第13章 地の民たち
朝が訪れ、朝食を済ませた一行は、地の民たちが暮らす集落へ向けて再び歩き始めた。
テントや荷物を丁寧にまとめ、旅の支度を整える。すべての準備が終わると、彼らは静かに出発した。
険しい谷を吊り橋で渡り、その先に広がる深い森へと足を踏み入れる。
森の中へ入った瞬間、イザウたちの目に飛び込んできたのは、昨日の戦いで焼け焦げた木々の跡だった。
「見てよイザウ。これ全部、あなたのせいなんだからね」
「仕方なかったんだよ。他に方法がなかったし、叫んでも誰にも届かなかったはずだ」
「もしトロマンじいさんがいたら、この森をまた緑に戻せたかもしれないのにね」
「そうだな……本当にできたかもしれない。ははっ」
そんな会話を交わしながら歩いていると、イノリアがふと空を見上げ、小さく呟いた。
「……ルシが恋しくなってきちゃった。今ごろ何してるのかな」
「心配するな、イノリア。きっと元気にしてるさ。今のルシには、孤児院の街でたくさん友達もできたんだから」
何時間も歩き続けた末、一行は昼頃になってようやく地の民たちの集落へと到着した。
それほど大きくはない集落だったが、小高い丘の上からでもその全景が見渡せる。
あと少し真っ直ぐ進めば、もう集落の入り口だった。
木で作られた門をくぐった瞬間、道の左右にいた人々が一斉に彼らを迎え入れる。
「ねえサヤミ、みんな何て言ってるんだ?」
「歓迎してくれてるのよ、イザウ」
「偵察隊が帰還するたび、いつもこんなふうに迎えてくれるんだ」
そう説明したのはユスフだった。
「偵察隊?」
「それが俺たちのチーム名だ。周囲の調査や、ここで起きる問題を解決するための任務を担当している」
「俺たち偵察隊は、帰ってくるたびに歓迎される。……でも、それは全員が無事に帰れるわけじゃないからだ」
ユスフは少し表情を曇らせながら続けた。
「任務中に命を落とす者もいる。中には跡形もなく消えてしまった者だっているんだ」
「……そんなに危険なのか。一体何が起きてるんだ?」
「その話はあとだ。今はまず、村長に会って休もう」
一行はそのまま集落の中心にある家へ向かい、村長を訪ねた。
家の中から現れた男性は、穏やかな笑みを浮かべながら彼らを迎え入れる。
「はじめまして。ザミール(Headman Zamir)だ。この集落の村長を任されている。さあ、みんな入ってくれ」
サヤミとユスフは今回の任務について報告し、旅の途中で起きた出来事や成果を詳しく説明した。
そしてザミールは、任務を助けてくれたイザウたちへ深々と頭を下げる。
「サヤミたちを支えてくれて本当に感謝する。君たちのおかげで、今回の任務は成功した」
さらにホトヤの街で起きた出来事についても報告を終えると、ザミールは彼らを食事でもてなした。
テーブルいっぱいに並べられた料理は、どれもイザウやイノリア、さらにはソラですら見たことのない、不思議な食べ物ばかりだった。
「わぁ……! これ何!? すごく美味しそう!」
「どうぞ食べてください。どれも地の民のレシピで作られた料理です」
一同は並べられた料理を夢中で味わい、気づけば皿は綺麗に空になっていた。
特にイザウは満面の笑みを浮かべている。
地の民たちの料理は、それほどまでに衝撃的な美味しさだったのだ。
食事を終えたあと、イザウは再び偵察隊の任務について尋ねた。
「その任務のこと、もっと詳しく教えてくれないか?」
「……村長から説明してもらった方がいいかな。俺よりずっと詳しいし」
そう言うと、ザミールは静かに頷き、ゆっくりと語り始めた。
「では最初から話そう……。我々がなぜここへ来ることになったのか、その理由を」
一同は真剣な表情でザミールへ視線を向ける。
「我々の故郷――地球は、第4次元の惑星だ。ミランダの民はそう呼んでいる」
「第4次元……?」
「そして地球は、かなり文明が発展した世界だった」
「文明? それって何だよ村長?」
「黙ってなさい、このバカ」
イノリアは呆れたように言いながら、イザウの頭を軽く叩いた。
「いてっ!」
ザミールは小さく笑ってから続ける。
