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来客用オフトゥンさん(前編)

 貴族街にある治療院の一室。

 そこにはいつかの夜会事件で保護された、元奴隷の女が眠り続けていた。


 ヴェノムとソフィアの要望としては、より安全な中央政庁内にある軍務局の医療棟(いりょうとう)に入院させたかった。

 だがそれは当時の「特別臨時調査隊」とその背後にある貴族達の横やりによって阻止された。


 安全に保護されてしまっては困る、なんて本音を言うわけもなく、我々が責任を持って被害者の保護を云々(うんぬん)という理由をたくさん並べ立てて、強引に手続きを進めてしまったのだ。

 もちろんこの治療院は、そういった貴族達が少なからぬ影響力を持っている。



 そんな経緯で仕方なく、ヴェノムは忙しい時間の合間をぬっては当時の関係者としてこの治療院に定期的に足を運んでいた。何か「事故が起きて」ソフィアが責任を感じて悲しまないようにするために。



 この状況下で、元奴隷の女が下手に目覚めて色々と証言を始めてしまえば、口封じに殺されてしまってもおかしくはない。

 目覚めないから、まだ見逃(みのが)されているのだ。



 現時点では、その女の「所有権」は宙に浮いたままだった。

 中央政庁のどこかの部署の正式な管理下にするか、ソフィアあるいは精霊教会の庇護下に置くかしてからでないと、彼女はうかつに動かせない。そのあたりの手続きが横やりのせいで難航していた。


 そんな事情もあって、普通の医師よりよほど薬物や毒に詳しいヴェノムが、この女が「目覚めないように」ずっと注意を払っていた。

 いざとなったら一服盛ってでも時間をかせぐつもりだった。もちろん、ソフィアには秘密の手段で。


 そんな真っ黒な駆け引きが水面下で行われていることはさておき、今日はソフィアとハーヴィも一緒に彼女のお見舞いにやって来ていた。


「はやく良くなるといいね」


 お見舞い用の果物かごを寝台のわきに置くソフィア。


 はやく目覚めることを信じて、せめて香りだけでも良い夢に届けばというささやかな願いが、その果物かごには込められていた。

 その一方で、何か犯人が行動に出るなら「この果物に毒を仕込むだろう」という想定であえて果物かごを勧めたヴェノムと、そんな果物かごから「動かぬ証拠を収集する仕事」が増えたことへのハーヴィのやるせない気持ちも、その果物かごに込められている。


 そんな善悪入り交じる三人の見舞い客に、一緒にここまでついて来た担当の医師が申し出た。


「あの、一聖様……」

「?」


「一聖様の魔法で──」


 その言葉を、笑顔をはりつけたヴェノムがすかさず横入り(インターセプト)する。


「──この女性がこちらに来た経緯(いきさつ)をご存じ無いので?」


「えっ。 …いやぁ、ははは」


 さっさと回復させて「仕事」を済ませたい医師と、まだそれは阻止しておきたいヴェノム。

 不穏(ふおん)なやりとりに驚くソフィアと、そっと耳打ちするハーヴィ。


「えっ、べのむー?」

「あとで説明するにゃ、姫様」


 愛想笑いをする担当医の後ろで、随行していた看護師が顔をしかめたのをハーヴィは見逃さなかった。


 どうやら治療院側も一枚岩ではないらしいことはハーヴィもすでに把握(はあく)していた。

 変装したハーヴィが情報収集した結果、この担当医とその上司は裏で貴族達とつながっていて、看護師達はそんな治療院の後ろ暗い事情に眉をひそめている。


 裏でつながっている、といってもそれは珍しい話でも無かった。

 寄付や献金の額で優先順位を変えるとかの「ちょっとした融通を利かせる」程度のよくある話だ。


 …とはいえ、そういう事実がある以上は、莫大(ばくだい)な額の寄付をちらつかせながら「欲しいのなら……分かるね?」なんて密談があったあとに、「ちょっとした事故」が起きる可能性も十分にありうる話なので……



「(……今夜あたりにべのにゃんから、連れ出す指示を受けそうだにゃ………んにゃ?)」



 ハーヴィの獣耳がピクリと動いた。


「(…んっ? なんだにゃ?

 ……本当に、なにをやってるにゃ?)」


 謎の何かが近づいてくる。 …そこには、よく知っている者の気配も混じっている。

 それはやがて、徐々に喧騒(けんそう)として他の者達の耳にも届いてきて……



「…さま……! …聖女様、困ります!

 止まって下さい、聖女様!?」



「「…?」」


 何事か、と思って廊下のほうへと顔を出したソフィアが「わっ」と声を上げた。


 向こうから音もなくゆったりと、こちらに向かって宙を泳いでやって来る白いフカフカの謎の生き物。


 まるで布団のような、大きな白いエイ。

 その上に気持ち良さそうにぐでんと寝そべっている九聖ミスティ(四聖も兼任)。


 そんな彼女らを止めようと左右から声をかけ続けている看護師と守衛達だが、ミスティを乗せた白エイはそのままゆったり止まること無く、こちらに向かって飛んできている。


「……ミスティちゃん?」


 一聖ソフィアの姿に驚く表情の看護師達に、ヴェノムが声をかける。


「そちらは私達の仲間ですので、ご心配なく」


 ヴェノムの言葉にようやく安心した看護師達。


 得体の知れない謎生物を一体どうすれば良いのか困っていたが、一聖の身内(?)ならば仕方がない。

 皆がその場で一礼すると、すぐに逃げるように去っていってしまった。


 そしてミスティを背にのせた謎生物は、スーっとこちらに到着する。


「えっ。わ。なに……かわいい!」

「………これ、絶対、やべーやつだにゃ」


「…んにゅ?

