傾国の鉄宰 第三十話 【セブルスの街】 〜ロストジェネレーションって何だ!
――第二章――
◇セブルス~サクヤ街道待避所◇
ハイデル家の軍馬に比べ、セブルスで調達した馬の消耗が激しい為、セブルスとサクヤの間に設けられた待避所で休憩をとる一行。
自分と家族のせいで行程に遅れがでると恐縮するオーケンにケインは提案する。
「ちょうどいいので、これからのことを打ち合わせておきましょう」
ケインのテーブルセットに同席するばかりか、ヴォルターやランゼルを差し置いてお茶を勧められ、オーケンは恐縮しきりだった。
その一方でヴォルターは、ケインから今後の行動を聞かされ、困惑しながらも対応するオーケンの姿を見て、評価を上方修正していた。そんなことを哀れな中年騎士が知る由もなかった。
「奥さんとお子さんは大丈夫ですか?」
「はい。今回の件は妻も子供たちも最初は驚いたようですが、ランゼル様の丁寧な説明のおかげで、落ち着いて行動できたようです。先ほど私から事の顛末を伝え、ようやく安心させることができました。それで……その」
「3人とも、疲れが出て眠っている……と」
「はい。申し訳ございません!」
鍛え抜いた大きな体を縮めて話す男の姿に、ケインはいたたまれない気持ちになる。
「起こさなくていいと言ったのは僕ですから、気にしなくていいんですよ。緊張が途切れたんでしょう」
「お心遣い、痛み入ります」
ケインは微笑んでいた表情を引き締めオーケンを真っ直ぐに見た。
「サクヤの街は帝国直轄領とは名ばかりの地です。長年に渡って官吏や軍人に好き勝手に利権を貪られ、街は荒れ、人心も離れ、人の往来も日毎に減少しているのが実情です。隣国の共和国との関係が良好であること、国家間に『赤竜の砂漠』があることで、辛うじて領地としての体裁を保っているに過ぎません。その砂漠とも縁深いハイデル子爵家に『行政・軍務すべての再構築を』と命じたのは中央です。建て前こそ立派ですが、要は厄介払いです。東方で力を付けつつある目障りな子爵家の足を引っ張れれば儲け物、というのが本音でしょうね」
「そんな…」
オーケンは国境の、辺境の騎士である。城塞都市セルビスの市街地で死の危険を感じる場面は少ない。だがひとたび城壁の外に出れば、死の気配がそこかしこに漂っている。実際、メリアの父も領都への行商の帰りに魔獣の襲撃を受け、それが元で命を落としていた。共和国との関係が良好で、外敵の脅威がなくとも、野生の獣はもとより、魔獣や盗賊の類は数多く存在する。辺境で生きるということは、常に命懸けなのだ。
それを貴族や官吏たちの利権争いや、権勢を誇示するための道具にするとは……。何と愚かで、腹立たしいことか。
ケインは、そんなオーケンの心中を察したかのように頷き、話を続ける。
「辺境で生きることは命懸けです。それを貴族や中央官吏の好き勝手にされては住民はたまったものじゃない。僕はサクヤの街はもちろん、ハイデル領の誰もが明日に希望をいだけるようにしたい。そのためには、剣の強さだけじゃ駄目なんです。人の痛みがわかる『心』を持った騎士が必要なんです。貴方はボナイを見捨てなかった。その心が、今のサクヤには何よりも必要なんです。さっきのメリアちゃんの件で確信しました。あなたは家族は勿論、街の皆を守るべき者として認識している。僕も同じです。ハイデル子爵領の民を、まずはサクヤの街の人たちを守りたい」
(この世界も中央と地方の軋轢は同じなんだね。厄介なものは田舎に、利益だけは中央にかぁ)
〈「地方自治の確立」と「権力の分散」は国家、特に広範囲の領土を統治するには絶対の条件だ〉
『父上は「ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)」を軽んじる今の上位貴族の悪影響だと言ってましたが』
〈それだけではない。場所や立場ごとの自律を重んじるプリンシプル(原則)がなさすぎる。この国における中央集権とは上位貴族と中央官吏主導の統治だ。中央の官吏が地方の細部までコントロールしようとすれば柔軟性や対応速度に弊害がでる〉
(それは日本の官僚機構を見てても思うよね。「前例がない」「持ち帰って充分に精査する」改革や改善なんて「前例がない事をする」のが肝なのにね。持ち帰って色々リサーチしてる間に他に情報がもれるなんて民間企業なら最悪だよ)
〈少なくとも役人はサービス業であるべきだ。時代や世界が変わろうとも中央の役人は威張るだけで、国民の生活を豊かにする発想がない者たちがほとんどだ。昔は興国の志をもって役人になった者たちも、国の機構や統治する者たちの怠慢によって、その他大勢の中央役人になり下がる〉
