新人村人(3)
ヘリングは草臥れていた。
娘を助けに飛び出したい気持ちを押し殺し、敵の襲撃を警戒しながら、夜を徹して日が昇るのを待っていたのだ。
娘が無事に帰って来たことで、緊張の糸が切れてしまったというのも疲労が押し寄せてきた一因だった。
その一方で、娘のエリナ。
ついさっきまで眠っていたし、死地から無傷で生還したせいか、すっかり超元気になっていた。
聞いて、聞いて! とヘリングに飛びつきそうな勢いで話し続けている。
聞かねばならない。ヘリングは最後の力を振り絞った。
無事とは言っても、心の傷は負っているであろう娘を安心させてやらなければならないし、まだ敵の殲滅をこの目で確認していない以上は、より多くの情報を集め続ける必要がある。
それに、デッサーを敵地に偵察に行かせている。その調査結果次第ではすぐに次の戦闘も始まる可能性も捨てきれない。
娘の話を聞く理由はいくらでもあった。
自分だけスヤスヤと眠る訳にもいかなかった。
だが、つらい。
徹夜明けで子供の相手はつらい。
もっと言えば徹夜明けでなくても、しんどいのだ。
ただでさえ、本人が目の前で話しても理解できないような「ケンの話」だ。
それを娘の口を通して、勢い五割増し、中身は半減、そんな話を聞き続けるのは、超つらい。
一緒にエリナの話を聞いているケン。
同じく徹夜明けで、盗賊相手にもっと苦労していたであろうケンは、わりと平然と立っていた。
「…若さが、憎い」
「えっ、なんです!?」
「…ただの八つ当たりだ、許せ」
「あ、はい。 …顔色悪そうですよ? 大丈夫ですか、村長さん?」
「気にするな」
「ちょっと! じいちゃん、聞いてるの!?」
「聞いとるぞい。
…ケンと一緒に盗賊共のねぐらに連れて行かれて、脅しをかけられているところ、じゃろう?」
「そう! それでね! あいつらがワーってなって、ケン兄が――」
「――すごいですね。僕、まだ村を歩いている場面だと思ってました……」
「おぬしは当事者じゃろ。もちっと頑張って解読せい」
ケンですらまるでついて行けて無いエリナの話から、徹夜明けのヘリングは根性で情報を分析し続けていたのだった。
◆ ◆ ◆
森の奥にある大鉱床。
鉱山というほどの高さの山は無かったが、その鉱脈は地面の下へと伸びていた。
金、銀、銅に石炭と無秩序に採れる鉱脈で、かつて何があったのか知らないが、掘りつくされたわけでもないのに、今は無人で放置されたままの鉱脈だ。
鉱脈の規模は分からない。だから「大」鉱床。
そんな坑道、入ってすぐの大広間。
鉱夫達が休憩したり荷物を置いたりするために広めに掘ってある石と土の部屋。
部屋に複数、雑に置かれてぼんやりと闇を押しのける手提げ光源。
頼りない光の向こうにいる薄気味悪い男達は、盗賊というより傭兵に近い、不揃いながらも一人一人がきっちりと武装していた集団だった。
そんな彼らに、不愉快そうににらみつけられていた少年。
「…おい。しっかり縛れと言ったはずだが?」
「縛った! ちゃんと魔封じの鎖で手を封じたはずだ、頭目!」
口論する男達、そして地面にばらりと落ちた鎖とを交互に見て、少年はつぶやいた。
「エっちゃんが言ってた『いざという時』って、こういう時のことかぁ…」
まだ様子を見ているつもりだったのに、きつく手を縛っていた鎖が「勝手に切れた」。
その手首には、小さな猫の刺青がむにゃむにゃと顔をこすっていて……すくっと立った。一仕事終えて、寝心地の良さげな位置を探してまたケンの「別の場所へ」と移動するらしい。
つまり、頼んでないのに猫さんがその爪で、ケンの鎖を断ち切ってしまったのだ。
そしてケンが後ろを振り向けば、小さな女の子――
――女の子は震えていた。
いつの間にか増えていた、自分と一緒に連れて来られてしまったらしい自分より年上の男の子が鎖を引きちぎった(ように見えた)のだ。
いまも自分を後ろ手に、きつく痛く縛り続けている冷たい鎖を、ケンは易々と切ってしまった。
何が起こったのか分からずに、ただただ怯えている女の子にケンは優しく声をかけた。
「もう少しだけ、待っててね」
――とは言ったものの、どうしたものやら?