「簡単に言えば、地球の人間は“機械”と共に暮らしていたんだ」
「機械?」
「もしそれも分からないなら……そうだな、人間の仕事を助けるために作られた道具だと思えばいい。燃料を使い、それぞれの役割に応じて自動で動く」
「へぇぇぇ……! 地球の人たちってすごいんだな! お前たちが使ってた“ピストル”とかいう武器も、本当に驚いたぞ!」
イザウは目を輝かせながら興奮気味に言った。
ザミールは少し表情を曇らせる。
「……ある日、突然ブラックホールが現れた」
その言葉に場の空気が静まり返る。
「その穴は周囲のあらゆるものを吸い込み始めた。ここで得た情報によれば、通常は各次元に一つしか現れないらしい。だが地球では違った。世界中の様々な場所に現れ、多くの人間が飲み込まれていった」
ザミールは静かに拳を握る。
「私は、その中でも最初期にこの次元へ流れ着いた地球人の一人だ。当時ここへ来た地球人の多くは、西側地域の人間たちだった」
「その者たちは、この世界へ来てどうしたんだ?」
ソラの問いに、ザミールは低い声で答えた。
「……彼らは支配を始めた」
一瞬、空気が重くなる。
「彼らの大半は、地球でも権力を持つ上流階級や狡猾な研究者たちだった。この世界へ来た彼らは恐怖するどころか、ミランダに眠る膨大な資源に目を輝かせた」
「資源……」
「そして彼らは工場を建設した。“機械の集合体”――様々な物を大量に作り出す施設だ」
その話を聞いたソラが納得したように口を開く。
「……なるほど。だから地球人の商品は市場を独占してるのか。どれも奇抜で革新的だしな。帆がなくても動く船があるって聞いたことがある。それも機械なのか?」
「そうだ。それも機械の一種だ」
「帆なしで動くって……じゃあ何で進むのよ?」
イノリアが不思議そうに首を傾げる。
「確か、地面の下から採れる油を使うって聞いたことがある」
ソラがそう言うと、サヤミが補足した。
「油もその一つだけど、地球では“電気”で動く機械も多かったらしいわ」
「デンキ……? ヴァルクなしで機械を動かせるの!? 地球人すごすぎでしょ……」
「地球人はヴァルクを知らない。だから別の資源から電気を生み出していたんだ」
ユスフの言葉に、イザウたちは感心したように頷いた。
そしてザミールは再び話を続ける。
「彼らはこの惑星の資源を使い、次々と工場を建てていった。当時この世界に流れ着いていた地球人たちは、皆そこで働かされた」
ザミールの声が徐々に重く沈んでいく。
「だが工場の数が増え、生産規模が拡大するにつれ、彼らは他次元から流れ着いた者や、ミランダの先住民たちまで働かせ始めた」
「……」
「しかし、工場へ連れて行かれた者たちは、誰一人として戻ってこなかった」
部屋の空気が、一気に冷え込んだ。
「その頃、ザミール村長も勧誘されたんですか?」
イノリアの問いに、ザミールは「ああ」と頷いた。
「そうだった、その話をしていなかったな。当時、勧誘を拒否した地球人は五人だけだった。私を含めてな」
「残りの四人も、今もこの村にいる。七年前、新たに地球人がこの惑星へ流れ着いた時、彼らと共にこの村を築いたんだ」
「ちなみに、私とユスフは第二波組なんだよね。ふふっ」
サヤミが少し笑いながら言った。
「じゃあ、その偵察任務って何のために――」
「だから黙ってなさいって、このバカ!」
再びイノリアの拳がイザウの頭へ飛ぶ。
「いってぇ!?」
ザミールは苦笑しながら話を続けた。
「最初の頃、我々地球人は他の種族とも普通に交流していた。地球人の商品は市場を席巻していたからな。“地球人”だと分かれば、多くの者が友好的に接してきた」
「だが――変化が起き始めた」
部屋の空気が少しずつ張り詰めていく。
「工場で働く者たちが、誰一人帰ってこなくなったんだ」
「……」
「ある日、一人の男が工場から逃げ出すことに成功した。そして街中で叫びながら、工場内部の実態を暴露したんだ」
ザミールは目を伏せる。
「労働者たちは監禁され、奴隷のように扱われていた。工場から外へ出ることは許されず、施設全体は厳重に警備されていたそうだ」