(うちの親の世代は第2次ベビーブームとか言われて大学の数が足りなくて、浪人生や高卒者が山程出たらしけど、突然受験者数が増えるわけじゃない。出生者数を把握出来ていたんだから18年後に大学の数が足りなくなるなんて分かりきったことだよ。でも実際には「前例がない」からって足踏みしてる間に受験者数は過去最高になって、遅まきながら大学を増やす計画を立てた頃には少子化で受験者数が減り続ける。計画の中止を決断できずに「精査」してる間に定員割れの学校が増え続けて、開校から数年で閉校になる学校があるってニュースを見たよ。受験者数の予想なんて18年前から分かってるんだよ。それでも対応できないまさに中央集権政治の…)
『ちょっと!二人とも頭の中で異世界の難しい話をしないでよ。今は目の前のサクヤの現状を知ることでしょ』
〈すまん。ついな〉
(ゴメンね。ついね)
脳内で話し込み過ぎたかと、オーケンを見ると神妙な表情で考え込んでいる。
三人の会話はほぼ時間経過が無いことをケインは改めて実感する。
「…と言うわけで、先ほどのお話ですがオーケンさんにも協力をお願いしますね。ランゼル隊長といい、オーケンさんといい、騎士の方は役者の才能が有って助かりますよ。騎士の訓練の何かが役者の訓練になっているのかな?…いやここは発想を変えて騎士の訓練に演劇を取り入れる方が…」
「ケイン様、オーケンが戸惑っております。お戯れはそこまでになさりませ」
ケインの背後で直立不動で控えていたヴォルターが苦言を呈した。
「別にふざけてないよ。サクヤは辺境という土地柄と、帝国の現状を考えると、これからは剣と魔法と同じぐらい演技力も必要になると思うんだよね」
「ふむ…なるほど」
(ヴォルターさんも演技が必要って思ったのかな?)
〈外交や諜報、謀略にも演技力は必要だとは思うが、それを騎士の訓練に組み込むのはこの世界では異端だろうな〉
口を閉じたまま考え込むヴォルターに代わり、ケインが声を上げる。
「その辺りの話は、また後日ということで。そろそろ出発しましょうか」
「「はい」」
夕闇が迫る頃、一行の視界にサクヤの街の外壁が見え始めた。
サクヤの街には二つの正門がある。
一つは東の正門で、共和国との貿易路における玄関口の一つだ。入門を待つ列はこの時間でも途切れず、セブルスほどの規模ではないにせよ、確かな活気に満ちている。
対照的なのがもう一つの門、西の正門だ。かつては帝国の貿易と防衛の最前線、東の要衝だったサクヤの街。その守りの要として威容を誇っていたであろう石造りの門構えは今では蔦が絡まり、石材の至る所が苔むしている。数年前まで帝国直轄領であったはずの街が、いかに放置されてきたかが一目でわかる。
入門者の姿はどこにもなく、門を警備すべき兵士たちは鎧を緩め、焚き火を囲んで下卑た笑い声を上げながら酒を煽っている。
「……ひどいものですね」
荷馬車の幌を上げ外を覗いたマイヤーが溜め息を漏らす。
一行が門に差し掛かっても、兵士たちは立ち上がろうともしない。しばらく様子をみていると一人の兵士が立ち上がり、面倒そうに槍を杖代わりにして歩み寄ってきた。
「おいおい、こんな時間に何の…」
言いかけた兵士の言葉が止まった。馬車の護衛についている『黎明の盾』の、隙のない佇まいと鋭い眼光に気圧されたのだ。
「こちらの街に住むアトラさんの元で働く為に家族で参りました」
御者を務めていたオーケンが丁寧に答える。その態度に兵士は安心したようだ。
「アトラだぁ?知らん名前だな。おーいアトラとかいう奴を知ってるか?」
「知らんなぁ」
そう答えながら門兵五名全員が集まる。
「仕事を得る為にここへ来るとは変わった奴だ。それはまぁいいとして、随分腕の立ちそうな奴らを連れているな」
責任者らしき年嵩の兵士がガルド達を値踏みするような視線を送る。
「旦那とは飲み屋で意気投合したんでさぁ。もともと共和国に行く依頼を受けていやしてね。荷物を馬車に載せて貰う変わりに、護衛を引き受けたってわけでさぁ」
斥候のリュカが飄々と答える。
「なるほどな、冒険者か。身分証は」
「こちらです」
パーティーリーダーのガルドが七人分のカードを差し出した。ギルドカードを受け取った兵士が息を呑む。
「腕が立ちそうだとは思っていたがBランクとは恐れ入ったぜ。お前たちは一人につき銅貨二枚だ。…で馬車に乗っているのは何人だ? そっちの身分証も出せ」
オーケンは頷き自分と妻、そして子供の身分証を差し出した。
「お前たち三人はギルド登録は無いんだな?」
「はい」
「では一人当たり銀貨二枚だ」
「銀貨二枚ですか…些か高いような…」
オーケンが穏やかな声で確認する。
すると兵士の一人が大きく威嚇するような声をあげる。
「ここは領主がハイデル様に変わって、通行税が上がってるんだ。嫌なら引き返せ……」
険悪な雰囲気に気付いているのか、いないのか、五人の兵士の中で一番赤ら顔の兵士が車内を見ながら近づいて来る。
