良かった・・じゃあデートしよう!今から」

ヒロシは手を止め「何処に行く?」

「ウ・・楽器店に行きたい!」

「えっ?なんで?楽器には興味ないだろ?」

「いいの!ヒロシ君が楽器見てるのがカッコいいから、それが見たいし、よく分からない専門用語で私に説明するところも変にいいんだ」

ヒロシは理解できなかったが、隣町の大きな楽器店にエミリと出かけた。

ヒロシは先ずはギター演奏に使うピックを探した。

「ピック・・?それ何?」

「ああ、ピック?ギターの弦を弾くときに使う、三角形のおにぎりの小さいやつみたいで、プラスチックのものさ。あゝこれだよ!」

ピックが棚に置かれているコーナーでヒロシが手に取って言うのであった。

「あゝ!これね!ピックって豚?かと思った。それからヒップかとも思って、ヒロシ君は誰のお尻を探してるのかと思って?」ヒロシは「ああ・・そう(汗)」

ヒロシはフェンダーの鼈甲(べっこう)製のピックを発見して「おお!これいいね!ん?やっぱり高いな!さすが鼈甲だ」

ヒロシがそう言うと「鼈甲・・?」

「あのね、亀の甲羅から作られてて、丈夫だし見た目きれいだろ。眼鏡のフレームにも使うやつだよ」

「うん。本当だ。高級感あるね」

「まあ・・エレキの時しか使わないけどね」

「どうして?エレキの時だけ?」

アコギでは・・あゝフォークギターでは、ストロークはあるけど、リードギター弾きは少ないから、アコギは指で弾くんだ。ピックはストロークしかない曲の時だから、そんな高級なものは使わないよ」

聞いていたエミリは??何のことやらで意味不明だったが、鼈甲製は高価と言うことだけが記憶に残った。

「ねえ!ヒロシ君あれ弾いてみて!」

エミリがギブソンのエレキを指差し言うのであった。

「おお!あれか?すごーく高価なギターだな?」

エミリは気もせず店員に「あのギター試してもいいですか?」と聞いていた。

店員は「あれですか?同じタイプのものが下のスタンドにあるので、それを指差した。狭いが、色々なアタッチメントもあり、試し弾きには格好の場所だった。

「ヒロシ君!それが同じもんだって!」

ヒロシはギブソンのレスポールを手にすると、急に高校時代のバンドの記憶が蘇ってきた。

店員は「エフェクターは自分で調節して下さいね」

そう言うのでヒロシはエフェクターをオンにし、音歪みを調整した。弦の調整も行い・・

乾いたエフェクトでヴァンヘイレンのユー・リアリー・ガットミーを弾き始めた。ジャガジャガじゃん!ジャガジャガじゃん・・

その完璧な指押さえと、スライドテクニックが映える曲だ。ヒロシはリズムマシンを共鳴させ、リズムをとった。店内に響くエレキギターにあっという間に人集りができた。まるでエドワード・バン・ヘイレンのようなリフで、彼のタッピングやアーミングなどヒロシは同様に演奏した。

これには店員も驚き「へ〜ほんまもん?すげー」

演奏が終わりヒロシは目の前にあったキーボードで、和音を続け弾いた。これは・・同じバンヘイレンのジャンプであった。広がる音にきめ細やかなエフェクト調整でヒロシはJUMPを演奏した。ギターを肩にかけ、ギターソロも見せた。

だがヒロシは途中で演奏を中止し、エミリの手を引き逃げるように楽器店を後にした。

「どうしたの!ヒロシ君!突然!」

「あゝごめん!急に用事を思い出して・・」

(ヤバかった・・JUMPがリリースされるのは今年の1983年の末でまだ発表されていない曲だ。ふー皆んな忘れて・・)

「何?急用って?」

「おお!昼飯だよ!腹減っただろう」

必死にヒロシは誤魔化した。

「ヒロシ君・・音楽してる時、人が変わるね・・まるで別人に見える。なんかイキイキしてて、ヒロシ君のための音楽みたいに知っている音に聞こえる」

「ううん、違うよ。子供の頃に俺には音楽しかなかっただけ。だから・・音を鳴らすと落ち着くのかも。ヒロシはヒロシのままさ」

「そう・・でもあの曲凄かったよ!エドワードが乗り移ったようにだった。」

「お、詳しいね。ヴァンヘイレン知ってるの?」

「うん、賑やかな曲聴いてると紛れる。不安や悩み。・・でも2曲目は?誰の曲?凄く耳に心地よかったけど・・もしかして自分で作った?」

「んん・・まさか。無理だよ。・・そのうち分かる」

「えっ?いつ?どういうことですか?」

「リバイバルで・・」

「リバイバル・・?何それ?」

「おお!腹減ったな!吉野家に行こうか!」

「良いわね。私は牛丼の大盛りでね!」

「へっ、食べるね!ダイエットはないの?」

ヒロシはなんとか誤魔化した。危なかった。

楽しく手を繋ぎ歩く2人・・笑いあう2人

(エミリ・・ごめんね。俺は君を置いていくことになる。最初の人生だったら、決して交わることのない俺たちだった。だけどこの次元で俺は君を好きになった。君も俺が好きでいてくれて・・そのことだけはありがとう。感謝しても仕切れないけど、明後日にここを去るよ・・もう会うことはない。本来の人生に戻る。君も俺との記憶が薄れて・・新たな恋を見つけるだろう。その人が運命の人かは分からないけど、少なからず俺ではない・・決して。

