第15話
「…マスター、…寝ちゃダメ」
「……」
謎の侵入者がひたすらに大助の体を揺らす。
「…むぅ。…それなら最終手段を使う」
(…っ!?最終手段だと?やはり俺を殺るつもりかこいつ)
「すぅ…ふっ!!」
「…おお~」
大助が予備動作無しでベッド左側へと回転しながら着地。そのままバックスッテップで相手との距離を保ちつつ服の内側に備え付けていた武器に手を掛けようとする大助。そこで初めて目の前の存在の姿が大助の目に入った。
「…少女…だと?」
白と緑が混じったような不思議な色の髪。青白いと感じさせる程の白い肌。眠たげに下げられた瞼の下の真っ赤な瞳。ウサギのようで違う尻尾と耳。そんな人間離れした容姿の少女が大助をボーと見つめていた。
(人間か?いや、この感じはどこかラビに似ている。敵意も感じない。何だこいつは?)
「…マスターおはよう。…朝だよ。…グッドモーニング」
「…あ?…ああ。おはよう……」
社会人としての習慣でついそんな返事を返してしまう大助。
「いや…そうじゃなくてだな。もちろん挨拶ってのは大事だ。それはもう重要だ。これが出来ないと円滑な人間関係というものは…今は関係ないか。ともかく、俺が今言いたい事は1つだけだ」
「…ん?」
「お前は何者だ?」
大助が臨戦態勢でそう少女に問いかける。
「…ん。名前はまだ無い」
「あん?いったい何をふざけたことを言って…て…げっ!?」
大助の目が素早くベランダへと向かう。そして視線はそのまま自身の部屋へと向かう。
「……」
そのあんまりな光景に大助の口は無意識の内に広がっていた。
「…お、俺の部屋が半分、ジャングルみたいになってやがる……」
大助の部屋、そのおよそ半分が緑色の植物に侵食されていた。キッチンや冷蔵庫なども謎の根っこに飲み込まれている。
(ぎゃあああああああ!?10万で買い替えたばかりの冷蔵庫があああ!?)
「お…お嬢ちゃん?ちょっとだけその場で待っていてくれるか?事と次第によっては色々と「覚悟」をしてもらわないといけないが…ともかくそれは後回しだ」
「…分かった。…ゴーゴー」
(このガキは自殺志願者か何かか?)
大助が大急ぎで冷蔵庫に向かい走り出す。そして冷蔵庫が正常に作動しているかどうかを確認し始めた。
(勘弁してくれよ。こういう場合って補償対象とかになんのか?…なるわけねえよなぁ……)
「ふむ…」
(コンプレッサーは正常に起動してるな。食品も普通に冷却されてる。外装に植物が絡まってるだけか。これなら問題は無いだろう)
「…ふんぬ!!」
大助がひたすら植物を毟り始める。それを見た少女がゆっくりと大助の元へと近づいて来た。
「…マスター、私は進化した。…褒めてほしい。…あと名前も付けて欲しい」
「あん?…ああ、そうなのか?…電子レンジも正常。洗濯機も無事だ。…命拾いしたなお嬢ちゃんよ?」
「…?…うん。…良かった良かった?」
大助にとって大型電子機器は最重要資産の1つだ。高額故にそう簡単に買い替えられるものではない。今この瞬間まで大助は本気でこの少女の抹殺を考えていたのだ。
「……」
(今までの言動。そしてこの妙に馴れ馴れしい距離感。なんとなくこいつの正体は理解出来た。…まったくピンチはチャンスとはよく言ったものだな)
「そんで?食虫植物(低級)ラビットタイプちゃんはいったい俺に何の用があるんだ?」
「…むぅ。…それは「種族名」…私も自分の名前が欲しい」
(名前なんて自分で適当に名乗ればいいじゃねえか……)
「……」
呆れたような表情を浮かべながらも、大助はこの少女の効率的な利用方法を考えていた。
(自分の頭で考えられないやつは利用しやすい。自分だけの「何か」を求めているのなら、俺が与えてやるよ。それが将来的に「依存」になるか「執着」になるのかは…まあこいつ次第だな)
「いいだろう…お前がそこまで自身の「名前」が欲しいと言うのなら、俺がすげえのをプレゼントしてやる」
「…おお。…ワクワク」
少女が嬉しそうな表情を浮かべながら大助を見上げ続ける。その姿を見下ろしながら大助は適当に名前を考え始めた。
「決めた。お前の名前はクラリアだ。よろしくな」
大助が少女にそう伝えゆっくりと手を伸ばす。
「…大満足。…よろしく。…マスター」
伸ばされた手をガッチリと両手で掴むクラリア。嬉しさからかその両手には信じられないレベルの力が込められていた。
(あいたたたたたた!?以外と力が強いなこいつ!?)
「ああ。気に入ってくれたみたいで良かったよ…」
だが、この状況でそれを指摘したりはしない。何故ならばそう、大助はその場の「空気」を読むことが出来る「大人」なのだから。




