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世界平和は残業で

 「あなた、ちょっといい?」

いつもふわふわとしている妻の深刻そうな声に、明は思わず身構えた。 

「最近、雪子の様子がおかしいのよ」

「そうだな」明はうなずいた。「お風呂も別がいいなんて言い出すし、洗濯物も別にしてるようだし」

「あなた、雪子はもう中学生よ。そういう年頃なのよ」

「なんだ。そうなのか」

「安心して。あの子、ちょっと気持ちを表すのが得意じゃないだけであなたのこときらいになった訳じゃないから。、、、えぇと、話がそれちゃったわね。、、そうそう、雪子がね、どうも夜中にどこかに出掛けてるみたいなのよ」

自分の手をさすりながら妻が言う。不安なときのクセだ。

明は妻の細くて華奢な肩に優しく手をおいた。 

「わかった。雪子に限って悪い遊びに手を出しているわけではないとは思うが、今夜、確かめてみよう」


 夜更け、明はリビングでひとりコーヒーをすすっていた。妻には早めに休むようにと勧めておいた。

 しん、とした場所でひとりでいると色々なことを考える。昔のこと。妻とはじめて出会ったときのこと。結婚し、そして雪子が産まれたこと。

 感傷に浸りつつも明は、微かな物音を聞き漏らさなかった。

 いくか。険しい表情で明は腰をあげた。



 雪子は夜の住宅街を歩いていた。特に目的地があるわけではない。そのままなんとはなしに歩き続けていると、いつの間にか繁華街に着いてしまっていた。

賑やかな町の中で、雪子は自分とさほど年のかわらないであろう子達がたむろしているのを横目に歩を進めた。

 ぴろりん。

やけにファンシーな音がスマホから響く。

 見つけた。今日で終わりにしてやる。

スマホを取りだし、雪子はきっと空を見上げた。



「せ、正義の申し子、スノーガール参上!あなたの悪事も雪のように綺麗さっぱり溶かしてやる!」

この台詞を口にするのはもう何度目になるが、その度に舌を噛みきりたくなる。

白を基調にしたコスチュームに、やけに丈の短いスカート。開発者の趣味が爆発してる。あとスノーガールってなんだ。雪子だからか。

 雪子は屋根の上で羞恥に内心悶えながらも、視線はソレから外さない。

 ソレのことを組織のひとはエックスと呼んでいた。未知の存在だから。いや、正確にはひとつだけわかっていることがある。エックスはひとを襲うということだ。

 エックスの触手が鞭のように雪子に伸びる。雪子は手に持つ杖でそれを払い。エックスのもとに駆ける。

『スノー!安易に近づくな!』

スマホからこの場にそぐわない可愛らしい少年の声が響く。

エックスの身体が所々縦に裂け、そこからジュッという音とともに液体が吹き出す。雪子はとっさに腕で顔を庇った。しゅわしゅわとかかった箇所の衣装が溶け、肌があらわになる。

