第50話
「……」
現実ではない閉ざされた電子空間。コツコツという足音を響かせ、ラビが青白く透明な床の上を歩き出す。表情は硬く緊張気味だ。そしてその手には一振りの剣が握られている。
「……」
それに合わせ、カツカツという軽快な足取りで金本大助が反対方向へと歩き出す。
「ふむ…ラビ、練習試合を始める前に色々と確認をしておこう」
「はい」
大助がラビと共に確認した情報を再確認していく。
「痛覚は無効。体力、つまりHPは現実の俺達を基準に設定されている。ここまではOKだな」
「はい。OKです」
「よし。…まあ今回はテストを兼ねたお試しプレイみたいなものだからな。勝利条件は単純明快にしておこう。相手のHPを0にする。ただそれだけだ。気楽にやろう」
「分かりました。…全力でお相手します!」
「…お手柔らかに頼む」
<are you ready?>
間合いを取ったラビと大助の前に文字が現れる。両者の武器は既に抜かれている。そして両者共に開始の合図を待つ。
<set>
「…ドクダミという雑草は名前に「毒」って付いているんだが無毒な草でな。それどころか内服薬として使える健康植物なんだ」
「え…?…はい。どくだみ茶が有名ですよね…?……??」
大助の突然の言葉。そしてラビ自身の律儀でやや盲目的な性格から言葉の真意を探ろうと意識を割いてしまう。故にラビは見逃してしまったのだ。意味不明な言葉と同時に大助が行ったわずかな重心移動を。
「ふむ……」
ラビの隙だらけのその様子。やや苦笑いを顔に浮かべつつも楽し気に大助は言葉を投げ掛ける。
「ラビ、今言った雑学に大した意味は無い。それよりももっと注目しておくべきものがあったんじゃないか?」
「あっ…!?」
<go!>
開始のアナウンスと共に大助の姿が掻き消える。少なくともラビには消えたとしか思えなかったのだ。大助が行った手法は2つ。言葉による「視線誘導」そしてあえて有用な情報を押し付ける事で思考に僅かな遅れを生じさせる「情報の押し付け」その2つの動作がラビの動体視力に異常を発生させていた。
「っ…!!」
「やられた」という言葉が脳裏に浮かぶよりも早く前方への踏み込みを慌てて中断するラビ。確証などない。だが最早考えている猶予など無い。自身の「直観」に従い首元から頭部付近の空間へとバックステップと共に剣を振るう。
「ふっ…!!」
「おっ…?」
ラビの手元に伝わる確かな重量感。その短い金属の武具からはおおよそ想像できない程の力がラビの剣先を止めていた。
「ぐうう…重いっ……ですが!!」
「ん…?……ふむ…なる程…そう来るか」
体を回転させ打ち上げた剣をコンパクトに折りたたみつつ最小限の動きで突きへと移行するラビ。
「ふっ…はああああっ!!」
同時にその細く引き締まった足が膨張。両足だけが巨大な兎のものへと変質する。
「___‘兎の剛脚‘」
人外の速度で放たれた剣での突き。それを難なく大助は回避する。
「ぐっ…!?まだまだこれからです!!」
「……ふむ」
大助の瞳がラビの手元へと注視する。既にラビの手から剣は離れていた。
「なる程…本命は魔力の大部分を集中させ強化した足技か……」
「___‘兎脚二連!!‘」
大助の小さな呟きと同時に蹴りが放たれる。
「いいねいいね~……」
「っ…!?」
マグナム弾のように連射される蹴りを捌きつつ大助が反撃に転じる。
「素晴らしいぞラビ。だからこそ手は抜かない。さあ、気張れよ」
「なっ!?」
その一連の動きを全て読んでいた大助がラビの腕を絡み取り足を崩し左側上空へと投げ飛ばす。
「っ…!!っ…それなら!!」
地面に叩きつけられながらも即座に距離を取り魔法を展開し大助の追撃に備えるラビ。
「___‘剣兎!‘」
「むっ…?」
4体の半透明なウサギ型のエネルギー体。それが大助の四方から襲い掛かる。
「おおっ…!こんな魔法も使えるのか……」
その全てを難なく回避し撃墜する大助。化け物じみた反射速度。そして人間とは思えないパワーにラビは驚愕していた。
「…っ!?…これでも届かないんですか。……ですが…私はまだ諦めません…!!」
ラビが魔力を限界まで解放し中空へと手を伸ばす。1本、2本、3本……一瞬の内に100を超える魔力の剣が大助の頭上を取り囲む。
「___‘兎人流奥義‘」
「……」
楽し気な表情を浮かべ、その全ての凶器を抱きしめるかのように両腕を広げる大助。つまり大助は待っているのだ。その必殺の雨が降り始めるのを。
「___‘兎殺雨!!‘」
無数の剣の雨が大助へと降り注いだ。




