覆った判決とそれぞれの夢
児童擁護施設に行くのは避けたい。
だから僕は「じゃあ、また昨日みたいな事が会ったとき菜々子さんの家にやっかいになることにするよ」
そこで光さんが「あっ君、菜々子ちゃんの家がダメなら私の家って事もあるからね」
「そうだよアツジにはあたしと光さんがついているから安心してよ」
「ありがとうみんな」
僕は本当に嬉しかった。
こんなにも僕のことを思ってくれる人がいて。
僕はそれだけで胸がいっぱいで涙がこぼれ落ちそうになってしまった。
でもみんなには迷惑はかけられないな。
もしまた父親が来たら僕は戦うよ。
自分の幸せぐらいは自分で守らなきゃ。
そう思っていたら、父親は酔っぱらいながらやってきた。
「おい、アツジいるか?」
すると光さんと菜々子さんは僕の前に立ちふさがり、光さんが「何をしに来たんですか?」
「何だお前等は?俺はアツジの父親だぞ。文句あるか?」
菜々子さんが「あるに決まっているじゃないですか、あなたが昨日アツジ君に暴行を加えたそうじゃないですか」
「うるさい姉ちゃん達だな。俺の息子はまだ十四だ。それなのに一人暮らしをさせているなんて世間に渡ったら、俺達の立場が危うくなるんだよ」
そこで光さんが「帰ってください。警察を呼びますよ」
「警察!?」
ビビる父親。
でも父親は自暴自棄になって「警察でも何でも呼んでくれば良いじゃねえか」
「じゃあ、警察を呼びますよ。それによってあなた達の世間の評判が悪くなるだけですよ」
「何だよたかがいじめぐらいで、学校を辞めて、フリースクールに通わせてやっているだけじゃないか!何が不満なんだよ」
たかがいじめか。僕があんなに苦しんでいたのに親父はそんな風にしか思っていなかったなんて。
「親父、もう帰ってくれ」
僕が言う。
「ああん!お前昨日みたいに痛めつけなければ分からないか!?」
「分からないよ。だから親父もう帰ってくれ、そして二度と僕の前に姿を現すな!」
「何だとてめえ」
親父は菜々子さんと光さんを突き飛ばした事に僕は腹を立てて、金属バットを手に取り、父親の脳天に直撃させた。
父親は意識を失い、頭から血を流していた。
光さんと菜々子さんは唖然として、僕は震えていた。
とんでもないことをしたことに。
菜々子さんはうろたえた感じで「とにかく救急車を呼びましょう」
そして救急車はやってきて、父親は命に別状はなく全治三ヶ月の怪我を負うことになった。
僕は警察に呼ばれて、犯行を正直に話したが、父親は階段から転げ落ちたと僕をかばってくれた。
父親が僕をかばってくれたことに僕は感謝はしていなかった。
父親はまた世間体の事を気にして、僕をかばったんだと思う。
でも僕は警察にありのままの供述をした。
菜々子さんも光さんも妹も親父の言う事に賛同した方が良いと釘を刺されたが、僕はしなかった。
僕は父親に金属バットで頭を殴ったと供述をした。
僕はこのまま年少院に行くのかと恐れていたが、父親に恩義をもらいたくないので正直な犯行を供述した。
だが、近くにいた菜々子さんと光さんは僕の犯行を認めずに、父親の言うとおり酔っぱらって階段から落ちたと供述した。
菜々子さんも光さんも僕のことを年少院には行かせたくなかったんだ。
それで僕の供述は無効になり、すぐに前科もつかずに釈放された。
それで父親は変わった。
「アツジ、父さんはアツジが苦しんでいたことに、気がつかずにごめんな」
と謝ってきた。さらに、「これからはアツジのやりたいようにやれ。一人暮らしも良いし、学校に行きたくないなら、フリースクールに通えば良い」
僕は実家に帰り、父親と母親に僕のことを理解してくれるようになった。
光さんに菜々子さんにその事を伝えたら、「良かったじゃないと」二人は自分の事のように喜んでくれた。
これも光さんと菜々子さんのおかげだ。
僕は相変わらず、新聞配達をしながら一人暮らしを始めている。
まさか父親にバットで殴ったのに父親は僕をかばうように階段から落ちたと言った。
