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8)勇者

BL的表現があります。ご注意ください

 聖王国といえば、魔界に無い澄んだ空気に穏やかな気候と動植物、慈雨が降る場所である。古く、魔王の統べる大陸と対をなし、神を信仰し、神から力を得た国だ。長年、勇者を排出し続ける聖都を持つ王国を中心に、共立国家という構造を取っているものの、実質、聖都が実権を持つ巨大帝国であり、退屈した暇な魔族が襲ってくる他は、案外治安が良い。代わりに貧富の差もくっきりはっきりしていて、みすぼらしい格好の旅人なんかは、よくよく浮浪者と間違われたりもするのだ。そう、こんな風に。


「宿を取りたい? 嫌だよ、そんな成りで。余所ぉ、当たっとくれ」


 「はぁい」と愛想良く出て来た中年女が、こちらを見た途端、しっしっと手を振らんばかりに嫌な顔して鼻をつまむ。魔界の獣はその環境に在って臭うので、聖王国に入るにあたり、マントの裾に縫い付けてあるファーを何度か手洗いしたのだが、きっと人間レベルの匂いにならなかったのだ。そうわかってがっくりすると、さも嫌なモノを見たとばかりに、目の前でバタンっと扉が閉まる。金で交渉しようとした瞬前の出来事で、それにもまたがくりと肩を落とすのは、彼、暗黒騎士だった。


『何と無礼な輩でしょう。主、斬りますか』


 瞬間、左の腰に納まっていた漆黒の細身の剣がガタガタと揺れて主張する。それをちらりと無言で眺めた彼は、毎度のことだが、この呪いの装備な魔剣を置いていこうとして、一悶着起こしたのを思い出した。元人間の暗黒騎士ならばともかく、魔剣では聖王国を覆う結界に弾かれるだろうと思っていた事からの配慮であったのだが、何の皮肉か、背中に背負ったコレのせいなのか、すんなりと聖王国領へと入ってしまったから大変だ。勝手にガタガタ揺れるのは仕様なのでもう止める気はないものの、これでも一応お忍びでの旅である。魔界に居る時同様に物騒な彼の発言を止めようとして、しかし次の声に彼は押し黙った。


『止せ、シュバルツハルト。貧しい心のご婦人だ。哀れじゃないか。なぁ、主』


 一方の声の主、背中の巨剣は、やはりガタガタと揺れながら言う。振動する体を感じながら、暗黒騎士はなぜこんなことになったのか、もう一度思い返してみる事にした。そもそも、この背の大剣は、腰に在る魔剣の対とも言える聖剣である。本来ならば、魔王と勇者の関係、敵対する同士なのだが、何をトチ狂ったのか、四天王である暗黒騎士を主と称して、その背に無理矢理収まっていた。それに過敏に反応しているのが、同じく押し掛け女房と化した魔剣であり、彼は即座に聖剣に噛みつく。


『我が名は、”鈍ら”であるっ。未だ名を頂いていない分際で、何が”主”か。図々しいぞ、貴様』


『ふん。主は、我が名を熟考中であるだけの事。お前こそ、単なる古株の分際で主の無二のつもりか。片腹痛い』


 きゃんきゃん吠える魔剣に、何を持ってそんな自信となっているのか、余裕綽々の聖剣との会話を聞きながら、暗黒騎士は鈍らと名付けたつもりもないし、巨剣に新たに名前を付けようなどとは一切考えていないと心中で突っ込んだ。ただ、魔王様と勇者の様に、出会えば殴り合い、斬り合い、殺し合いをする性質の彼らも、同じ者を主と定めたからか、口喧嘩程度するものの、山を割るような大仰な喧嘩はしなくなったのは、まだ救いである。


 そんな面倒が大嫌いの暗黒騎士が、何故わざわざこの聖都にやってきたのか。そのそもそもの原因は、言うまでもなく、勇者が持つべき聖剣、ディレイベインにある。暗黒騎士は、それを手にする気は全くなかった。だが、拒否するこちらを見越してか、勝手に手を握って来て梃子でも離れなかったので、使用不可な片手をそのまま、上司である魔王様に助けを求めたら、彼女は生ごみを見たような顔をして暗黒騎士から顔を背けた後、「返して来なさい」と、知らずに違法外来種を拾ってきた子供を見るような目で繰り返すのだ。

 それからは、本当に酷かった。仕方がないので自室につれて帰った後は、魔剣と殴り合いの喧嘩をして騎士寮を半壊するわ、疲れて熟睡している暗黒騎士の寝床にいつの間にか半裸で入って来ているわ、騎士寮のメイド達からは「ぐふふ」と怪しい目で迫られるわ、対抗した魔剣が人型で半裸になって衆道を迫って来るわ、しかも自分が寝る方だったとか、本当に悪夢だった。