寂しさは同じだから、君も時間をかけて俺を忘れて。俺もそうするから)

ヒロシはエミリと(なごや)かに牛丼を食べながら、馬鹿話を続けたのだった。

ヒロシは部屋に戻ると、やっと整理整頓をするのだった。静かにそして気づかれぬように・・

ただ机の上の参考書や辞典などはそのままにしていた。見られてもいいように。


ここでの最終日・・

日曜日であった為、夕刊はなく昼食も無かった。

だがエミリの母親が部屋に来て「谷君・・庭でバーベキューしてるから来て!」

そう言うのであった。

19時の列車を予約していたので、時間があった為ヒロシは庭先に行ってみた。

ところがそこには湯浅さんや西嶋さんに、西方さんも来ており既に飲んでいた。

エミリと佐々木主任はお肉を焼いていた。

エミリが寄ってきて「ヒロシ君はここ・・私の横ね」

ヒロシは言われるままに「ああ、分かった」

そう言い座った。

湯浅さんが「よう!何にする?ビールか?」

そう聴いてきた。

「ああ、すみません!ビールで大丈夫です」

皆がビールや焼酎に日本酒にジュースをコップに注ぎ、突然、佐々木主任が立ち上がった。

「乾杯しよう!」

皆んなも立ち上がりコップを前に出した。

「・・谷君!ご苦労様・・いろいろありがとう。エミリのこと。後数時間だけ、俺たちとエミリに時間をくれ!」

ヒロシは余りにも突然なことに目が見開いたままだった。だが過去の最終日を思い出した。あの時と同じように、皆んなが俺を送り出してくれた・・。

「さあ!乾杯しよう!谷ヒロシ君の今後の活躍を願って・・乾杯っ!!」

皆んなもコップを上げ「乾杯!」

「あ・・ありがとうございます・・皆さん。嬉しいです。こんな事があるなんて」

皆は座り飲み始めた。

「・・ヒロシ君、二日前におじいちゃんに聞いたよ。ヒロシ君が悩みに悩んで、静岡に行くって・・私・・辛くてずっと泣いたけど、楽器店でヒロシ君のエレキギターの演奏を聴いて思ったの。この人は縛られたくないはずって・・感じた。私を気にかけてずっと、自分探しに迷っていたんだって思った。」

エミリは話を聞いて部屋に来たのだった。実質最後のデートをヒロシとしたかった・・今になり分かった。

ヒロシは少し涙が滲んだ。

「ごめん・・」

皆んなはヒロシを見て

「ファイトだ」「若いんだから!」「悩んだらここを思い出して」「君の故郷だから」・・そんな事を言ってヒロシを勇気付けた。


ヒロシは夕方になり部屋を出て、佐々木主任と寮母さんに別れの挨拶をし、社長室の佐藤社長にも丁寧に挨拶をした。

エミリは部屋で泣きお別れは言えなかった。

ヒロシはメモの入った小袋をエミリに渡して欲しいといいエミリの母親に渡した。

駅に着き列車が来た「発車5分前か?」

始発のため電車はガラガラだった。

(俺が求めてたものってこんな寂しいけど、美しい別れかな・・俺が望むものだった・・かも)

そうここでやり直せた事に充実感もあった。

その時だった。遠くから呼ぶ声があった。

(エミリ・・)

ヒロシは急いでホームに出て走った。改札の入り口から入ってくるエミリが見えた。

ヒロシは走り駆け寄った。

「エミリ!エミリっ!」

2人は抱きしめ合い、顔を見合わせてそっとキスを交わした。とても長く。

エミリの顔は泣き顔で酷かったが、声を絞るように言うのであった。

「ひ・ひ・ヒロシぐん・・うううっ。嫌だ行っちゃ。私を置いていくの?1人にしないで」

「1人じゃない・・その小袋開けて」

ヒロシにそう言われエミリは小袋を開けた。

「あっ!鼈甲のピック・・どうして」

「俺が使っていたから新品じゃないけど、俺の汗や努力が染み込んだピックだよ。それで高校時代に何曲も演奏したんだ。」

「そんな大事なもの・・なぜ私に(泣)」

「亀の甲羅・・硬くて丈夫で、長持ち。それに亀は万年だから・・いつか互いが大人になって、互いが結婚したら、丈夫な愛が生まれるように・・そして一生涯お互いに気持ちをぶつけ合って長持ちする・・そんな人と出会って欲しい。俺の願いだ」

<3番線の沼津行き、ベルが鳴り終わりますとドアが閉まるます。どなた様も乗り遅れませんように!>

場内アナウンスがありベルが鳴り始めた。

ヒロシは最後にエミリを強く抱きしめキスをした。

「素晴らしい・・女性になってください俺もきっと頑張るから・・さよならは言わないよ。じゃあ!」

ヒロシはそういい列車に飛び乗った。

エミリも泣きながら必死に言った。

「私も・・さよならは言わないわ。きっとまた会うから!きっと私たち出会えるから!じゃあ!またね!」

走り出す列車を追いかけて、手を振るエミリにヒロシも見えなくなるまで手を振るのであった。

こうしてヒロシは、第一の人生と同様に静岡の大学に向かうのであった。



続く


別れの時・・

本当にエミリが好きだったと思うヒロシだった

だがついに別れが来る

終焉を迎えた運命・・歪みが是正されていくのか?

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