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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
辺境への赴任

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傾国の鉄宰 第二十六話 【オーケンの後継者】 〜ロストジェネレーションって何だ!


閑話――オーケンの放逐から3ヶ月――



 セブルス街、南の詰め所の裏手。


「……九百九十八、九百九十九、……千!」


 最後の一振りと同時に、俺は地面にへたり込んだ。指からは血が滲み、呼吸は肺を焼くように熱い。滝のように流れる汗が目に入るが、拭う気力もなかった。

 それでも特訓の効果は徐々に現れていた。勤務日は兵士としての通常の訓練とは別に、朝の走り込みと夜の素振り。非番の日は、朝の素振りと昼の走り込み、夕方に街の道場へ通う。それが三ヶ月前からの日課だ。この厳しい訓練こそが、今の俺の唯一の救いだった。


 三ヶ月前までの俺は、セブルス防衛軍の副隊長であるガストンの甥として、伯父の威光を笠に着ていた。わずかな才能で勝ち誇る、鼻持ちならないガキだったのだ。

そんな俺が不祥事を起こした。除隊一歩手前に追い込まれていたが、救いの手を差し伸べる奴なんて一人もいなかっただろう。

 ……ただ一人、オーケン殿を除いては。


 街にやってきた当初、俺は伯父の腹心である騎士から指導を受ける予定だった。ところが防衛隊長ウカジ様が珍しく人事に口を挟み、一衛士に過ぎないオーケン殿が俺の指導官となった。

 己の才で直ぐにでも騎士になれるつもりでいた俺にとって、衛士如きの指導を受けるのは屈辱でしかなかった。


 伯父のガストンからは「オーケンは才能や努力とは無縁で、真面目だけが取り柄の男だ。まぁ勤続年数が長いだけあり、街の事や防衛施設のことなどには詳しいから話はしっかりと聞くがいい」と言われた。

つまりは取るに足らない男が自分の指導官なのだと俺は理解した。

そうなればオーケン殿が何を言おうが聞く気はなかった。


「ボナイ殿。あなたの手は、他人を守るためにあるのです」

「ボナイ殿。街を、人を守るための基本は体力です。非番の日に、私と街の外周を走りませんか」

 俺が騎士に叙任されても、彼の態度は変わらなかった。

「ボナイ様。出自や立場など関係なく、周りを、街の人々を見てください」

「ボナイ様。『居酒屋宿り木』は店主の見た目こそ荒くれ者ですが、栄養を考えた旨い飯を出します。酒は控えて料理を頼んでみてはどうでしょう」


 ボナイ殿、ボナイ様と、毎日毎日話しかけてくる。注意、提案、小言――俺にとっては全てが疎ましい説教だった。面倒くさい男だと軽蔑し、心の中で毒づいていた。

(ああはなりたくない。色褪せた服で詰め所まで通う、あんな冴えない、街の奴らに軽んじられるような男には!)

 オーケン殿に対する嫌悪感は、日に日に増していった。



――オーケンの放逐、前日〜当日――


 あの日、隣街の新代官となられた主家の次男、ケイン・ハイデル様が捕縛した密偵の監視を、俺は伯父から言い渡された。

(つまらない雑用だ) 

 正直、そう思った。止血されているとはいえ、あの深手ではまともに歩くことさえできまい。

 部屋の前で何をするでもなく、気を抜いて椅子に座っていると、一人の大柄な騎士が階段を上ってくるのが見えた。騎士は俺の全体を一瞥すると、すぐに興味を失ったように視線を逸らし、声を上げた。


「ケイン・ハイデル様付きの騎士隊長ランゼルである。扉を開けよ」


 騎士隊長が部屋に入ってから十分程経った頃に食事を持ったオーケンが現れた。ランゼル隊長と同じような視線で俺の全体を一瞥すると声を掛けてきた。


「ボナイ様、監視は大事な仕事です。気を引き締めて任務にあたって下さい」


「重傷の密偵の監視など、誰にでもできる下らない仕事でしょう。そんなに気になるなら貴殿がやられては?」


「ボナイ様。任務に上下はありません。それに密偵のもつ情報で人の命を救えるかも知れません。要らぬ争いを回避できるかも知れません」


「……分かりました、分かりましたよ。しっかり監視しておきます。それより貴殿も仕事をされてはどうですか。食事運び? 給仕の仕事ですか。いいですね衛士は、楽しそうだ」


