第15話 土魔法試験4・地陣
王様の像を持ち上げる試験で俺は力の込めすぎで像を粉砕してしまった。そのせいで周囲の視線は冷蔵庫の中でもここまで冷えねぇだろってくらい冷たい。
「……お主、何者じゃ?」
フクロウ顔のじっちゃん試験官が俺をじっと見つめる。その目はさっきまでの好々爺のそれじゃない。古びた本棚の奥から禁書を引っ張り出してきたみたいな好奇心と恐れを含んだ複雑な表情だ。
「まさかワシと同じ“地王級”か?」
ざわっ。空気が揺れる。さっきまで俺を避けていた連中が今度は距離を取りつつ耳だけ寄せてくる。
地王級とは土魔法の階級で六段階のうち上から二番目。地母神級の一つ下、霊峰級の一つ上。つまりレベル5。一般人が一生かけても届かない領域だ。
「ファ、ファファファ……ま、まっさかぁ。像が脆くなってただけだろぉ? 経年劣化ってやつだ。石も年取るとボロボロになるしなぁ?」
我ながら苦しい言い訳だ。
「ふむ……そういうことにしておこうかの」
じっちゃんは顎に手を当ててうなずく。
あ、流してくれた。優秀な大人がいてくれて助かる。
「それよりよぉ……もしかして俺って失格かぁ?」
恐る恐る聞いてみた。
持ち上げろって言われたものを粉にしたわけだし、マズいかもな。美術館で触れていいと言われた展示物を殴り壊したものだ。アウトと言われてもおかしくない。
「いや、合格じゃな」
「……え?」
一瞬、耳がおかしくなったかと思った。
「この逸材を落とすほどワシは愚かではないぞい」
たしかに地王級が創造した像を簡単に破壊したし、逸材といえばそうか。
「ふ、ファファファ! 偶然壊れただけだけどなぁ!」
俺は誤魔化すように胸を張った。
「あくまで第二の試験は、じゃがな」
言われなくても分かってるよ。まぁ、合格は合格だ。命拾いした気分だな。
「コホン……では、気を取り直して第三の試験じゃ」
じっちゃんが手持ちの杖を軽く鳴らす。空気が切り替わる。さっきまでの騒ぎが舞台の幕みたいにすっと引いていく。
「第三の試験は結界術を見るものじゃ。星喰いとの戦い、もしくは土魔法使い同士の戦いは土の奪い合い。足元を制する者が戦いを制すのじゃ。そのために“地陣”と呼ばれる結界を張り、地形を自分以外には変えさせないようにする。要は暗号化じゃな」
地陣とは、じっちゃんの説明の通り、相手の攻撃を防ぐ結界のことだ。地陣を展開することで周囲の土を自分だけ操作できるようにする。これを怠ると、天井や足元を崩落させられたり、自分で作った武器や防具を逆に利用されたりしてしまう。
だから暗号化し、周囲の土をロックする。自分だけが操作できる専用フィールドを構築するってわけ。
ところで俺ってそんな高性能な技を使えたっけ?
いや、できないな。断言できる。俺のドリルはセキュリティなんて概念を鼻で笑って貫通するタイプだ。うん、今度こそ詰みか?