わざわざ魔法を封じる鎖を持っていたくらいには、彼らは魔法使いを警戒しているのだろう。
すでに武器を抜いている男達も数人いる。
もともと無計画に走り出したケンだった。
急げばまだ間に合うかな? と、村の結界がほころびたっぽい場所の方へと走ってみたら間に合った。
間に合ったから、なんだか一緒に捕まってみて、荷物みたいに運び込まれて、洞窟みたいな場所で怖い人達に取り囲まれて、今である。
もっと言えば、「見覚えのある人達」に囲まれている、今であった。
ひとまずケンは話しかけてみた。
「えっと……ここの村の村長さんなら、事情を話せば受け入れてもらえると思いますよ?」
ケンの言葉に、きょとんとした男達。
そして、言っている意味がようやく理解できた男達が、大声で笑いだした。
…おもしろいこと言ったっけ? 予想外の反応にきょとんとしたケンに、今度は盗賊達の頭目らしき男が返した。
「受け入れて、もらう?
違う、違う! 奪うんだよ!
俺達はここに仕事をしに来たんだよ! 趣味と実益を兼ねた、楽しい楽しいお仕事だ!」
頭目の言葉に、再び下卑た笑い声をあげる男達。
盗賊達の頭目が続ける。
「ったく、貴重な鎖を切っちまいやがって。
どうやったんだか知らねぇが、お仕置きだ。
…おい、てめぇら、ヘリングと同じ魔法使いだ。今度こそ油断するなよ? 本気で遊んでやれ」
「【聖域】」
動き出そうとした男達に、ケンが真っ先に魔法をかけた相手は後ろにいた女の子だった。
温かく優しい青い光の柱に包まれた少女が「わぁ!」と思わず歓喜の声を上げてしまったが……
「…あっ」
シュゴッ、と激しい燃焼音。
一瞬で灰燼と化したのは、先程まで女の子を縛っていた魔封じの鎖だった。
封じる魔力の限界値を超えてしまい、消滅するという、リヒトが聞けば大喜びしそうな奇跡の光景だった。
ついさっき鎖を切って怒らせたばかりのケンが、申し訳なさそうに謝罪した。
「…ご、ごめんなさい。鎖があったこと忘れてまして、つい、うっかり……」
「…………化け物だっ!!
詠唱させるなっ! 殺れ!!」
殺意五割り増しで男達が殺到して来た。
ケンは反省した。どこをどう間違ったのかはよく分からないが、失敗した。
もはや戦うしかなくなってしまった。
洞窟、密室、目の前には襲い掛かってくる武器、武器、武器。
自分の背には女の子がいる、後には引けない、もう引けない!
…いや。一旦、落ち着こう。うん。
ケンはエっちゃんの言葉を……特訓のことを思い出す――
お前の言う通り、確かにお前に戦いの才能は無いな。
でも、大丈夫だ! 心配するな!
我が輩がお前にぴったりの戦い方を伝授してやる!
振り下ろされた斬撃を、歯を食いしばりながら右腕と右肩で受け止めながら、左の拳で殴り返したケン。
盗賊達は目を疑ったが、見間違いでは無かった。
鈍重な打撃音の一つで、少年の前に大男が一人、腹を抱えて膝をついた。
二撃、三撃と繰り返したならば、すぐに分かる。
二人、三人と崩れ落ちれば嫌でも分かる。
魔法使い、だと思っていた。
だが、まさかの接近戦。正面からの殴り合い。ストロングスタイル。
いや、これはもう魔法使いとか戦士とかの問題では無かった。
武器を相手に素手で殴り返す、もはや正気の沙汰では無い。
少年の血煙が舞い、腹に重い一撃をもらった四人目の男が呻きながら倒れ伏す。
右の斬撃を耐えながら、左の拳で殴る。
左の打撃をこらえながら、右の拳で殴り返す。
だが真ん中はいけない、反撃できない、だから避ける。
とにかく受けて、反撃だ!
