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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
第二章 サクヤの街

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傾国の鉄宰 第五十三話 【滅びの街と老人と】 〜ロストジェネレーションって何だ!〜

 二人の邂逅は、あまりにも両極端な対峙から始まった。

 

 ザハートの放つ、全盛期の猛将を彷彿とさせる圧倒的な威風を前にしながらも、ケインは臆する風もなく、ただいつも通りの穏やかな微笑を浮かべて佇んでいる。

 そのプレッシャーは、驚くべきことに明確にケインだけを狙って向けられていた。そのこと一つをとっても目の前の老人が熟古強者(ふるつわもの)であることが窺える。他の者がまともに受ければ、立っていられるのはオーケンやシモーヌ、リュカのような一握りの手練れのみだろう。

 そういう意味ではザハートのプレッシャーに耐えられる者が四名もいる、この一行が異常とも言えるのだろう。


 プレッシャーを正面から浴びてなお涼しげに微笑むケイン――傍目には、若き天才が底知れぬ器を見せつけているように映っていた。だが、実際のケインの思考は、驚きと戸惑いが大半を占めていた。


『……あの、僕どうしちゃったんでしょう。帝都で引き篭もっていた頃の僕なら、こんな圧力浴びたらその場で気絶してますよ』


(まあ、毒を盛られて三途の川の縁に立ったり、脳内に見知らぬおっさんを二人も住まわせる羽目になったり、あの鬼教官達(ヴォルター・マイヤー)に文字通りしごき倒されたりしてたからねぇ。感覚が麻痺しちゃったんじゃない?)


〈おそらく闇の精霊をその身に宿した影響も大きいだろうな。私も英霊級の力を持つと神も言っていたし、その影響かも知れん。魂の年季の違いだな〉


(ちょっと、次郎さん。サラッと俺をのけ者にして自分だけ『おっさん枠』から離脱しました? 脳内居候枠の中で格差社会を作るのはやめてもらえますか? モブですか? モブなんですか俺は?) 


〈モブが何かは知らんが軽い冗談だ。イングランド・ジョークというやつだ〉


(あぁ〜! 海外留学マウントだぁ)


『はぁ……ふふ』


 威圧感の出どころである目の前の老人そっちのけで、得意げに声を張る次郎と、涙声で不貞腐れる裕翔。緊迫感の欠片もない脳内のやり取りを聞かされて苦笑いをするうちに、呆気にとられたケインの緊張は完全に消え去り、すっかり腹の底が落ち着いてしまっていた。


「初めまして。ケインと申します。この街には昨日到着したばかりで、右も左も分かりませんが……だからこそ、今後は色々と相談に乗っていただければ助かります」


「ほう……。初対面の、それも高圧的なスラムの老骨相手に『相談に乗れ』とは、ずいぶんと不思議なことを言うご子息だな」


 互いに面識はないはずだった。

しかし、言葉の端々から漂うのは、互いの『正体』をとうに見抜いた上で、あえて足元を探り合うかのような奇妙な確信。

 その張り詰めたやり取りに、シモーヌやオーケンたちはもちろん、一行を連れてきたシャハムやミナまでもが、ただならぬ気配を察して戸惑いの視線を交わし合う。


 ケインはふっと視線を落とし、周囲の美しい赤褐色の家屋、そこで身を寄せ合う子供たちへと目を向け、小さく息を吐いた。


「これほど整然とした素晴らしい集落を築き上げ、統治機構を機能させている手腕には、心からの賛辞を。……ですがザハートさん、やはりここは致命的に歪な街です。長くは保ちませんよ」


 その言葉に、これまでケインたちとのやり取りを兄シャハムに任せて、押し黙っていたミナが我慢の限界を迎えたように声を荒らげた。


「……ねえ! 余所者のガキが、あたいたちの街にケチつけんじゃないわよ! あんたに何が分かるっていうのさ!」


「ケチをつけているわけではありません。見過ごせない事実を指摘しているだけです。……オーケンさん、長(・)年(・)衛士を務めてきた、あなたの目から見て、この広場の雰囲気はどうですか? 何か気になることはありませんか?」