 その言葉に、オーケンは手元の籠を見つめてから、黙って部屋の中に入っていった。


 しばらくして、ランゼル隊長と共にオーケンが部屋から出てきた。隊長は門兵《俺》を一瞥しただけで過ぎ去っていく。続くオーケンは気遣わしげに、こちらを見ている。


「行くぞ。オーケン」


ランゼル隊長の声に慌ててその後を追うオーケン。俺には全く興味を示さなかった隊長がオーケンの名を呼んだ。その声を聞いた瞬間、得体の知れない苛立ちに思わず舌打ちをしてしまった。幸い音が小さかったので騎士隊長には聞こえなかったようだ。

 オーケンには別に、聞かれても構わなかった。


 夜になった。詰所一階には宿直の者が数名いるが、二階へ上がって来るものは居ない。トイレ等で持ち場を離れる場合は、呼び紐を引けば交代がくる手筈になっていたが、面倒だ。俺は紐を引くことなく、一階に降りた。咎める者は誰もいない。

 二階に戻り部屋の中を覗く、熟睡しているようでとても静かだ。やってられるか…密偵が眠る客室の扉に背を預け、目をつむる。騎士を目指した時から足腰は鍛えていて自信がある。立ったまま寝るなど造作もない。苛立ちは徐々に治まり、意識が遠のき、しばらくして―――――。


「※※※!▽▲▽▽!」


 階下が突然騒がしくなった。

その騒ぎに目を覚ました俺の元に、大きな足音が近付いてくる。打ち込み稽古の時に対峙する騎士よりも強い威圧感に、一気に意識が覚醒する。


「ボナイ様!ご無事か!?」


「へっ?」


 眼の前の男が発した言葉も、その凄まじい威圧感も、俺には理解が追いつかなかった。


「御免!」


 立ち竦む俺に怪我が無いと見るや、男は俺を押し退けるようにして部屋に入る。ここで、ようやく思考を取り戻して思わず叫ぶ。


「これはどういう事だ!誰の許しを得て行動している?」


だが男は止まらない。密偵が眠るベッドへと足早に近付いて行く。


「応えろ!オーケン…」


 そこにいたのは、俺が最も嫌う衛士、オーケンだった。怒りに任せて名を呼んだ俺だったが、ここでようやく異常に気がついた。

 一般の人間であってもこれだけの騒ぎがあれば目が覚める。 密偵を生業するものなら尚更だろう。だが密偵が起きる気配がない。冷たい 汗が背中を伝う。


「ッ。だめか。ボナイ様、急ぎ薬師を呼んできて下さい!…しっかりしろ!!」


バチンッ―――呆然と立ち尽くす俺の頬に痛みが走る。


「しっかりしろ。急いで薬師を呼ぶんだ」


殴られた痛みで、ようやく現実を認識する。


「わ、分かった。警邏の兵士にも伝えてくる」


 走った、必死に走った。数年ぶりに本気で走る足は他人の身体のように重く、俺自身を苛立たせた。

 薬師を叩き起こし詰所へ戻ると、オーケンが密偵の上に馬乗りになり何かをしている。


「覇気による蘇生か?」


 薬師の呟きが耳に残る。「覇気を使った蘇生」そんな芸当ができるのは騎士でも一握り、この街では隊長格の数人しか知らない。

それを使いこなしているのか?この男は本当に衛士なのか?この圧倒的な威圧感…これが覇気なのか?それなら、この実力者()を差し置いて自分が騎士に叙任されたのはなぜだ。疑問が頭を離れない。

 薬師は蘇生の邪魔にならないようにオーケンの横に回り込み声を掛ける。


「オーケン殿どうですか?」


「駄目だ。血も、気の巡りもだいぶ前に途絶えているようだ」


 オーケンの覇気が収まったことを確認してから、薬師が遺体の検分を調べる。


「ふむ。確かに体温も下がっていますね。筋肉は……死後二刻から三刻といったところですね。胸の傷以外に外傷はなさそうですね。毒は…恐らく使われていないかと。となると…」


「血を失い過ぎたか…」


「おそらくは」


「私が隊長の元へ報告に向かいます。ボナイ様は、この部屋を封鎖し、誰も立ち入らせないよう保全をお願いします。薬師殿、引き続き遺体の検分をお願いできますか」


「……っ、わ、わかった」


 俺は風に吹かれた案山子(かかし)の如く、小刻みに頷くしかできない。

その横では薬師が、オーケンの要請にはっきりと頷いていた。


「畏まりました」


 詰め所は大騒ぎとなった。しばらくして、その喧騒を切り裂くようにガストン副隊長が現れた。体からは朝靄のような覇気が漏れ出ているが、その瞳は凍てつくように冷めていた。その覇気に、周りのざわめきは波が引くように静かになっていった。静寂の中、副隊長の声が低く響く。