「逃亡を試みた者は、その場で殺される……とも言っていた」
イザウたちは息を呑む。
「その男は、真夜中の街を必死に走り回りながら助けを求めた。当時の街は深夜で静まり返っていたが、彼の叫び声で多くの住民が目を覚ました」
「実際に、彼が叫びながら街を彷徨う姿を見た者も大勢いた」
「……でも、その男は翌朝、死体で発見された」
「うわぁ……それ、めちゃくちゃ怖いじゃん……」
イノリアが青ざめた表情を浮かべる。
「その噂が広がってから、我々地球人は次第に避けられるようになった。誰も我々に近づこうとしなくなったんだ」
「さらに街では、突然姿を消す者が増え始めた。工場へ連れ去られたのではないか、と噂されるようになってな」
ザミールはゆっくりとイザウたちを見渡した。
「だから私は偵察隊を結成した。各地を調査し、誘拐事件の情報を集めるために」
「……それでホトヤの街を偵察してたのか? ヴェクタ教と関係があるのか?」
ソラの質問に、サヤミが頷く。
「ええ。私たちは何年も調査を続けて、多くの情報を集めてきた。そして分かったの」
「工場を支配している地球人たちは、“悪魔”と手を組んでいる」
空気がさらに重く沈む。
「私たちは悪魔の動きを追って調査していた。その痕跡を辿った結果、ホトヤの街へ辿り着いたのよ」
今度はユスフが口を開く。
「ヴェクタ教の信者たちは、悪魔に利用されている。信者を増やし続け、その中から工場へ送る労働者を選別しているんだ」
「親を連れ去られ、孤児になった子どもたちは、街の孤児院へ集められる」
「……っ」
サヤミは悔しそうに拳を握り締めた。
「それと、もう一つ伝えておきたいことがある」
「孤児院の院長――あいつも地球人よ」
イザウたちの表情が一変する。
「しかも最低最悪の人間だった。子どもたちに恐ろしい思想や歪んだ理念を刷り込んでいたの」
「そして成長した頃には、自分たちの都合のいいように利用するつもりだった」
「……あの野郎」
イザウの拳が震える。
「俺たちがいた間、ルシに何も起きなくて本当に良かった……」
イノリアも複雑そうな表情を浮かべる。
「私、出発する前に孤児院の子たちへちゃんと話を聞けなかった。でもみんな、何かから解放されたみたいな顔してたんだよね……」
「ずっと、あんな恐ろしい思いをしてたなんて……」
「トロマンじいさんが子どもたちの面倒を見てくれてる。きっとルシの時みたいに、愛情を持って育ててくれるさ」
その言葉に、少しだけ空気が和らいだ。
しかし次の瞬間、ソラが低い声で呟く。
「……だが、ハンベルスは銃で撃たれて死んだ」
ソラの目には冷たい怒りが宿っていた。
「本当は、死ぬ前にもっと苦しませてやりたかった」
「あいつを処刑したのは俺だ。俺の狙撃でな」
ユスフは静かにそう言った。
「もしその場で始末しなければ、逃げられると思ったんだ」
ソラは何も言わず、ただ小さく頷いた。
ザミールは空気を切り替えるように手を叩く。
「さて、今日はもう休むといい。サヤミ、彼らを部屋へ案内してあげなさい」
「はい、村長。じゃあみんな、こっちだよ」
「えっ、俺たちここに泊まるのか?」
「もちろん。この家には空き部屋があるから、客人を泊めることもあるの」
イザウたちはサヤミに案内され、村長の家の二階へ向かった。
古い木造の廊下を歩き、奥の部屋へ入る。
しかしサヤミは少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめんね。空いてる部屋、一つしかなくて……」
「俺は別に平気だよ。イノリアとソラがベッドを使えばいい。俺は床で寝るから」
「それなら、布団を持ってくるね」
しばらくしてサヤミが運んできたのは、柔らかそうな寝具だった。
「おおっ! これも地球人の作った物なのか!? すげぇな、めちゃくちゃ革新的じゃん!」
イザウは目を輝かせながら布団を触る。
サヤミはクスッと笑った。
「ふふっ、ありがとう」
「こっちこそありがとうな、サヤミ」
