後編
まず愚痴らせてもらうと、この部屋に私は案内されてから、部屋から一歩も外に出ることができなくなってしまった。どうやら、私はお城の東の塔の最上階に収容されたようだ。長い螺旋階段を登のって、キツイ。エレベーターがないのとか、マジありえない。
そして、部屋の外の廊下には衛兵が立っていて、「貴方を部屋から出すことはできません。命令ですので」と言って、私を外に出してくれない。軟禁ってやつじゃなね、と思う。
「貴方のお名前は?」など、暇だから衛兵と会話をしようにも、
「貴方と会話することはできません。命令ですから」としか答えてくれない。ちょーつまらない。
極めつけは、「そんなに命令が好きなら、命令と結婚すれば」と嫌味を言ったら、「命令であればそう致します」なんて衛兵は真顔で言ったのだ。
そんなわけで、私は、異世界に召還されてから、この部屋に通され、そして、軟禁されています。
部屋に通されてから数時間。そろそろお腹空いてきたなぁと思っていたら、部屋をノックする音が聞こえる。私はすっごく腹が立っていたから、居留守を使ってやった。そしたら、扉を開けて、王子様(仮)が入ってきた。
「やぁ。返事が無かったから、勝手に入らせてもらうよ」と王子様(仮)が言った。私の必殺技。居留守作戦に引っかからないとは、敵もさる者だ。いや、衛兵が外に私を出してくれないから、居留守を使っても、私がこの部屋にいることはばればれなのか。
「今日の夜は、聖女様の歓迎会が行われたんだよ。それで、君もお腹空いているだろうと思って、取り分けて持ってきたよ」と、王子様(仮)が部屋にやってきた。
「ありがとうございます」と私は言って、王子様(仮)が持って居たお盆を奪い、食事を平らげる。空腹は最高のスパイスだ。味付けは濃いめで、日本食と比べると塩が多い気がするが、美味しい。スープは温くなってしまっているけど、美味しい。きっと、サクラさんは、暖かいスープを飲んだのだろう。肉も焼きたての、それも美味しい部分を真っ先に食べたんじゃ無いかと想像できてしまう。
そして、私には怒りが込み上げる。なんなんだぁ。この待遇の差は!!
「それじゃあ、僕は失礼するよ」と王子様(仮)が言った。あ、まだ、部屋にいたんだ。
「ごちそうさまでした。あ、食器持って帰って」と私は、王子様(仮)にお盆を返した。そして、お腹いっぱい食べたら眠くなった。王宮のベッドということで、部屋に置いてあるベッドは、キング・サイズ。4回くらい寝返りをうっても床に落ちないくらいに広い。枕も高級品を使っているようで、家で使っていた低反発枕みたいな感触で頭が沈んでいくのだけど、この世界に低反発素材なんてないだろう。だけど、低反発枕のような弾力。素材、何が使われているんだろうなんて考えていたら、いつの間にか意識を手放していた。
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ドカーンという大きな音で、私は飛び起きた。なんだろう、と部屋の窓から城下を眺めたら、花火がいくつも上がっている。昼に花火してどうするのよ、って思うんだけど、異世界はそういうものなのだろうか。そして、大きな通りに人が集まっていて、満員電車みたいになっている。もし私が悪役だったら、人がゴミのようだ、と笑いながら言っていたかもしれない。
トン・トンと、また部屋の扉がノックされる。居留守作戦は失敗に終わったから、
「今、着替え中です」と言った。
しかし、扉は開かれた……。そこには、王子様(仮)が立っている。
「いや、変態。着替え中って言ったでしょ」と私は彼に向かって言うが、
「着替える服が無いのに、どうやって着替えするの?」と問いかえられてしまった。たしかに、昨日からずっと制服を着たままだった。
「朝食と着替えを持ってきたよ。今日、聖女様と勇者様は王都から出発するよ」
「そっか、だからこんなにお祭り騒ぎってわけね」
「そうだよ。聖女様はこの世界の希望だからね。聖女様のお披露目を兼ねて、王都の出口までパレードをするんだ」
本来であれば、聖女の地位は私のはずなのに。本当にどうしてこうなってしまったのだろうか。こんな塔に幽閉されて、私、まじで召喚された意味ないし。
「私も冒険に行きたかったなぁ」と私は本心を漏らす。勇者と吊り橋を渡り、相思相愛になる旅。これぞ、異世界モノの王道だと思う。
