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傾国の鉄宰〜ロストジェネレーション、ふざけた名前つけやがって。奪われ続けた俺たちが異世界で全てを取り戻す〜  作者: 高梨京司
辺境への赴任

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傾国の鉄宰 第十三話 【目覚め】 〜ロストジェネレーションって何だ!

――毒を盛られて衰弱するケインの魂に向う裕翔と次郎。


 白い光が収まると、裕翔は見知らぬ空間に立っていた。そこは現実とも幻想ともつかぬ世界。地面は淡い光を放ち、空は墨を流したように揺らめいている。


「ここは?」


裕翔は呟いた。

次郎の声が背後から響く。


〈少年の意識世界()の一端だな〉


「ここが…ケイン君の意識世界」


〈そうだ…。神から説明を受けただろう 、異世界の自分(裕翔)が心に入るのを拒んでいるようだな〉


「俺が入るのを拒んでいる?」


〈あぁ。君というよりは人が信じられないのだろう。周りの大人の責任だな…。それに魂が弱っているせいで、夢と現実の境界が曖昧になっている。気を抜くなよ〉


その時、遠くに小さな人影が見えた。

裕翔がそちらに意識を向けると、カメラでフォーカスしたように、一瞬で人影との距離が消失した。人影は少年のようで淡い光を放つ地面に立ち尽くしている。


立ち尽くす少年――ケインは背が高く、がっしりした体格に疲弊した雰囲気があわさり、実年齢である十二歳よりも大人びて見える。本来なら頼もしいはずの彼の姿だがその輪郭はぼんやりと霞み、定まらない。


「ケイン君」


 裕翔が呼びかけると、少年は一瞬体を縮こませてから素早く振り返った。その瞳には戸惑いと恐怖が宿っていた。よく見ればケインの足元には黒い鎖が絡みついていた。


『僕は…もう駄目です。毒で体が動きません。父上に迷惑を掛けてしまった。もう家族では、いられない』


その言葉と同時に、周囲の闇が揺らぎ、新たな黒い鎖がいくつも生まれた。闇はケインの輪郭を蝕んでいく。闇は魔物ではなく、ケイン自身の恐怖が形を取ったものだと次郎が低く呟く。


〈これは“魔素の闇”だな。少年は年齢に見合わない大きな器を持っているようだ。多くの魔素を取り込んでいる。それとは逆に魂は弱り、不安定だ。魔素は魔法を使う為の燃料だが、使い方や()()()()を間違えば危険だ。ガソリンをコップに汲んで生活するようなものだ。魔素が不安や恐怖などの負の感情によって具現化したものが闇だ。放っておけば少年は闇に呑まれるぞ〉


裕翔は一歩踏み出した。


「ケイン君、聞いてくれ!僕も昔、自分の弱さを認められず家族に迷惑を掛けた。その事実に向き合えず、仕事に没頭することで逃げてばかりいた。…でも、やり直そうと一歩を踏み出して母や兄とやり直せたんだ。父親ともあと少しで和解出来るはずだった…」


裕翔は胸に手を当て、父に会えなかった日の記憶を思い出す。体調があまり優れないことは知っていた、それでも幼き日々の強く大きな父がすぐに居なくなるとは思えなかった。大丈夫だろうと父に甘えていたのかも知れない。