『大丈夫か!?被害状況の確認させてくれ!特に上半身を中心に』

「わたしの前に絶対あんたを溶かしてもらうわ」いっそ清々するはずだ。

 エックスはあざわらうかのように身体をくねらせる。来るなら来てみろと言わんばかりだ。

『スノー、あれはやっかいだぞ。こうなったらタイプCを使うしか、、』

「あれだけはイヤ!なんで人様の屋根の上で水着にならないといけないのよ」

以前、このスマホの口車に乗せられてタイプCを使ったことがある。敵は倒せたが、雪子はそれ以上の精神的なダメージを負わされた。

『露出が多いほどキミの力になるんだ!』

「その仕様にしたのだれよ、そいつこそ人類の敵よ」

『タイプCなんかまだマシだぞ。タイプrabbitなんかもっとすごいからな。、、正義の白うさぎ。これでいこう!』

「次喋ったら近所の電気屋に売り払うからね」

雪子はぐっと杖を握り込んだ。ひやりとした冷気が集まる。

エックスが再び触手を伸ばす。対して雪子は杖に集結させた冷気をそれにぶつけた。

凍りついた触手を、間髪入れずに杖で打ち砕く。エックスが苦痛の叫びをあげる。

 やった!雪子は真っ直ぐ、矢のようにエックスに迫った。

エックスの身体から液体が降り注ぐ。

同じ手を食うもんか!雪子は軽快なステップでそれを避けた。避けられたはずだった。

 なにかに足をとられ、雪子はエックスの足元で前のめりに倒れる。

どうして!?雪子は思わず自分の足に目をやる。

そこにはさっき砕いた、エックスの破片が、本体から離れながらも動き、雪子の足に絡み付いていた。

『スノー!』

雨のように液体が雪子に降り注ぐ。とっさに腕を交差して身をかばう。



 腕のなかで小動物のように丸くなる、<スノー>なる娘をゆっくり屋根の上に下ろす。

2、3軒離れた先でエックスがゆらゆらと獲物を逃した悔しさで揺れていた。

「あなたは、、?」

スノーが私を見上げて呟く。

「過去の遺物さ。、、、それより、スノー、もう少し露出は抑えるのを強く勧める。風邪でも引いたら、、」

「危ない!」

私は背後から迫ってきた触手を片手で掴んだ。

『シャイン。目標殲滅時間は、5秒以内です』ブレスレットから落ち着いた女性の声が告げる。

「了解した。、、いいかい、スノー。特にこれからは冷えるから、野菜も好き嫌いせずに食べるだ。ニンジンを残しちゃいかん」

私は屋根を蹴り、エックスに迫った。



『シャインだって、、?』

スマホが呟く。

「知ってるの?」

『もしやつが本物のシャインなら。スノーよく見ておくんだ。シャインのたたかいを』

 それは戦いというにはあまりに一方的で、そして一瞬だった。

まるで瞬間移動でもしたように、シャインは瞬く間もなくエックスに肉薄した。そして、あの液体をエックスが吹き出すよりも早く、まさに音速ともいうべき早さの正拳付きをエックスに見舞った。

 それですべての片が付いた。

 崩れ落ちるエックス。その身体がみるみる粉塵に帰していく。

『間違いない。あれはシャインだ。帰ってきたんだ。伝説が』

スマホが感激の声をあげる。まるで憧れのヒーローに出会った少年のようだ。

 すごい。スノーはぽかんとただただ見ていた。なんの小細工もない、シンプルなやり方。圧倒的な実力に裏付けられたものだ。

 シャインがすっと伸びた姿勢でスノーのもとに歩み寄ってくる。

「あ、ありがとうございます」

シャインは頷くと、手を差し出してきた。その手をとってスノーも立ち上がる。シャインの顔はマスクで隠れており、見えない。

 シャインはくるりと身を翻した。

「あの!シャイン、、さん!どうやったらあなたみたいに強くなれるんですか!」

スノーは思わず叫んでいた。

シャインがゆっくり振り替える。

「好き嫌いをしないこと、おかしの量を控えること、朝しっかりと一人で起きること。父親へのメールにもう少し愛嬌を使うといいな。絵文字を入れるとなおよし。おはよう、の挨拶をもうちょっと元気よくすること。おやすみ、と言われたらおやすみ、と返すこと。、、、なにより、元気で健康に過ごしてくれればそれでいい」

「は、はぁ。」すっごい具体的だ。

 シャインは闇に溶けるように姿を消した。



 いつも通りの朝。明はコーヒーをのんびりすすっていた。おはよう、と妻が席につく。

「雪子のことだが、」明は切り出した。

妻が不安そうにうなずいた。

明は微笑んだ。

「心配要らないよ。コンビニにお菓子を買いにいってるだけだった。まあ、一人歩きは危ないからあとで少し私から言っておくよ」

「そう。よかったわ」妻もほっと胸をなでおろした。その嬉しそうな顔を見て、明もほっとした。

 とんとん、と階段を降りてくる音。雪子だ。

「おはよう、雪子。珍しいわね、お寝坊さんじゃなのは」

妻がいたずらっぽく笑う。

雪子は少し照れ臭そうにはにかんだ。

「おはよう、お母さん。、、、お父さんも、おはよう」

「おはよう、雪子」

明はにっこりと挨拶に応じる。

「さてと、今日から「残業」で少し遅くなるよ。まあ、2、3日くらいだね。それが済んだらちょっと遠出しようか、久々に家族で」

やったあ、と雪子が笑う。妻もいいわね、と微笑む。

 さて、気合い入れて「残業」するか。明は家族のために、平和のために、今日も仕事に精を出す。

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