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第十五話【リンカ王国の隆盛と滅亡:密談】〜傾国の鉄宰〜


 リンカ王国の領土は、赤竜大陸の東南端に突き出た【竜の鉤爪】と呼ばれる半島と、その西側の穏やかな内海に面した平地が大半を占めており、山岳部から流れる川は肥沃な土を運びリンカ南西部は農耕に適していた。

 

 国土の北東部は急峻な山岳地帯で、農耕に適した土を生み出す一方で、断崖は他国の侵略を阻む天然の城壁でもあった。

 断崖は他国の侵略を防ぐだけではなく商人や冒険者の往来も阻む為、貿易はままならず王国の発展を著しく阻害していた。

 

 半島の東側は【黒龍の大海】と呼ばれる外洋の南端に面しており気候が厳しく、海流も荒かった。

 土地は農耕には適さず、住人達は近海で漁を行うのが精一杯であった。

 

 そんな荒涼とした領土を発展させ、南西部との格差を無くす事が現国王の長年の悲願であった。

 

 格差是正を掲げた国策で山岳部の徹底した鉱脈調査が行われた。農機具等を作るための鉄鉱石の採掘調査は10年を越え、流石に辛抱強いリンカ国民の間にも諦めの感情が大勢を占めるようになった。

「不毛の大地」「リンカのお荷物」

国内に不平不満の声が徐々に増えていった。それでも国王は辛抱強く、人を変え、方法を変え、山岳部の隅々を調査させた。その結果、魔法白銀(ミスリル)が発見された。


 望外の吉報に国内は沸き立った。

だがその後、設備や技術者の不足など様々な問題がおこる。その背景には烈国と呼ばれる精強な諸外国の陰を皆感じていたがどうする事も出来ずにいた。

閉塞感の只中にいた北東部の民達に我慢の限界が近付いていた。


 そんな状況下で吸血鉱の投棄という強硬論が噴出する。

 元々不毛の海と呼ばれた外海は強く速い海流が大陸外へと流れており、吸血鉱投棄には最適な場所であった。

 時代の潮流に抗うこと叶わず王国は海洋投棄を開始する

 長らく細々とした生活を余儀なくされた漁村が瞬く間に魔法白銀(ミスリル)の一大集約地となった。


 リンカのお荷物と揶揄された土地は今やリンカ発展の中心地であった。

海洋投棄の影響で漁業は廃れ漁師は皆、投棄用の船の船員として働いていた。

 当初抱いた先祖代々の家業が潰えた不満も、日に日に豊かになる故郷を見るにつれて薄れていった。

 リンカ国王の政策に街の住人の考えは概ね好意的になっていった。


「白くて柔らかなパンが毎日食べられて、肉や野菜も食べられる。何より子供達が腹を空かす事もないんだからミスリル様々だぜ」


「だが海が汚れたせいで魚が取れない。塩も作れやしない」


自らの行為に不安や罪悪感を抱く者もいたが。


「お前まだそんな事を気にしていたのか?魚や塩が欲しければ市場で買えばいいだろうが」


「そうだぜ。どうしても新鮮な魚が欲しければ半島の西に行けばいくらでも食えるじゃねぇか。旨い物を食べるために旅行する。今の俺たちならできるだろう」


「そうだぜ。旨い料理に美味いワイン。他に何を望むんだ」


「そうか…そうだな」


自分や家族が飢える事も凍える事も無くなった生活を捨てることは出来なかった。


 魔法白銀増産(ミスリルラッシュ)に沸き立つ半島東部だったが変化は突然に訪れた。

 主教が齎した火の大精霊の霊託からおよそ30日後。

リンカ以南の外洋である【水竜の海】と半島東部を流れる【黒龍の大海】の海流が突如として蛇行を始めたのだ。

 周辺国は精霊の怒りだと改めてリンカ王国を非難したがミスリルの熱狂に取り憑かれたリンカ王国は全てを黙殺した。



〜リンカ王宮内〜


「陛下。やはり今のままでは吸血鉱の投棄は難しいようです。港からかなり外洋に出なければ海流に押し戻されて吸血鉱の影響が竜鉤爪半島東岸に及んでしまいます」


農政大臣が報告する。


「港だけを残して半島東部は破棄する覚悟で投棄を続けますか?

