眠るあの子の
久しぶりに「ネコ」に出会った。猫、ではない。よく「寝るコ」でネコだ。
「元気?」
「うん。ぼちぼちね」ネコはふぁ…とあくびをした。わたしは思わず苦笑した。
「相変わらずね」
「うん。最近とくにひどくって。ねむいの、すごく」
「社会人だからね。仕方ないよ」
「そうかなぁ。ちゃんとねてるのよ」
「どれくらい?」
「8時間くらいかなぁ」
「十分じゃない」
寝不足は肌に出る。連日終電を気にしながらの生活が、わたしの脳裏をかすめる。
その後、小一時間ほど話して、わたしとネコは別れた。忙しい毎日に、学生時代の変わった友人のひとりであるネコの影は薄れていった。
ところがある日、別の友人と飲んでいるとき、ふとネコの話になった。
「ネコのこと覚えてる?」
「うん。最近会ったよ。相変わらずいっつも眠そうにしてるよね、あのコ」
「いま入院してるんだって」
「えっ…」グラスを置く。酔いが潮が引くように消えていく。
「とうとう起きられなくなっちゃったんだって。ずーと、ずーと眠ってるらしいよ」
「ずっとって。…ずっと?」
「そう。ずーっと。昨日も、いまこの瞬間も、そんで多分明日も、明後日も、ずーっと」
友人は枝豆に手を伸ばす。
「でもあのコ、ネコはね、微笑んでるんだって。まるで恋人と寄り添ってる時みたいにさ、すごく幸せそうに。それに、珍しい症状だからって病院はただでネコを受け入れてるらしいよ」
看護師のトモダチに聞いた話の受け売りだけどね、と友人は締め括った。
翌朝、アラーム音に、目を覚まされた。時刻は6時。今日も一日が始まってしまう。
スーツに身を包み、紙パックジュースで朝食を済ます。あぁ、今日は燃えるごみの日だったのに。時間がない。
電車に揺られ、うとうとする。時刻は23時。まだ終電に乗れただけましな日だった。
ネコ。彼女はいま、幸せに眠っているのだという。清潔なベッドの上、ただ生まれたての赤ん坊のように。
「わたしはねぇ」
くちびるに手をあて、重たそうな瞼でネコが首をかしげる。卒業の式の時、教室の隅でそれぞれの夢を、青臭い夢を語ったあのとき。
「いつまでも、ずーっと、永遠に寝たい」
ガタン。
大きく電車が揺れ、はっと目が覚める。もうすぐで到着する。
腕時計に目を落とすと、いつのまにか日を跨いでいた。
25時までには寝たいな。そんなことを思った。