「ボナイ。これはどういう事だ?」


 今までも時折、伯父からの興味なさ気な雰囲気や嘲るような視線を感じてはいたが、今回の視線はマズイ。切り捨てた者を見る視線だと本能が感じる。震える口で状況を説明する。オーケンと薬師が適宜補足を入れてくれた。俺の説明だけでは到底要領を得なかっただろう。


 説明を終えると伯父の目は一層厳しいものとなった。慌てて「これは事故だ、自分に責任はない」口を開くより早く、副隊長の声が詰所中に響き渡る。


「……言い訳は無用だ、ボナイ! 昨晩、密偵の監視を任せたのは貴様だ。にもかかわらず、密偵が『急死』した。遺体は冷え切り、死後数刻は経っている。貴様が一刻毎に入室して監視を怠らなければ、死は防げたかも知れんのだぞ!少なくとも死因の特定は出来ただろう。」


「お、伯父上。薬師も、死因は『おそらく失血が起因の突然死』だと…」


「黙れ!!」


床が震えるほどの怒号。

隣でオーケンが跪く気配を感じて、自分もそれに倣う。


「いかに甥といえども、今回の件を不問とすれば軍の綱紀にも関わる。ボナイ、貴様は謹慎だ。おって隊長から正式な辞令が下りる。それまでに故郷(くに)に帰る準備でもしていろ」


「…っく」


言い返す言葉もなく俯く。

伯父の、副隊長の怒気に当てられ誰一人、言葉を発せずにいた。

絶望に打ちひしがれる俺の横から静かで落ち着いた声が聞こえた。


「お待ち下さい、副隊長。ボナイ殿は初めての監視任務で、勝手が分からなかったのでしょう。今一度、子爵家に献身する機会を頂けないでしょうか」


「控えよオーケン。貴様は私の采配ミスだと言うのか? 騎士たる者が監視の重要性を分からぬはずがない。職務怠慢の責を誰が引き受けるというのだ」


「決してそのようなことは。ただ今回は突然の事態に()()が十全に対応出来たとは言い難いのではと…」


「では、皆で責任を分け合えと言うのか?この様な単純な任務も熟せない騎士の責を誰が取る?鼻持ちならない騎士(ボナイ)の為に誰が責を引き受けるというのだ?」


 ガストン様の叱責は正論だった。驚いたことに、俺が日頃の行いで皆に嫌われていたことも、伯父は知っていたのだ。それに対する注意も叱責もなかった為、気に留めてもいなかったが、単に俺にその価値もないと早々に判断していたのかも知れない。

それなら俺は…。


「私がおります。副隊長」


 俺の横から静かで落ち着いた声が聞こえた。その内容の余りの驚きに、俺は声も出せなかった。


貴様(オーケン)もボナイの指導官として謹慎を言い渡される身だぞ。この上、ボナイの責を被れば除隊は避けられぬぞ。騎士を衛兵が指導するなど歪な話だ。ボナイを()()()()としても誰も貴様を責めはせぬぞ」

 

 俺が嫌い続けたオーケンが手を差し伸べ、慕っていたはずの伯父が、俺を切り捨てようとしている。

「私の除隊と、ボナイ殿の従士への降格。それで今回の件を収めていただくよう、伏してお願い申し上げます」


 オーケンの言葉に、俺は打ちのめされた。伯父の言葉を鵜呑みにして、騎士という目標に、必死にしがみついている冴えない男だと思っていた。

 だがオーケンは自らの除隊を賭けて俺を救おうとしてくれている、なぜだ?

そこではたと気がついた。オーケンの口から「騎士の心得」などという言葉は、一度も聞いたことがなかったことに。

 オーケンは常に、「街を守る為には、人を守る為には」と口にしていた。

そして今も俺を()()()に自らの立場を捨て副隊長と交渉して(戦って)いる。


 ああ、オーケン殿は「守る人」なのだ。

 そう思えば、全てが腑に落ちた。

立場や肩書きに固執していたのは、俺の方だったのだ。

 俺は、なぜ騎士を志したのだろう。思い返してみれば、その切っ掛けは不器用な父が寝物語に話してくれた『辺境の英雄タリム』の物語だった。

 英雄タリム様のように、誰かを守れる人になりたかったはずなのに。俺はいつの間にか自分を守るだけの醜い人間になり下がっていた。

自らの歪んだ心根でオーケン殿の言動や行動を見て腹を立てていたのだ。

オーケン殿の姿を通して自分の矮小さに腹を立てていたのだ。


 深く息を吸い。腹に力を込める。強く目を瞑り覚悟を決める。


「副隊長、これは私の慢心が招いたこと。オーケン殿()には何の責もありません。謹慎して沙汰を待ちます」


 守るべきことがわかると動揺や副隊長への恐れは消え去り堂々と話すことができた。俺の言葉に驚くガストン。その表情は騎士と言うよりも自身の利益を求める商人のようだと今更ながらに気付く。伯父は、そういう人なのだと。


