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夏、そして100円のジュース

 山奥の家から高校までは坂つづきで、とてもじゃないが自転車では通えない。往復3時間くらいは平気でかかる。

 学校に許可をもらい、親にも頼み込んでやっと中古の原チャを買った。

 

 春先の冷たい風が頬を通り過ぎていく。風邪をひきましたなんてやっと見つけたバイト先にはとても言えない。

ポケットに手をつっこみ、少し背を丸めてせかせか歩く。

 校舎裏の、用務員さえ無視するようなおんぼろの駐輪場を原チャ置き場にしていた。

 もっと堂々と他の駐輪場の隅にでも停めればいい。自分でも思う。でもそんなことはしない。なんとなく気恥かしいから。誰かに見つかって、「おまえ原チャなの?」なんて言われたとき、うまくユーモア混じりに返せる気がしない。

それができればもっとクラスにも馴染めるのにな、なんて思ってた。

 そんな考え事をしていたせいだ。校舎裏に、いつもはいない集団がいることに気づけなかったのは。

男女5人のごちゃまぜ集団で、なにやら楽しそうに話している。

 あ。

 不意打ちで出会ったせいでなんとも間抜けな声が出た。集団がくるり振り向き、視線を僕に集めてきた。

 誰だよ。茶髪の男子が目を細め、視線で僕を威圧する。彼の手元のタバコは見えなかったことにした。

ちょっとどころではないウェーブのかかった髪の女子が石でもみるような目つきで気だるげに目線を向けてくる。


 「あの原チャ、きみの?」

ぴりりとした空気を破ったのは、見たことのある女子だった。

5人の集団の中で、彼女だけすこしちがった空気のなかにいるようだった。そして、たしかクラスメイトだ。

「ミカ、こいつ知ってんの?」

「うん。クラス一緒。へぇー原チャ通いだったんだ」

 ミカ。そうだ、確かそんな名前だった。

 ミカ・・・さんは原チャをじーと見つめた。

「ねぇ、100円あげるからジュース買ってきてくれない?」

ミカさんは急にそんなことを口にした。それが「あくむ」のはじまりだった。


 それから毎日往復20分かけてコンビニにジュースを買いに行く日々が続いた。

ミカさんはきまって校舎裏で待っていた。

「ありがと。おつりは好きにつかっていいよ」

こどもみたいなキレイな笑顔でひとをパシリに使い続けた。手元には毎回4円のおつりが残った。

 ミカさんはいわゆる中心人物だ。クラスでも、クラスの外でも人の輪のなかにいるようなひとだ。

そんなミカさんのパシリになってしまったことはあっという間に高校中に広まった。

「おーい、今度は俺の分も買ってこいよ」

苦手なタイプの男子からそんなことを言われることもしょっちゅうあった。

そんなとき、ミカさんは必ず口を挟んできた。うらおもてのない無邪気なこえで。

「だめー。わたしはちゃんとお金払っておつかいに行ってもらってるんだし。あんたはタダでパシるつもりでしょ」

そういっていつものように100円を握らせてきた。「いってらー」。のんきにそう言って手をふる。


 「原チャ乗ってんだって?」

そう話しかけてくるひともいた。

頷くと、彼は身を乗り出してきた。

「俺も買いたいんだけどさ、どんなのがいいかな。あと、どんくらいするもんなの?」

そんな会話がきっかけで彼とはつながりができた。友だちになった。自分の「輪」が広がっていくのを感じた。

 こういうときはミカさんは姿をみせない。


 ひんやりした風は北の方に行ってしまった。代わってじりじりとした日差しがやってきた。夏の気配がする。

 その日、ミカさんは校舎裏でひとりウォークマンで音楽を聴いていた。少し古いタイプの青いやつだ。

「や。」そういってミカさんはウォークマンを形の良い耳から外した。

「今日はどーしたの」

 

 プラスチックの豚の貯金箱をとりだす。中身は全て1円玉だ。


おつりは全部好きに使っていいんだよね。


「うん。」こくり、とミカさんは頷く。細いくびすじに汗がういていた。今日は暑い。


全部で200円あるんだ。これで一緒にジュースを買いにいこう。100円のやつ。


ぱちぱちとミカさんはまばたく。


「一緒に?」


うん。一緒に。


 頬が熱いのは、日差しが暑いせいだ。手が震えるのは貯金箱が重いからだ。


「いいよ」

ミカさんは笑った。いつもみたいにこどもみたいにまっさらな笑顔で。


 


 


 「でも、一回に20枚しか硬貨ってつかえないんだよ」

知ってた?とミカさんは得意げに胸をそらす。

 あ。

 そんな間の抜けた声をあげたぼくの隣でミカさんはけらけらと笑った。







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