 ケインはミナの刺すような殺気を聞き流しながら、淡々と、残酷な現実を解き明かすべくオーケンに話を振った。

 唐突に指名されたオーケンは、それまでの温厚な風体から一変して表情を鋭く尖らせ、値踏みするようにぐるりと周囲を見回した。


「そうですなぁ……住人の比率が、あまりにも歪なのが気に掛かります。大人の男が極端に少ない。女性は男のおよそ倍ほどですが、一番の問題は子供の多さだ。大人の十倍以上――ざっと見ても、大人一人の拠り所に子供が三十人はいる。これでは外敵への防衛は元より、内部の治安維持すら抑えきれない。もし子供たちが徒党を組んで犯罪グループ化でもしたら、今の平穏など一溜まりもないでしょう」


「なっ……」


 事情を知らない余所者の言葉には感情的に反発したシャハムたちだったが、元衛士であるというオーケンの重みのある指摘には、返す言葉を失うしかなかった。穏やかな雰囲気の奥に熟達の戦士の片鱗を覗かせる、真に修羅場をくぐってきた男の言葉だと本能が認めたからだ。


〈ケイン少年も人を上手く使うようになったものだ〉


(立派な策士に育って、おじさんは嬉しいよ)


『……』


 囃し立てる脳内の二人の言葉を黙殺して、ケインはさらに深く切り込んでいく。


「オーケンさんの言う通りです。この異常な人口の偏り、外壁をリサイクルした見事な集落の構造を見て確信しました。サクヤの街が『三番手以降の子供』を見捨てる政策に舵を切ったその直後から、皆さんが長い年月をかけて、少しずつ計画的に積み上げて形作ってきたのがこの場所なのですね。そして、その歳月を掛けて積み上げてきた仕組みが、今まさに内部から崩壊しようとしている――その気配を、あなた方も感じているのではありませんか? 」


「「それは……っ」」


 各々が何か思うところがあったのだろう。シャハムとミナは口を開きかけて、再び口を噤む。


「言葉にすることは恐ろしいです。口にしたことが現実になるようで不安になります。それでも言葉にすることは大切です。認めたくない現実を認めなくては前には進めない。さっき来たばかりの子供の戯言、耳を傾ける勇気はありますか? 無関係な者に残酷な現実に被せた幕を引き剥がされるかも知れません。その覚悟が皆さんにはありますか?」


「くっ…好き勝手言いやがって!」


「余所者(よそもの)が!」


 シャハムとミナの兄妹は語調は荒いものの、勢いはなく、視線をケインから外し辺りを彷徨わせた。


「カッカッカ。シャハム,ミナ、儂らの負けだ。ケイン殿の話を聞こうではないか」


「爺さん」

「おじいちゃん」


「儂らは子供たちやスラム(町)を大切に思う余りに、過保護になっていたようだ。冷徹に判断を下せる部外者の視線も大切だろうて」


「「……」」


ザハートの言葉に二人は口を噤んだ。ケインはザハートに目礼すると、今度は冒険者として街の観察眼に長けたリュカに視線を向けた。


「リュカさん。今日半日サクヤの街を巡ってみて、何か気づかれたことはありませんでしたか?」


「えっ、あっしですか?……」


 リュカは戸惑いながらも、今日の記憶をたどって苦い表情を浮かべた。


「一見華やかに栄えて見えやすが、工房や鍛冶屋なんかの『もの造り』に関わる場所が妙に偏っている気がしやしたね。品質はいいんでしょうが高価なものを作る工房ばかりで、こういった辺境の街が当然自前で用意するような雑貨や刃物の工房が見当たらないんです。外から運ばれてくる交易品で賄うためか、物価もやたらと高い、これじゃジリ貧です。そのうち他の街、他領の商人の食いものにされちまうでしょうね」


