第56話 彼女は飛び出しました
「さて、ここまでくればクライマックス。あとはゾンビに見つからないように駆け抜けるだけです」
「……歩道にも車道にもゾンビがたくさんいるんだけどぉ……」
「こりゃ……すげえな……」
階段を上りきった3人は、コンクリート製の壁に『張り付いた』状態で、橋の上をそっと覗き込んでいた。
そこから見えるのは、玉突きで事故を起こしている多数の自動車と、その間をうろつくゾンビ達の姿。
車道と歩道の間にはパイプ製のガードレールしかなく、視界を遮る役には立たない。
そもそも歩道にも多数のゾンビの姿があるため、少しでも橋に踏み込めば、即座にゾンビに補足されてしまうだろう。
「本来なら、車の隙間を縫って、ゾンビに見つからないように進んでいくっていう超難易度のステージなんですが……」
「ステージ……?」
「攻略法はちゃんとありますので、安心してください。あの、反対側に見えますかね。脱出用の梯子があるんですよね。あそこに辿り着けば、メンテナンス通路を伝って橋の向こう側まで行くことができるんですよ」
茜がこっそりと指さす先。
そこには、橋で事故などがあった場合に避難できるように、金属製の脱出梯子が準備されていた。
「まあ、メンテナンス通路の途中にもゾンビがいるので、そっちも難しいですけども。まあ、橋の上を辿るよりは安全に移動できますので、オススメはそちらです」
「見つからないように、あそこまで……? さ、さすがに無理なんじゃ……」
茜はそう説明したのだが、さすがの佳子も腰が引けているようだ。
まあ、捕まったら終わりのゾンビが何十体もうろついているところに、身一つで突入しろと言われれば、大抵の人間は嫌がるだろう。
「立ち回りに気を付ければ、わりといけますよ。ここいらのゾンビは、こっちを見つけると真っ直ぐ走ってくるので、直前で避ければ躱せるんですよね。その間に隠れるとか、あとはあっちの端っこにいけば、勝手に下に落ちていくので」
そしてそれは、ゲーム『ZOMBIE - ゾンビ 』における最も初心者向けと呼ばれる攻略法でもあった。
わざと姿を見せ、ゾンビに突進させることで橋から落下させ、ゾンビの数そのものを削っていくという対応方法。
実際、アチーブメントとして『大流川新橋からゾンビを20体落下させた』という実績が準備されているため、開発者が想定していた攻略法であることは間違いないだろう。
とはいえ。
「ちょっと不確定要素が多いので、私は好みではないんですよね」
茜はやれやれとため息を吐きながら、そう呟いた。
そして、その呟きを聞きとがめた克也が、眉をひそめる。
「……ここからどうするのか、教えてもらっていいか?」
茜の台詞に突っ込んでも、納得できる返答はない。
そのことを既に克也は理解していた。
そのため、最も重要である、行動予定を確認することにしたようだ。
「そうですね……。とりあえず、お二人にはしっかり私に付いてきてもらうとしてですね」
茜は頷き、ゴソゴソとポケットを漁ってアイテムを取り出した。
克也の質問は、実に茜の好みの問いかけだった。余計な心配はせず、最短ルートを目指す姿勢。茜は、そういうストイックな人間が好きなのだ。
なぜか盛大に勘違いしたまま、茜は克也に、そしてこちらを窺う佳子にも見えるように、そのアイテム――花火を見せる。
「これを使って、ゾンビを集めます。集めて集めて、まとめてドカン。そんな感じです!」
――どんな感じ!?
佳子と克也、2人は声に出さないまま、全力でそう突っ込んだ。
◇◇◇◇
ちょっと設置してきますね――そう言い残し、茜はガソリン入りのポリ缶を抱えてコソコソと姿を消した。
「…………」
「…………」
残された、佳子と克也。
2人は、無言で顔を見あわせる。
「……茜さん。どうするつもりか、分かります……?」
「……いや。でも、ロクでも無さそうなことは分かるかな……」
ゴクリ、とつばを飲み込む2人。
あの、動く松明と化した自警団ゾンビ。あの姿を、2人は逃げる際に視認していた。
茜は、平然と『完璧ですね』などと呟いていたが。
まだ高校生である佳子では、さすがに何が起こったかは理解できていないだろう。だが、克也は曲がりなりにも大学生であり、正しい化学の知識を有している。
だから、あれがどれだけ異常なことかを認識していた。
あの燃え方は、燃料を頭から被っていない限り、あり得ない。
つまり、茜は、何らかの方法で、あの恐ろしい自警団ゾンビにガソリンか何かをぶっ掛けたということになる。
だが、果たしてそんなことが、ただの少女に可能なのだろうか?
どんな状況で、あの狂乱ゾンビに近付き、燃料を浴びせることができるのか?
茜の『指示』で壁際に『張り付いて』いた2人には、何が起こったかは分からない。
それでも、おそらく。
尋常では無いことを、彼女はやっていたのだろう。
そして、今も。
あれだけのゾンビがうろつく橋の上に、彼女は一切の躊躇無く飛び出していったのだ。
このゾンビパンデミックの世界を、1人で生き残り続けたからこそ、佳子も克也も、その異常性をしっかりと認識していた。