「どういたしまして。それじゃ、私はそろそろ帰るね」
「帰る?」
「私とユスフの家、この近くだから。偵察隊のメンバーはみんな宿舎で暮らしてるの」
「だから遊びに来たくなったら、いつでも来ていいよ」
「分かった。少し休んだら行ってみるよ」
長旅で疲れ切っていたイザウたちは、そのまま部屋で休むことにした。
しかし、イノリアとソラはなかなか眠れなかった。
外はまだ完全な夜ではなく、夕暮れの余韻が残っていたからだ。
「ねぇソラ、サヤミたちの宿舎に行ってみない?」
「いい考えだ。疲れてはいるが、まだ眠れる時間じゃないしな」
「でもイザウ、めちゃくちゃ熟睡してるよ? 置いてっちゃう?」
「放っておこう。かなり疲れてるみたいだし」
二人は静かに部屋を出て、階段を降り始めた。
すると――。
背後から、誰かの気配が近づいてくる。
「ひゃあぁっ!?」
突然肩を掴まれ、イノリアが悲鳴を上げた。
二人が慌てて振り返ると、そこにいたのは――。
「ふわぁぁ……お前たち、どこ行くんだ?」
大きな欠伸をしながら腹を掻いているイザウだった。
イノリアの拳が即座に飛ぶ。
「このバカ!! 驚かせないでよ!!」
「いてぇっ!」
ソラは深いため息を吐いた。
「……イザウか。俺たちはサヤミたちの宿舎へ行くところだ。お前も来るか?」
「当たり前だろ!」
三人は並んで宿舎へ向かって歩き始める。
夜風が静かに吹き抜け、集落の灯りが優しく揺れていた。
その途中、イノリアが不思議そうに尋ねる。
「そういえば、さっきまで寝てたのに、なんで私たちが出て行くの分かったの?」
「んー……多分、“イノリア感知能力”が反応したんだと思う。お前が近くにいなくなったから」
一瞬の沈黙。
そして――。
ゴッ!!
「気持ち悪いこと言うなぁぁぁ!!」
イノリアの拳が再びイザウの頭へ炸裂した。
「ぐはっ!?」
そんな二人を見て、ソラは思わず吹き出す。
「はははっ! 本当にお前たち、仲良いよな。もう付き合えばいいのに」
「それは絶対にない」
二人の声が、ぴったり同時に重なった。
宿舎へ向かう途中、一行は買い物袋を抱えたザミールとすれ違った。
「おや、君たち。どこへ行くんだ? 私はこれから夕食の準備をするところなんだが」
「サヤミたちの宿舎へ行こうと思ってさ」
するとイザウが少し申し訳なさそうに頭を掻いた。
「それと村長、俺たちのために夕飯を作ってくれるなんて本当にありがとう。でも今夜は、村の入り口近くにある食堂で食べてみたいんだ」
「ほう、あの店に行くのか」
ザミールは優しく笑う。
「いい選択だ。あそこの料理は本当に美味い。ぜひ色々食べてみるといい」
「ありがとう、村長!」
ザミールと別れたあと、再び三人は歩き始めた。
「なぁイザウ、本当に村の入り口に食堂なんてあったの?」
「あるに決まってるだろ。ここへ来た時、ちゃんと周りを見てたんだからな」
イザウは得意げに胸を張る。
「この村、近くの街からかなり離れてるだろ? だから地球人たちが独自の経済を作ったんだと思う。市場もあったし、食堂や土産屋まであったぞ」
「地球人って本当に発想がすごいよなぁ」
やがて三人は宿舎へ到着した。
中へ入ると、部屋番号ごとに整然と並んだ廊下が広がっている。
「……あれ? サヤミの部屋番号聞いてなくない?」
「ほんとだ……」
三人が困っていると、ちょうど以前一緒に行動していた偵察隊の男性メンバーが廊下を歩いていた。
「あ、ちょうどいい。サヤミの部屋ってどこだ?」
「サヤミの部屋? 女子寮は東棟だぞ。男子寮とは別れてるからな」
「なるほど、ありがとう!」
三人は礼を言い、東棟へ向かった。
だが到着した直後――。
「……部屋番号聞くの忘れた」
「お前ほんとバカだろ」
ソラが呆れ顔を浮かべたその時。
近くの部屋の扉が開き、中から誰かが出てきた。
「えっ、みんな!?」
「サヤミ!」
偶然にも本人だった。
「ちょうど良かったぁ。部屋探してたんだけど、番号分からなくてさ」
「あっ……ごめん、番号教えるの忘れてた」
「気にするなって。それより、どこ行くんだ?」