かつてエっちゃんは「全部耐えろなんて言ってないぞ!? 少しは避けろ!」と呆れていたが、ちゃんと避けてるよ! 真ん中は!
倒れ伏した男達の真ん中で、立ち尽くしている血まみれの鬼がいた。
その赤鬼が、すっと人差し指を上にあげたのは勝ち名乗りでは無い、詠唱だ。
上からザバーと流れ落ちた水流が赤鬼の血を洗い落として――元の少年に戻してしまった。
傷が無いように見えるのは、おそらくは治癒魔法……の、はずなのだろうが…
…戦いながら治癒が追いつくわけなんて無いし、斬られながら詠唱なんて、常人にはできる訳が無い。
そういう魔物ならいる。
それだけの腕前がある魔法使いなら、わざわざ接近戦などせずに魔法で攻撃して来れば良い。
理解できない。
「一体、なぜだ……?」
思わず言葉が漏れ出てしまった男に、ケンは律儀に応答した。
「刃物で切るのって難しいんですよ?」
「いや、訳が分からねぇよ……」
…言いたいことは分かる。確かに、素人が思っているほど剣の扱いは生易しくはない。
刃を立てて、腰を入れて、しっかり振り抜くことができなければ、魔物の外皮を切り裂けずにそのまま返り討ちにあってしまうのだ。
……あぁ、こいつは「新兵に突撃してくる魔物の気持ち」を代弁したのか、なるほど、なるほど……確かに、魔物ならば自己再生機能つきの危険種だっているだろう……
そんな理解を超えた危険種を前に盗賊達は固まってしまったが、ケンの方は平常運転で濡れた前髪を両手で後ろに撫で拭った。
ケンがこう戦った理由は、案外シンプルだった。
ケンに戦い方を教えたのはエっちゃんで、
エっちゃんは魔王だったから、こうなった。
千年前も、あえて受けて、封印された。
受けねばならぬと思った。それだけだった。
だからケンも、こうなった。
この一言を言うためだけに。
「…諦めてくれましたか?」
髪から水を滴らせながら言った少年に、盗賊達の頭目が口元をひきつらせた。
…殺し合いでは無い、こいつ、ずっと俺達を「説得」していやがったんだ…!
だが、この程度で説得されるようでは彼ら盗賊団も「趣味と実益の仕事」など続けちゃいない!
びしょ濡れになった間抜けな聖人を丸め込もうと、その頭目が言い訳を一気に並べ立てた。
「…お、俺達が一体何をやったっていうんだよ!?
俺達も、俺達だって必死になって生きてるんだっ!!
てめぇに分かるか!? 俺達の、苦悩がっ!!
俺達が稼がなけりゃ、大勢死ぬんだ!
女子供が、俺達の帰りを待ってるんだ!
なぁ、悪い事なのか? 大事な人を守ることが、そんなに悪い――」
「――この前は、領主の依頼で魔物調査にやって来ていた傭兵団で、もう二度とやりませんって僕に言ってましたよね?」
「――…は?」
「六日前の夜、行商人の馬車を襲ってましたよね?」
そう言いながら、腰鞄から、鞄の大きさにはまるで見合わない大きな白い布を取り出して、翻しながら頭からかぶり、再び問いかけた。
「覚えていませんか?」
その白い布を被った人影に、盗賊達が戦慄した。
「…お、お前……まさか、あの時の…」
「そうです」
「「白い幽鬼!!」」
「どちら様ですかっ!?」
思わぬ誤解にケンは思わず叫んでしまったが、そんな白幽霊の正体は、襲撃現場に白い布をかぶって闖入してきたケンだったから、ぜんぜん誤解では無かった――
――あの時はオフトゥンの上で眠っていたはずが、目覚めた場所が「追い詰められた馬車 VS 盗賊団」の場面だった。
わけも分からず襲ってきた相手に片っ端から【束縛】の魔法をかけていったあの日の夜も、今となっては懐かしい思い出(?)だ――
――あの時、布を被っていたせいで、ずっとオバケだと思われていたのかー……ケンは遠い目をして回想した。
もはや人かどうかも疑わしくなってきた少年を前に動揺する盗賊達。
そんな彼らをしり目に、女の子の方へと歩いて行ったケンは、その白い大布を女の子の上からふわりと被せて、こう言った。
「僕が取るまで、この布を上から被ったまま耳を塞いで待っていて?