 すっかり参ってしまった暗黒騎士が決意し、返してこいと言われても離れないのだと、必死に三日、寝室まで付き纏って説得した結果、ならば、大本の家に送りつけて来いと言われて、彼は聖都に旅立った。あの説得の間も、一晩目は関わるのを嫌がった魔王様に、寄る度にデスサイズ(お仕置き型)で弾き飛ばされ、二晩目は完全無視されて、目の前に膝まづこうともそれを踏み台にされ、三日目になると流石に眠かったか根負けしてくれるまで、心が何度折れかけたかわからない。無論、そんな魔王様であるので、無給の休暇の他のサービスは、当然何もない、全くココロアタタマルばかりの話だと、思い出した彼は死んだ目をした。


 さらに追い打ちをかける事に、魔大陸と対をなす聖王国ではまた、神を信仰して力を得ている関係か、魔族にのみ反応する結界があり、力の弱い魔族は兎も角、魔族へとジョブチェンジした暗黒騎士は、聖都に行くにあたって、古の手順を踏まねばならなかった。法力の力を持つ道をなぞる事で結界に阻まれなくなるという理由で、七つの都を巡回していかねばならない、とても面倒くさいやり方である。これから聖剣を突き返すならば、さらに、聖都の聖域まで行かねばならず、その場所へも、聖都の中心である大聖堂のド真ん中、最高権力者である教皇の椅子に隠されている地下道を通って、地下湖へ行き、その中心に在る浮島まで船で渡らねばならないから、頭が痛いどころの話ではない。当然魔族である暗黒騎士にとっては、あまり行きたい場所でなく、敵地の奥深くへと潜入する事になる。隠密行動は苦手なんだがと遠い目をしていると、二本の呪いの装備は飽きもなく、ガタガタと互いに罵り合っていた。ため息を吐いて、暗黒騎士。


「ここに勇者が居てくれたら…」


 それにピクリと反応したのは、聖剣である。陽気な渋い男性の声で、『主こそが、真なる者』と囁いた。


『その漆黒に濡れた純粋な黒の瞳に、上気すると色づく肌、艶めかしい視線。戦いになれば烈火の如き様は、誠、我が身を振るうに値する』


 そうして徐に人型に戻ると、のそりと顔を上げた暗黒騎士の手を取って『その様に惚れたのだ』とのたまった。慣れて来たとはいえ、暗黒騎士の鳥肌が立つか立たないかぐらいで、魔剣も同じく人型になって、その麗しいご尊顔を憎々し気に歪めると、暗黒騎士の全身を指して言う。


『貴様は、主の、死んだ魚の様な混じり気のない深淵の目に、元々血色の悪い肌、ぬっとりとした無気力の視線を、見間違ったのだ。仕事しか生きる意味や趣味がなく、事ある毎に自傷の衝動に駆られる主のどこが”勇者”に相応しいと言うのだっ!!』


 女にも見える絶世のご尊顔で言い切った麗しい青年姿の魔剣に、片手を雄々しい壮年姿の聖剣に取られたままの暗黒騎士は、冷静に「”鈍ら”、お前、俺の事が嫌いだろう」と返事した。それに魔剣はその剣幕のまま、両手を掲げる。


『私以上に、主の理解者は居ないと言っているのですっ!!』


「あぁ、うん。そうか…」


 どうにもそうは聞こえなかった暗黒騎士が適当に言うと、そのタイミングで何者かが乱入してきた。黒いすばしっこい影のような姿に、ざっと聖剣の手を振り払い、魔剣に戻った鈍らを取って、暗黒騎士は振り被られた剣を受け止める。魔剣の力を持って、その剣はパキンと折れた。さらに敵対した相手を死に至らしめようと魔剣が本能的に動くのを制し、暗黒騎士は、襲ってきたその者の腹を蹴る。


「くっ…」


「何だ、お前は」


 見慣れぬ姿は強盗にも見えなず、暗黒騎士は転がった何者かに声をかけた。黒い外套にくるまっていた頭が、立ち上がる際に見える。聖王国では珍しくもない金髪だと分かった他、顔を上げた彼の、生に希望を抱く目を見て、暗黒騎士は嫌悪感に身震いした。


「お前、まさか、勇…」


「≪ディレイベイン≫!!」


 言いかけた暗黒騎士を放置して、立ち上がった少年は、壮年となった聖剣に駆け寄る。泰然とした聖剣は、その様にも心動かされた様子はなく、極めて冷静に少年を見下ろした。視線が合って、笑顔になった少年。


「私だ、勇者だ!! 魔族に囚われていたのだな。心配したぞっ」


「久しぶりだな、≪ラルシス≫。残念だが、我は我で真なる主を見つけた。もはやお前と共に在る事はない」


 代わって、冷静を通りこして冷淡である聖剣の言に、少年はきっと暗黒騎士を睨んだ。


「お前、魔族だな。≪ディレイベイン≫に洗脳の術をかけたか。今すぐ解けっ!!」


 魔族、の単語に、何事かと遠巻きに見ていた市民たちもざわめく。至極面倒な事になったと、顔を歪める暗黒騎士に、ケラケラと愉快そうな魔剣は言った。


『主、探す手間が省けました。アレを置いて、我らは帰りましょう』


 確かにそうしたいのは山々だが、ちらりと周囲を見渡した暗黒騎士の回りには、聖王国の市民の壁が出来ている。この全員を殺さずに突破するのは難しいと彼にも分かり、事後処理を思って彼は顔を顰めたのだ。そんな険悪な空気を読まず、聖剣は「ちょっと待て」と勇者らしき少年を止める。そうして剣を下ろせない暗黒騎士の傍に来て彼の片手を取ると、徐に巨剣へと姿を戻した。ちぐはぐな二刀流となった暗黒騎士が盛大に顔を顰めるのを気にせず、聖剣。


