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第十ニ話【リンカ王国の隆盛と滅亡:愚者の苦択】〜傾国の鉄宰〜

主教が謁見の間を辞してから

()()()()


 内議の間で国王と宰相、農政大臣の3名が聖火教への対応を協議していた。

始めに国王が主教との遣り取りを詳らかに説明する。

主教との謁見に宰相と農政大臣を同席させれば済む話だがリンカ王国内では精霊の問題が然して深刻ではないと印象付ける為に敢えて両名の同席を取り止めた経緯があった。


 国王の説明後の重苦しい空気を気にもせず淡々とした口調で宰相が言葉を発した。


「突然の主教様のご訪問はやはり精霊の案件でしたか」


「うむ。リンカ国内の物資の状況を詳細に把握しているようだな。

小麦やワイン等は特に細分化して目立たねよう調達しておったが、ある程度は把握しておるようだ。

我が国の実情を知るのに精霊の案件をひとつ一つ洗い出すよりも食料品の流れに注視して概要の把握を優先させた…といったところか」


「主教様が我が国に入ったのは間違いなく2日前です。食料品等の詳細な把握などはとても無理でしょう。

…となると王都の大司教殿の差配でしょうか?」


「恐らくはな。主教の座を得る事が出来なかった聖都落ち(みやこおち)かと思っておったが些か評価を上げざるを得んな」


 リンカ宮廷内での大司教の心証は芳しく無い。

大司教本人の問題というよりは聖火教自体への不満が反映しているところが大きい。

 聖火教は布教の拠点を世界各地に持っている。 

各地の布教責任者は人口や経済力、政治状況等諸々の状況を鑑みて適切な階位の責任者を派遣するとされている。

 大司教は特に烈国(れっこく)と呼ばれる精強な国々の首都に派遣される地方布教のトップである。

 3年前までリンカ王国には大司教どころか司教さえ居らず大司祭が責任者として派遣されていた。

 国政に関わる者からすれば自分の国は然程の重要性もないと言われているも同然で面白いわけがない。

 それがミスリルの産出で国力を増大させると直ぐに大司教の派遣を決定された。

これには聖火教の時勢を読む力を評価する者、そのあざとさに眉をひそめる者など評価は様々だった。

 それでも為政者である国王や行政の長である宰相は冷静であった。

面白くはないが能力を評価しないというわけにはいかない。


 大司教の評価を上げた国王は早速確認のために声を上げる。


「わしが大司教に会うたのは3年前の着任の挨拶の時と年1度の聖火教の祈念祭だけじゃ。

齢40歳にして大司教位にあるのだから俊英かとは思うたが特段の印象はない。宰相はどうか?」


「1年以上前に3回、面会をしております。その度にリンカ国内で起こっている精霊が原因と考えられる事案を数件提示して、原因は吸血鉱の投棄だと言う趣旨の話をされました。」


「その報告は儂も覚えておる。詳細な指摘と理知的な提案であったな。提案の内容は抜きとして宰相から見た大司教の印象はどうじゃ」


「常に冷静で合理的、効率的な判断をする方です。信仰者と言うよりも研究者、学者と話している様な印象を受けました。そこまで強くミスリルの生産を止めることに執着している様子は感じられませんでした」


「私も宰相閣下と同様の印象をうけましたな」


黙して語らずを貫いていた農政大臣が声を上げた。


「最近大司教と最も面談しているのは大臣であったな。報告書を読む限り宰相との面談よりも詳細なの数値を用いての懸案事項が示されておったがそれ以外に感じた事は何かあるか?」


「はい。近年多発する精霊の案件の中で水に関連する事案が突出して多い為、農政に関わる問題が発生していないかの確認をしたいと1年程前から十日と空けずにお越しです。

対応は担当の事務官と私で交互に行いますので毎月2回程度お会いしております」


 宰相も大臣が毎月大司教と面談している事は面談記録により知ってはいた。

その時点で疑問に思う事もあったが日々の政務の中で些細な事と確認を怠ってしまった。


 今リンカ王国の大臣で一番多忙なのは間違いなく()()()()()を多く受けている田畑や漁業を管轄する農政大臣であろう。

 多忙な農政を任すに足ると現在の大臣を推挙したのは他ならぬ宰相なのだから農政大臣の多忙さは熟知している。

大臣の発言を聞いて宰相の中で疑問が湧いてきた。


「それは定期での面談とう事かな?」


「定期面談の確約は致しておりませんが大司教殿がお見えになるのが凡そ10日毎なので効率を重視して2回に1度私が対応しております」


「大臣殿も多忙でしょう。いくら聖火教の大司教殿とはいえ毎月面談の為に時間を割くのは負担になりませんか…」


宰相の言葉を引き継ぐ様に国王が問う。


「それとも大臣が時間を割く程の理由(かち)が有ると言う訳か?」


「はい。大司教殿は我々が確認出来ていない精霊が活動する兆候や些細な事象をリンカ国中から集めて報告して下さいます。

その話の中には農政府が把握していない情報もあるので私としましては最優先で面談致しております。

 先程宰相閣下は大司教様を信仰者と言うよりは学者の様だと申されました。私も同感でしたが今一歩踏み込んだ話をする中で大司教殿には執政官の才を感じました」


「執政官とな…先程の主教といい聖火教は我が国の内政に干渉する気なのか」


国王の声は硬い。


「小職もそうかと考えましたが執政官としての能力は充分お持ちでしたが、そういった事には不向きなお人柄でして」


「不向きな人柄とな」


「はい。大司教殿は常々田舎で子供達に勉強を教えたり遺跡の研究などをして暮らしたいと申されておりました。

その為には田舎の司祭ぐらいが丁度良いとお考えでした。

 最初はこちらの警戒心を解く為、もしくは自らの聖火教内での保身の為の欺瞞かとも考えたのですが面会を重ねる度に本心からだと確信致しました。

 本国には再三に渡り大司教の職を辞して司祭として地方都市の教会か孤児院に戻して欲しいと転属願いを提出しているそうです。

なんと申しますか、変わり者と申しますか…」


「変わり者か」


 国王の表情が僅かに緩む。

 国王自身若い頃は変わり者との評価を得ていた。

 