魔力量の多い者達で交代制で港で作業させて、ミスリルの精製拠点は内陸部に移動させれば採算は合いましょう。幸い予算は潤沢です。漁村や閑村の移植の保証なども滞りなく行えますが…」


 宰相の冷徹な提案に農政大臣が驚きの視線を向ける。


「新たに街を作るよりは港を一つ造る方がが早いじゃろう。投棄は数年内中止する予定であるしの。新たな港町の候補地を速やかに選定せよ」


「はっ」

「御意」


 海流の蛇行が始まって3ヶ月、リンカ王国は領土の北東の果て、岩石海岸の割れ目にある小さな漁村を新たな投棄用の港と定めた。

 国を挙げての突貫工事により半年後には元街から港湾機能を岩石海岸港へ移し終わった。

皮肉な事に元の港街は土地や人員に余裕が出来てミスリル精製の拠点化が一層進み生産効率が向上した。


 新たな海域への吸血鉱の投棄が始まり半年程が経ったある日の夜に、それは起こった。

晴天無風の穏やかな天候にも関わらず海だけが一晩中荒れ狂ったのだ。

 後に【静寂の嵐】と呼ばれるそれにより、翌朝王都マウリ・ピ・シュルの市民は精霊の力を目の当たりにすることになる。

 嵐の翌朝、王都マウリ・ピ・シュルの港湾に自分達が今まで海に投棄し続けた吸血鉱が山となって打ち上げられていたのだ。


「た、大変です兵士長!」


「どうした」


「軍港に吸血鉱が、吸血鉱の山が現れました」


「どういう事だ…上等兵!お前は伍長に連絡を取り至急王宮の判断を仰げ。他は現場確認と入港規制に向かう。非番、休憩中の者も関係ない。総員にて対応に当たるぞ」


「ハイ」

「はっ」

「はっ」

「ハイ」


「何だこれは…」


 兵士の「吸血鉱の山」は比喩でも何でも無かった。王都港湾で最も高い物見灯台をも覆い隠す程の巨大な山がそこには有った。



「これは…拙い。総員退避ぃ!!」


呆然自失だった兵士長は我にかえり、指示を出す。


「おい。しっかりしろ」

「大丈夫か?」

「おい、おい!」


兵士長が辺りを見回すと倒れ伏す兵士や座り込む兵士、中には意識の無い兵士もいるようだ。


「魔力欠乏症だ。動ける者!手分けして全員避難させるぞ」


「兵士長、物資や設備の施錠はどうします」


「馬鹿野郎!こいつは不味い、不味過ぎるだろうが。港湾は即刻破棄だ。王都の第三次防衛線まで後退するぞ。兵士は勿論、可能な限り市民も退避させるぞ」


「その判断は兵士長の職権を越えているのでは?」


「責任は俺が持つ。第三次防衛線で王宮からの判断を待つ」


「…ハイ」

「はっ」

「はっ」


 魔力が少ない人間であれば即死してもおかしくない魔力の枯渇禍が王都港湾を包みこんだ。幸い現場の素早い判断で兵士、市民ともに死者は出なかった。



〜リンカ王宮内、大議の間〜


騒然とする議場内。


「王都マウリ・ピ・シュルは一時閉鎖とする。王国直轄領アウラを臨時王都とし、アウラ・ピ・シュルとする」