「僕もそう思います。他には何かありますか?」


 穏やかに微笑むケインが自分に何を求めているか理解しているリュカは話を続けた。


「それと……ここにいる子供たちと同年代の中町や繁華街にいる、少年少女たちのことです。あいつら、数えるほどしかいない幼児たちに対して、妙にビクビクと気を遣いながら生活してやした。昼間、仕立て屋の小僧が、まだ言葉もろくに話せねぇような大店の幼児に、泥水に頭をこすりつけるようにして謝ってるのを見やしてね……。まるで『ちょっとでも不興を買えば、明日にはスラムに叩き落とされる』みたいに、卑屈で、どこか怯えたような気遣い。あの歳の子供が持つはずのない、諦めきった濁った目が、どうにも頭から離れやせん…」


 現在はBランクという一流冒険者の入り口に立つリュカだが元々は違う仕事を生業としており、その時の経験から他の仲間が気づかない、細かく薄暗い暗部にも視線が届く。その鋭い観察眼こそが、彼の強みだった。


〈貿易都市と、貿易に偏りすぎた貿易偏重都市では、全く話が違うからな。前者は自立した経済の拠点だが、後者はただの依存体質に過ぎん。……これのどこが『国境の宝石』だ? かつてはそうだったのか? 新しい変革を拒み、痛みを伴う改革から目を背けた大人たちの『不作為のツケ』で宝石はガラス玉にすり替わり、凋落を認められない大人たちは、そのツケを何一つ罪のない子供たちだけに支払わせている。ここは、己が原則を持たない大人たちの身勝手な利権競争の犠牲になった、奪われた世代の姥捨山(うばすてやま)ならぬ、稚児捨山(ちごすてやま)だ〉


脳内に響く次郎の冷徹な断定を受け止め、ケインは自身の思考を言葉に紡ぎ直す。


「――ええ。オーケンさんが見たこのスラムの人口比率、そしてリュカさんが見てきた本街の歪み。これらは決して無関係ではありません。ザハートさん、このサクヤの街には、将来を潰えさせる決定的な危機が大きく分けて二つあるのです。

 一つは、繁華街や中町で過去の栄華に縛られ、変化を恐れて必要な改革を拒み続ける大人たち。つまり、この街の構造を内側から静かにゆっくりと蝕む『旧き人』の危機。そしてもう一つは、このスラムに集まる、特定の時期に社会から窮屈に押し込められた十歳から十五歳前後の子供たち――未来を閉ざされた『奪われた世代』が、この場所を急速に蝕むという、世代の偏りの危機です」


 ケインのあまりにも明晰な分析に、ザハートは沈黙し、シャハムとミナは息を呑んだ。ケインは構わず言葉を続ける。


「スラムに落とされた子供たちからすれば、運よく街に残れた兄姉へ恨みや嫉みを抱くのは当然でしょう。ですがザハートさん、街に残された側の彼らも、決して幸せではない。弟や妹、友達が次々とスラムへと捨てられるのを目の当たりにしてきた彼らの根底にあるのは、いつ自分も排除されるか分からないという『存在の否定』への恐怖です。そこへ急激な少子化が始まり、『貴重な跡取り』として優遇される幼児たちが現れた。自分たちはあくまで、幼児たちが育つまでの『中継ぎ』に過ぎない。もし機嫌を損ねれば末路は弟妹と同じスラム行き――そう突きつけられている彼らは、卑屈に擦り寄るしか生きる術を知らないのです」


 ケインは上着の裾を掴み続けるリムへと視線を向けた。


「リム(この子)がスラムの入り口に打ち捨てられた時、身ぐるみを剥がそうと、ゴブリンのような濁った目をした十三、四歳の子供たちが周囲にいました。ザハートさん。あなたが街中に『行き倒れを装った』監視役を配置しているのは、外部への警戒のためだけではないはずです。すでに一部の子供たちがあなた方の制御下から離れつつある。彼らが暴発しないよう、内側に圧力を掛ける目的もあったのではないですか?」


