傾国の鉄宰 第四話 【真意】 〜ロストジェネレーションって何だ!
マイヤーとメイドたちがとめどなく話をする中、ケインが『黎明の盾』のメンバーに話掛ける。
(へぇ、サウンドマスキングみたいなものかぁ。やるなぁ)
〈防諜は時代や場所に関係なく重要だ〉
ケインはここ数日で、頭の中の二人の掛け合いも気にならなくなっていた。
げに恐ろしきは慣れである。
「先ずは御礼を。父からの護衛依頼を受けて頂き、有難うございます。それでは本題に入りましょうか」
ケインは菓子皿をガルド達に差し出すと同時にアサルト・スパイダーの糸でテーブルクロスに貼り付けられた白布をずらして、その上に菓子皿を置いた。
その動きは自然であり、貴族らしい気品さえ感じられた。もしクロスに淡墨色の地図が描かれていなければ黎明の盾のメンバーでも気付けたかは微妙だ。まして遠く離れたところから監視する者に気付ける筈もない。例え遠視の魔道具があったとしても気付けないだろうとガルドは思った。
「そちら側の口の動きは敵からは見えませんのでご安心を。此方に周辺地図を用意しました。敵はどの辺りに配備されていますか?」
茶菓子を咀嚼しながらケインが言葉を発する。読唇術は阻害され内容はわからず、表情は冒険譚を聴く少年のままだ。端から見れば育ちの良いボンボンが好き勝手に話をせがんでいるようにさえ見える。
(喰えない若様だ)
この時点でガルドは勿論、他の黎明の盾のメンバーもケインの指揮下に入る事に納得していた。そこには少年と侮る気持ちはない。相手の力量を素早く見抜く事が出来なければ、歳若くしてBランクの冒険者などに成れはしない。
「前方正面に一箇所、それとは別に伏兵を二箇所に配備しています。場所は…」
報告するのは斥候のリュカだ。彼は身軽な革鎧に身を包み、肩には短弓を背負っている。リュカは茶菓子を手に取って細かく砕き破片を指で弾く。
転がった破片を確認して、満足気に頷く斥候の青年、中々に器用なものだ。感心しながらケインは確認する。
「一番近い者達は左前方一万メルトほど離れた丘に隠れるように、次に近い者達が街道を一万五千メルト直進して丘を越えた場所に、最後は街道の者達とほぼ横並びで、そこから二千メルトほど離れた丘の影にいます」
「この陣形からすると三方向からの包囲かな…。数は?」
「正面街道沿いに十名。弓兵が二名、大盾を持った者が二名、残りは装備からして剣士と斧使い。冒険者を装い、付近の魔獣駆除と野草採取を隠れ蓑にしておりますが恐らく一名を除き賊徒の類です。身なりからして赤いマントを羽織った一名だけは、何らかの訓練を受けていそうです」
「完全な受け手ですね。他は?」
「左側は六名、全て騎兵です。右側も同じく六名、全て騎兵です」
「街道で接敵したと同時に左側の隊は迂回して、こちらの退路を断ち、右の隊が側面を急襲して殲滅するといったところかな。となると本隊は右側ですかね」
ケインは確認とばかりに、黎明の盾のメンバーに目を向け、最後にヴォルターを見る。騎士達も辺りを警戒しながらも、会話の内容を聴いている。父とヴォルターが選んだ四名なだけあり抜かりはない。
「こちらの戦力は護衛の騎士様に我々『黎明の盾』が助力しても合計は十名。対して敵は二十二名です。戦力差が二倍ある以上、戦闘は回避するべきです。この先の街道は行き交う人も少ない。万が一、他の旅人がいたとしてもこの規模の戦闘への助力は期待出来ません。反転されますか?殿は我らが務めますが」
ガルドが提言する。
ケインはガルドの言葉に微笑んだ。
「ご提言感謝します、ガルド殿。しかし反転は致しません」
「理由をお訊きしても?」
子爵家とケインの立場を知るガルドとしては、撤退戦での協力であれば、命を張る覚悟はできていた。
だがケインが面子や意地のために無理を通すならば離脱も考えなくてはならない。
冒険者は命懸けの仕事だ。だからこそ生き残る算段は重要だ。
このタイミングで依頼契約を破棄すれば、相応のペナルティと信用の失墜は避けられない。活動拠点を他国に移すか、最悪解散もありうる。それでも無謀な戦いで大切な仲間を失うことは考えられない。思いの籠もったガルドの視線は自然と剣呑なものになった。
剣呑な視線を向けられても、ケインは無邪気な十二歳の少年の表情で答える。