「そっちの綺麗な嫁さんが俺達の晩飯に付き合ってくれるなら俺が仮の身元保証人なってやるから五人で銅貨六枚でいいけどよぅ〜」
その言葉に黎明の盾のメンバーがわずかに立ち位置を変えた。それに気付いた年嵩の兵士が自然と距離をとると、歪な静寂が生まれる。
「わかりました。全部で銀貨六枚ですね」
緊張をはらむ静寂を打ち破るように、ことさら穏やかな声でオーケンは了承すると、銀貨を差し出した。
「…確かに。よし通れ。面倒事を起こすなよ」
年嵩の兵士がそう言うと他の兵士が道を空ける。
静かに馬車が動き出す。
門をくぐり、馬車は宿屋のある地区へと向かっていった。
馬車を無言で見送る年嵩の男の背に声が掛かる。
「兵士長、何で行かしたんすか。あんな上玉、早々お目にかかれませんぜ」
振り返ると赤ら顔の兵士が不満気な顔をして立っていた。
「飲み過ぎだ馬鹿が。ありゃあハーフエルフだ。ハーフとはいえエルフなら下手な魔法士より手練れの可能性もある。何よりあの冒険者たち、こちらの行動次第じゃ切り結ぶ算段もしていたぞ」
「え?」
「ありゃあ、偶々ついでの護衛なんてもんじゃない。あいつら対人戦を意識しやがった。街に用事があるようだし、早々下手な事はしねぇとは思うがな」
辺境で長年兵士を務めた兵士長だ。昔は命懸けの任務もこなしていた。その経験が警鐘を鳴らしたのだ。
「そんな奴らを街に入れてよかったんですか?」
別の兵士が問う。
「知ったことか。街の治安の為に命を張るなんて馬鹿げてるだろう。金は入ったんだし万々歳だろうが」
「確かに」
兵士五人は何事も無かったかのように酒盛りを再開した。酒盛りは夜番の兵士が来るまで続けられた。
◇サクヤの街◇
西の正門を抜けた一行は一路宿屋を目指す。馬車の走りに迷いは無く、御者は通い慣れた道を往くかのように、真っ直ぐ前を向き落ち着いている。
セルビスの街の賑わいとは何処か違い、剣呑な雰囲気の街中を抜けて馬車は目的の宿に到着した。
宿は門構えからして格式を感じさせる重厚な佇まいで、先ほど目にした正門とは対照的によく手入れがされていることが夕暮れの中でもよくわかる。
目の前の建物と自らの身形を見比べて尻込みをするオーケンの隣を、妻と偽って街に入ったマイヤーが、何を気にするでもなく玄関に向かう。馬車ごと通れそうな扉の前にはドアマンがおり、ひと言挨拶を口にしてからマホガニー製の扉を開けた。
中は広いホールになっており、奥まで進むとマイヤーはフロントの男性に声を掛けた。
「夜分遅くにすみません。宿泊したいのですが、部屋は二階と三階でしょうか?」
「左様でございます」
「三階の三部屋を並びで使いたいのですが、準備をお願い出来ますか」
「三部屋を横並びでございますか?」
カウンター越しの男が訝しげにマイヤーを見るが、それはほんの一瞬のことだった。身なりは一般市民のものだったが、所作や放つ雰囲気から、ただの冒険者や市民ではないと判断したようだ。
「先客が居るようなら、部屋を代わって頂けないかしら。宿泊費はこちらでお支払いさせて貰うわ。どうかしら?」
「申し訳ございません。三階のお部屋の変更は承りかねます。せめてものお詫びのしるしに食事を最上級の物に変更させて頂きますが、如何でしょうか?」
「料理を最上級の物に?それは魅力的な提案ね。けど、どうしても三部屋横並びでないとマズイの。先客には私からお願いさせて貰うから、ご紹介頂けないかしら」
「それは…」
マイヤーの願いを聞き、カウンターの男が口籠った。その時、奥から小綺麗な衣服を身に纏った初老の男が現れた。
「お客様いかがされましたか?」
「お騒がせしてごめんなさい。三階の三部屋を横並びで使いたいと申し出たのだけれど、予約があると断られたの。当然だわ。それでも、どうしても部屋が横並びで必要なのよ。私が直接お願いさせて貰うから、お相手の紹介をお願いできないかしら?」
「失礼いたしました。私がこの宿の主人、バルトと申します。……お客様、三階のお部屋につきましては、あいにく先約の方がまだ到着しておられません。 ご本人様が不在では、お引き合わせすることも、ましてや私共が独断で了承を差し上げることも叶わないのです」
バルトは白髪混じりの頭を深々と下げた。その後は頭を上げ、こちらを穏やかに見つめる。だが瞳は力強く、こちらの出方を観察しているようだ。
「それなら問題なさそうね。明朝には私たちは宿を出るわ。そうすれば先約の方と顔を合わすことも無いでしょう」
その言葉に、宿主は緩やかに首を振る。
「お客様には今日より十日間の宿泊費を、前金で頂戴しております。お部屋を使う、使わないに関わらず、そこは先約のお客様の場所でございます。お姿が無いからといって、私共が約束を違えるわけには参りません」
「なるほど。バルト殿の言い分はもっともね。そこを曲げてお願いできないかしら?