僕は真実を語ったが光さんも菜々子さんも父親の方に便乗して、真実は覆った。
僕は前科もないし、ただこうして一人暮らしをしている。
そして十月を迎えたとき、僕は菜々子さんと麻美ちゃんで福祉センターで手話の会に参加していた。
手話の会では三十人くらいの人が参加して、そう内喋れない人は三分の二にも当たる。
僕と菜々子さんは初めてで覚えたての手話を披露して、少しぎこちないが聴覚障害の人に何とか伝わった。
でも手話の手振りが少し違っていたら、聴覚障害の人に厳しく注意をされ、『こうだよ』と言うように身振り手振りで教わった。
それぞれ五人位のグループに集まり、僕のグループでは聴覚障害の人が四人で僕一人しかその障害を持っていないことになる。
話し合う内容は、好きな食べ物とか、ストレスが貯まった時にすることや、芸能人で誰が好きかとかを話会ったのだった。
僕が勉強した手話はその四人の人たちにある程度は伝わったが、まだぎこちないと言わんばかりに四人に身振り手振りで注意をされてしまう。
手話の会が終わって、時計は午後九時を示していた。
麻美ちゃんが「どうだった手話の会」
「手話って以外と難しいんだね」
僕が言うと菜々子さんは「本当よ、あたし凄く注意を受けちゃった」
「僕もだよ」
「楽しかった?」
楽しかったと問われると、あまり楽しくないと言うのが本音だが「楽しかったよ」と麻美ちゃんに言った。
「本当に?麻美に気を使って楽しいなんて言うのはなしだよ。それに二人とも楽しそうじゃなかったように見えたんだけど」
麻美ちゃんは疑ってかかる。
だから僕は「正直どうして良いのか分からなくて、凄く戸惑ったよ」
「それってあまり楽しくなかったって事でしょ」
「うーん」
と僕は言葉に詰まる。ちなみに麻美ちゃんは楽しそうにしていたところを何度も見ていたが、菜々子さんも僕と同じ気持ちだったかもしれない。
「その表情はあまり楽しくなかったって顔ね。だめだよ嘘をついちゃ、それに楽しいことを仕事にしないといけないよこれからの時代は」
菜々子さんは「私はあまり楽しいというような感じじゃなかったよ」と正直に言う。
「楽しくないなら楽しくないってちゃんと言った方が良いよ。麻美に気を使って損をするのは二人なんだから」
僕と菜々子さんは苦笑いをして顔を見合わせた。
「ちなみに麻美ちゃんは楽しそうにしていたね」
僕が言う。
「麻美は楽しかったよ。将来聴覚障害の耳と口になるって言うのが麻美の夢」
麻美ちゃんは誇らしげに自分の夢を語る。
何か麻美ちゃん輝いて見えるな。
正直僕には夢はない。それは菜々子さんも同じだと思える。
夢を持っている人ってなぜか輝いて見える。
本当にSMAPの世界に一つだけの花が麻美ちゃんには似合う歌だと思った。
「じゃあ、麻美ちゃん。また英明でね」
「うん」
とにっこりと笑って、帰っていった。
菜々子さんと僕は明日朝早い新聞配達の仕事がある。
途中まで一緒に帰ることになって手話や麻美ちゃんの事を語り合った。
「夢かあ~」
菜々子さんは空を見上げて何となく口にしている。
その姿は少し麻美ちゃんに嫉妬しているような仕草だと感じて、本人にその事を言うと怒りそうなので黙っていた。
「菜々子さんには夢がある?」
ないことは分かっていたが、とりあえず、菜々子さんと夢のことで語り合いたかったので話をふってみる。
「そんなのあるわけないでしょ」
「僕たちはただ、毎日新聞配達をして必死に勉強をしているだけだよね」
「アツジたまに思うことがあるんだけれども、私たちがしている勉強って世の中に役に立つのかな?」
そんな疑問をふられて「確かにね、僕達がやっている方程式や英語なんて使っている大人はほとんど、いや全然見たことがないよ」
「そうだよね。私たちは何のために勉強をしているのだろう?」
そこで帰り道の分岐点にさしかかり、僕と菜々子さんは互いに「じゃあ明日」と言って別れた。
僕は空の星を眺めて、「夢かあ~」