「今からご飯買いに行こうと思ってたの。私、料理できないからいつも外食なんだよね」
「マジか、ちょうどいい! 俺たちも入り口の食堂行こうとしてたんだ。一緒に行かないか?」
「もちろん。あそこの料理、本当におすすめだから!」
一行は賑やかに話しながら食堂へ向かった。
道中では、多くの地球人たちがイザウたちへ声を掛けてくる。
「おー、あんたたちがサヤミたちを助けた子たちか!」
「ありがとうな!」
「すごい歓迎されてるな」
イノリアが驚いたように辺りを見回す。
サヤミは少し照れ臭そうに笑った。
「君たちが任務を助けてくれたって話、もう村中に広まってるからね」
やがて彼らは食堂へ到着した。
だがメニュー表を見た瞬間、イザウたちは固まる。
「……何が何だか全然分からん」
「文字は読めても、料理の想像がつかないわね……」
「おすすめなら、“ラーメン”かな」
サヤミがそう提案すると、三人は即座に頷いた。
「じゃあそれ!」
しばらくして運ばれてきたのは、湯気を立てる麺料理だった。
香りだけで食欲を刺激される。
「うわぁ……!」
三人は恐る恐るスープを一口飲む。
そして次の瞬間――。
「「「美味っっっ!!!」」」
三人の声が綺麗に重なった。
サヤミは得意げに笑う。
「でしょ? それ、地球にあった私の国の料理なんだ」
「へぇー。地球って色んな国があるんだな」
イザウは感心したように目を輝かせる。
「ってことは、王国がいっぱいあるみたいな感じか?」
「まぁ、そんな感じかな。全部が王様に統治されてるわけじゃないけど、イザウにはそう説明した方が分かりやすいかも」
「サヤミとユスフって同じ国出身なのか?」
「ううん、違うよ。ユスフの国は広大な砂漠で有名だったの」
「私は山がたくさんある国の出身かな」
「なるほどなー。だからユスフって肌がこんがりしてるのか! はははっ!」
ゴッ!!
「こら! 失礼なこと言わない!」
イノリアの拳がイザウの頭に突き刺さる。
「いてぇっ!」
サヤミは苦笑しながら話を続けた。
「でもね、この世界へ来た時、本当に知ってる人が一人だけいたんだ」
「知り合い?」
「うん。“エイミ”(Eimi)っていう人。高校の同級生だったの」
「高校?」
「地球の学校だよ。勉強する場所」
「へぇー。その人も偵察隊なのか?」
「ううん。偵察隊の中心は私たちみたいな若い子だけど、エイミ先輩だけは参加しなかった」
「昔からすごく無口な人だったんだ」
「じゃあ普段は何してるんだ?」
「それが、ほとんど村にいないの。どこへ行ってるのか誰も知らない。でも一週間か二週間に一回くらいで帰ってくるかな」
サヤミはふと思い出したように言った。
「あ、そういえば村長の家の空き部屋が一つしかなかったでしょ?」
「うん」
「あれ、もう一つはエイミ先輩の部屋なんだ」
食事を終えたあと、一行は再び宿舎へ戻った。
「ねぇ、カードゲームしようよ!」
「カードゲーム?」
「地球の遊びだよ。ここで売られてるのも、地球の日用品を再現した物ばっかりなんだ。本当は“発明”ってほどじゃないんだけどね」
「いやいや、商売として成立してる時点で十分すごいだろ」
イザウは感心しながら言う。
そんな会話をしていると、宿舎の近くでサヤミが一人の人物に声を掛けた。
「エイミ先輩……!」
そこにいたのは、一人の男性だった。
「帰ってきたんだね。最近ずっと任務ばっかりで全然会えなかったし、先輩もいつもどこか行っちゃうから」
サヤミは少し嬉しそうに笑う。
「元気だった? エイミ先輩」
しかし――。
エイミはサヤミの呼びかけにも質問にも、一切答えなかった。
ただ虚ろな目でサヤミを見つめるだけ。
そして何事もなかったかのように視線を逸らし、そのまま歩き去っていく。
まるで、そこに誰もいないかのように。
「おい、待てよ!」
イザウが苛立ったようにエイミを追いかけ、その肩を掴む。
エイミは無表情のままイザウを見つめ、肩に置かれた手を静かに払い除けた。
その態度に、イザウの怒りが爆発する。
「なんでサヤミを無視するんだ!!」
ドゴッ!!