「戦力差、状況を鑑みての判断です。街道を引き返せば、私達が襲撃を察知したという明白なサインを送ることになります。そうなればせっかく三隊バラバラに待機している相手に総勢での追撃という明確な行動原理を与えてしまい、却って危険が増すでしょう。敵の主力は騎馬が十二騎です。いくら皆さんが素早く動けたとしても平坦な街道では騎馬の方が早い。私やメイド達が乗る馬車も二頭立てとはいえ、相応の重量があり高速移動には向きません。敵が迂回して退路を断てば、街道にいる敵も追い付いて挟撃となります。そうなれば数で劣る我々の被害は甚大になるでしょう」
負けと口にしないのは若いが故の強がりか、敢えて諫言を口にせずガルドは話を進める。
「なるほど…それでは逃げる人間を絞るというのは」
馬車を捨て、馬に非常用の鞍や鐙を付けて撤退する。非戦闘員見捨てるという冷徹な選択肢のようにも思えるが、撤退戦は過酷であり、一度防御が崩れれば、戦う力のない者から、死が訪れることをガルドは知っていた。確実な死よりは生きる可能性があるとガルドは判断していた。
「なるほど、今すぐに準備すれば接敵前に撤退を開始できますね。荷物と人を差し出すというのも、盗賊相手ならば有効だと思います。しかし相手の狙いは私の命です。メイド達は速やかに殺されて、馬車には火がかけられることでしょう。少しの時間は稼げますが、撤退する先こそが敵の勢力圏なのです。増援が放たれていると考えるべきでしょう。撤退は新手との接触時間を早め、敵に時間と人の利を与えます。私達が勝利するには前進するしかないのです。彼らは『黎明の盾』が増援として加わっていることを知らない。これが我々の数少ない優位点の一つです」
ケインは口付けていたティーカップをソーサーに置き、縁を指で軽く叩いた。
この戦いは小規模だが、歴とした軍事作戦だ。背筋を伸ばし、地図の左側、騎兵の配置された丘を目線で指し示す。
クッキーを手に持ち、口を隠し直してからはっきりと告げる。
「先制攻撃を左翼に仕掛けます。この騎馬隊をいかに早くに壊滅させるかが勝敗の鍵です。その後、街道沿いの者達を急襲します。恐らくは現地調達した者達で練度は、それ程でもないと思います。こちらを殲滅できれば、残りは右翼本隊です。こちらの損害を抑えて各個撃破が出来れば、総勢二十二名の敵が相手でも戦力差は覆り勝てます」
ケインはヴォルターを見た。
いつの間にかティーカップを持ったヴォルターがガルド達に補足を加えていく。
「敵はケイン様を取り逃すこと無く、確実に殺害する為に包囲殲滅を仕掛けたのでしょう。確かに三隊全てが騎馬隊であれば、今回の策は成り立たず、我々が敗れていたかも知れません。しかし現実は敵は準備期間が足りず、訓練された馬、軍馬を揃える事は出来なかった。本来馬は臆病な動物です。単に頭数を揃えたところで戦闘では役には立ちませんからな」
父タリムが迅速果断な行動に出たことが、敵から時間の利を奪ったのだ。ケインはヴォルターの言葉に頷くとナプキンで口元を拭きながら指示を出した。
「敵の距離、構成、目的は、はっきりしました。ここからは時間をいかに味方にできるかです。『黎明の盾』の皆さんには王都へ戻るふりをして街道を逆進してもらいます。林の影に入り次第反転、左翼への攻撃をお願いします」
「奇襲が成功すれば黎明の盾六人なら問題ないわね。私の火炎壁の出番かしら」
魔法使いのミレイユが楽しげな声を上げる。奇襲が成功すれば、Aランクを視野に置く彼女達なら、例え訓練を受けた騎兵であっても勝利出来るだろう。
だが、それだけでは不十分だ。ケインはビスケットを口に運びながら、ミレイユへの要望を口にする。
「ありがとうございます、ミレイユさん。ただ放つのは火炎玉で。騎兵の真ん中にお願いできますか?」
ケインの言葉に首を傾げながら答えるミレイユ。
「火炎玉の方が簡単だから別に構わないけど。」
「敵にはこちらの人数は勿論、あらゆる情報を知られたくないんです。火炎壁は目立ちますからね」
「ケイン様、そろそろ」
ヴォルターが空を観ながら声を掛ける。
ケインは小さく頷く。
「皆さん宜しくお願いします。ガルドさん、林から左翼までどれ位で移動出来ますか?」
「林から左翼まではおよそ一万一千メルト程ですか。隠密性を重視するから三十分位は掛かると思います」
ガルド以外のメンバーも大きく頷いた。
敵の死角をつくため真っ直ぐには走れず、丘陵の高低差もあり、装備は重い。それでもマラソンのトップ選手より速く走れるのだ。やはり、こちらの人間の運動能力は途轍もなく高いようだ。
