4.台湾沖航空戦
コンテナに戻って来た今賀好機に石田裕が話しかけた。
「例のあれ、使ったのか?」
「ファーストコンタクトだからな、騒がれたら台無しだ。
脳梅毒の患者までいるんだ、鎮静化してもらわないと。」
「あれを使った割にはずいぶん時間がかかったな。」
「とりあえず、台湾沖航空戦の紙資料までは読んでもらえた。
これからプレゼンするからスクリーンとプロジェクターの設置を
手伝って欲しい。」
***石田視点***
あれ、とは人間の脳に直接作用する磁気共鳴装置の事である。
どのような効果があるのか今賀は細かく説明しなかったが、使われると
妙に冷静になるというか落ち着いた気分になった。
今賀いわく「使ってもしばらくすると元に戻るし、判断力に変化はないし、
記憶の改ざんもできない、あくまで冷静に話し合うための装置だ。」
今となっては信じる他はない。
都合良すぎるだろう、こいつ異常者だと思っていたのに
時間遡行、実際にはパラレルワールドに行くなどという話に乗り、
コンテナの外に出たら完全に別の景色だったという経験を何度もしている。
「本当に何の影響もないんだろうな?」
「医療用に長く使われているが、問題が出た事はないはずだ。」
単なる異常者?金持ちの道楽遊び?と思っていたのに、こいつ何者だ?
俺は今、俺の頭で考えているのか?
立派な日本庭園に無骨なコンテナが突然出現した。
随分とシュールな風景だ、さらに侘びとは程遠い衣装の人間が
ぞろぞろ出て来ても騒ぎにならないのは不思議だった。
広めの茶室の中には3人の男がいた。
密談だったらしく隣接する水屋にすら人がいない。
人払いは徹底されていたようだ。
ネットで見たな、デカいのが近衛で細いのが大川、ハゲが東條だ。
ゲーム知識と映画の東京裁判から得た知識くらいしかないけど、
本物なんだよな。ソ連崩壊後のロシアに行った時も現実感が無かったが
更に現実感が無いぞ、画像に色がついて質感までしっかり見えるのに。
年齢不詳の今賀を除けば最も歳が若い俺と中田がスクリーンとプロジェクターを
持っている。こんな時まで年功序列なのは日本的かもしれない。
「資料は読ませてもらった。面白い読み物だが、こんな未来は誰でも予測できる」
話し始めたのは東條だけだった。
他の二人はまだ資料を読み込んでいる。
「台湾沖の戦果に疑問を感じていない者なぞいない。
米艦隊の無電を追いかけてさえいれば簡単だ。
また本日米軍がレイテ島に上陸とあるが、米軍の上陸作戦に変更がない事くらい
我が参謀本部も掴んでいる。」
今賀がそれに答えた。
「それなのに山下大将のルソン島に戦力を集中する案でなく、レイテ島で反撃する案を?」
「君は何者だ?いや、この資料に書いてあったな。
海軍の戦果を前提にすれば正しい作戦だ、よく考えられている、
米軍を撃退できるはず、だ。」
「正しい作戦、ですか。そうかもしれません。正しくなかった時の責任が不明ですが。」
「何が言いたい。」
「人が大勢死にます。今までも死んでますが、はるかに大勢の死者が短い期間に」
「何を根拠に」
「閣下は、いえ軍部、政府上層部は戦争が既に詰将棋の段階に入ったという
認識なのでしょう?」
「サイパンか。本土は健在だ。蘭印の油田も抑えている。連合国のゴムや錫の供給に影響を
与えているはずだ。」
「マリアナ諸島の基地整備が終わったら本土空襲と本土近海の機雷封鎖が行われます。
必要な所へ運べない物資は意味がありません。本土内ですら物が運べない状況になります。」
「理屈ではない、何とか一撃を加えて…」
「閣下はパラグアイの三国同盟戦争を日本に置き換えてやるつもりですか?
陛下の名前の下に?」
「不敬な奴だ。あの本を送り付けてきたのはお前か」
「読んでいただき光栄です。
徹底抗戦しても日本もパラグアイと同じく国そのものは無くならないでしょう。
国体は大きく損なわれるとは思いますが。」
「そうならないために条件闘争しろというのが結論だったな。
だが、それで国の独立は保てるのか?新型爆弾による均衡というの実際できるのか。
日本の周囲は南米と違い難しいぞ。」
「そのためにこそ、この者達も連れてきました。軍事力だけでは独立を維持できないという
閣下のお考えは正しいです。この者達が日本自立の為の道を切り開きます。
これからご説明しますので、あちらのスクリーンをご覧下さい。」
俺と中田がプロジェクターのセットを終わったのを見て今賀は話を切った。
近衛と大川は素直にスクリーンを見だした。
「まったく,ボンクラとエキセントリックを丸め込めば良いと思っていたら
カミソリがいるとは。大きな物は切れないクセにやたら細かい。」
聞こえないようにボソボソと言いながら、今賀がごく普通のノートパソコンを
操作し始めた。
持ち物の技術レベルもマチマチ、話している事も時々飛躍、怪しい奴だ。
プレゼン資料は第二次大戦から冷戦への移行の説明、最初はよくあるやつだと思った。
資料の完成度は202✕年のレベルから見ても高いと思う。
AI動画を上手く使い、数字を補強している。
でも俺の目から見て核兵器の扱いが詳しいというか独特だ。
軍縮できる理屈に使っている、その費用対効果の説明に時間を割いている。
「この話、理屈は通っているように思えるが、実施は困難だろう。」
プレゼン終了後質問がないか問われた近衛が言った。
プレゼン中に質問してこないのは日本人らしいという所だろう。
「左様、戦局がこんな極端な変化をするはずがない。」
「東亜の民族が日本に反旗を翻すと?」
いや、一斉に喋れと言ってない、会議慣れしてないのか。
今賀が冷静にさばいている。
「細かい事柄については時間が許せばお応えいたします。
信じられないかもしれませんが、先程お約束いただいた通り、
マッカーサーが"People of the Philippines: I have returned."と放送したら
信じて下さい。」
「いや、約束はしたが…」
優柔不断というのは本当だったんだな。
「先程の計画を実施できるだけの資材は持ち込んでおります。
実物を見ればより確信できると思います、こちらにおいで下さい。」
か細い声を打ち消すように今賀が声を上げた。
「随分鮮明な妄想だ」プロジェクターの後始末をしている中田がブツブツ言っている。
禿同というこの時代では絶対に通じない言葉が頭に浮かんだ。