緊急招集に間に合った高位貴族、文官・武官100名近くの者に国王が厳然と宣言する。


「陛下、宜しいので」


 冷然とした口調で宰相が確認する。

いつも通りの2人の遣り取りに議場内は自然と静粛になる。


「ミスリルの()()()()は即刻中止。ミスリル精製は同時中和が可能な分のみを生産する事とする。産業大臣、中座を許すゆえ、果断に対処せよ」


「御意」


 軍部出身の大臣が巨体を揺らして足早に退室して行く。


「軍務大臣。近衛以外の王都駐留の兵を率いて()()()()()の住人の避難に掛かれ。内務大臣は国内の状況を把握。

農政大臣は国内の食料状況を把握して食料恐慌が起きぬようにな」


「承知」

「御意」

「承りました」


「産業、軍務、内務、農務の4大臣には王権を限定移譲する。皆協力せよ。

他の大臣も各々の職責を果たせ、貴族諸爵には領軍の綱紀粛正と周辺国と商人達の動向の監視を命ずる」


「「御意!」」


「問題がある者は国家問わず、豪商問わずの拘束を許す。報告は密にな」


「「「!」」」


緊急招集の御前会議が終わり皆が駆け出して行くのを執務室から眺める2名。


「陛下ここ(王宮)も直に吸血鉱の影響下に沈みましょう。避難の御用意を」


「うむ。港湾破棄の越権行為で謹慎中の者がおったな?その者たちをアウラにて先行準備をさせよ」


「越権行為は不問という事で…」


「判断が正しかろうが越権は越権だ、責任は取らねばなるまい。

アウラは()()王国直轄の一地方都市に過ぎぬ。北部への左遷となれば罰則としては適当であろう」


「はっ」


宰相は敬意をもって頷いた。


「アウラの準備が出来次第近衛の一団を率いて王太子を向かわせる。儂が向かうのは王都の封鎖が終わり次第じゃ」


「…」


それでは吸血鉱の影響を色濃く受けてしまうかも知れない。諫言したい気持ちを宰相は収めた。

自分が何を言おうと、このお方は翻意すまい…ならば。


「微力ながらお力添えをさせていただきます」


 今度は国王がで押し黙る。

王太子に同行して臨時王都での統治を補佐せよと命じてもこの者は従わないだろう。それどころか宰相の職を辞してもこの都に留まるだろう、国王(自分)が無茶をしないように。

ある意味では宰相としては合格か。

色々な意味では問題があるが。


「好きに致せ…」


「あり難き幸せ」


「ふん」


 リンカ王国の為政者や官吏は優秀であり貴族もこの時期に私服を肥やす者は僅かであった。

それに加え、周辺国の暗躍対策に間者を奔走させていた事が功を奏し、売国の徒は一層される。

 この時代の遷都としては混乱は少なく速やかに行われた為、後年でのリンカ国王の為政者としての評価は高い。


 【静寂の嵐】以降、リンカ王国はミスリルの減産と精製と同時中和に舵を切った。その影響も有ってか、精霊騒ぎが嘘の様に静かになり、リンカの国民は一時の平安を手に入れた。