「それは残念だったね」と王子様(仮)は言う。どうやら彼は、私を冒険に行かす気はまったく無いようだ。
「そうそう、君宛に、聖女様から手紙を預かっているよ」と私は手紙を受け取る。綺麗な封筒に蝋燭で封がしてある。
手紙には、一言。
『たまにしか 帰って来ない 夫など 忘れて行こふ 異国の旅へ』
と書いてある。
何これ? 勇者と旅にでることの自慢だろうか? とうか、源櫻納言さんの旦那さん、ダメな人じゃん。でもさぁ、勇者との旅は、この世界の平和がかかっているわけだし、多くの人の命がかかっている。浮気性の夫の事を忘れるための傷心旅行的な扱いをするなんて、それないわーって感じ。しかも、私にこの手紙を送ってきた意味も分からない。紙飛行機にして、この塔から飛ばして捨ててしまおうか……。
「何て書いてあったの?」と王子様(仮)が言う。あ、まだ部屋にいたんだ。
「旅に出ますってさ」と私は答える。
「そうなんだ。機会があれば、また手紙を書くって彼女言っていたよ」
「いや、別に要らないし。携帯は圏外だから、ショートメールもLineも使えないんだから、手紙とかもらっても返信できないし。ところで、あんたは勇者の見送りとか行かなくていいの?」
「ああ、僕は城の中で挨拶を済ませたしね。パレードの主役はあの2人だし、僕がいてもいなくても変わらないよ」と王子様(仮)は、苦笑いをしながらいった。
「そうよね。モブキャラは辛いわよね。まぁ、いつか良い事あるんじゃない」と私は王子様(仮)を慰めてみた。
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1週間が経った。まじで、暇。やることが何にもない。王子様(仮)が本を持ってきてくれたりもしたけど、会話文が少ないし、地の文が多いし、描写も長いし、読むのがかったるい本ばっかりだった。1ページ読んでお腹いっぱい。
塔に閉じ込められたヒロインがすることと言えば、窓辺に置いておいたパンを食べに来た小鳥とお話をするのがテンプレだろう。「あなた達は、自分の翼で大空を自由に飛び回れていいわね」とか、「私は、鳥籠に入った羽の無い小鳥ね」とか、パンを千切り小鳥にあげながら、憂いを帯びて呟く。それがテンプレだろう。
そんなことを考えた日もありました。しかし、パンを窓辺に千切って置いているのに、鳥が寄ってこない。数日待っていたのに、一羽もやってこない。カラスでも良いから寄ってこいやぁー。
部屋にノックの音が響いた。どうせまた王子様(仮)だろう。彼は、私にご飯を持ってくること以外に仕事はないのだろうか。王城の端あるこの塔に来るのにも時間かかるし、この塔の螺旋階段を登るのも、結構時間かかるし。暇人なのだろう。まぁ、所詮モブキャラだし、暇なのだろう。
「やあ。今日も相変わらずだね」と、王子様(仮)が言う。私が暇なのは、誰のせいだよ、って思う。私を偽物って決めつけて、こんな塔に幽閉して。まぁ、二食昼寝付きの生活も悪くはない。おやつも美味しいし。
「聖女様から君宛の手紙が届いたよ」と王子様(仮)が言って、また手紙を渡して来た。
「アーネストからの手紙だと、この国の国境を越えたようだ。2人も無事。いよいよ、魔族の国に足を踏み入れるらしい」と彼が補足した。
「え? 勇者様が私に手紙を? それをなんであんたが見てるのよ。さいてー」と私は文句を言う。やはり、あの女との旅では心許なく、私の存在の大きさを思い知ったのだろう。
「いや、僕宛だよ。旅の進捗を報告する義務が勇者にはあるからね。君の世界にはあるかは分からないけれど、この世界では、ホウレンソウという言葉があるんだ。ホウ・レン・ソウが重要。報告、連絡、相談が重要だと、みんな分かっているからね」
「は? ほうれん草なら私の世界にもあるし。ほうれん草は、鉄分が豊富なんだよ。鉄分って言ってもわからないでしょ? カルシウムって言っても分からないでしょ。べろべろばぁー」と私は、王子様(仮)を馬鹿にした。
源櫻納言さんからの手紙には、
『差し伸べた 君の手を取り 山河を越える 杖など要らぬ 君と進めば』と書いてある。
って何よ。勇者と手を握ったという自慢かい!! あんたは、この国の国宝とか伝説の品とか言う、でっかい宝石の着いた杖を貰ったって聞いたわよ。それを要らないとか、まじあり得ないし。勇者様がピンチになったとき、その杖の宝石が光って、勇者様を守るとか、そんなビックな特殊効果を持った杖かもしれないのに、要らないとかマジありえないし。曰くつきのアイテムには、何らかの特殊効果が備わっているのが相場ってものよ。まったく基本がなっていないわ、と私は憤る。