別れは突然だった。「体調が優れないから病院に行く」と母に告げて、そのまま父は家に帰ることは無く亡くなった。家族の誰も父の死に目には間に合わなかった。


「時間が足りなかった。いや僕が愚かだった。だが君は若く賢い、君の父君も若い、君たちはまだ充分に間に合う」


 ケインの瞳にわずかに光が宿るが影はさらに大きくなり、少年を包み込もうとしていた。次郎が葉巻を指で弾き、闇を振り払いながら言った。


〈裕翔、君の記憶を少しだけ少年に渡せ。家族と向き合った時の感情を伝えるんだ〉


 裕翔は胸に手を当て、母に電話をかけた日の記憶を思い出した。スマホ越しに嗚咽の余韻を残しながら母は笑った。久しぶりに母の笑い声を聞いた。

 翌週、久しぶりに実家を訪れた。兄は照れ臭そうに「よう」と声を掛けてくれた。

俺は「うん」と答えた。母が「愛想のない兄弟ね」と昔のように笑った。

リビング外のウッドデッキでタバコを吸う父の背中に日の光があたり暖かそうに見えた。

 母と兄との関係が修復できた充足感と、父との確執が完全には修復することができなかった後悔。

そして「もう一度やり直したい」という願い。その思いは裕翔の記憶から溢れ、暖かな光となってケインを包み込んだ。

少年の瞳に、希望の光が宿る。


『僕は…間に合うの?』


裕翔は力強く頷いた。


「もちろんだ。君はまだ十二歳だ。未来はこれからだ」


影が一瞬たじろぎ、揺らめいた。次郎が笑みを浮かべる。


〈よし、効いてきたな。だがまだ油断するな。闇は厄介だからな〉


 光に包まれた裕翔とケインの横で闇が、のたうち回るように膨張と収縮を繰り返している。

それは少年の抑えきれぬ不安と恐怖が凝縮した姿、一部は黒い獣のような形を取り、残りは薄墨のような煙が風を待つかのようにケインの影に絡みつき、沈黙を漂わせていた。


『これは…僕の心が生んでいるの?』


ケインは震える声で呟いた。

次郎が低く言う。


〈そうだ。魂が弱っていると恐怖や不安が魔素により形を与えられることがある。だが倒す必要はない。、恐怖や不安というものは大人であっても中々消せないものだ。まずは受け入れることが肝要だ〉


裕翔はゆっくりと歩みを進め、ケインの肩に手を置いた。


「僕も同じだった。父と向き合うのが怖くて、仕事に逃げて…でも、不安や過ちを認めた時に初めて前に進めたんだ」


ケインは目を見開いた。


『認める…?』


「そうだよ。恐怖は敵じゃない。君が大切なものを守りたいと思うからこそ生まれるんだ」


その言葉に呼応するように、黒い獣の輪郭が揺らぎ始めた。

次郎が葉巻を強く噛み、煙を吐き出した。


〈裕翔、今だ!君の記憶をもう一つ渡せ〉


裕翔は目を閉じ、思い出した。

会社を辞め、社畜から人間に戻った日。父親の仏前に線香をあげるべく実家に帰る途中に見かけた公園、見かた飲食店、色々な場所に父親との思い出があった。そのどれもが木漏れ日のような暖かさを持っていた。

俺は愛されていた。幸せだったと胸を張って誇れる。最近の確執など些細なことで父親の愛は小揺るぎもしないと確信できた。

俺はなんて愚かなんだろう。裕翔の記憶から溢れた一筋の涙が、精神世界の光に溶けてケインの胸へと吸い込まれていく。


 それは単なる情報ではなく、胸を締め付けるような後悔と、それ以上に深い『愛されていた確信』の奔流となってケインの魂を揺さぶった。

ケインは、裕翔の記憶を通して知った。不器用な父の沈黙が拒絶ではなく、ただ息子が歩み寄るのを静かに待つ、祈りにも似た慈愛だったのだと。


(僕の父上の……あの背中も、そうだったのかもしれない)


〈少年思い出してみたまえ。父親は君を利用しようとする慮外者(りょがいもの)たちが齎す不利益で君を疎むような人間か?名も顔も分からぬ者の讒言で君の心根を疑うような人間か?〉


