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【番外編】 春の女王と春を連れ去る悪魔

春の女王様レンテは悪魔と出会いました。悪魔とは知らずに、恋に落ちました。


 私の名前はレンテ。春を持つ、この国の王様の娘です。

 私はいつも、大好きな春のお花を、塔のてっぺんにある小窓からしか見ることはできませんでした。召使の少女たちが、毎日その花の一厘を手折って持ってきてくれますが、それはもう地面から離れ、これから萎れてしまうかわいそうな花々です。

 私は召使の少女たちに、花を手折るのはかわいそうだからと、やめさせました。


 何年も何年も、季節は廻り、そのたびに私は春を外で待つことなく、塔の中に入るしかありませんでした。私には3人のお姉さまがいますが、皆、同じでした。それでも、上のお姉さまも、真ん中のお姉さまも、下のお姉さまも誰一人、わがままはいいませんでした。上のお姉さまなんて、湖に足をつけてみたいと、小さいころからおっしゃっているのですから、私がわがままを言うだなんてできません。


 そんなある年の、冬の朝でした。その日はちょうど、下のお姉さま―冬の女王様が好きな、お空の宝石が見られる朝でした。お空の宝石が見られる日はきまってとても寒くて、でもとてもお空が澄んでいる時なのです。私は冬の女王、ウィンテール姉さまが喜んでおられる姿を想像して、うれしくなりました。少しスキップをしながら王宮を歩いていると、黒い髪の少年に出会いました。


 その少年は酷く傷ついていました。倒れている少年を抱え起こすと、少年は私の顔を見てとても驚かれました。春の女王は国民の皆様には知られておりますし、隠すことはありません。王宮は門番もいて、ここにいるのだからこの少年は由緒正しい御家の息子さんだと思ったのです。


 しかし、それは違いました。彼は後に私に告げるのです。

 彼は、私という、春を持つ娘を誘惑してつれさる、悪魔だったのです。



「ねぇレンテ。君は春を持っているんだろう?今は冬だけど、何かできないのかい?」


 優しい声で、少年は言いました。傷はずいぶん癒えてきたようで、そろそろお家へ帰らなくていいのかしら、と思いましたが、お父様である王様にも、彼の看病をしていることを伝えていませんでした。隠し事をしたかったわけではないのですが、忘れていたのです。今更言えないと、私はそのまま彼を私の傍に置きました。


「ヴァル、私は春を持っているだけで、特別な魔法が使えるわけではないのです。他の私のお姉さま方もみんなそう。魔法が使えたら、きっと塔にこもらなくたって、自由自在に季節をもってこられるでしょう」

「それもそうだね」


 少年―ヴァルは、いつも穏やかに笑いました。私の横によくいた上のゾーマお姉さまも、真ん中のエステルお姉さまも、そういう風に笑う姿は見たことがありませんでした。お姉さまたちは二人とも、本当に大きな声で、大きな口を開けて笑うんですから!下のウィンテールお姉さまは静かに笑う方でしたが、その笑みは、春を持つ私の考える笑顔ではなく、冷ややかな、美しいほほえみでした。春が笑えばそのような笑顔ではないか、私はヴァルを見ているうちにそう思うようになっていたのです。


「外の世界にはね……」


 ヴァルは元気になり、次第に外の世界のお話もしてくださるようになりました。遠くで私の瞳のような赤い宝石が取れるところがあること、私の白い髪のように、きれいな紡ぎ糸が、この国を出て南に向かうとあるのだとか、それはそれは、城を出られない私には本当に楽しいお話でした。


 ある日私は、枕もとで眠りの前の話を聞かせてくれたヴァルに言いました。


「私、お外に出てみたいわ」


 私の本当の心だったのです。私は、春の女王。でも春を持つからと言って、他の少女のように遊びたかったですし、ゆっくりと1年を過ごしたかったのです。夏のゾーマお姉さまが塔におられるときは、私には暑すぎて外にいるのは大変でした。秋のエステルお姉さまが塔におられるときは、私の好きな花はもう枯れていました。冬のウィンテールお姉さまが塔におられるときは、寒すぎてお外に出られませんし、次の季節は自分なのだと、気を引き締めなければなりません。お姉さまたちも我慢していることを知っています。でも、ヴァルのお話を聞いているうちに、辛抱ができなくなってしまったのです。


「ねぇ、レンテ」


 穏やかな声が、私に言いました。


「僕なら君を、レンテをここから連れ出せるよ。本当の僕の姿はもっと大きくて大人なんだ、だからきっとレンテを僕のお嫁さんにして、連れ出してあげるよ」

「本当?」

「うん、だから冬の氷が解け始めて、そよ風がやってくるまで少しの間お別れさ」


 そういってヴァルは、私の額に唇を寄せてから、いなくなりました。まるで魔法使いのようでした。



 私は待ちました。そしてとうとうそよ風が私を呼びに来ましたので、交替の時期だからと、兵隊もおともに付けないで城の外に出ました。白い髪は春と冬の女王様の証――と言われるほど珍しい髪の色でしたので、もちろん頭巾をかぶり、長い髪は丸めて頭巾の中にしまいました。城の外の塔の前、まだ兵隊さんも誰もいない朝に、私は塔の前で冬のお姉さまに謝りました。


「ウィンテール姉さま、どうかお許しください」


 私は約束を違え、城を、塔を出ようと思います。わがままな双子の妹をお持ちになって、本当にご迷惑をおかけいたします。でも、春がこなければきっと、お姉さまが待ち望んでいない舞踏会もやってはきませんもの、どうか、それで勘弁してくださいな。


 私は広場に迎えに来た、少し背の高くなったヴァルに連れられて、ヴァルのお屋敷に向かうのでした。


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