「魔族に占拠されていた街や村を解放してくれて、国民も喜んでいるよ」
「そんなの勇者様にかかれば余裕よ」
「いや、勇者様はどちらかと言うと、聖女様を守るのに専念しているかな。源櫻納言様が、魔族を調伏して、魔族に心を与えているんだ。人と魔は、共に生きるべきだ、と聖女様は仰ったということらしい。魔族に与えられた憎しみが消えるのには時間が掛かるかもしれない。だけど、いつか、人と魔族が手を取り合って生きる世界を創っていくよ。まったく、異世界から来た人達はすごいよ。人と魔族が共に生きるなんて考えたことも無かったよ。君達の世界では、人と魔族が共存していたんだね」と王子様(仮)が言う。
「は? 魔族と共存? そんなことしてないし。源櫻納言さんが嘘ついてるんじゃないの? やっぱり彼女は偽物なんだわ。私が本物よ」と私は主張する。
「そうなのかい? ヘイアンキョウという都は、人も魔族も生活していたのだろう? もちろん、人に病をもたらす悪い魔族もたまにいたらしいけど」
「は? ヘイアンキョウとか知らないし。都って首都のことでしょ?それは東京。こんなの常識なんだけど。それを間違えるって、源櫻納言さんはあり得ないわね。魔族が化けてるんじゃないの?」
「そんなことは無いと思うけどね」と王子様(仮)が言う。
「あんたも騙されてるのよ。はいはい。私は超忙しいから、さっさと夕食を置いて出てってよ」と私は、犬でも追い払うかのように手でシッシと王子様(仮)を部屋から追い出す。
いやぁ。この世界。ご飯は美味しいのよね。やっぱり異世界は、メシウマじゃないとね、と私は思った。
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さらに1ケ月が経った。
「やぁ、元気かい?」と王子様(仮)が部屋に入ってくる。彼も飽きもせず毎日この部屋にやってくるものだ。最近は私もやることが無くて暇だから、彼のお茶に付き合ってあげたりしている。異世界召喚されて、モブキャラとお茶を飲んでいるだけだったなんて、元の世界に戻れたとして、口が裂けても言えないや。
「そうそう。また、今日、勇者からの手紙が伝書鳩で届けられてね。聖女様から、君宛の手紙もあったよ。聖女様と勇者は、魔族の領地の半分を平定したらしい」と王子様(仮)が説明してくれた。
「はいはい。ご苦労様なことです」と私は言う。
源櫻納言さんからの手紙は、相変わらず一言だった。
『あがなえぬ 青き瞳の 眼差しよ 唇重ね 見上げた夜空』
「なんてこと!!」
「え? どうしたんだい?」
「源櫻納言さんと勇者様が、チューしたみたいなのよ。これは、ヤバいわ」と私は叫んだ。サクラさんと勇者は、順調に恋愛イベントを消化しているようだ。どんどん差を広げられていってしまう。このままだと、私もモブキャラAで終わってしまう。いや、王子様(仮)がモブキャラAだから、私はBだろうか。
「勇者から僕への報告にはそんなことは書いていなかったな。源櫻納言様は、息災です、としか。あの堅物の勇者が、ついに恋に落ちた、ということなのかな?」と王子様(仮)は、笑いながら言っている。
「笑いごとじゃないでしょ。どうするのよ。私のヒロインの地位が危うくなってるのよ」
「でも、キスぐらいするだろう?騎士の忠誠で、聖女様の手の甲に口づけをしたのを君も見ただろう?」
「いや、それはそうなんだけどさぁ。あぁ~。先を越されたわ。私のファースト・キスはいつになるのやら。源櫻納言さんの後に勇者様としても、気持ち盛り上がらないわよ」と私は応える。
「へぇ。君はまだ、キスしたことがないんだ」と王子様(仮)は、驚いたような顔で私を見ている。
「そういう、あんたこそ、あるの?」
「いいや。僕もそんな経験はない。でも、君になら、言い寄る男がたくさんいると思うのだけどね。少し意外だよ」と王子様(仮)は言う。
「まぁね。物凄い数の男に言い寄られたことはあるわね」
「へぇ。それで、キスをしたことがないなんて、君って理想が高いのかな?」と王子様(仮)は言った。
