第64話「冬」
季節は12月。心地の良い秋は過ぎ、冬本番へと突入していた。
「……」
黒スーツの上に灰色のコートを羽織った男が道を歩く。街灯に照らされた市街地の夜道は不気味な程静まり返っていた。
「…佐々木だな?」
「っ…」
曲がり角を曲がると同時に男の頭部に銃口が付きつけられる。
「お前の抹殺依頼が出ている。悪く思うなよ」
「……それ、絶対に人違いだ。いいか、犯人は金……」
「死ね」
射撃に僅かな隙。油断を見た男が頭部を庇うように着用していたコートを投げ捨てる。
「___‘展開‘」
それと同時に発砲音。7発全ての弾丸が発射される。
だが、その全ての弾丸はコートによって防がれていた。
「っ…!?馬鹿な…!?強化した特殊弾頭だぞ!?」
「けっ…どんな得物でイキッてるのかと思えば、その辺のブラックマーケットで買える弾じゃねえか。こんなもん対策済みに決まってるだろド素人が」
「……っ!!」
男が慌てて腰に装備していたもう1つの得物を抜こうとする。
「アホ。この間合いで次は無えよ」
「があっ!?」
コートの首元から男が2発、その手に抜いていた拳銃を発射する。弾は正確に男を襲撃した殺し屋の頭部深くへとめり込んでいた。
「「回復効果」を阻害する「本物」の特殊弾だ。何発か貰ってもどうせ何とかなるとかヌルい事を考えていたっぽいが…まあ、そういうのが「再生能力」持ちの弱点だな」
「……はぁ…」
「…これじゃあ命がいくつあっても足りねぇよ……」
男が確実に死亡した事を確認した後、慌てるように男は再び歩き始めた。
「ここか…」
男が手に持っていたスマートフォンを確認する。目の前にはごく普通の喫茶店。男が持つスマートフォンにはこの中に入れとメッセージが表示されている。
「……」
迂闊に足を踏み入れる事など男には出来ない。この何の変哲もない喫茶店。それが人外魔境への入り口だと言う事を男は深く理解していたのだ。
「…入るしかない…か」
出来る事なら今この瞬間にでも全ての預金を引き出し海外にでも高飛びしたい。「あの男」と関わる事を考えればそれこそが最善手ではないかと男は本気で考えていた。だが、ここで逃げたところで男には「先」が無い。行くも地獄。帰るも地獄。ならば進む道など1つしかない。
「同じ破滅なら…前に進んだ方がマシか」
懐に装備している「切り札」の感触を再確認した後、ゆっくとそして丁重に男はドアを開く。それと同時にカランコロンという鈴の音がフロア全体に響き渡った。
「いらっしゃいませ」
「いっ…!?」
そして次の瞬間にはもう、男の背後に店員と思わしき少女が現れていた。セミロングの茶色の髪に恐ろしいほど整った顔立ち。喜怒哀楽を感じさせないその冷たい瞳が男の目を射抜く。
「…あ…ああ……」
男は直ぐに返答する事ができなかった。男は混乱していたのだ。やけにタクティカル寄りなその服装。頭部から生えている狼のような大きな耳。かと思えば胸元にはやたらとファンシーな筆記体で「ハスキー<研修中>」という謎のネームプレートが付いている。全てがあまりにもチグハグなのだ。思わずこの場所が日本と言うことを忘れさせるくらいには。
「どうかしましたか?」
「いや…どうかしたっておい……い…いや、何でもない……」
男が内心の違和感を抑え込む。この少女も間違いなく「あの男」の関係者だという事は火を見るよりも明らかな事実。下手に刺激をしてはいけない。男はその事を手痛い教訓と共によくよく理解していた。
「し…知り合いが席を取っているはずなんだ。確認してもらえるか?」
「…一応「見えて」はいるようですね。了解しました。その方のお名前は?」
「名前は……」
男がその名前を口にする。そして伝え終えた男が安堵感と共に一瞬き。そのたった一瞬の後に男の視界に写る景色が変わっていた。目の前には瞳孔が開ききった青色の危険な瞳。それが男の目をジッと覗き込んでいた。
「っ…………」
「……」
「ふむ…。こちらになります」
店員がゆっくりと目を逸らし男に背を向け歩き出す。
「…ああ…クソ……心臓に悪過ぎる……」
その目には見覚えがあったのだ。人を人と目ていないあの仄暗い瞳。「あの男」の関係者は誰も彼もが人外の化け物ばかりだと。
「…ヤニでも吸わねえと正気じゃいられねえよ……」
男が恐怖心を払拭するためにタバコを吸おうと懐に手を入れる。
「お客様、早死にしたいんですか?」
「うっ…!?」
だがそこまで。そこで男の動きはピタリと止まる。
「当店は全席禁煙です」
喉元にピタリとナイフが突き立てられる。食事用の品があるナイフではない。大振りのダガーナイフ。それを店員が男の喉元へと添えていた。
「わ…悪かった!近所の喫茶店は喫煙OKだったんだ!ここでは絶対に吸わないと誓う!何なら「制約」をしてもいい!!」
「…そうですか」
スッ…と店員の手からダガーナイフが消える。
「くれぐれもご主…いえ、マスターには失礼の無いようにしてください」
「ああ…気をつけるよ…いや、ほんとにな……」
男は自分の首がまだ繋がっていることを何度も何度も確認する。死の恐怖はそう簡単に払拭できるものではない。こうなると目に見える一般客と思わしき食事中の人物達も全員敵に見えてしまう。
「…最高に笑えない冗談だ」
警戒しつつも店員に先導され店内最奥に設置されたカウンター席へと男は歩を進めた。