『この者は、真なる勇者である。我を振るうに相応しき者』


 そう宣言したから大変だ。「え、勇者様が二人!?』と騒ぎだす市民と、「嘘だ!」と喚く少年に挟まれ、暗黒騎士は、今すぐここを焦土に変えてでも帰った方が良い予感に襲われた。


「そ、そんな中年の冴えない男が勇者なものかっ。そんな死んだ魚の目をした男が、…それの何処が良いのか、≪ディレイベイン≫!!」


 怒りに真っ赤になった少年が叫び、暗黒騎士は真顔になる。ぎゅっと両の手が剣を握りこみ、魔剣は小物を甚振る愉悦を含ませ、聖剣は静かに怒りを灯して言った。


『主、斬りましょう』


『流石に言い過ぎだ、≪ラルシス≫。そんな奴だとは思っても居なかったが、お

前の魂に救いは無いようだ』


 暗黒騎士の手の力に呼応するように、各自が言った事を実行するかのように、魔剣には漆黒の、聖剣には金色のオーラが集まってくる。はっとして勇者である少年が身構え、周囲の市民も逃げるように輪を大きくした。高まる戦意に風が渦巻き、暗黒騎士はふぅっと長く息を吐く。暗黒騎士の目に青い炎が宿り、来るかっと少年が動こうとした瞬間、彼は両の手に納まる剣を一気に動かした。


 ドンッ!!――――――ガタガタガタガタッ!!!


「え?」


 即座に両方の剣を鞘に納めて、必死の形相で抑えつける暗黒騎士と、まるで呪いの骸骨のようにガタガタ揺れる二本の剣を目に入れて、勇者である少年はぽかんとする。それに低く、冷気を吐くような声で暗黒騎士は微かに視線を上げ、短く告げた。


「俺が、抑えているうちに、逃げろ」


 びゅおっと竜巻の様な風が吹き、異様な空気に怯えた市民が我先にと逃げ出す。その強風は、魔剣と聖剣が呼びこんだオーラを発散する時に出る現象で、それを真顔で抑え込んでいる暗黒騎士を見やって、少年勇者は「何故だ!!」と叫んだ。


「何故なんだ、≪聖剣ディレイベイン≫!!」


 ――――――ガタガタガタガタッ!!!


 少年勇者の声に呼応して、二本の剣の振動が激しくなる。特に巨大で扱いにくい聖剣の激しさに負けて、暗黒騎士がそれを手放すと、そのまま人身へと転化した聖剣は、太い腕で魔剣を押さえ続ける暗黒騎士の腰を抱き寄せると、艶めきたっぷりに口を開いた。


「我は、(磨きの)技術の未熟な小僧は、好みで無いのだ」


 するりと腰を撫でられ、暗黒騎士は悲鳴を噛み殺して顔を伏せる。それが照れた様にでも見えたのか、かっと頬を赤くした少年勇者は「その者であれば、満足するというのかっ」と半泣きになりながら叫ぶ。何か空気がおかしいぞと暗黒騎士が思う頃には、聖剣。


「無論」


 にっと雄々しい笑みさえ見せて、頷いた。


「ふっ、不潔だあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 走り去る少年勇者の後ろ姿。そして、「青いな」とふっと鼻で笑う聖剣な壮年。悪い予感にちらっと周囲へ視線を移した暗黒騎士は、その視界の端に映像記録装置を持った騎士寮のメイド達の姿を見たように思った。


「待て、誤解だっ!!」


 思わずそちらに気を取られた瞬間、暗黒騎士の手を離れた魔剣が麗しい青年の姿になって、怒りに顔を染める。


「主よ!! 一体どういう事だ!!?!」


「待て待て待て待てっ!!」


 詰め寄って来る麗しい美青年の手を逃れようと、暗黒騎士は腰に手を回す聖剣に、「退け、”デカブツ”っ」と蹴りを入れた。


「今日という今日は許しません!!」


 無事に着地した暗黒騎士を、先回りした美青年が捕える。首を掴むように彼の顔を捕えると、美青年は唇を噛み切り、口に血を含ませた。


「これまで我慢してきましたが、(真契約を)行わせていただきますっ!!」


「ちょっ、まっ…!!!」


 血濡れた唇が迫り、制止しようとした暗黒騎士のそれと重なる。より深く血の契約を交わそうと舌がめり込んでくる感触に、暗黒騎士は目の前が真っ暗になった。硬直する彼と真剣な魔剣の姿が重なる。嫌悪感に暗黒騎士が意識を飛ばす瞬前、彼は映像記録装置のパシャパシャというフラッシュ音を聞いた気がした。


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