「そんなことはないわよ。だって、2Dとキスなんて出来ないじゃない?」と私は答える。乙女ゲームの攻略キャラと、どうやってキスすると言うのだろう。流石に、パソコン画面にするのはねぇ。
「君の言っていることが分からないよ」と王子様(仮)は首を傾げる。
「そうでしょうね。だから、あなたはモブキャラなのよ」とだけ私は答えた。
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そして、3か月後。
「ついに、魔王を調伏したという連絡が入った」と、王子様(仮)が、慌てて部屋に飛び込んできた。
「まじ?」と私は問い返す。魔王が調伏されてしまったのであれば、マジで私の出番が無い。このまま、私は幽閉されて年老いて死んでいくコース?マジで私やばいよ。
「しかし、魔王の攻撃で、勇者が大けがで重傷らしい。凱旋するのは、魔王城で傷を癒してからになるという報告が入ったよ」と言う。
「えぇ? 勇者様が? 源櫻納言さんは、何をやっていたのよ。勇者を庇って、ヒロインが傷つくのが、テンプレでしょ。まったく、サボってんじゃないわよ」と私は愚痴る。
「聖女様を守るのが、勇者の役目だから、聖女様が無事であれば、勇者は役割を果たした、ということだと思うんだけどね」と王子様(仮)は、もっともらしいことを言う。
「だけどそれだと、クライマックスの盛り上がりに欠けない?」
ヒロインが命を落とすというのは、やり過ぎだと思うけど、ヒロインが重症になって、そこで奇跡が起こる。そして、勇者は、自分がヒロインのことをかけがえのない大切な人であると気づくってのが、テンプレだ。
「いやいや。魔王も調伏したのだから、物語はもう最後の最後のところまで来ているんじゃないかな。ちょうど、『めでたし、めでたし』の部分だと思うよ。そうそう、また、聖女様から君に手紙が届いているよ」
源櫻納言さんからの手紙は、また、また、また、一言。
『アーネスト 君死にたまふ ことなかれ 抱かずに死ぬな 君の子供を』
「え?」
私の思考は固まった。
源櫻納言さん、まさかの妊娠? ってか、魔王討伐の途上で妊娠って、前代未聞だわよ。
「何が書いてあるんだい?」と王子様(仮)が言う。
「源櫻納言さん、子供を授かったみたい」と私は言う。
「それは目出度いことだね。相手は、言うまでもないことだけど、勇者だろうね」と王子様(仮)は言う。
「ふふふ。どうやら、物語は終わっていないようよ。ねぇ、この国の世継ぎっていうと、長男でしょ?」と私は王子様(仮)に聞いた。
「そうだね」と王子様(仮)が答えた。やはりそうだ。長男が親の財産を全て相続するという設定は、テンプレ通りだ。
「どうやら、勝負は、後宮へと持ち越されたみたいだわね。きっと、源櫻納言さんが授かったのは、女の子よ。まだ、男子を生むまで、勝負は決まっていない。第一妃の地位は譲るしかなさそうね。私は、第二妃に甘んじてあげる。だけど、私が先に男子を生むのは私よ。世継ぎを先に生んで、源櫻納言さんの地位を奪ってやるわ」と、私は意気込む。私が間違っていた。この世界は、魔王を倒すための物語じゃない。異世界に召喚された2人が、血で血を洗うよな世継ぎ争いをする後宮物語だったようだ。ふふふ。私は、異世界転生での、悪役令嬢モノにも造詣が深いのよ。
「え? 一夫多妻は、この世界では認められていないよ」と王子様(仮)が言う。
「なんでよー。じゃあ、そもそも、源櫻納言さんは、元の世界に夫がいるのに、それは有りなの?」
「それは…… あくまで、この世界で夫は一人、妻は一人、ということだからね。セーフなんじゃないのかな?」
「どこがセーフよ。完全にアウトじゃない」
「まぁ、彼らのことは暖かく祝福してやろうじゃないか。それよりも、君に一つ謝ることがある」と、王子様(仮)は真面目な顔をして言った。
「何よ。急に」
「実は、君が正真正銘の黒髪、黒目の聖女様であることには、最初から気づいていたんだ」
「は?」
「だって、君の髪は確かに茶色だったけど、頭の根元から黒髪が生えていたからね。どうやったかまでは分からないけど、君がもともと黒髪で、それを茶色にしているって言っていたことも、本当なんだろうな、って分かってた」
「うげぇ」と私は思う。そういえば、ラノベの新刊を買うために、そろそろ染め直しに美容室に行きたいと思っていたのを来月に回したんだった。根元の部分が、プリン頭になっていた。