「ボナイ、オーケン。処遇は隊長に報告後、沙汰をする。 貴様らは自室にて謹慎せよ」


その時ロビーの入り口の方から声が上がる。


「――これは何の騒ぎですかな?」


 静かだが力強い声が広場全体に響き渡る。ガストンが振り、俺とオーケン殿も顔を上げる。視線の先、扉口には中年の男が立っていた。身形は文官のそれだが、明らかに武官の風格を帯びている。


「 これは、ヴォルター殿お見苦しいところを」


 副隊長が慌てて近づく。

ヴォルター殿といえば、ケイン・ハイデル様の補佐官のはず、その方がどうしてここに?


「たかだか小物の密偵の監視に必要な人数とは思えませんが、何かありましたか?」


「…それが…昨晩、例の密偵が死亡しまして、薬師の話ですと死因は多量の失血による魔力欠乏、それによる突然死だそうです。…ただ密偵の監視が適正に行われていなかったようで、正確な死亡時刻が分からず事情の確認をしておりました」


「密偵が死んだのですか?」


「はっ! 申し訳ございません。この不手際、騎士ボナイの職務怠慢と衛兵オーケンの指導不足によるもの。早速、部隊長に報告をして厳正に対処し、綱紀の粛正とケイン様への誠意を示そうとしていたところであります!」


「僕への誠意ねぇ」


 呟くような、それでいてこの場の全ての者たちに届く不思議な少年の声がロビーに響く。俺は視線をヴォルター様の背後に向ける。そこには、いつの間にか詰所には不似合いな少年の姿があった。


「ケイン様」


騎士の正式な礼をとるガストン。俺やオーケン殿も続いて礼をとる。


「密偵が死んだって聞こえたけど、暗殺の可能性はないの?」


質問にガストンは静かに答える。

頭の中で 損得の計算をする音が聞こえるようだ。


「その可能性は低いかと。ヴォルター殿が斬りつけた胸の傷以外に外傷はなく、毒薬を使われた形跡ありません。 薬師が言うには失血が多い者の中には傷が塞がった後に急死する者も一定数はいるようです」


 ケイン様が跪く俺とオーケン殿を見下す。どこか仄暗いその視線は、子爵家の次男は冷徹で容赦がない暴君だという噂を連想させるに充分だった。


「なるほど。ハイデルの騎士ならば知っていて当然のことだ。そのこと知りながら監視を怠ったとすれば、事は除隊ではすまいね。ハイデルの名を汚す行為は万死に値する重罪だ」


「申し訳ございません」


 ケイン様の言葉に、ガストンは顔を伏せる。


「そこの若い騎士と中年の衛兵は即刻処分。隊長と副隊長は降格、新しい隊長を 本領から派遣してもらうといったところかな…」


 ケイン様の呟きに慌てる伯父ガストン。

自分にまで処罰が及ぶとは思っていなかったのだろう。


「ケイン様。二人の失態は厳罰に値するとは思いますが、密偵は自然死と思われますし、処罰が厳しすぎますと他の兵士たちの士気にも関わります。どうかご再考をお願い致します」


 自分の保身の為には、よく回る口らしい。ガストンの言葉が急に軽く聞こえるようになった。


「ふ〜ん」


ケイン様が気のない返事をする。


「ガストン殿の言も一理ございます。信賞必罰は武門の習いではございますが、バランスは大切かと思います。それに現状、隊長が勤まる人間の移動は軽々には難しく、費用も嵩みますれば…ご当主様が承諾されるとは思えません」


 ヴォルター殿がガストンの言を補足した。その言葉からも親子の確執が感じ取れる。不仲という噂は本当のようだ。


「ふん…分かったよ。この件に関しては隊長と副隊長に任せるよ。ただし二人の処罰は速やかに済ませるように。退役ではなく、懲罰として除隊する衛兵をいつまでも置いておくわけにはいかないよ。副隊長、その衛兵は官舎に住んでいるの?家族構成は、わかる?」


「えっ? あ、はい。オーケンは妻と子供二人の四人家族で北の官舎に住んでおります」


 ガストンが一兵士に過ぎない、オーケン殿の家族構成や住居を知っているとは意外だった。几帳面な性格と言うわけでもないだろうし、もしかしたら警戒していたのか?


「僕の()を死なせた罪だ。家族全員、今直ぐセブルスの街を出てもらおう

。……綱紀粛正(見せしめ)は必要でしょう?」


 少年とは思えない冷淡な宣告。

 こうしてオーケン殿は、俺の愚かさの身代わりとなる形で、家族と共に放逐されることになったのだ。

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