 そのほんの僅か後に、最初に異変に気付いたのは誰であったか。

 毎日眺めていた山々の空に雲が全く流れて来ない事に胸騒ぎを覚えた老漁師だったか。

 風が吹かず得意の凧揚げが出来なくなったと悔しがる農夫の息子だったか。

 野菜の芽吹きが悪いと嘆く農夫婦か。

 いつも使う貿易路の端が崩れ易くなったと注意深く道を往く商人たちか。

 国内で討伐する魔物の数が例年の半分以下であるとの報告を受けた軍務大臣だったか。

 それとも農耕国家リンカにおいて国中で雨が降らない日が2ヶ月以上も続いていると報告を受けた農政大臣だろうか。


 何にせよ。リンカ国中に不安が広がる。臨時王都(アウラ・ピ・シュル)では市民の口からは不安の囁きが溢れ始めた。


「王都での【静寂の嵐】以降、精霊様の怒りは現れていないじゃないか」


金属彫金を生業とする男が口を開くと


「リンカ王国内から精霊は去ってしまったって、呪い師は言ってるよ」


宿の下働きの女が返す。


「リンカは精霊の加護を失ったって、商人達も騒がしいよ」


冒険者の女は声を潜めて呟いた。


「どうすれば」

「どうしたら」

「何が起きているんだ」

「解らない」

「判らない」


街中から国中へと不安が渦を巻いた。



〜アウラ・ピ・シュル臨時王宮にて〜


 遷都を無事終えた者達が安堵する間もなく国王の元に精霊の加護を失い、精製炉でのミスリル精製が出来なくなったとの報告が届いた。


「あと少し、あと少しとミスリル投棄の中止を先延ばしにした儂の責任じゃ。判断が遅すぎだのじゃ」


「陛下だけの責任ではございません。我等一同が、いやリンカ王国の皆がミスリルの齎す豊かさに狂っておりました」


 其処にいる全ての者が己の不明を恥じた。恥じぬ者は王宮(ここ)には既にいなかった。

自領にて情報や物資を土産に他国への亡命を画策する者や既に故国を捨て他国へと旅立つ者など様々で、国王に従う者は【霊託】を受ける前の半分にも満たない状況であった。


 絶望のただ中にあっても国王は為政者である。立ち止まることは許されない。


「精霊の加護がない国内での精製が不可能ならば加護を失っていない周辺国にミスリル鉱石をそのまま輸出するほかあるまいな」


「それでは諸外国に足元を見られ、鉱石が買い叩かれてしまいますが」


貿易担当の官吏が発言する。


「それでも座して死を待つよりも余程ましというものじゃ。海流が変わってしまった海路での輸送は困難であろうな。

それでも我らには大陸西端まで繋がった東西交易路がある。陸路での輸送の準備に直ちに掛かれ」


「はっ。直ちに」


退室して行く交易担当の官吏を見遣りながら国王が宰相に問う。


「外務大臣はどうした」


「重病のため、暫くは出仕を()()()そうです」


「そうか。控えたい…ではなく。控えるか…」


王の呟きに応える者は誰もいなかった。



〜翌日〜


「どういう事じゃ。陸路が使えぬとは」


国王の怒号が虚しく響いた。


交易担当の官吏が立礼のまま答えた。


「精霊の加護を失った土魔法は弱体化しており、東西交易路に使われた硬化魔法も機能しておらず荷馬車の重みに耐えることが出来ない砂岩の道になってしまったようです」


「それでもリンカ国外に出れば精霊の加護は健在であろう。ミスリル鉱石を破格で入手出来るのだから損にはならない筈だが」


農政大臣が声を震わせながら問い質す。

交易担当の官吏は立礼を解かず重ねて回答をした。


「変わり果てたリンカ王国の交易路を見た諸外国の商人達は大精霊の霊罰を恐れおります。ミスリルを扱えば自分達も加護を失うのではないかと」


「馬鹿を申すな!」


産業大臣が巨体を震わせて怒鳴る。


「申し訳ございません」


「貴方のせいではありません。これは…他の手立てを考えねばなりませんね」


立礼から平伏になってしまいそうな官吏に宰相が冷然とした声を掛けた。


 


 その後もリンカは国を挙げてあらゆる対策を講じた。

 精霊の加護を失ったリンカ王国に雨は降らず。農耕による食料の確保は目処が立たたない。

ミスリル産業ただ一つに傾倒していた為、他の産業は衰退しており外貨獲得の手段となり得ず。

国内の商人を使い諸外国へミスリル鉱石を持ち込んではみたものの運べる量は少なく価格は安く抑えられた為、神雷に傘をさすが如く徒労に終わった。


 食料も水も金もないリンカ王国は衰退の一途を辿った。民心は離れ皆、新天地を目指し故国を捨て去っていった。


 王国の最盛期と終末期を一代で経験する稀有な為政者、リンカ国王は今まさに万死の床に伏していた。

王無くして斜陽の王国を支える事叶わず、王国300年の歴史に間もなく幕が下りると周辺国は傍観していた。

 国土も国民も最盛期の10分の1にも満たない程に磨り減り、わずかに残った家臣と官吏を纏めて国の体裁を何とか整えている。そんな中でも暴動や反乱が起こらないように差配する国王の為政者としての非凡な才能が伺えた。