拳がエイミの顔に叩き込まれ、彼は地面へ倒れ込んだ。
だが――。
エイミは何も言わない。
ただゆっくり立ち上がると、そのまま再び歩き出した。
「おい待てって言ってんだろ、このバカ!!」
再び追いかけようとするイザウを、サヤミが慌てて止める。
「やめてイザウ!」
「でもあいつ……!」
「お願い……放っておいて」
サヤミの悲しそうな声に、イザウは渋々拳を下ろした。
その後、一行はサヤミの部屋へ向かい、カードゲームをしながらエイミの話をしていた。
「あいつ何なんだよ。あの無表情で俺たち全員無視しやがって」
イザウは不満そうにカードを机へ置く。
「エイミ先輩、昔からあんな感じなんだ」
サヤミは静かに語った。
「ずっと無口で、いつも一人だった。誰かと一緒にいるところ、ほとんど見たことない」
「親に礼儀とか教わらなかったのか?」
「……エイミ先輩、孤児院育ちなんだよ」
その言葉に、イノリアの表情が少し曇る。
「そっか……。友達もいなかったなら、寂しかったのかもしれないね」
気づけば、外はすっかり夜になっていた。
イザウたちは村長の家へ戻ることにする。
家の中は静まり返っており、どうやらザミールはすでに眠っているようだった。
そしてエイミも、自室へ戻っているらしい。
部屋へ入る前、イザウはふと思いついたように言った。
「なぁ、エイミの部屋行って直接聞いてみるか?」
「絶対ダメ」
即座にイノリアが却下する。
「人の家に泊まってるのに騒ぎ起こす気? やめなさい」
「……ちぇっ」
結局三人はそのまま眠ることにした。
長旅と疲労のせいか、布団へ入って間もなく全員が深い眠りへ落ちていった。
そして翌朝――。
最初に目を覚ましたのはソラだった。
まだ薄暗い早朝。
彼は眠そうな目を擦りながら、一階の浴室へ向かう。
用を済ませ、階段を上がろうとしたその時。
玄関から出ていく人影が見えた。
「……エイミ?」
ソラは思わず目を細める。
サヤミの話を思い出した。
“頻繁に村を出て、どこへ行くのか分からない”。
その言葉が頭をよぎり、ソラは静かに後を追った。
エイミは市場へ向かい、大量の買い物をしていた。
だが、その中身は妙だった。
「調味料ばっかり……?」
肉でも野菜でもない。
香辛料や調理用の材料ばかりを買い込んでいる。
やがてエイミはそのまま村の門へ向かった。
門の前で一度立ち止まり、周囲を見渡す。
ソラは慌てて近くのゴミ箱の陰へ身を隠した。
そして――。
誰も見ていないと確認した瞬間、エイミは森へ向かって走り出した。
「っ!」
ソラも即座にヴァルクを発動する。
身体に電流が走り、一瞬で加速した。
電撃のような速度で森を駆け抜ける。
しかし――。
「……いない!?」
エイミの姿が消えていた。
痕跡も、気配も、何も残っていない。
まるで最初から存在しなかったかのように。
「なんだよ……これ……」
困惑したソラは、急いで村長の家へ戻った。
「イザウ!! イザウ起きろ!! イノリアも早く!! 重要な情報だ!!」
二人は飛び起き、慌てた様子で周囲を見回す。
「な、何だ!? 悪魔の襲撃か!?」
「どうしたのソラ!?」
「違う。悪魔じゃない。……エイミのことだ」
「エイミ? まさか喧嘩売られたのか?」
「だから違うって! 最後まで聞け!!」
ソラは息を整えながら、森での出来事を全て説明した。
話を聞き終えたイザウたちの表情も真剣になる。
「……確かに変だな」
イザウが腕を組む。
「お前の電気ヴァルクって、めちゃくちゃ速いんだろ? それで追いつけないってどういうことだよ」
「しかも痕跡まで完全に消えてるなんて……」
イノリアも眉をひそめる。
「まるで存在そのものが消えたみたい」
「サヤミの話だと、地球人はヴァルクを持ってないんだよな? 地球にはヴァルクのモニュメントが現れないって」