 ……おはよー、ハンゾー君」


「オハヨーじゃねーにゃ。どういうことか、ちゃんと説明するにゃ」


 眠そうなミスティの説明によると、その謎生物の名前は「来客用オフトゥンさん」。


 なかなか目覚めず、ずっと苦しそうなままの女の子のことを「先生」に相談したところ、彼が「来客用オフトゥンさん」を貸してくれた、とのこと。

 オフトゥンさんは、その上に眠っている人の安眠を守ってくれるのだとか。


「オフトゥンさんはー、夢をー、たべるのでー……ムニャ……」


 頭を抱えるハーヴィの横で、オフトゥンさんを興味津々で()でようとするソフィアを、どうにか横から止めようとするヴェノム。


「フカフカだねー」

「お嬢様、危険です。お下がりくださ──」


 そんな近くのソフィアよりも、なぜか隣のヴェノムの方に興味を示したらしいオフトゥン。


 スーっとヴェノムの目の前に浮き上がって、そのフカフカのヒレで、ヴェノムの肩からホコリでも払うようにペシペシした。


「………」

「え? なになに?」


 固めた笑顔のまま距離をとるヴェノムと、もう一度ペシペシしようとするオフトゥン。


「えっ、なに!? どうしたの、べのむー!?」


「…これは、危険です。お嬢様」

「えっ!? なんで!? 私もぺしぺしされたい!」


 オフトゥンの前で必死にアピールするも、じっと見つめ返すだけでソフィアにはペシペシしないオフトゥン。


 ヴェノムが一瞬だけハーヴィに視線をよこすと、ハーヴィはわずかに首を横に振った。

 ハーヴィも知らない生き物だ。だが……


「(さっきから人ひとり乗せて静止したまま、まだ一度も着地してないにゃ)」


 そういう生き物、つまり人を乗せたまま宙を自在に移動する生き物でハーヴィがまっさきに思い浮かべたのは飛竜。

 だが、こうも安定して音もなく宙を泳ぐ生き物なんてハーヴィも見たことは無かった。


 つまりコレは、飛竜と同等かそれ以上の魔物。


 ゆらゆらと揺れる白くて長いしなやかな尻尾に、ハーヴィの警戒心がはね上がる。

 ミスティが上に乗っていなければ、もうさっさと逃げてしまいたかった。


 まるで無警戒のまますっかり眠ってしまった幼馴染の(ほお)をハーヴィが指でムニムニつつく。


「がんばって、ちゃんと最後まで説明するにゃ。

 このままだと、眠りながら飛んできて、そのまま眠った変な子になっちゃうにゃ」


 そんなハーヴィの指に、魚みたいにパクリと食いついたミスティ。あ、ダメだにゃこれ、とハーヴィは目をふせた。


 そのままハーヴィの指を口でモニョモニョしながらミスティが寝言を言う。


「ハンゾーくん……好きぃ……」

「!」


「姫様、誤解だにゃ、夢の中で()(いも)でも食ってるだけだにゃ」


 口を手でおおって赤くなっているソフィアに、つい反論してしまうハーヴィ。


「…姫様がそんな顔する資格はねーにゃ」

「なんで!?」


 愛が重たい従者と熟年夫婦みたいな日々を過ごしているくせに、にゃにを今さら。

 …なんて思ってしまったハーヴィだが、よくよく考えてみれば今のソフィアの方が年相応のふつうの反応か、と思い直した。


「ゴメンにゃ、言い過ぎたにゃ。

 …んにゃ、とにかく」


 気持ち良さそうに眠ってしまった幼馴染の代わりに、ハーヴィが説明する。


「たぶん、上で眠ってるやつは絶対安全、そういう感じの……生き物、だと思うにゃ。

 あとでドラにゃんにも聞いてみるにゃ」


 夢を食べるために、宿主の安眠を妨げる敵を排除する、超危険種。


 そうハーヴィは判断した上で、言葉をぼかしながらヴェノムに判断を任せた。

 ヘドラの名前を出したのは、こういう感じの魔物ならば伝承や伝説としてどこかの文献に残っているのではないかという憶測(おくそく)からだ。


 少なくともハーヴィは戦いたくない相手だ。

 ハーヴィ以下の実力ならばまるで歯が立たない相手であろうことを「絶対安全」という言葉でヴェノムに伝えた。


 それを受けてヴェノムは、曲げた指先をあごにそえて少し考えるそぶりを見せてから、こう告げた。


「では、せっかくですし、この寝具に彼女を乗せ換えましょう」

「は?」


 間の抜けた声を漏らした担当医の男にヴェノムが言う。


「ご覧の通り、四聖様がその身をもって快適な眠りを約束してくれていることですし」

「四聖!?」


 話についてこれない男に、ヴェノムが決定的な一言でたたみ()ける。


「上で眠る彼女の身に何かあれば、その責任は我々がとります」

「!」


 責任をとる。

 …この娘に何が起きても、私の責任ではなくなる、好機(チャンス)だ!


 (みにく)い思惑を、愛想笑いでどうにか隠す。


「…はは、そこまでおっしゃるなら、私としましても、(いた)し方ありません、ね」


「ええ、それでは、よろしくお願いします」

「こちらこそ、ははは……」


 キレイな笑みと愛想笑いの二人の姿に、またべのむーが何か(たくら)んでるとジト目のソフィアと、今夜は深夜残業確定だにゃとため息をつくハーヴィだった。





「…私、ふだん変な寝言とか言ってないよね?」


「……………ええ、特には」

「その間は、なに!? べのむー!?」


「…(このまえ『べのむー、だめぇ』って、夢の中でダメ出ししてたにゃ)」




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