 ザハートは何も答えず、痛みに耐えるように深く目を伏せた。その沈黙こそが、ケインの指摘が正鵠を射ている証拠だった。

 ケインはさらに、この街の奇妙な流通についても言及する。


「この街の店先に並ぶものは、ほとんどが高価な交易品です。ですが、街外れの小さな露店では、鮮度の良い葉物野菜や雑貨が廉価に売られていました。そして、それと同じモノをこの集落で見掛けました」


「あぁ、あの時の……」


 シモーヌがハッとしたように呟く。


「ケイン様をじっと見つめていたあの店主たちの店ですか。後ろ暗いような、切ないような特徴的な表情をされていたので、よく覚えております」


「同じ街に住みながら離れ離に引き裂かれた、我が子を思っていたのかも知れないね。あの人たちが協力者だとすれば……協力者を通じて、なんとか食料や物資、街との繋がりを得ているとしたら、よくぞここまで堪え忍ばれたものです」


 ケインの脳内で、懐かしむような、後悔するような裕翔の呟きが漏れた。


(氷河期世代なんて言葉を作って、俺たちを十把一絡(じゅっぱひとからげ)にして、国や社会に見捨てられたけれど。――親兄弟や近所の爺さん婆さん、友達の家族なんかが面倒を見てくれていたよ。夜の公園でたむろする俺たちに『早く帰りなさい』と声を掛けてくれた友達の母親。平日不在の父親の代わりに兄弟喧嘩を止めに来てくれた土建屋のおじさん……大変でも、辛くても、地域の人に育てられた俺たちは不幸じゃなかった。……そのことに気付くには、ここの子どもたちは、まだ若過ぎるんだよね)


 裕翔の言葉は十二年しか生きていないはずのケインの心に不思議と溶け込み、自然と次の言葉が思い浮かんだ。


「本来なら、ここでの生活を顧みた時、多くの子供たちが幸福感と感謝の念を抱くはずです」


そのケインの言葉に、これまで沈黙を守っていたエルが、静かに声を上げた。


「幸福な思い出は大切です。苦しい時、辛い時に背中を押してくれますから。……『本来なら』と言うからには、その大切な思い出は踏みにじられるのですか?」


 珍しく自分に話し掛けてくるエルに、ケインは頷き返し、残酷な現実を提示した

。

「ええ。問題の根本は、これまで受け入れてきた子供たちの年代が固まっている『歪さ』そのものにあるからです。これからこの隠れ里を襲うのは、大人不足の環境で育った思春期の子供たちの暴発、そして圧倒的な人口増加による資源の枯渇です」


「学のないあたいでも分かるように言ってよ! スラムに住むあたいたちに、一体何が出来るって言うのよ……」


ミナが声を震わせながら食い下がる。その折れそうで折れない強い思いを、ケインは真っ向から受け止めた。


「はっきり言えば、……確実に凄まじい食料難と、それ以上に深刻な『雇用の不足』が起こります。労働の中核になるには力も経験も足りず、その力を生かす産業の受け皿もない。しかし、消費だけは大人一人前の世代が数年後にピークを迎える。限られた身内の交易や露地野菜だけで、彼らの食い扶持を支えきれるわけがない。そして暴徒化した彼らは、スラムだけではなくサクヤの街全体を脅かす存在になるかも知れません」 


「黙って聞いてりゃあ、お前は何様なんだ!!」 


 ミナの横で黙り込んでいたシャハムが激昂し、己の無力さと引き裂かれるような絶望感から、ケインの胸ぐらを掴もうと詰め寄るが、シモーヌとオーケンに阻まれる。拳を握りこんだままシャハムが叫んだ。


「今日、ふらっと立ち寄ったようなお前が何を偉そうに能書きを垂れやがる! 俺たちの苦労を見聞きして、笑いに来たのか!?俺たちが育てた、あいつらが、そんなもんになる訳がねぇんだよ!!」


