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来客用オフトゥンさん(後編)


 ◆ ◆ ◆



 …一体、どこから借りてきたのよ、そんなもの……

 ていうか、ほんとに実在したんだ、それ………



 先に聞いておくけど、それ、純白のエイよね?

 ちゃんと白だったのよね? 

 いや、重要よそこ?

 色付きのは「ひどい結末」になる物語だから。



 ああ、違う、別に白でも安全ってわけじゃないから。

 上に眠っている者を起こす時は、必ず、優しく、起こすのよ。

 白が好むのは良い夢だけど、それを汚す者は何人たりとも許さない、って生き物だから。


 名前までは知らなかったけど、わりと出てくる幻獣よ?


 えっと……神話や古いおとぎ話の、神の使いとか高位の精霊とか、そういう感じの。

 歴史や伝承に詳しい学者ならだいたい知っているはずだから。


 どんな伝承かって?

 そんなの自分で読めば……分かったから! 教えるからそんな顔するなっ!


 傷ついた英雄や姫を()やすために、神とか魔女とかが召喚するのよ、白いそいつを。

 で、それを邪魔する連中とか眠ってるところを襲おうとした魔物なんかが、あっさりそいつに返り討ちにあうわけ。それがお約束みたいな展開ね。


 文章としては短い記述の、ほとんど脇役(わきやく)みたいな扱いだけど……



 …だけど、少なくとも私が読んだことのある範囲での話だと。


 その白い幻獣、

 一度も──




 ◆ ◆ ◆



「おや、これはこれは」

「「………」」


 病室の入口で薄い笑みを浮かべるヴェノムと、あまりの光景に絶句する治療院側の関係者達。


 その病室の中には。

 白い幻獣オフトゥンの上で安らかに眠る女。

 加えて、二名の襲撃者。


 そのオフトゥンの大きな口に、上半身を()み込まれたままぐったりしている男が一人。


 オフトゥンの長い尻尾に両腕ごと上半身を拘束されたままぐったり(ひざまず)いているもう一人は、この女の担当医だったはずの男。


 そんな惨状を前に、誰かが悲鳴を上げるより先に、口前に人差し指を立てながら「静かに。騒げばヒドイめにあうにゃ」と小声で鋭く警告したハーヴィ。


 ちなみにハーヴィは、この前日にヘドラに話を聞いてから再び病室に戻ってきて、部屋の隅っこで一晩中、ずっと息をひそめていた。

 いざという時に襲撃者を迎撃するため……というよりは、何も知らない看護師達が巻き込み事故にあわないようにするために。


 ヴェノムはハーヴィからの「報告、想定その1」という短文の【暗号通信】を受けた上で、翌朝、この病室へとやって来た。

 何も知らないふりをして受付を済ませ、看護師と、担当医が「不在」のためその上司を連れて病室へとやって来て……扉を開いて、この惨状を前に「おや、これはこれは」の一言で──


「──どうやら我々の寝具が、襲撃者を撃退したようですね」

「そうみたいだにゃー」


 しれっと同意したハーヴィは「いま来ました」のふりをしてヴェノムの横に立つ。

 襲撃者二名は、結局、ハーヴィが部屋の隅っこにいたことに最後まで気付いていなかった。


 ヴェノムの言葉に、襲撃者扱いされた担当医の男が何かを言おうとするも、上半身をオフトゥンの尻尾にキュッと()め付けられて「ケフッ」といううめき声を上げることしかできなかった。