「……余計におかしい」
ソラは低く呟く。
「サヤミに知らせるか?」
「うん、行こう!」
三人は急いで宿舎へ向かい始めた。
だが途中で、イザウが突然立ち止まる。
「……待て」
「今度は何!?」
「俺、まだ風呂入ってない」
イノリアは思い切り顔をしかめた。
「ああもう後にして!! 私たちだって昨日から入ってないでしょ!!」
「今はエイミの方が優先!!」
「はい……」
一行はそのまま宿舎へ到着し、サヤミへ事情を説明した。
「そんな……エイミ先輩が?」
サヤミの顔が青ざめる。
「悪魔に攫われたとか……?」
「可能性はある」
イザウが頷く。
しかしソラは首を横に振った。
「いや……俺は悪魔の気配を全く感じなかった」
「トロマン爺さんほどじゃなくても、俺だって多少は察知できる。でもあの森には不自然な痕跡すら無かった」
サヤミも考え込む。
「それに、もし悪魔なら……わざわざ隠れたりしない気がする」
「悪魔って、基本的に自分から騒ぎを起こしたがるもの」
「つまり、誘拐の可能性は低い……か」
結局、一同はまずザミールへ相談することにした。
村長の家へ戻ると、ザミールが困ったような顔で迎える。
「君たち、一体どこへ行っていたんだ? 朝から探していたんだぞ」
「えっと……」
「朝食を用意していたんだが」
「ありがとうございます。でも、その前に話したいことがあります」
「なら食べながら聞こう。冷めてしまうからな」
一同は席につき、ザミールが作った朝食を食べながら、ソラが見た出来事を説明した。
エイミが大量の調味料を買い込み、森へ向かったこと。
そして突然姿を消したこと。
全てを聞き終えたザミールは、深刻そうな表情を浮かべた。
「……やはりか」
「やはり?」
「実は村の者たちも、以前からエイミを心配していた」
ザミールは静かに続ける。
「頻繁に村を離れ、行き先も話さない。中には、工場側や悪魔と繋がっているのではないかと疑う者までいる」
「そんな……」
サヤミが悲しそうに目を伏せた。
ザミールはゆっくり立ち上がる。
「サヤミ。エイミの行方を追ってくれ」
「必要な偵察隊員を連れて行って構わない」
「……はい」
サヤミは少し考え込んでから口を開く。
「ユスフだけ連れて行ってもいいですか? 今までずっと一緒に任務をしてきたので」
「それと……」
彼女はイザウたちを見る。
「代わりに、イザウたちにも協力してもらいたいです」
だがザミールは難しい表情を浮かべた。
「しかし彼らは旅の途中で立ち寄った客人だ」
「これ以上、我々の問題へ巻き込むわけにはいかない」
「しかも彼らは、すでに十分すぎるほど我々を助けてくれている」
「いえ……大丈夫です、村長」
イザウが真っ直ぐザミールを見つめながら言った。
「頼まれなくても、俺たちは最初から手伝うつもりでした」
ソラも静かに頷く。
「そうです。もし悪魔が関わっているなら、俺たちにとっても重要な手掛かりになる」
「俺たちは旅の途中で悪魔を追っているんです」
ザミールはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……分かった。ならば頼む」
「くれぐれも気を付けるんだぞ」
イザウたちは一度部屋へ戻り、荷物をまとめ始めた。
この任務が終われば、そのまま次の街へ向かう予定だった。
伝説の武器についての情報を探すために。
一方その頃、サヤミはユスフを呼びに行き、再び偵察任務の準備を進めていた。
全員が揃うと、彼らはすぐに森へ向かう。
ソラがエイミを見失った場所へ。
深い森を何時間も歩き回り、時には別れて捜索を続けた。
しかし――。
どれだけ探しても、手掛かり一つ見つからない。