「兄さん、やめて」


ミナが宥めても収まる気配のないシャハムの激昂を、敢えて無視するように話を進める。


「彼らがスラムだけではなくサクヤの街全体を脅かす存在になるというのは、このまま何もせずに時流のまま流され続ければの話です。大丈夫です。まだ間に合います」


「えっ?まだ間に合うのか?」


 オーケンやシモーヌと睨み合いをしていたことも忘れて、体全体でケインに向けるシャハム。

 このまま時が過ぎれば状況が悪化し続け、いずれは致命的な終焉を迎える確信は兄妹ともに持っていた。分かっているのに、手立てがなく、どうしようもないという絶望感がケインに対する激しい反発へとつながっていたのだ。将来への不安や自らへの苛立ちを八つ当たりのようにぶつけてしまったケイン本人が何ともない顔で『まだ間に合う』と言った。その事実が受け止められず、間の抜けたような時間が、しばし流れる。

 シャハムとミナの思考がようやく動き出した頃、改めてケインは問う。


「えぇ間に合います。ここで重要なのは、やるべき事の『優先順位』を見つめ直すことです。お二人は、今のこの街の状況をどう思われますか?」


「「えっ?」」


 怒号でも反発でもなく、シャハムとミナに掛けられたのは問いかけの言葉だった。  

 予想だにしなかった問いかけに兄妹揃っての戸惑いの声が重なる。ケインはその様子に、兄妹と一緒にいられない自らの境遇を少しだけ重ねながらも、二人の答えを静かに待った。

二人は顔を見合わせ、この街の現状を再確認する。泥をすすりながらも、守り抱き留めてきた子供たちの姿を思い浮かべた。高尚な戦略眼は持ち合わせていない。だが、誰よりも彼らに寄り添ってきた二人だからこそ、肌で感じ取っている実感がそこにはあった。


「……難しい言葉はわからないよ」


 ミナが、ぎゅっと自分の拳を握りしめ、痛みを堪えるように呟いた。


「でも。あの子たちの心が……どんどんあたい達の手から離れて、暗いところに落ちていってるのは嫌ってほど分かってるさ。十二や十三になった男の子たちは、最近じゃあ、あたいの言うことを聞かなくなってきた。昔は『お腹すいた』って泣くだけだった泣き虫が……、少し大きくなって『お腹すいた』って泣くチビたちに自分の飯を分け与えていた優しい子たちが……今は街の連中を、自分より弱い者を獲物として狙うような憎悪の目で睨みつけてる。体がでかくなるたびに、心の中のトゲトゲした危うい部分がどんどん膨らんでいくんだ。ちょっと突つかれただけで、誰かを殺すか、自分が死ぬまで暴走しちまいそうな……そんな壊れそうな危うさを、あたいは毎日見てるんだよ」


 ミナの言葉に、隣に立つシャハムの表情が苦痛に歪む。


「……俺たちの本当の敵が街の上層部の連中なのは決まっている。だが、今の俺たちが外の街と揉め事を起こせば、真っ先に暴発するのはあいつらだ。思春期の、力を持て余したガキどもは、大人の命令なんて忘れて、憎しみのままに最前線に飛び出していだろう。本当の敵と戦う前に、俺たちは身内の『暴発』に足元を崩されそうだ。……クソッ、これが俺たちの直面した、今の状況だ。『遊んで』って、俺のケツについて回っていたあいつらと。夜寂しくて『姉ちゃん』って泣いてたあいつらと。褒めて貰いたくて爺さんの手伝いを買って出たあいつらと……もっと真正面から向き合えていれば。あいつらと殴り合いの喧嘩が出来ていれば……、信頼関係が築けていれば……クソッ」