異世界の知識を得てケインの行動の選択肢は多くなったが、こちらの世界の常識との差も生まれた。その差が致命傷にならぬように今後は気をつけよう。
「わかりました。僕たちはこのまま街道を進みます。そしてタイミングを合わせて護衛の騎士四騎を、そちらの増援に向かわせます。ミレイユさんの魔法の後に側面を突ければ最善なのですが」
ケインの言葉に、場の空気が一瞬張り詰めた。ヴォルターが騎士たちに視線を向け、指示を出す。
「お前たち四騎は隊長の判断で左翼へ。林の影を抜け、敵の潜む丘の影に回り込み、 黎明の盾と合流せよ。奇襲の第二波を担うように」
「ハッ。了解しました」
周辺警戒の姿勢で気負いもなく返事を返す彼らは、やはり頼もしい。
「待ってくれ。増援?それも四騎全て、護衛はどうする。危険だ。騎兵は俺達だけでもどうにかなる」
「それに何で前進するのよ」
ガルドが声を荒らげる。続くミレイユの口調も強く、二人のケインを心配する気持ちが伺える。
「ありがとうございます。しかし、それでは勝てません。皆さんには左翼を無傷で速やかに倒して貰い。街道の部隊を急襲して貰わなくてはなりません。その為には騎士達の力が必要でしょう」
「しかし!」
「まだ何か策があるのですか?」
尚も言い募るガルドを遮り、グラントが質問する。守りの要、守衛士だけあり冷静な人のようだ。
「策というほどではありません。敵は私達の正確な編成を知らない。街道を行く我々の姿を敵が捉えて直ぐに、護衛も居ない私達は慌てて反転し、アルマの街を目指します。勿論これは陽動です。敵も護衛の騎士が四名いることは報告は受けているはずです。しかし、その彼らが何処へ行ったかは分からない。敵は私達を監視している者の報告があるまで情報が足りないのです。分かるのは、護衛が居なくなった標的が大慌てで反転離脱を開始したことだけです」
「それって陽動と言うより囮でしょ」
ミレイユが不満気につぶやく。
メイドにカップを返し終えた弓士のエルと治療士のノアがガルドに声を掛ける。
「敵の左翼は六騎。こちらが四騎だって思っているなら、奇襲を受けても持ちこたえられるって私なら判断しちゃうかな。それなら標的たちの鼻先を騎馬隊で抑えて、後から来る十名と共に挟撃する」
「間に合わなければ追撃しながら増援を待つ。黎明の盾の存在を知らなければ、そう考えるかも」
「しかし…」
ガルドも普通の依頼相手ならば、ここまで迷うことはない。
依頼人タリム・エレ・ハイデル子爵は稀代の英雄だが、それ以上に黎明の盾のメンバーの出身集落を救ってくれた恩人だ。恩人の子息を命の危険に晒したくないと決断が下せずにいた。
ガルドの父と自分に対する思いを感じたケインは黎明の盾を信じて最後の種明かしをすることにした。
「───と言う訳です。私も気軽に命を賭ける気はありませんが、 ここがハイデル子爵家…いえ、私の正念場です。どうか皆さんの力を貸してください」
何とも思い切りの良い少年である。
ガルドの迷いは晴れ、その顔には一流冒険者らしい不敵な笑みが浮かんでいる。
その笑みは不思議とケインを安心させた。
「では、私達は進みましょう。敵の目を欺くため、馬車は通常通り悠々と進行。皆さんも宜しくお願いします」
「わかりました。我々黎明の盾が全力でお護りさせて頂きます」
ケインは頷き、菓子皿を手前に引き寄せ最後のビスケットを取り上げた。その様は幼く、無作法な育ちの良いボンボンそのものだ。しかしガルド達は気付いていた。菓子皿を手前に引き寄せると同時にアサルト・スパイダーの糸でテーブルクロスに貼り付けられた白布が滑らかに元に戻り、テーブルクロスに描かれた地図を下に隠したことを。
「マイヤー、準備を」
「承知しました」
マイヤーがメイドたちに合図を送り、テーブルと日傘を手際よく片付け始める。
その様子を見ながら、ガルドが静かに呟いた。
「……喰えない若様だ」
ガルドが笑みを浮かべる。
「だが、頼れる若様でもある」
グラントが大きく肩を回す。
「さて、騎兵狩りといきましょうか」
ミレイユは帽子を直し、エルとノアも弓と薬袋を確認する。
黎明の盾はのんびりと街道を行く。
その姿を見つめていると父が近くに居てくれているような気がした。
「ケイン様準備が整いました」
「ありがとう。じゃあ征こうか」
陽光の下、戦いの準備は静かに始まった。