 その男のそばまで歩いて、足元に落ちている注射器を拾うヴェノム。

 再び男が声を上げようとするも、やはり出せた声は「ケフッ」といううめき声だけ。


 顔の前に近づけて注射器を見るヴェノムに、ハーヴィがたずねる。


「何かわかるにゃ?」


「…ええ。色と匂いと状況から、おおよそは」

「そんな毒ソムリエ、べのにゃんだけだにゃ」


 注射器ごと丁寧に布に包んで押収しながら、白い顔をさらに青ざめさせる担当医に「お話」を始めるヴェノム。


 それを見て、ハーヴィは時間かせぎもかねて他の者達に説明を始めた。


「襲撃者が二人で良かったにゃ」

「……よかった、とは?」


 聞き返す担当医の上司の男に、ハーヴィが、果物かごからリンゴを一つ持ってきながら話を続ける。


「口と尻尾。一度に捕まえられるのは二人までだにゃ」


 手のひらに乗せたリンゴをハーヴィが、そっとオフトゥンの前に差し出すと……


「「……?」」


「…たぶん、速すぎて見えなかったと思うにゃ。尻尾にゃ」


 そう言われて、上司の男と看護師が白いフカフカの魔物オフトゥンの、その尻尾を見る。


 いつの間にか開放されていた担当医が、そのままクニャっと床に倒れ伏した。

 そして自由になった尻尾がゆらゆらと、宙にゆらめいていて……


 …ハーヴィが、まるで(ふた)でも取るかのように、リンゴの上半分を外す。


 そんな手品に目を丸める者達に、手品ではないと説明する。


「三人以上いたら、きっと尻尾でスパッとやられてたにゃ」

「「!?」」


 風切り音すらもなく、リンゴがスパッとやられていた。


「食べるかにゃ?」


 再びハーヴィがオフトゥンの前で、今度はリンゴの上半分を差し出すと、オフトゥンはその大きな口で吸い込むようにパクっと飲み込んだ。雑食である。


 それと引き換えに上半身を()まれていた男が開放されて、そのまま床にグニャリと倒れ伏した。

 ずっと呑み込まれていたはずなのに、なぜかその寝顔がとても安らかなのが、それはそれでかえって恐ろしい。


「(まぁ、スパッといったら血の匂いで夢見が悪くなりそうだから、実際は窓の外にポイッと投げ捨てられそうだにゃ)

 …とにかく、上で眠ってる子に危害を加えない限りは無害だから、安心して良いにゃ」


 そんなハーヴィからの説明に上司の男がおどおどと問いかける。


「あ、あの、その魔物……引き取って頂くわけには……?」

「どうしてにゃ?」


「そ、それは……」


 無害なのに? むしろオフトゥンがいた方が安全なのに?

 しどろもどろになる上司の男に、ハーヴィもなんとなく彼の事情を察した。


「(…ああ。この治療院のやつらもある意味、被害者? 貴族達からの圧力には逆らえないってことかにゃ)」


 貴族からの協力なしでは経営できないとか、そういうことだ。

 貴族からの庇護がある治療院と、貴族に逆らえない治療院というのは、表裏一体なのだろう。


 そんな板ばさみの彼に、ハーヴィが助け舟を出す。


「白くてフカフカで、眠りを守る、伝説の精霊。そういう話に詳しい学者とかに相談してみると良いにゃ。

 この子がどれくらい強い子なのか、専門家からの言葉があれば『上のやつら』もきっと納得するしかないにゃ」


「…! は、はい!」

「あと、聖女が連れてきたって言っとくと良いにゃ」


 つまり事実よりも説得力だ。


 ただ「ダメでした」と伝えるよりも、専門家の口から「絶対ムリ!」と言わせた方が、貴族達も(あきら)めがつくというものだ。


 そんなハーヴィの助言と、ヴェノムの後始末によって、この問題はひとまずの区切りがつくことになるのだった。




 ◆ ◆ ◆



 ちなみにオフトゥンがどれくらい強いかと言えば、読書家ヘドラの見解では、



  その白い幻獣、

  一度も負けたことがないから。



 つまり、無敵である。


 他の魔物はもちろんのこと、敵側の主役や龍種などが襲いかかっても、あっさり返り討ちにされて逃げ出す描写でしか描かれたことのない幻獣オフトゥン。

 あまりに強すぎて、盛り上がらないから、描写も短い。だから物語で脇役やちょい役としてしか登場しない。


 それなのに、わりと頻繁(ひんぱん)にその白い幻獣が物語に描かれているのは「きっと龍種と同じように実在した魔物の話が元になってるからで……って、そのままほんとに、いたのね、それ……」というのが、遠い目をしたヘドラの分析だった。


 なお、その数日後には、



  その子がいれば龍も撃退するそうだから、

  もう安心だね。



 と、精霊教会の総主みずからのお墨付(すみつ)き(?)までもらってしまって、もはや誰にも手出しできなくなってしまった。

 たとえ王都が半壊しても、彼女だけはオフトゥンの上で安眠し続けることになるだろう。


 貴族達の間で、そんなオフトゥンをどこからともなく連れてきた「四聖もヤバイ」という(うわさ)が広がり始めたことは、自称「九聖」ミスティは知らない話である。




 そんな来客用オフトゥン。


 とんでもなく恐ろしい魔物ではあるものの、悪意をもって近づかない限りは基本的に無害だ。

 それが分かってしまえば、いつも仕事で忙しい治療院の職員達はいちいち気にすることもなくなって、すぐにその異物の存在にも慣れていった。


 慣れてしまえば、その見ているだけで不思議と眠たくなってくる白くてフカフカの外見に、つい癒やしを求めて、定期的に通いつめる者達まで現れた。


 その上、「どうやら悪夢を払ってくれるらしい」というご利益まで判明してしまう。

 心を病んだ者達や治療がうまくいかない者達にとって、オフトゥンはまさに救世主のような存在になっていく。



 その治療院の1フロアが、オフトゥン専用の階になってしまった。


 静かな廊下を、いつも海を泳ぐようにゆっくり、ゆったり、神秘的に回遊していくオフトゥン。

 その恩恵を分けてもらうために、この階にある部屋はすべて仮眠室だ。



 こうして、「その背中に眠り姫を乗せたオフトゥン様」は、その治療院のご神体のような扱いになってゆくのであった。


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