やがて全員は再び森の中央で合流した。
サヤミが地図を広げる。
「……ほとんど探索済みね」
地図の大半には既に印が付けられていた。
その時、ユスフがある場所を指差す。
「この辺りを調べよう」
「川が近いし、サリヴの街も遠くない」
「そこ、俺たちの目的地の街だ」
イザウが反応する。
だがサヤミは申し訳なさそうに言った。
「本当は、ここから先は私たちだけで――」
「何言ってんだよ」
イザウが遮る。
「俺たちは最後まで手伝うって決めてるんだ」
「そうだよサヤミ」
イノリアも優しく微笑む。
「私たち、そんな簡単に君を置いていったりしないから」
「みんな……」
サヤミの目が少し潤む。
「本当にありがとう。私、みんなに迷惑ばっかり……」
「迷惑なんかじゃない」
ソラが静かに言った。
「これは俺たち自身の意思だ」
そして夕方になる前、一行はまだ調査していない最後の区域へ到着した。
そこには――。
川辺に建てられた、一軒のツリーハウスがあった。
彼らは近くの崖の上から様子を窺う。
本当にここがエイミの隠れ家なのか、確認するためだ。
「……あれ、エイミ先輩!」
サヤミが小声で呟く。
エイミは木材を集め、焚き火の準備をしていた。
しかし次の瞬間。
彼の背後から、一人の女が現れる。
紫色の肌。
頭には角。
その姿を見た瞬間、全員の表情が凍り付いた。
「……悪魔」
イザウの瞳に炎のような怒りが宿る。
次の瞬間には、彼は崖から飛び出していた。
両手に青い炎を纏いながら、一気に加速する。
「危ないエイミ!! 後ろに悪魔がいる!!」
イザウはそのまま悪魔へ拳を叩き込んだ。
しかし――。
ガキィン!!
「なっ!?」
攻撃はあっさり防がれる。
「くそっ……!」
イザウは即座に背中の双斧を引き抜いた。
鎖付きの斧を高速で回転させ、そのまま悪魔へ投げ放つ。
「やめて!! 彼女を傷つけないで!!」
エイミが叫ぶ。
だがイザウは止まらない。
双斧を振り回しながら連続攻撃を叩き込む。
その時、悪魔の女は腰の後ろから巨大な鉄拳を取り出した。
巨大な鋼鉄製の拳甲。
ソラの目が大きく見開かれる。
「……あれ、伝説の武器じゃないか!?」
崖の上で見ていた仲間たちにも緊張が走る。
(まだ本格的には使いこなせてない……)
(でも、この斧にも慣れてきた)
(絶対に勝つ!!)
イザウは双斧へ青い炎のヴァルクを纏わせ、一気に攻勢へ出た。
斬撃が嵐のように襲い掛かる。
しかし悪魔の女は、その巨大な拳甲で全て受け止めていく。
「だったら!!」
イザウは双斧を同時に上段から叩き落とした。
悪魔は防いだものの、その衝撃で後方へ押し込まれる。
「今だ!!」
イザウは即座に横へ回り込み、足を狙って斬撃を放った。
「決まった――!!」
その瞬間。
「やめろ!! 彼女を傷つけるな!!」
エイミの叫び声が響く。
直後――。
轟っ!!
凄まじい突風が吹き荒れ、イザウの攻撃を弾き飛ばした。
「なっ……!?」
イザウは強制的に後退させられる。
「何だ今の!? どこから攻撃が……!」
そして次の瞬間、全員が息を呑んだ。
悪魔の前に立っていたのは――エイミだった。
彼の周囲には、風のヴァルクが渦巻いている。
崖の上にいたソラたちも、慌てて下へ飛び降りた。
「どういうことだ……!?」
ユスフが目を見開く。
「エイミ先輩が、ヴァルクを……!?」
サヤミも信じられないという表情を浮かべる。
「地球人はヴァルクを使えないはずじゃ……」
困惑する彼らの前で、悪魔の女がエイミの背後から口を開いた。
「エイロウ、何をしているの?」
「私に任せればいいじゃない」
女は優しくエイミへ微笑む。
「あなたは私が守るから」
「……エイロウ (Eiroh)?」
サヤミが小さく呟いた。
「誰……それ……?」