 無機質な敷石を見つめうなだれる二人。

ケインは静かに頷く。


「お二人が何よりも子供たちの事を考えていることが分かりました。僕もお二人の意見には賛成です。元々、人口増加に対して街を発展させる努力を放棄した本街の大人たちが、自らの既得権益を守るために特定の世代をまるごと『調整弁』として切り捨てた。サクヤの街で行われているのは冷酷な『間引き』です。不要とされた世代が年々スラムで膨れ上がり、必要な食料や物資は激増するのに、労働の中核となる大人の手は増えない。その結果、大人は生活を賄うための過酷な労働に追われ、子供たちと向き合う時間を失っていく。スラムが支えられる限界を超えつつある深刻な『若年層の爆発的増加』が秩序を崩壊させるのは、もはや時間の問題です。

 大人との関わりを断たれて育った子供たちは、成熟した価値観を持たないまま年齢だけを重ねていく。閉ざされた子供だけの世界では、ブレーキをかける者は弱者とみなされ、衝動的に突き進む者が強者となる歪なルールが生まれる。それが集団となれば、短絡的で暴力的な暴発を頻発させるでしょう。そうなれば、本街との全面衝突、そして一方的な蹂躙は避けられない。そうであるならばどうするべきか。ザハートさんの意見をお聞きしてもいいですか?」


「……よかろう。ケイン殿の言う通りじゃ。年長の子らを鍛え、文字や学問を教えてはいるのじゃが……働く場所が、自分たちが修めた技術や知識、能力、そういったものを生かす場所があまりにも少なすぎる。また何とか子供たちだけの世界にせぬように、可能な限り大人たちを配しているが、いかんせん子供たちの人数が多い。その上、抱えておる事情も千差万別じゃからのぅ。この街の大人だけでは荷が重すぎるのが、悲しいかな現実じゃ。食料の調達については街の内外で、色々動いてはいるのじゃが、総じて芳しからずというのが正直な状況じゃ。しかし……人口の歪み、物資の限界、子供と大人の世代間の断絶による子供達の暴徒化、すべて君の言う通りだ。素晴らしい分析じゃのぅ。じゃが分析だけではないのじゃろう? この街で生きるほぼ全ての人間はシャハムやミナも含めて、儂の大事な仲間じゃ。もしこのまま分析官気取りで話を終えるような愚弄があれば、生きて街を出られるなどという幸せな夢は描かぬことじゃ」


 小さく丸まった老人の背中から、先ほどの精神的な威圧とは異なる、ピリピリとした密度の高い『気』が漏れ出る。ケインは先ほどと同じように穏やかに微笑んでいられるはずだった。だが――。


「クッ」


 突如、肺の空気を力づくで搾り取られたかのような激しい息苦しさに襲われ、ケインの口から思わず苦悶の声が漏れた。それでも膝を屈せずに立っていられたのは日頃の鍛錬の賜物だろう。


 ケインの状況を見て取ったオーケンが即座に動く。大きく一歩前へ出ながら、短く、太く息を吐く。


「ハッ!!」


 元衛士風情とは思えない熟達した『気』が、ザハートの放った圧を中和するように霧散させた。するとケインの呼吸が一気に楽になった。

 同時にシモーヌが、いつ抜刀したかも見えないほどの神速で剣を抜き放ち、その鋭い剣先をピタリとザハートの喉元へ突きつけていた。


「爺さんっ!」

「おじいちゃん!」


殺気立つシャハムとミナを手で制しながら、老人は不敵に笑った。


「儂の『練気』をまともに浴びて、膝を屈しない子供がおるとは驚きじゃて」


「『練気』ですか?」


 呼吸の安定を取り戻したケインが、純粋な好奇心を隠さずに問い返す。


「そうじゃ。簡単に言えば覇気を一箇所に集束して、相手の呼吸や五感を狂わせる実戦の技じゃ。下らん小技じゃよ」


「爺さん、余計なことを教えるんじゃねぇよ」


 シャハムが呆れる。


「無礼を働いたのは儂じゃ。これぐらいの種明かしは仕方なかろう。」


そう言うと、ザハートはゆっくりと、石の椅子から腰を上げた。大きく呼吸をして、全身を捻るように動かす。それだけで、丸まっていた身体が嘘のように大きく広がり、圧倒的な巨躯へと変貌していく。ボロを纏ってなお、一騎当千の戦士としての巨大な背中を集落に向け、老人はケインの瞳を真っ直ぐに見据え、おもむろにその名を呼んだ。