 先々代の国王より兄の立太子に併せて辺境伯に陞爵されると喜々として任地へ赴いた。周りからは兄との対立を防ぐ為の体の良い所払いと揶揄されたが気にも留めずに。


 若い頃からリンカ国王は畑が続く原風景を愛しており、王位に野心も無く先々代国王()の心遣いに感謝する程であった。


 しかし苦労はしたがやり甲斐のある辺境での生活は20年で突然終りを告げる。

 辺境伯家2人目の息子が成人して間もなく国王()が病没したのである。

 兄王の長子は病没しており世継ぎの次男はまだまだ幼かった。

兄王は毒殺された疑いも有った為に外戚や重臣の専横を防ぐべく王弟である辺境伯に王位継承の打診がされた。

 異例の実子飛ばしでの王弟即位には色々な事情が有った。


 一つは王子がまだ幼い事。後見人や宰相を長年置くと権力が集中する危険があった。

 一つは辺境伯領は王都から遠く離れていて国王暗殺の可能性が低い事。

 一つは辺境で長年過ごした為、王都の貴族達の影響が及んでおらず、しがらみがない事。

 一つは辺境伯の次男()の成人祝いを兄王が直接準備するほど兄弟の関係が良好であった事。


 諸々の事情はあったが国王暗殺の嫌疑が掛からなかったのが決め手となり辺境伯の国王即位は速やかに行われた。


 王位継承打診にあたり有力者や上級官吏の話を唯々諾々と受け入れる辺境伯を心配する者、辺境伯を侮り直隠しにした野望を再び燃やす者など玉石混交の宮廷で辺境伯は観察と思考に明け暮れた。

 

 辺境伯は国王即位にあたりそれまでの無気力な後継者の仮面を脱ぎ捨てて数多の施策施政を行なった。

手始めに自らの辺境伯の爵位を長男に譲り、次男を宮廷貴族に陞爵させた。

 長男を王太子では無く辺境伯に叙任する事で王位継承が1代限りと国内に示したのだ。

 また次男を領地を持たない法衣貴族(役職に応じた爵位と禄を王国から与えられる)に任じて自勢力拡大を目指さない自らの立場を明らかとした。


 突然の即位より15年が過ぎ兄王の遺児である王太子も頼りなさは些かに残るものの優しさと責任感を持つ好青年に育った。

 そろそろ譲位して辺境伯領で田園風景を眺めながら余生を過ごそうと考えていた矢先にミスリルの鉱脈が発見された。

 

 それまでの長閑で愛すべきリンカ王国の状況は一変する。

 

 友好的なものから敵対・威圧的な物まで日々送られてくる数多の親書。

 街には各国からの間者が溢れ、諜報謀略を繰り返す。

王都マウリ・ピ・シュルは魔都と成りつつあった。


 辺境の取るに足らない小国であるが故に長閑に生き残れていた。

それが富みと力に直結する鉱脈が()()()()()()()()()からには手をこまねいていれば瞬く間に諸外国に飲み込まれてしまう。

 国益を守り諸外国に食い物にされないように舵取りをすればの周辺国との軋轢は避けられない。

今は清濁併せ呑む老練さが必要だった。それを若い王太子に求めるのは酷だろう。

 

 自分の在位中にミスリルの生産や販路に目処をつけるべくリンカ国王は精力的に動いた。

元々リンカは農業国家のため技術者や資材が不足していた。それに加え勢力拡大を推し進める烈国の予想以上の圧力と謀略でミスリル精製後の吸血鉱の中和の為の人材や資材の調達に頓挫した。


 些か短絡的ではあるが忠誠心と統率力を持った軍部出身の人間を新設した工業大臣に据えたのが6年前。

 吸血鉱の投棄という暴挙とも言える政策で烈国と渡り合って早5年。

 非公式の外交や資金供与を重ね漸く烈国の数ヶ国と周辺国の一部と国交を正常化させる目処が付いた。

 数年後には退位して新国王(兄の子)が通常の国家運営を行えば後世に名君、良君として名を残せるかも知れない。

自分が暴君として辺境に幽閉される(てい)でも構わないのだ。片田舎で畑を耕したり獣を狩ったり、それが自らが望む生活なのだから。


「後5年、いや3年…」

思わず王が呟く。


「陛下。何としても後3年、乗り切りましょう」


宰相が掛ける言葉には頼もしさと温かさが含まれていた。


「当然じゃ」


泰然と答える国王の表情に僅かに微笑みが交じる。国王の表情に気付いた宰相も微笑む。


 国王、宰相、農政大臣が資料を見ながら今後3年死守すべき政策、外交等の再確認を行う。

吸血鉱の投棄を決めてから何度も何度も

繰り返し話し合われた内容である。

3人に迷いは無い。


「国王陛下そろそろお時間です」


侍従長が入室して促す。


「わかった。では参ろうか」


「はい」

「ハッ」


 後の世に愚者の苦択と揶揄される会議は終りリンカ王国の繁栄は終幕へと動き出す。


故国を思う、家族を思う人々の思いを映し出したかのように空は青く澄んでいた。

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