「ちょっと、鏡を持って来なさい」と私は叫ぶ。
「そう言うだろうと思って、持ってきたよ」と、王子様(仮)は、手鏡を私に見せる。
「ぎゃーーー」と私は叫ぶ。なんと、異世界にきてから4か月近く。既にプリン頭を通り越して、頭の半分が黒髪になっていた。やだ、これ超ダサい。グラディエーションカラーとか言っても、完全に誤魔化せないし、信じてもらえないレベル。
「ほら、完全に黒髪だろ?」と王子様(仮)が何故かドヤ顔だ。
「これは、ショートカットにするしかないわ。この世界って染色ないんでしょ?」
「残念ながらそんな技術はないね」
「じゃあ、散髪に連れて行きなさいよ」と私は叫ぶ。
「いいよ。さあ行こう」と、王子様(仮)は、私に向かって手を差し出す。
「へ? この部屋から出てもいいの?」と私はあっけに取られた。この4か月近い幽閉生活は何だったのだろうか。
「いいんだよ。だって、もう、魔王は調伏され、新しい時代にこの世界は入ったからね。君が黒髪、黒目だからと言って、魔王討伐に行け、なんて言われることはもう無い。黒髪、黒目だから、聖女様と人違いされるかも知れないけどね」と王子様(仮)は笑いながら言った。
「それってどういうことよ。結局私の出番が無く終わってしまったということよ。あなたのせいで」と私は怒って言う。
「考えてもごらんよ。幸運にも、黒目、黒髪の異世界人を2人も召喚出来たと分かったら、どうする?」
「2人とも、魔王討伐に行くってのが相場でしょ。効率も良いし、どっちかが失敗しても、要は最終的にどちらかが魔王を倒せばいいのだから」と私は答える。何を当たり前のことを言っているの?という感じ。
「それが嫌だったんだ。君を、危険な目に合わせたくなかった。だから、君が本物だと分かっていても、知らないふり、気付かないふりをしていた」と王子様(仮)は、まっすぐ私を見つめて言う。
「どうしてそんなことをしたのよ」と私は問わざるを得ない。
「笑わないで聞いてほしい。実は、君に一目ぼれをしてしまったんだ。君を見た瞬間、僕には君しかいないって思った。君と一時でも離れたくないと思った。君と会えない日があるなんて想像したくなかった。魔王調伏の旅になんて行かせたくなかった。成田まりあさん、僕と結婚してくれ」と王子様(仮)は、突然、私の前に膝を折った。そしてどこに隠し持っていたのか、薔薇の花束を私の前に差し出した。
「け、け、けっこーーん。ちょっと、話が急展開すぎるわよ。私は、この世界のことだってまだ知らないし、せっかく異世界に来たのだから、いろいろ観光したいし、メシウマもしたいし…… とりあえず、友達から始めましょ。それに、私はあんたの名前も知らないわ」
「僕の名前は、アルディナント・ファルトネ・カウスリム・ワルター・フォン・アレキサンド3世。この国の第一王子だ」と王子様(仮)は言った。どうやら、本当に王子様だったらしいので、(仮)は、外してやろう。青目、金髪の超イケメン。そして王子様。まるで、テンプレートから出てきた人だった。この数か月、アレクとお茶をしながら話をしたりして、悪い奴ではないことは知っている。
「名前が長すぎるわ。なんて呼べばいいのよ。よく、そんな長い名前、自分でも覚えられたわね」と私は言う。
「親しい人は、僕をアレクと呼ぶ。そう呼んでくれ」
「じゃあ、私は、まりあって呼んで。友達からはそう呼ばれていたから」
「僕のまりあ」
「いや、あんたのじゃないし。とりあえず、散髪に出かけるわよ。この髪は、ちょっと酷いわ。それから、この世界を見て回る旅に出るわよ」と私は言う。
「分かった。僕がその旅、エスコートさせてもらうよ」とアレクが笑っていた。
「まあ、それは良いわよ。でも、私が貴方の事好きにならなかったとしても、今度は、監禁なんてしないでよね」と私は言う。
「約束しよう」とアレクは言った。
「よし。それじゃあ、私をこの塔に閉じ込めたことは水に流すわ。一応、私の安全の為だったみたいだし。それじゃあ、出かけるわよ」
私は、螺旋階段を駆け下りる。まだ見ぬ、異世界が私を待っている。
私は走っていた。全力で。誰だって、全力で走らなければならない時はある。青春だって、駆け抜けてやる。恋せよ乙女、命短し。恋愛は全力投球、それが私のモットーだ。
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