はむ、一件落着
フランはすぐに飛び出そうとした。はむちゃんを救うために。でも、クエンがラルフに何かを言った。その瞬間、遠くからでもラルフが動揺したのがわかった。
ラルフはクエンを見ながら何か言いたげな顔をする。
「お前、そのねずみ殺すつもりないだろ」
クエンのその言葉を聞いて、まさかと思った。
ラルフの危ない言動をそれとなく聞いていたフランは、ラルフが本気でそう考えているのだと思っていた。
だから必死に止めようと、ここまでついてきたのだ。
「どうして、そう思うんだ?」
ラルフははむちゃんを離すことなくクエンを冷たく睨んだ。
「だってお前、じゃあどうしてわざわざこんなところまできたんだ?」
「それはあのねずみをミンチにするために……」
「お前は言ったはずだ。もしあのねずみがここに入っていたら、すぐにミンチになっているだろうな、と」
ラルフは言葉に詰まった様子で、さっきよりは幾分弱くクエンを睨む。
「それに、わざわざ一番危険な道を選んだのはあのねずみが死ぬとしたらそこだと思ったんだろ? フランとずっと一緒にいたねずみだ。ある程度の修羅はくぐり抜けているだろう。だから、もし死んでいるとしたら、という道を選んだ」
「別に、はむは修羅なんかくぐり抜けていないさ。ただ、死がいつも近くにあったから、ふつうよりはできるかもしれないと思ってそういう道を選んだんだ」
「じゃあ、認めるんだな?」
「あぁ」
クエンの言っていたことは正しかったのだ。だが、どうして……?
「俺は、あのねずみのことを姫様が可愛がるのが悔しかった」
フランは口を押さえた。
違うって言いたかった。
フランがはむちゃんを可愛がっていたのは、ラルフとの証だったから。
フランは、化け物だからラルフと一緒にいてはいけない。誰ともいてはいけないのだ。
傷つけたくない。だから、せめてラルフとの証を、見える形でとっておこうと思った。それがはむちゃん。
「何で俺じゃないんだ、何で俺じゃだめなんだって。でも、わかったんだ」
ラルフの決意溢れる顔を、かっこいいと思った。
「誰が姫様を幸せにさせるかは関係ない。姫様が笑ってくれればいいんだって。だから俺は、かまわない。姫様がはむに恋をしてしまっても、俺は陰ながら応援をするんだ……」
……とても複雑な気分だ。最後の一言がなければ、たぶん泣いていた。
ラルフに対するやるせない気持ちが、強風に吹き散らされる桜の花びらのように淡く消える。
「お前、どうしてねずみが消えたのかを知ってるんだろ?」
今度こそ、ラルフの顔が驚愕にそまった。
「な、なぜそれを……」
「これから話すことは俺の憶測でしかない。ーーねずみは、フランと離れたくて逃げたんじゃないのか?」
ーーどうして?
