↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
" Cyber Crisis Management " 最高情報責任者・黒木 厳の責任 " UN POUR TOUS, TOUS POUR UN."   作者: 東曌


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/36

Digital Transformation 第四話 三社の提案、十人の審判

第四話 三社の提案、十人の審判



 会議室の予約は、午前九時から午後四時まで押さえられていた。


 最高情報責任者・黒木厳は、予定表を確認すると、手元の資料を閉じた。


 今日の議題は、CRMの選定である。


 営業部から上がってきた報告書には、入力作業の負担、情報の重複、利用目的が不明確な項目など、いくつもの問題が記されていた。


 営業パーソンが、商談の記録を残すために十数分を費やすこともある。


 その時間を取り戻せないか。


 今回の検討は、そこから始まった。


 会議室には、黒木のほか、システム部の藪内マコト、営業部長、そして営業部から武中ユウトが参加していた。武中はトライアルの参加候補者の一人として、現場の立場から意見を述べる役割を任されている。


 最初の説明が始まる前に、黒木は三人に念を押した。


「今日のプレゼンで、採用する製品を決めるつもりはありません。各社の提案と見積もりを確認したうえで、実際に使って評価する。そのための準備です」


 営業部長がうなずいた。


「営業部としても、現場の意見を聞いたうえで判断していただきたいと思っています。ただ、トライアルに参加する社員の業務時間を確保する必要があります。通常の営業活動に支障が出ないようにしなければなりません」


「その点も含めて、計画を立てましょう」


 黒木は答えた。


 最初の会社の担当者が入室した。


 名刺交換を済ませると、担当者はノートパソコンを接続し、画面を大型モニターに映し出した。


「本日は、弊社のCRMソリューションについてご説明いたします。顧客情報、商談管理、営業活動の記録、レポート作成まで、営業に必要な情報を一元的に管理できます」


 説明は滑らかだった。


 画面には、整然と並んだ顧客情報と商談一覧が表示される。グラフは見やすく、売上予測も一目で把握できるように作られていた。


 営業部長は身を乗り出した。


「営業会議で使う資料も、この画面から作成できるのですか」


「はい。適切に設定すれば、商談の進捗や売上予測を集計し、レポートとして出力できます」


 藪内は、設定という言葉に反応した。


「適切に設定する、というのは、具体的にはどの程度の作業でしょうか。現在のSalesforceにある顧客情報や商談履歴を移行する場合、項目の対応づけやデータの整理も必要になりますよね」


 担当者は一瞬だけ間を置き、笑顔で答えた。


「はい。データの状態によりますが、移行前の整理と項目のマッピングが必要です。弊社の導入支援サービスをご利用いただければ、そこも含めて支援できます」


「その費用は、ライセンス料とは別ですか」


 営業部長が尋ねた。


「導入支援の範囲によって異なります。詳細はお見積もりに記載しております」


 黒木は資料に目を落とした。


 ライセンス費用。導入支援費用。移行費用。


 まだ、運用開始後の負担までは見えていない。


 プレゼンが終わると、担当者は丁寧に頭を下げて退室した。


 続いて、二社目の担当者が入ってきた。


 こちらは、営業パーソンの操作性を前面に押し出していた。


「CRMは、営業の皆様に使っていただけなければ意味がありません。弊社では、日々の営業活動をできるだけ簡単に記録できるよう、入力画面や操作手順を工夫しています」


 画面上では、顧客の基本情報から商談履歴へ移動し、次のアクションを登録するまでの流れが実演された。


 武中は、黙って画面を見ていた。


 操作の流れはわかりやすい。少なくとも、デモの範囲では迷う場面がなかった。


 説明が終わったところで、武中が手を挙げた。


「一つ、よろしいですか」


「もちろんです」


「実際の営業では、商談が終わった直後に、メールを返したり、見積もりを作ったり、次の訪問先に移動したりします。記録をまとめて入力することもあります。その場合でも、入力の手間は減るのでしょうか」


 担当者は、すぐに答えた。


「入力画面の構成や運用ルールを適切に設計することで、負担を軽減できる可能性があります」


「可能性、ですか」


 武中は、少しだけ首を傾げた。


 担当者は、言葉を選び直した。


「実際の操作時間は、登録する情報の種類や件数によって変わります。ですから、御社の業務に近い条件で試していただくのがよいと考えます」


 黒木は、その返答を聞いてうなずいた。


「それが、今回お願いしたいことです。デモで操作が簡単に見えることと、実際の業務で入力時間が短くなることは、必ずしも同じではありませんから」


 担当者は、真剣な表情でメモを取った。


 最後の会社のプレゼンでは、費用と柔軟性が強調された。


「すべての企業に、大規模なCRMが必要とは限りません。必要な機能を整理し、御社の業務に合わせて構成することで、導入費用や運用負担を抑えられる場合があります」


 営業部長は、見積書を見ながら尋ねた。


「ライセンス料は比較的抑えられていますが、機能を追加した場合や、外部サービスと連携した場合の費用はどうなりますか」


「利用する機能や連携方法によって変わります。お客様の要件を整理したうえで、必要な構成をご提案します」


 藪内は、ここでも質問を重ねた。


「Slackやメールから商談情報を取り込みたい場合、標準機能で対応できる部分と、追加開発が必要な部分を分けて説明していただけますか。また、AIで情報を要約して登録候補を作る場合、誰が内容を確認し、どのような履歴を残せるのかも知りたいです」


