第54話 茜は投げつけました
『ぅワれレアぁアァ!! ドジャッゎレぁどっこんもんジャッあぁアァ!!』
キレた。
ぐしゃぐしゃになった金属フレームを握り締め、自警団ゾンビはクラクションを鳴らす自動車に向け、その拳を振り下ろす。
フレームがひしゃげ、窓硝子が砕け散る。
自警団ゾンビが、握り締めた拳を引き抜いた。
握り込まれていたスチールフレームが、バキバキと破滅的な音を立てながら、自動車から引き剥がされる。
『どコオォおおぉぉーッ! もッじゃあアァァああァァあァアアァーッ! われえぇエェェ-っ!!』
そうして引き剥がされたフレームは、自警団ゾンビの新たな武器となった。
振り上げ、振り下ろす。
自動車が更に破壊され、ついでのように、自動車に埋まっている女性ゾンビもその破壊に巻き込まれた。
狂乱状態になった自警団ゾンビが、自動車に対してその暴力を存分に振るっている。
「ほいっ」
そして、そんな騒動の中。
茜が、手にした一升瓶を、自警団ゾンビに向けて放り投げた。
『コォおぉジャアアアァァーッ!!』
宙を飛んだ一升瓶は、巌のような自警団ゾンビの顔面に当たり、砕け散る。
中に詰められていた液体が、ばしゃりと自警団ゾンビに降り掛かった。
『ドンジャアァぁああぁぁー!!』
通常であれば、その瞬間に茜は自警団ゾンビの標的になっていただろう。
だが、狂乱状態であれば、自警団ゾンビは周囲の状況にほとんど反応しない。
目の前に人間が現れた場合はまた違うのだが、今のように、物陰から飛んできた物にぶつかった程度であれば無視するのだ。
「さあもう一本!」
茜は、両手で保持した一升瓶を、すくい上げるように投げ放った。
片手で保持できるほどの筋力が無いのだ。仕方が無い。
投げられた一升瓶は、吸い込まれるように自警団ゾンビに向かって飛んで行き。
ガシャン、と割れた瓶が、再び中身を自警団ゾンビにぶちまけた。
「よしっ! 神引きです、一発で成功しました!」
茜はそれを確認し、ぐっとガッツポーズを取った。
「残りは予備になりましたが、まあ、これも投げちゃいましょうね」
そして。
茜は、更に三本の一升瓶を、自警団ゾンビに向けて放り投げた。
狙いがズレて自動車にぶつかったり、振り下ろされた金属フレームに運悪く迎撃されたりしたものの、既に目的である2本分を直撃させることはできている。
残りはおまけだ。
「……さて」
発狂しながら、自動車に向けてフレームを振り下ろし続ける自警団ゾンビ。
自動車の電装系はまだ生きているようで、盗難防止用のクラクションが、周囲に響いていた。
「そろそろですかね。この塀の後ろに隠れまして……」
その状態を確認し、茜はいそいそと住宅のブロック塀の影にまわり、しゃがんで身を隠す。
「しばらく、このまま待ちましょう」
◇◇◇◇
金属フレームが振り下ろされるたび、自動車はひしゃげ、破壊される。
その圧倒的な膂力に、頑強なはずの構造体も抗いきれない。
様々なフレームや部品が、折れ曲がり、圧縮され、そして他の構成部品を圧迫し。
亀裂の入った燃料ホースから、ガソリンがこぼれ落ちる。
ポタポタと落ちるだけだったガソリンは、度重なる衝撃により破損箇所を広げ、やがてドクドクと地面に流れ始めた。
地面に流れるガソリンは急速に気化し、周囲に広がる。
そして。
『じゃあああアアァァあああァァーッ!!』
自警団ゾンビが振り下ろした金属フレームが、ボンネットを破壊した。
その衝撃で、内部の配線が短絡。飛び散った火花が、ガソリンに引火する。
地面にこぼれ落ちたガソリンに、瞬間的に炎が伝播した。
爆発こそ発生しなかったものの、自動車は全体が炎に包まれる。
『ンダッおぉオラァッ!!』
更に、その炎が自警団ゾンビにまで引火した。
身体にまとわりついていた衣服から、ボワリと炎が立ち上る。
『ジャアアアァァラアアァァアアアァァーッ!! ドンコンジャアアアァァーッ!』
身体が、そしてその視界が。
炎に包まれた自警団ゾンビは、更に激昂した。
右手に持っていた金属フレームだけでなく、左手を自動車に突き刺したのである。
その衝撃で、燃料タンクに亀裂が入る。
気化したガソリンがそこから噴き出し、まるでバーナーのように自警団ゾンビを炙った。
『うょんひぃうあああぁぁア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ーッ!!』
燃焼によって発生する熱が、ゾンビを焼いていく。
人間離れした膂力を発揮する自警団ゾンビだが、体組織は人間のそれに準じる。
つまり、主な構成要素である蛋白質が、熱変成によりその機能を失う、ということだ。
炎に巻かれ、松明と化した自警団ゾンビだが。
それでも、その動きは止まらない。
『――ドゥゆュおおぉんあア゛ァ゛シャアああぁア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァーッ!!』
殴る、殴る、殴る。
燃料タンクの破損が拡大し、炎がごうごうと音を立てて吹き上がった。
全身の衣服にしみこんだ灯油が、自警団ゾンビの身体を焼いていく。
そして。
暴れるゾンビ松明を尻目に、茜は大回りで佳子と克也の隠れる場所に向かって走り始めたのだった。




