第62話「エピローグ」
「うぎぎぎ……ちくしょう!ちくしょう!!この私が正面戦闘でぶっ飛ばされるなんて……!!」
ネガティブな言葉を呟き膝を抱えて蹲るシュガーの姿。その姿を興味深そうに観察していた大助がどう言葉を投げかけようかと悩む。
「……」
(面倒だな。こういう一人反省会をするやつは下手に刺激すると余計に面倒な事になる。…というよりも「反省」している時点で本人は答えを薄々理解している事がほとんどだ。つまりこいつに今必要なのは「時間」という事だ)
「おいおい。とりあえず落ち込むのは後にしてくれ。それよりも少し聞きたい事が……」
___大助の瞳が、ふいに視界に映り込んだ異物を認識する。
兎の仮面を被ったその男は、大助が自身を認識するのを待っていたかのように口元へと指を一つ立てる。
(なんだ……あれは…?)
異様。違和感。異物感。大助はその男の異常性を一目で見抜いていた。人の形をしているだけのその「異物」は大助だけに分かるようにメッセージを送っていた。
「……」
(「静かにしていろ」という事か?)
兎の仮面を被った男が服の内側から何かを取り出す。
「___‘サラセニア‘……悪いが、そこの青年以外は全員眠って貰おう」
「っ…!?」
男の「詠唱」と共に召喚された未知の魔草。それが一瞬の内に金本大助と兎の男を除いた全員の意識を刈り取る。
「心配するな青年。君を含めた全員の魔力を限界ギリギリまで吸い取っただけだ。…もっとも、「魔力」に依存していない君にはあまり効果は無いみたいだがね」
「……」
奇妙な兎の仮面に白いスーツ姿。そこまでなら大助もこれ程までに警戒する事は無かっただろう。問題はそのおかしな男が敵味方を無差別に昏倒させたという点だ。
「あんたは、そこに転がってるラスボスの関係者って事でいいのか?」
「ふむ…」
仮面の男が少しだけ自身の顔に手を当てる。
「まあ関係者と言えば関係者ではあるが、別に私はそこで幸せそうな顔で眠っている彼女の指揮下に入っているわけではない。立場的には「観客」というのが一番しっくりと来るだろうな」
(嘘だな)
「観客…?「脚本家」の間違いだろ?俺としては虚飾を抜いたあんたの本音を聞いてみたいもんだ。…実際問題、何故味方のはずのそいつらを退場させてまでこの状況を作ったんだ?」
「…ふむ。本音ね……」
仮面の男は少しだけ言いずらそうな挙動をしつつも言葉を続ける。
「そうだな…まあ、しいて言うなら個人的な流儀とでも言えば良いのか……あのままだと、ミルフィーを降した彼女達と青年との場外乱闘が始まりそうだったからな。メインの舞台が終わったのに、外野がワーギャーとやっていたら興ざめだろ?何事も余韻というものが重要だと私は考えているだけさ」
(こいつ、頭がおかしいんじゃないか?)
「とまあ、ここまでは建前のようなものだ。…私の本音としては、実際にこの目で見てみたくなったのさ。あの子達が命懸けで足止めする程の「価値」が、本当に君にあるのかどうかを」
「……」
「少し場所を変えよう。…確かに君は、今までの「害虫」とは何かが違うようだ」
「ああ…っ!?」
瞬きをする間もなく一瞬で巨大な倉庫のような場所へと景色が切り替わる。
「…転移か」
「似たようなものだ。さて、青年。少し話に付き合って貰おうか。私も君に興味が湧いて来た。…まあ、ミジンコ程度の大きさではあるがな」
「ああ。俺としてもあんたのような人格破綻者の口から何が吐き出されるのか楽しみで仕方が無い。今後の対話において良いサンプルになりそうだ。色々と参考にさせて貰うよ」
「…耳の痛い話だ。いいだろう。訂正する。青年にはアブラムシ程度の価値はある」
両者共に休憩スペースに設置されたイスへと腰掛ける。
「とりあえずだ。お互いに訳の分からない状況ではあるが「自己紹介」をしておこう。私は……「K」とでも呼んでくれ。青年、君の名は?」
「…俺が本名を教えると思うのか?」
「思うとも。少なくとも青年は理解しているだろう?こういう場面では私を少しでも気持ち良くさせ情報を引き出すのが得策だと。私がどのレベルの情報を握っているのか分からない以上、誠実である事が一番だと言っておこう」
「正論だな。…まあいいか。今回は最後まで踊り続けると決めてるしな。そういうのも面白い。…俺は金本。金本大助だ」
「……そうか。良い名前だな」
そして奇妙な二人の男の会話が始まった。
「ふむ…。つまり青年の目的はダンジョンの殲滅ではないと?」