柔軟に対応いただけたなら、相応の金額をお支払いするわ」
そう言うとマイヤーは大金貨を数枚差し出す。街の人間が一年は遊んで過ごせる金額だというのに本人は涼しげだ。逆に横に立つオーケンからは、わずかに威圧感が漏れ出る。並の者なら気圧されるところだが、宿主バルトは眉一つ動かさず、静かに言葉を返した。
「どうかご容赦ください。金で消え去る約束であれば、この街の兵士たちが守る法と同じ。当宿は、信頼を売ることを信条としておりますので」
それを聞いたケインは感心していた。
『どんな場所にも、誇り高い人はいるものなのですね』
〈この街の状況では経営も厳しいだろうにな。逆境にある時こそ、人の真価は問われる。良くも悪くも、人のありようが白日の下に晒されるのは、こういった時だ〉
(「信頼を売る」か。腐敗したサクヤの街でその言葉を吐けるのは、相応の覚悟がある証拠だね)
判断は下った。
「もういいよ。オーケンもありがとう」
バルトとフロントの男の視線が声の主を探してさまよう。
マイヤーとオーケンが左右に分かれ、黎明の盾のメンバーもそれに倣う。
その間をフードを目深に被ったケインが進み出る。
(モーゼみたいだね)
〈定番の比喩表現だな〉
悠然と歩みを進めるケインを目にして、泰然とした態度でマイヤーに対応していたバルトが初めて動揺する。
「ドワーフ?いや……子供か?」
バルトの動揺をよそに、ケインはバルトの前に立つと、フードを取り深く頭を下げた。貴族の身分など感じさせない殊勝な態度だ。
(貴族でここまで隔意なく、頭下げれる人間って珍しいよね。もしかして俺たちの影響かな?)
〈いや少年の性根だろう。得難い資質だな〉
現代日本の感覚を持つ裕翔の感想はその程度だったが、この世界、それも帝国で長年兵士として生きてきた人間にとっては別だ。貴族家の子息が市井の人間に頭を下げるなど、我が目を疑うほどの衝撃的な出来事にオーケンは言葉を失った。
「……」
沈黙するオーケンと交互にこちらを見るバルト。その困惑する視線を穏やかな微笑みでうけ流し、ケインは懐から1通の覚書を取り出した。そこには、この宿の最上階の3部屋を貸し切った事。その真下、二階の3 部屋も貸し切ったことが記入されていた。予約者の名前はマイヤーとなっており、ケインの名前おろかハイデル子爵家の家名さえ記されてはいない。
文末には帝都でも限られた者しか見ることのないと紋章が押印されていた。
「これは…冒険者ギルド本部の紋章ですか…」
「――驚かせて済みません、バルト殿。今日より十日間の予約は私が依頼したものです」
鈴の鳴るような、しかし堂々として重みのある声が響く。
少年には不釣り合いな話の内容と、その響きはケインが人の上に立つ者であるとバルトは理解する。
「左様でございますか…こちらにどうぞ」
ロビーで話すような話では無いと判断したのだろう、戸惑いながらもバルトが一階の奥へと場所を変えるよう促す。
「ありがとう」
ケインの発言を最後に十人は無言でバルトに付き従う。
外は帳が落ち、街は夜の顔を覗かせ始めている。