フランにはわからなかった。今までずっと一緒にいたのに、どうして急に逃げようと思ったのか。
ラルフは、黙ってそれを聞いている。
「ねずみは、何らかの理由で、例えば寿命が近いとか。そういうので、フランに死に様を見せたくない。フランを悲しませたくないと思って、逃げた。見つからない場所に。絶対に自分がいそうにない場所へ」
だから、クエンはフランに聞いてきたのか。どこを探した、と。そういえば、フランははむちゃんが絶対地下道にいかないと言った。
あのとき、クエンは何かをひらめいたような顔をしていたが、このことだったのか。
「お前、本当にすごいな……」
ラルフが感心したようにクエンをみた。その様子だと、すべて本当のことのようだ。
「俺は先日、ついに動物としゃべることができる道具を作った。試しにはむにつけて、会話をしてみたんだ。そうしたら、しゃべれた。俺は、はむとともに姫様のすばらしさを三日三晩、存分に語り合った。あれほど充実した時間は今までにない……」
ん? みた感じでは、とてもシリアスな話をしているようだ。
最初は、もっと緊迫したお話だと思っていた。
フランは自分の耳がおかしくなってしまったのかと疑った。だが、いくら耳を叩いてみてもいっこうに音声は改善されない。
主にラルフの話す内容だ。どこかおかしな、……とてもおかしな会話は続く。
「三日目の夜が明けると、はむは突然姫様を頼むと言ってきた。自分はもう長くない。男として女を泣かせるわけにはいけない。死ぬときはひっそりと一人でいくよ、と。俺は気づいたらいつのまにか寝ていた。目を覚ますと翻訳機もなくなっていて、全部夢だったのではないかという気さえした。だが、はむがいなくなったと聞いた」
ラルフははむちゃんを両手に掴むと、真剣な顔で見つめあった。
「まだ、話したりないんだっ! 姫様の寝顔、姫様の笑顔、姫様の泣き顔。お前は全部見たんだろ?! 一緒にいたんだろっ?! 俺も知りたいっ!!」
……帰ろうかと、フランは真剣に悩んだ。
「でも、何よりも! お前にお別れを言ってないっ!」
ラルフはお別れを言うために、はむちゃんを探していたのだ。じゃあ……?
「やっぱり、フランの元へは返さないつもりか」
クエンは知っていたのだろう。別段驚きもせずにラルフとはむちゃんを見つめた。
「ああ。それがこいつの意志だからな」
構造上の問題か、広い場所でも足音はよく響いた。
「ひ、姫様?!」
ラルフが驚いたようにフランを見つめた。
「話は全部聞いたよ」
はむちゃんがラルフの手から逃げるようにもがく。
「フラン……」
クエンのいたたまれない表情が、何故か悔しかった。
「おいで」
ラルフの手から落ちるはむちゃん。立ち止まったまま、たくさんの穴とフランを交互に見つめた。
「おいで、お別れを言うだけだから」
それを聞いたはむちゃんが、迷ったあげく少しずつフランへと近寄る。二人の距離は、フランが手をのばせば届く距離にまでなった。
フランはしゃがみこんで、はむちゃんの小さなくりっとした黒い目をみつめる。
「今まで、ありがとね。私を、ラルフを守ってくれて」
ゆっくりとフランが手をのばした。はむちゃんは逃げることなく、その黒目で見つめてくる。
優しく、そっと撫でた。気持ちよさそうにはむちゃんが目を細める。
「いつでも戻ってきていいから。私がピンチになったときは、駆けつけてね」
はむちゃんは一声鳴くと、無数の穴の一つへと入っていった。一度も振り返ることなく、最後まで……。
「いっちまったな」
クエンがフランの隣にたった。
「姫様、あの……」
ラルフも一緒に。クエンとラルフがフランを守るようにして、左右にたつ。
「私も好きだよラルフ。大好きっ」
「「……えっ」」
クエンとラルフの声がステレオで響く。
「あ、もちろんクエンも大好きだよっ。……護衛として」
ラルフの顔が一気に落胆する。クエンはよくわからない、渋い顔をつくっていた。
「さあ、帰ろっ。お腹すいちゃった」
フランは一人先を歩いた。そうしないと自分の今の顔を見られてしまうかもしれないから。
「お前、ずいぶんと俺に借りがあるよな?」
「なっ。……金なら持ってないぞ」
バゴッと何かの砕ける音が響いた。本当に借りがあるのか、ラルフはあまり抵抗されずにサンドバッグになっている。
「ちょっと作ってほしいものがあるんだが」
「……一個だけだぞ。それで全部チャラだ」
その後もなにやら二人でごにょごにょと話し続ける。
いつのまにこんなに仲良くなったのだろうか。
フランはクエンとラルフを交互にみつめ、優しくほほえんだ。
「もしかして、……私邪魔?」
したり顔で。
「「なんだそりゃあああああ!!」」
息のあった声が、地下全体に響きわたった。