「承知しました。連携方法と監査機能を整理し、追加資料として提出いたします」


 三社の説明が終わった。


 会議室には、三冊の提案資料と、三通の見積書が並んでいた。


 営業部長は、資料を見比べながら口を開いた。


「それぞれに特徴がありますね。機能も費用も違いますから、単純に金額だけでは比較できなさそうです」


「そうですね」


 藪内が答えた。


「導入費用だけでなく、データ移行、既存システムとの連携、研修、運用管理まで含めて比較する必要があります。契約条件も確認しなければなりません」


 黒木は、三社の資料を横に並べた。


「ところで、皆さん」


 黒木が言った。


「今日の説明で、営業の入力時間がどれだけ短くなるか、わかりましたか」


 営業部長は、少し考えてから答えた。


「まだ、わかりません」


「私もです」


 藪内が続けた。


 武中も首を横に振った。


「画面の操作は見せてもらいました。でも、自分が実際の商談記録を入力したらどうなるのかは、使ってみないとわからないと思います」


 黒木は、静かにうなずいた。


「そのとおりです。各社の説明は参考になりました。しかし、私たちが解決したいのは、営業パーソンが記録の入力に時間を取られているという問題です。プレゼンが上手だった会社を選ぶことではありません」


 黒木は、藪内に向き直った。


「十人程度で、一か月のトライアルを計画してくれ。参加者には、普段の業務に近い操作を試してもらう。現行Salesforceの入力時間も測定して、比較できるようにしてほしい」


「承知しました」


「ただし、製品ごとに条件をそろえること。試す業務、評価項目、記録する時間を決めておく。参加者の感想も大切だが、感想だけで結論を出さない」


 営業部長が質問した。


「十人全員に、三つの候補をすべて試してもらうのでしょうか」


「それが可能なら比較しやすい。ただし、通常業務への負担や習熟時間も考えなければならない。具体的な進め方は、システム部と営業部で相談して決めてください」


 黒木は一度言葉を切った。


「それから、トライアルに入る前に、何を記録すべきなのかも整理したい。必要のない項目まで、使いやすい画面に移して入力させるだけなら、根本的な改善にはなりません」


 藪内は、手元のノートを開いた。


 入力時間の実測。


 項目ごとの利用目的。


 データ移行と運用費用。


 現場の評価。


 やるべきことは多かった。


 だが、以前とは違う。


 これまでは、システムの機能や設定を中心に考えていた。今は、実際にそのシステムを使う人々が、どのような仕事をしているのかを考え始めている。


 会議が終わり、武中が立ち上がった。


「藪内さん。一か月のトライアル、楽しみというか、少し不安ですね」


「どうして?」


「もし、どの製品を使っても入力時間があまり変わらなかったら、どうなるんだろうと思って」


 藪内は、すぐには答えられなかった。


 操作画面の問題ではなく、入力項目そのものが多すぎるのかもしれない。記録の目的が整理されていないのかもしれない。あるいは、営業活動の流れと、システムの設計がかみ合っていないのかもしれない。


「そのときは、システムを替えるだけでは解決しない、ということがわかるんじゃないかな」


 藪内は答えた。


「それも、調査の結果だと思う」


 武中は、少し安心したように笑った。


「だったら、正直に使ってみます。使いやすければ使いやすいと言うし、だめなら、どこがだめなのかを伝えます」


「それが一番助かるよ」


 藪内はうなずいた。


 会議室を出ると、黒木が廊下で待っていた。


「藪内。今回のトライアルで、何がわかれば成功だと思う?」


 藪内は、少し考えた。


「どの製品が一番よいか、でしょうか」


「それだけか?」


 黒木は、穏やかに問い返した。


 藪内は、先ほどの武中の言葉を思い出した。


「いえ。なぜ入力に時間がかかるのか。どの作業を減らせるのか。製品を替えれば解決するのか。それも、わからなければいけません」


「そうだ」


 黒木はうなずいた。


「製品を選ぶことは、目的ではない。会社の仕事を改善するために、必要な道具を選ぶんだ」


 その言葉を聞いて、藪内は改めて考えた。


 一か月後、十人の営業パーソンは、どのような感想を持つだろう。


 入力時間は短くなるのか。記録は正確になるのか。営業部の仕事は、本当に変わるのか。


 そして、もし答えが、どの製品を選ぶかという問題の外側にあったとしたら。


 藪内は、ノートを閉じた。


 まずは、現場で確かめる。


 DXは、製品の名前から始まるのではない。


 人々が、今の仕事をどう感じ、何を変えたいと思っているのか。その問いから始まるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。