「ケイン殿、いやケイン・ハイデル様――竜騎将タリム・エレ・ハイデル子爵閣下のご子息だね?」


ドクン、と周囲の空気が跳ね上がった。


「えっ!……領主の息子?」


「ハイデル子爵……って、あの帝国の英雄の……!?」


 シャハムとミナが、あるいはケインの服を掴んでいたリムが、信じられないものを見る目でケインを見つめる。それが本当ならば帝国の最高戦力の一角、その英雄の血を引く少年がなぜここにいるのか。衝撃が一同を駆け巡る。

しかし、ケインは自分の素性を暴かれてもなお、眉一つ動かさなかった。

 周囲の詮責の視線や、シモーヌたちの緊張が一段落するのを待つように一呼吸置くと、今度はケインが、その涼やかな瞳を老人の顔へと向けた。


「流石です、ザハートさん。……僕からも、一つお伺いしてよろしいですか?」


 ケインは一歩、老人へと歩み寄る。


「大戦時には帝国軍の東部戦線の先鋒を担い、戦場を烈風のごとく駆け抜けた猛将。その後もサクヤの街に留まり続け、駐留軍を率いて東部辺境に平穏を齎(もたら)した不世出の知将……」


「もう、その辺でいいじゃろう。真の英雄タリム殿の子息に、そこまで褒められては体中がむず痒くなるわい」


 ザハートは左手で顔を覆い、右手で背中を掻く所作を見せる。


「やはり……不(・)当(・)な(・)罪(・)を着せられ、数年前に爵位を剥奪されて行方知れずになったと聞いていましたが……」


 ケインの口元が、静かに弧を描く。


「やはり、あなたがあの、ザハート・ウル・グランツ男爵ですね?」


「「「――ッ!」」」


 今度は、シモーヌ、オーケン、リュカ、戦慄に包まれるリムの息が上ずる。

かつて帝国の歴史にその名を刻み、突然表舞台から姿を消した知勇兼備の将。そんな大物が、このスラムの子供たちに木剣を作って微笑んでいた好々爺だというのか。あまりの衝撃の連続に、周囲は完全に言葉を失う。

ただ一人、静かに周りを警戒しているエルだけは、その素性を最初から知っていたかのように、微動だにせず無言を貫いていた。


「カッカッカ……! よもや、こんな薄汚れた溝鼠(どぶねずみ)の真の名を、ハイデル家の子息に呼ばれる日が来ようとはな」


 ザハートは天を仰いで豪快に笑った。

その笑い声は、先ほどまでの好々爺のものでも、背中を丸めた老人のものでもなかった。


「ご明察、恐れ入ります。グランツ男爵」

 

 ケインは気後れすることなく、まっすぐに元名将を見据えた。


「サクヤの歪みを正し、このスラムの子供たちを救うため、僕には具体的な腹案があります。そして、それを実現するための――父タリムから託された、潤沢な資金も」


 ケインが毅然とした態度で具体的な解決策の端緒を口にすると、ザハートはしばし瞑目し、白く長い顎髭を静かに撫でた。


「待てば海路の日和あり……じゃな。これは──もしかしたら、子供たちを救うどころか、あの業突く張りを打倒する機会もあるやも知れんな」


そう言ったザハートの濁りのない眼光が、まっすぐにケインを射抜く。

広場を包む空気は完全に一変し、かつて数多の命を率いた「将」の風格が、静かに、だが圧倒的な質量を持ってそこに顕現していた。

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