『違います!』


〈それが答えだ。父親の行動を、言動を、思い返してみたまえ。君を真に大切に思ってのものだったはずだ〉


叱責に近い次郎の強い言葉が裕翔にはケインを力強く応援しているかのように聞こえた。


ケインの瞳に強い光が宿り、黒い獣の動きが止まった。

獣は次第に小さくなり、仔猫の大きさになるとケインの足に擦り寄り、やがてケイン自身の影へと戻っていった。


〈裕翔、少年。2人の状況をすり合わせろ。氷河期世代(ロスジェネ)などとふざけた名前で括らせるな!〉


次郎の叱咤の声で一瞬で互いの状況を知る2人。


〈さぁ戻って君を君たち家族を食い物にする奴らに手袋を叩きつけろ。リベンジマッチの始まりだ〉


皆が前を向いたタイミングで神の声が響く。


※よくやった。恐怖を受け入れ、意志を示したことで、魂は再び歩み始める。私の干渉はここまでだ。君たちの未来に幸多からんことを※


ケインは涙を浮かべながらも裕翔と次郎を見上げた。


『ありがとうございます…僕、やってみます』


次郎は紫煙を吐きながら、にやりと笑った。


〈ようやく器が整ったな。だが、ここからが本番だ〉


裕翔は頷いた。


「ケイン君、これからは一緒に進もう。君の家族を守るために。それと次郎さん…」


〈何だ裕翔?〉


「子供の近くでの喫煙は控えて下さい。副流煙は身体に毒ですからね」


〈副流煙が何かは知らんが意識世界の中のことだ。現実には影響はしないから問題はないだろう?〉


「それでもです。女性、子供に配慮出来てこその紳士ではないですか?」


〈ぐっ。まあ、いいだろう〉


次郎は顔を顰めながら葉巻をシガレットケースにしまった。


『クスッ。ありがとうございます次郎さん』


ケインが子供らしい笑顔を向ける。


〈あぁ…構わないさ。紳士であれというのは僕の譲れない原則(プリンシパル)だからな〉





――闇が薄れ、光が差し込む。

ケインは重い瞼をゆっくりと開いた。


意識を失ったケインは、祝宴会場から別室に運ばれ、治癒魔法師と薬師の治療を受けていた。


「症状からすると鬼火蘭の毒かと」


〈さて、異世界の『為政者(魑魅魍魎)チミモウリョウ』とやらを拝みに行こうか〉

 頭の中よりもずっと奥の方から、次郎の声が聞こえる。裕翔の気配もしっかりと感じることができる。それだけで毒に倒れる前の不安に耐えていた時とは世界が変わって見える。


 自分と少し距離をとって父、タリム・ハイデル・エレ・ラーセルがいた。眉間に深い皺を寄せ、歯噛みをする姿は、まるで雷纏う黒龍のようで、ケインでさえ少し恐ろしく感じられた。


「祝宴は……?」


自らの誕生宴の対外的な意味を理解しているケインは、慌てて体を起こそうとする。


「身なりを整えたら、会場に戻りなさい」


 優しい言葉をかけるでもなく、子爵父は静かに言い放ち、遠ざかって行く。だが、その背中は、不思議なことに異世界で失った父の記憶にどこか似ていた。


孤高な力強さを纏いながらも、どこか大きく、優しい雰囲気を持った背中。裕翔の記憶が無ければ、閉じかけた心では気づけなかったことに、今のケインは気づくことが出来た。


(今度こそ――今度こそ、父と向き合い、共に未来を築く。君に俺の知識や経験、思いを託そう)

『はいっ!』


 心中で裕翔に返事をして、ケインは再び祝宴の会場へと向かった。



〜祝宴翌々日〜


 ここ数ヶ月で見慣れた木造の天井、窓から差し込む春の陽光。


「マイヤー……?」


傍らにはメイド(マイヤー)が座り、泣き腫らした目で彼の顔を覗き込んでいた。


「ケイン様!」


生まれてからずっとそばに居てくれる人の声に、ケインは自然と微笑んだ。

胸の内には温かい感覚がある。裕翔と魂が繋がっているのだ。夢ではなかった。安堵の息が漏れる。すると次郎の声が響く。


〈やれやれ、ようやく起きたか。体力も魂もほぼ回復したな。だが油断するな。毒を盛った奴がいる以上、他にも敵は近くにいるかも知れない〉


ケインはまだ幼さの残る声で問う。


「僕は…どれぐらい眠っていたの?」


マイヤーが涙を拭きながら答えた。


「1日半です。一昨日の夕刻帰宅されて、毒消しの薬湯を飲まれて、そのまま今朝まで…。マイヤーは生きた心地がしませんでした」


「心配をかけて、ごめんなさい。もう大丈夫だよ。眠っている間も治療魔法を掛けてくれたんでしょう。最近では一番調子が良いぐらいだよ」


その言葉を注意深く聞いていたマイヤーだったが納得したのか笑顔になる。


「当然でございます。マイヤーはケイン様()()のメイドですからね」


「それってマイヤーが()()()()()()んだよね。皆に無理を言っちゃダメだよ」


ケインの注意に勝ち誇ったような笑顔を浮かべるマイヤー。


「ふっふっふ。大丈夫ですよ、ケイン様。ご当主(タリム)様にお願いして()()()ケイン様付きの()()()()に選任して頂きましたから」


胸を張るマイヤー。


「メイド長?どういう事?」


「ヴォルターから聞きましたよ。新領地サクヤの代官になられるのでしょう。ご()()おめでとうございます。私がメイド長として任地に同行させて頂きます。委細お任せ下さい」


