はらぺこ彼女
とある洋食屋。こじんまりとした店構えだが、豊富なメニューを誇り、なかなかの繁盛店だ。
昼時、彼女がやってきた。
細身で小柄、りんごの1つも食べれば満腹です、などと言いそうな女性だ。そして、彼女はとんでもない美人だった。
彼女は席につくなり、店員を呼んでこう言った。
「このメニュー表に載ってるやつ、全部おねがいします」
呆気に取られた店員が困惑気味に尋ねる。
「全て、でございますか?」
「ええ、そうよ。お金ならあるから心配しないでね」
そして彼女の席にはずらりと料理が、所狭しと並べられた。
彼女は一人席に腰かけていたが、とても料理皿が置けないので、急遽、よその席をくっつけて急場をしのぐこととした。
彼女は周りの客の目など気にした風もなく、がつがつ食べ始めた。
と、そんな彼女の向かいの席に、一人の男が何の断りもなく腰かけた。
「すごいね。これ全部君が食べるの?」いかにもなチャラ男だ。
「…」
彼女はちらと視線だけを向けた。しかし、まったく表情を変えず、再び食事を再開した。ナンパのあしらい方を心得ているらしい。
しかし、この程度でくじけるようなら、男もナンパなどしない。
「ねぇ、腹ごなしした後は、予定あんの?」
「…」
「どこ住み?何歳?大学生かな?」
「…」
厨房からこのやり取りを聞いていた店員は眉をしかめた。
ここはクラブやストリートではない。注意せねば。
店員が、意を決して厨房を出た瞬間、彼女と鉢合わせた。
手に財布を持っている。
「お会計おねがいします」
店員がちらりと彼女越しに席を見ると、皿は綺麗に重ねられており、男の姿はどこにもなかった。
「あぁ、そうそう」彼女が口を開く。「これ、あっちの席の彼が置いていったわ」
そういって千円札をトレイにおき、彼女自身の代金も差し出した。
「あ、はい。お預かりいたします。…お客様、口元に…よければお使いください」
店員はおしぼりを差し出した。
彼女の口元にはマッカナトマトソースが付いていたのだ。
「あら、お恥ずかしい。ありがとう」
彼女はさっとおしぼりで口元を拭った。
「とても美味しかったわ。ゴチソウサマ」
にっこりと、ぞくっとするような妖艶な笑みを残して、彼女は店を出た。