「陛下。ソブレ大司教がお越しです」


 侍従が訪問者の名を告げる。


「…」


僅かに頷く事で入室の許可を表す国王。


「お通しせよ」


宰相が冷然と指示する。


「はっ」


侍従が退室して暫くして40代半ばには見えない若々しく頼り無い雰囲気の人間が入室した。


「国王陛下。聖火教()()ソブレ、お召しにより罷り越しました」


聖火教の祈礼で挨拶をするソブレ。


「久しいなソブレ殿。招きに応じて頂き礼を申す」


老王は挨拶を交わすと目を閉じた。


「お久しぶりですソブレ様、陛下は体調が優れませんので寝台での面会となりますが宜しいでしょうか」


侍従が退室すると同時に昔と変わらず冷然とした雰囲気で宰相が声を掛けた。


「勿論です。体調が悪い時に参内致しまして申し訳ございません」



「お呼びしたのはこちらです。お気になさらず。早速ですがお訊きしたい。何故、貴方が大司教から司教へと降格されたのか」


「私は交渉に失敗致しました。その結果、水の大精霊様が御力を振るわれ貴国に多大な被害を与えてしまった。責任を取るのは当然でしょう」


「それは我らの行いが原因で、司教殿が取るべき責任ではない」


 自国の責任を認める宰相に穏やかに微笑みながら司教は語りかける。


「それでも誰かが責任を取らねばなりません 。誰も責任を取らない組織よりは誰かが責任を押し付けられる組織の方が余程、健全ですから。それと」


「それと?」


「色々動くには司教(これ)位がちょうど良いのです」


「色々とは隊商や冒険者、果ては巡礼者を使って陸路でリンカ西部の民をアイナヤーゴ帝国に連れ出したり、白竜大陸の亜人連合国の船を使って海路でリンカ東部の民を移動させている事ですかな?」


「やはり御存じでしたか」


「内政干渉を越えて侵略行為ですぞ」


 宰相の非難の言葉に謝罪をしてから、司教は国王を見遣った。


「我等の行動など最初から御存じでだったのでは?今日お召しになられた理由と併せて本心をお聞かせ願えませんか、陛下」


 司教が宰相にでは無く国王に声を掛けると、老翁の眉間の皺は浅くなり、閉じられていた瞼が静かに開いた。


「滅亡を臥して待つより他にない老人など気に掛けずに帰国の挨拶をされると思うていたがな」


聖火教(我ら)の教義の為です。話を聞きもせず立ち去るなどあり得ません」


「『救えずとも寄り添わん』か。下手な事を言えば拘束されて処断される危険もあるのに酔狂なことだ」


「陛下はそのような事はなさいません。処断なさる気が有れば【黒龍の大海】の海流が蛇行した時や遷都する時などいくらでもありました」


「その時点は貴殿らの動向に気付いておらなんだだけやも知れぬぞ」


厳しい表情を浮かべる国王に司教は笑顔を返す。


「それこそ、あり得ません。貴国は海流の蛇行や遷都など、時勢の変わり目に貴族、商人、兵士問わず多くの人間を拘束なさいました、確固たる証拠を以て。

それは情報の量と質を備えた諜報能力の証でございます。我等の動きに気づかなかったなど余りに楽観的な考えでしょう。それよりは敢えて見逃していると考える方が妥当でしょう」


聖火教(そなた等)は理想の先に幻影ではなく現実を見ておるようだ。今回の行動は()()()()からの手引きなのだ?」


「人聞きの悪い言われようですね。今回の件で喪われる人命を極力減らすと言うことであれば聖火教の総意とまでは申しませんが総主教猊下と三主教は今回の責任は全て自分達が持つとおっしゃっていました」