「サクヤに付いてきてくれるの?左遷の地だよ?」


ケインが驚いて尋ねる。


「何をおっしゃいますか。これからは代官として自由に采配を振るえるのでしょう ?あの地は今まで帝国の直轄領であり、厄介払いされる程の旨味のない(寂れた)土地でしたから五月蝿い間者()も少ないはずです。まぁタリム様もおいでになれないでしょうから、些少の虫ならば私が手ずから駆除しますわ」


「駄目だよ!マイヤーは直ぐやり過ぎるんだから」


慌ててケインが諭す。


「何をおっしゃいますか。害虫の駆除はメイドの仕事ですわ」


マイヤーは楽しそうに笑う。その無邪気な笑顔は若々しく、姉のような存在だ。でも僕が生まれた時から メイドとして働いているんだから、年齢は少なくとも三十…。


「#ケイン様!、まだお疲れのようですね」


「ヒッ…」


()()()()()は考えず今はゆっくりとお休みください。お食事をお持ちしますね」


「はい!よろしくお願いします」


マイヤーが部屋を出ていくのを見送ったケインは体を起こし、窓の外を眺める。

春の朝日が柔らかく庭木を照らしている。

綺麗だとケインは思った。こんなことを感じるのはいつぶりだろうか。


〈風雅を愛でる気持ちを無くしたら紳士とは言いがたい。常に気持ちに余裕を持つことだ。そうすれば 魂も強くなる。しかし面白いメイドだな。僕も軍に顔馴染みは何人かいたが、 あれほどの女傑には終ぞ会ったことがない。彼女の害虫駆除とやらを見てみたいな。フッ〉


「笑いごとじゃないんですよ、次郎さん。マイヤーは優しくて賢くて素晴らしいメイドなんですが、僕のことになると力が入り過ぎて、やり過ぎてしまうんです」


 マイヤーの失敗談をしようとしていたケインだが不思議な気配を感じて、視線を寝室内に彷徨わす。すると部屋の片隅、家具の影に仔猫を見つけた。


「なんで、こんなところに?」


影に溶け込むように佇む真っ黒な仔猫は、こちらをジッと見つめている。

ケインは初めて見るはずの猫に親近感をおぼえる。


『これも、僕に余裕が生まれたから…かな?』

〈ほぅ。これは面白い。神め、さては見越していたな〉

『次郎さん?何がですか?』


次郎の答えを聞く前に扉が開く。


「ケイン様。食事のご用意ができました」


ワゴンを押して入室したマイヤーが首を傾げる。


「誰かお見えになりましたか?」


「誰も来ていないよ。それよりも仔猫が紛れ込んだみたいなんだ」


「仔猫?」


「うん。そこに…あれ?」


ついさっきまで部屋の片隅に子猫の姿は無く、部屋を見渡しても何処にも見当たらない。


「今さっきまで、そこに真っ黒な仔猫が居たんだよ」


「仔猫ですか?おかしいですね。そんなことは()()()()()はずなんですが…」


そう呟いてマイヤーはベッドの下や本棚の上などを探し始める。手伝おうとベッドから足を出すケインを笑顔で制す。


「ケイン様は病み上がりですから安静にしていてください。まずは食事を摂ってください。本当は私が介助したかったんですが安全確保が最優先ですからね」


 介助…その言葉を聞いて、ケインは慌てて食事を始めた。マイヤーの介助それは、食器類一切持つことを許さず 、マイヤーが差し出す食材を口を開けて受け止める。

(所謂(いわゆる)『あ〜ん』だね)

裕翔の記憶にケインは赤面する。


 顔を真っ赤にしながら急いで食事を済ませるケインを、 室内の確認を終えたマイヤーが不思議そうに見ていた。


「 どうかされましたかケイン様?」


「何でもないよ」


照れ隠しに少し 無愛想に返事をしたのも 若さゆえの愛嬌だろう。

マイヤー はさして気にした様子はない。


「そうですか。間もなくヴォルターと薬師がこちらに参ります。その後は、ゆっくりお休み下さい。 明日体調が良ければ、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


いつになく真剣なマイヤーの表情にケインは頷いた。


「では二人を呼んでまいります」


まだ体力は戻りきっていないが、ケインの瞳には生気が宿っていた。

扉を閉めたマイヤーは安堵し、小さく息を吐いた。


廊下の窓から見える中庭に春の優しい光が差し始めた。





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