第3話 恋って、めんどくさいし厄介
推しが、不幸になる未来を知っている。
しかも、それを止められる場所にいる。
——そんな状況、普通は来ない。来ないはずだった。
数日後。
(今回は、確信に近い)
渡殿の奥。
磨かれた板の上を、風が細く滑っていく。
簾がかすかに揺れ、月明かりが縞のように差し込んでいた。
遠くの池から、水の気配が静かに届く。
「今日は、こちらに?」
紫は、重なった衣の袖をそろえる。
少しだけ首を傾げる。
淡い色の重なり。
紫が動くたびに、やわらかく波打った。
「はい」
(選んで来てる、よね?)
衣擦れの音。
気配がひとつ、増える。
「ふたりで楽しそうだね」
(最終イベント?)
空気が一段、重くなる。
「その子を、こちらに預けてみないか」
(本当に来たよ)
(……うさんくさい)
柔らかい言葉。断れない距離。
善意みたいな顔で、選択肢を削ってくる。
(これ、原典通りのやつ)
理子、いや、小侍従の私は何も言わない。
(ここで口出ししたら、意味がないし)
(選ぶのは、この子だから)
紫の袖が、ほんの少しだけ揺れる。
「……ここに、いたいです」
「自分で、決めたいからです」
衣の端を握る、その小さな動き。
静寂。
「——なるほど」
(……引いた?)
「あなたの影響だろう、小侍従」
(うわ、バレてる)
衣の裾が返り、香だけを残して去っていく。
(……あっさりすぎない?)
(これで終わり?)
(いや、そんなわけない)
胸の奥に、妙な引っかかりが残る。
(この人、諦めるタイプじゃない)
(むしろ、“今は引いた”だけ)
そう、この人は。
あの光君だ、間違いない。
足音が消えても、その気配だけが残っている気がした。
(——この人は、また来る)
(次は、もっと違う形で)
「ちゃんと、選べていましたか」
「はい。とても」
紫は頷く。
安心したように、衣が少し沈む。
(……よかった)
でも。
(これで全部変わった、わけじゃない)
(この先、たぶんまた来る)
(形を変えて、もっと自然に)
視線を落とす。
(恋って、めんどくさい)
(気持ちだけじゃ終わらない)
(立場とか、流れとか、周りとか)
(勝手に進んでいく)
少しだけ、息を吐く。
(それでも)
(選べる瞬間があるなら——)
「小侍従?」
「なんでもございません」
簾が、静かに揺れた。
(推し、ルート変更成功)
(……とは、まだ言えない)
(ハーレム、解体途中)
シリーズとして、他の人物視点のお話も予定しています。
ゆるく楽しんでいただけたら嬉しいです。