俺が絶望的な表情を浮かべている間に、じっちゃんが話を進める。
「それを踏まえて試験内容は単純。あの部屋を通るだけじゃ」
じっちゃんが指さす先には、一つの石造りの部屋。
出入口が一つあるだけのなんの変哲もない箱だ。
……通るだけねぇ。恐らく散歩するだけじゃ無理だよな。
周りの連中は誰も笑っていない。むしろ緊張している。彼らも察しているようだ。
「部屋には一人ずつ入ってもらうのじゃ。では、始めようかの」
有無を言わさず試験が始まる。
受験者が一人、また一人と部屋に入っていく。
そして、いつまで経っても誰も戻ってこない。正確には出口から出てきてはいるんだろうが、ここからは見えない。つまり、情報が一切ない。中で何が起きているのかこちらからはわからない。
これは嫌なタイプの試験だ。攻略情報ゼロのダンジョンに放り込まれる感じ。
「次はボクが行きますわ!」
金髪ポニテ少女のリンが元気よく手を挙げて入っていく。堂々としていて怖いもの知らずだな。度胸があるのか、自信家なのか、ただの天然なのか。
答えを得られずにいると、彼女のポニーテールがぴょこんと揺れて扉の向こうに消えた。
リンはしばらくしても戻ってこなかった。まぁ、戻ってくる必要はないのかもしれないが、なんかこう、不安を煽る演出だよな。
「次、とんがり男じゃ」
「だからその呼び方やめろ」
とにかく呼ばれたので扉の前に立つ。その扉は遠目で見た時よりも大きく見えた。目の錯覚か、単に俺がビビってるだけか。どっちでもいい。行くしかねぇ。
俺は重々しい扉を押して中に入る。白い廊下が伸びていた。さらに先にはもう一枚の扉。そこを開けると。
「うおっ……!?」
視界が死んだ。
砂嵐。文字通りの砂の暴風。目の前が真っ白……いや、茶色か。とにかく何も見えない。
風が肌を削る。細かい砂粒が針みたいに刺さってくる。優しさゼロの自然現象だ。
これが部屋の中だと?
広さもわからない。出口の位置もわからない。上下すら怪しい。
なるほどな。これを通るだけね。言葉ってのは便利だ。どれだけ地獄でも表現次第で天国に偽装できるのだから。
「どうすっかぁ?」
俺はとりあえず“半透明のドリル”を目に被せた。
実は試験会場へ来る前、分離以外にもドリル魔法をもう一つ強化していた。『見』という漢字を書いたら覚えたもので、ドリルの色を半透明にできる。本当は視力が良くなるのを期待したのだが、いつも通り上手くいかなかった。くそ。
「さてと」
俺は気を取り直して部屋の攻略法を考える。
普通の土魔法使いなら地陣を張り、足元を固定し、砂を制御する。視界を確保して最短ルートで突破だろう。
それが理にかなってる。教科書通りの正解だ。でも俺は。
「操れねぇんだよなぁ」
そう、俺は土を操れない。いや、ドリルで無理矢理できなくはないかもしれないが、少なくともこの状況で器用にやれるほどのスキルはない。具材を鍋に放り込むだけの漢の料理はできるが、繊細なフランス料理は作れないみたいなものだ。
つまり選択肢は一つ。力技。いつも通りだ。知ってた。
「うおおおおおおおおッ!!」
叫ぶ。意味はないが叫ばないとやってられない。
ドリルを展開。圧縮、回転、加速。
前が見えないなら道ごと作ればいい。いや、違うな。道がないなら全部壊せばいい。俺は前方に向かって突っ込む。
「ヒャハハ! 砂粒ごときで俺は止められねぇぜ!」
壁? 知らねぇ。床? 知らねぇ。構造? 知るか。
なんか石が飛んできたり、天井から槍が生えてきたり、床に穴が空いたりしたがドリルが全てを解決した。
「オラオラ! どきやがれ!」
破壊音が響く。手応えがある。何かが砕ける感触。たぶん壁だ。
構わず進む。というか、進んでるのかもよくわからないが、とにかく前に力をぶち込む。
「ヒャハハハハハハ!」
数秒か数十秒か。時間の感覚が溶けた頃、砂嵐が消えた。視界が開ける。そこは、外だった。
「ひゃっほぉぉぉ!」
後ろを振り返ると、元・部屋が無残な姿で佇んでいる。部屋の横が綺麗さっぱり消えており、崩れかけていた。出口のドアは……外れており、死んだぬりかべみたいに倒れていた。
「……あ」
やらかした、という自覚が遅れてやってくる。ちょうどそのタイミングで。
「お主、なにやっとんじゃあ!!」
フクロウじっちゃんの怒号が飛んできた。
やばい。さすがに像に続いて二回目の破壊は許されないか?
「ファファファ……すみませんだぜぇ」
俺は水辺に打ち上げられたオニヒトデのようにシナシナになった。