「教会の首脳部が…そのような事があるのですか。にわかには信じ難い」


宰相の呟きに国王が僅かに手を挙げ嗜める。


「すまんな司教殿。ミスリルの鉱脈が発見されて後、リンカは多くの悪意に晒された。そのせいで善意と欺瞞を見抜く目が曇っていたのやも知れんな」


「お気になさらずに。今の首脳部は派閥こそ色々ですが正道清貧を目指す方々が偶然に偶然が重なりあって集まった、奇跡そのものです。

 他にも教内には色々な派閥がございます。教会の権威向上を目指す権威派、世界中の教会を増やし信徒の数を伸ばしたい急進派、少数ではありますが信徒数と影響力を背景に本国以外での宗教国家の建国を企む拡大派なども存在します。私が言うのも何ですが教会を盲信するのは些か危険かと思います」


「フッ今の発言は聞かなかったことにしよう。外交官的に立ち回るには不向きで学者のようだと聞いておったがのぅ」


司教の物言いに思わず笑みが溢れる。


「申し訳ございません。私はどうにもこういった遣り取りが苦手でして、市井で子供達に勉学や魔法を教える方が性に合っているのです」


「変わり者か…。組織の中で生きるには不便であろうな」


「確かに不便ですね。それは陛下も同じでは?変わり者の辺境伯の昔話は度々耳にしております。私は今回の件で中央から離れる理由は作れましたし、お互いに潮時かと存じますが」


「司教殿!」


不遜な物言いに宰相が非難の声を上げるが国王が片手を挙げてとどめる。

ラルバは本心を語っていると老王は確信した。どうせ選択肢はほぼ無い、ならばこちらも本心を語ろうと覚悟を決める。


「中央から離れれる…羨ましいかぎりじゃな。儂も戻りたいものじゃ領民と共に耕し、兵士達と辺境を切り拓く。猟師と共に鍋を囲み、街中で酒を飲む。

皆の声を聴き、顔を観て政治を行う。僅かな進歩とささやかな楽しみがある。其れこそが儂の幸せであった」


「今からでも遅くはございません」


「この弱った老人に何ができるというのだ」


「老人という言葉はあえて否定は致しませんが、弱ってはおられませんでしょう。『万死の床に伏した』などと()()()()()()()()何をなされるおつもりですか?」


「なんじゃ、看破されておるのか。何が原因じゃ。流布のさせ方が性急過ぎたか…」


 声は小さなままだが弱々しさは微塵もない、目的を持ち行動する者の声だ。

困難が山積したこの状態でも行動し続ける姿は為政者の在るべき姿なのだろう。


「噂はかなり巧妙かつ説得力がございました。流言を成功させた間者の質は烈国の者達にも比肩致しましょう。

 私が気が付いたのは本日参内してからです。王宮内におられる方々は皆、陛下が死の淵にある事を御存じなのでしょう悲壮感を漂わせてとおります。

その中で数名、悲壮感が全く無い方がお見えになりました。私も面識のある農政大臣殿と産業大臣殿、それに宰相閣下です。粛々とやるべき事を熟すその雰囲気は私が前回参内した時と変わらないのです」


「その3名は国家の重責を担っておる。粛々と仕事を熟すに何ら問題はあるまい」


「私は役職柄色々な人間を見ております。困難の中で行動できる者は極々稀です。そんな絶望の中で立ち上がり者が共通して持っている物がございます」


「それは?」


「希望にございます。信念や情熱、情念や欲望。色々な感情はございましたが、その根底にあるのは希望です」


 何を青臭いことをと笑うこともできた。しかし老王は笑わなかった。

今自分たちを突き動かしているものの根底には確かに希望が有るからだ。

自分が描いた絵空事に皆が希望を見出し、奔走している。それでも成し得ない問題解決の最後の欠片が今、目の前にいるこの司教だと国王は確信した。


「ラルバ殿、貴殿に折りいって相談がある。求めるばかりで与えるものが少ない愚者の願いに寄り添っては貰えぬだろうか」


 風無きリンカの大空に鳥の姿は見つからない。王国の行く末が今まさに定まろうとしている。

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