「ああ…というよりも「殲滅」という言葉がどう飛躍したら湧いて来たのか、そっちの方が気になるな」
「飛躍ときたか…青年、君はそういう手段も検討していただろう?客観的に考えて見るといい。ただでさえ化け物みたいなヤバい人間が同じようにヤバい仲間たちを引き連れてダンジョンの最深部一歩手前まで転移してくる。その状況をな」
「…まあ、そう捉えてもおかしくないな」
「だろう?」
(…不思議な感覚だ)
3分間の短いやりとり。その中で大助とミスターKは互いの行動理由を既に把握しかけていた。
互いに重要な情報は伏せた上で現状を平和的に切り抜けられるよう必要最低限の情報を事務的に話していく。その真偽について問うような事を二人はあえてしない。
結局のところ、「情報」というものは「言語」というフィルターを通した時点で加工されたものになる。そこから何が真実で何が虚偽かを考えることこそが会話だという事を、互いに深く理解していたからだ。
(この男の口からは参考になるレベルの面白い答えが出てくる。答え自体は正確だが、どこかユーモアが漂う人間的な味付け。それは、俺が目指している話術の完成形だ)
「本題に入ろう。青年も理解はしているだろうが、私にも、そして君にも譲れない目的と言うものがある」
「……」
(これだ。俺が話を切り込むよりも早く踏み込まれる。どうしても一歩先を行かれてるという感覚がぬぐえない)
「ともかくだ。…この魔草を君に見せておこう。今後、何かの役に立つかもしれない」
「っ…!?」
ミスターKが掌に小さい植物を召喚する。
「この草はサラセニアと言う名だ。とにもかくにも大食いな草でな。…そう、その場に居る半径100m以内全員の魔力を枯渇させるレベルのな。…風の噂によると、この「魔草」を作り出す為の「プロジェクト」があるらしい。…ひょっとしたら、物好きな「投資家」が資金を「融資」するかもしれんな」
「……」
(魔力を吸収する魔草か。確かに有用だ。だが、その情報を俺に伝えて何の意味がある…?…いや、こういう「思考」に至っているという時点でもう踊らされているわけか……)
「さてと。いいだろう。青年の状況は大体理解できた」
パンっと、一度だけ柏手をミスターKが打つ。
「目的が達成できたのなら元の世界に帰るといい。もう帰還機能は使えるんだろう?」
「ああ。まあそうだな」
大助がスマートフォンの画面を操作する。ミスターKの言葉通り確かに帰還の操作メニューは解禁されていた。
(これはあの「シュガー」とか言うラスボスに負けを認めさせた影響だろうな)
「ふむ…」
これ以上この場所に留まる意味は無い。大助が今直ぐに帰還するかどうか悩んでいると、隣に座っていたはずのミスターKの姿が大助の目の前にあった。
「……」
「……」
ミスターKと大助の視線がぶつかる。そして互いに理解していた。おそらく次の会話が最後になるだろうと。
「青年、1つだけ聞かせてくれ。…何故君は進み続けるんだ?」
「……」
金本大助という人間の核心にも迫るその質問に大助の動きが止まる。
「その道の先には…なにもありはしない。ただ燃え尽きて灰になるだけだ」
「……」
「育てて…壊して…また育てる。そんなことを「おまえ」は、死ぬまで続けるつもりか?」
ミスターKのその質問。本来ならば真剣に答える必要などないその質問。だが、その質問にだけは真摯に答えなければならないと大助は直感していた。
「…なあ、一度燃え上がった炎を消す方法は2つしかないって知っているか?火種が完全に燃え尽きるか…他の「誰か」に消されるか。…それだけの話だろ?どうせ消えるのなら、俺は最後まで楽しみたいだけだ」
「……そうか」
その答えを聞き届けたミスターKが、大助とは逆方向へと背を向けて歩き出す。
「行け、青年。…そして忘れるな。その道を歩くと言うのなら、そこには破滅しかない」
「……」
大助がスマートフォンを操作し帰還ボタンに触れる。そしてゆっくりと大助の姿が消え始めた。
「それでも進むと言うのなら…やってみるといい」
すでに大助の姿は完全に消失していた。それでもミスターKの言葉は続く。仮面を外し、名残惜しそうなその表情で消えていく新緑の残滓を見つめる。
「人生に正解なんてない。何を選んで何を捨てるのか、選択はおまえ次第さ」
「…せいぜい楽しめ。それが退屈を嫌うお前への…「俺」からのプレゼントだ」
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