目を閉じて、絶対に聞かないようにして待つんだよ? できる?」
「う? …うん!」
ケンの言葉に白いおまんじゅうと化した女の子を置いて、再びケンは、盗賊達の方へと向き直った。
もう、これ以上は問答無用だ。
ケンは盗賊達へと「語って聞かせた」。
優しい口調で歌うように、諭すように紡いでいく……それは詠唱で、エっちゃんと一緒に考えた「ちょっと強めの魔法」の一つで……
つまり、必殺技だった。
これから話す怪談は、
二度と戻れぬ階段さ
見るな、聞くな、決して語るな
されど危険は蜜の味
隠し味には希望を一欠
もっと絶望が増すように
まだ大丈夫、まだ大丈夫、
もっとその手を伸ばしてごらん?
甘い匂いを感じたならば
きっとそこには夢がある
来て、見て、触って、さあ、おいで?
宝が君を待っている
さあ手を伸ばせ、
来い、見ろ、つかめ!
恋に焦がれて、
宝を欲しろ!!
あともう少し、
あと少し!!
やっと掴んだ……つかんだな?
おめでとう、ここで終幕。
もう二度と、悪夢はその手を離さぬ。
もう、はなさぬ。
【七十七迷層陣】
「…もう良いよ。目を開けて?」
「…あれ? ここ……外?」
「うん。洞窟の外に出たよ。
でもあの人達は中に閉じ込めちゃったから大丈夫……あっ」
「えっ、なに? どうしたの?」
「…すごい。一人、魔法を破った人が居る!
結構、自信があったのに……思わぬ形の反撃がくるから油断するなって、エっちゃんの言った通りだったよ!?」
「…ねー? お兄ちゃん?
それって、私にやったの見て、真似しただけじゃないの?」
目を閉じて、絶対に聞かないようにして待つんだよ? できる?
「…あっ」
「だめだめだよ!」
「………」
「………」
「………大丈夫、すぐに追いかけるから。【点火追尾】」
◆ ◆ ◆
「おいおい待て!? 最後の物騒な魔法はなんじゃ!?」
ヘリングはケンに向かって叫んだ。
エリナは途中で燃料切れになったのか力尽きて眠ってしまって、結局ヘリングに説明することになったのはケンだった。
「あ、はい。【七十七迷層陣】は――」
「――そっちじゃない! いや、そっちもか!?
そうだ! デッサーの奴を向かわせちまったが、大丈夫なのか!?」
なにやら恐ろしい魔法が展開されている場所に、魔法にはあまり詳しくない戦士デッサーを向かわせてしまったのだが……
「それは大丈夫です。外から誰かが入ったら、入ったところから解呪されていきますので」
「…そうか。ならば、まぁ……もう、良いわい、どーでも」
いろいろと話が大きすぎてもう分からない。
ヘリングは、ひとまず確認すべき一つのことをケンに聞いた。
「つまり、奴らはもう全員倒した、ということじゃな?」
「はい。全員やっつけました」
最後の一人も「逃げられた、でもやっつけた」から、全員だ。
ケンの言葉にヘリングは大きく息をつく。
「はぁー……そうか。ならばもう、ひとまずお前は休め。
寝床は用意してあるから、今日はもうここで眠っていけ」
「でも、まだ村長とデッサーさんが」
「いいから、休め! ……それから、重ねて礼を言う。ありがとう」
「…はい」
徹夜明けとはいえ、もう日は高いし、まだそんなに眠くないと思っていたケンだったが、半ば強引に寝台へと押し込まれてしまい、仕方なしに目を閉じてみれば……
…思ったよりも疲れていたようだ。
こうしてケンの長い長い入村一日目は終わったのだった。
(余談。本編でふれないので)
【七十七迷層陣】は左右への分岐が77回続く迷路の魔法で、終点がハズレだった場合はふりだしに戻ります。アタリは1つです。
1層だけなら50%の確率で脱出できますが、これが77層に重なった場合は……




