パン屋はパンしか食べない
「もう堪忍ならん。きさまなど破門だ」
絶海の孤島に建つ、賢者の塔に老賢者の声が響き渡る。その前には大きな身体をまるで子ねずみのように縮めてすくみあがった弟子がいた。今年、もう数え切れないほどの失敗の数々。図体だけは大きく、がたいはいいのだが、それが魔術習得のなんの助けになろうか。
「この絶海の孤島までやってきた熱意にまけ弟子にしてやったが、きさまはわしを怒らせてばかりだ」
「申し訳ありません。師匠」太く、野太い声。魔法に求められる繊細な詠唱よりは戦場での鬨の声のほうが似合っている。
「消え失せろ、わしの前からな」
「師匠。どうかお慈悲を。最後の機会を、どうか」
跪いて懇願する大男を前に、老賢者は考えた。
致命的に出来が悪いとはいえ、弟子は弟子。ここはただ追い出すだけでなく、すっぱりと魔術の道を諦めてもらうほうが、この男のためにもなるだろう、と。
「では、きさまに1週間時間をやろう。その間独学で修行し、そしてわしを打ち倒してみせよ」
弟子の顔がさっと青ざめる。
「そんな、無茶な。師匠は歴史に名を残すほどの大賢者。指をふれば悪魔を使役し、海を割って道をつくり、いかなる城壁も数秒で粉くずにしてしまわれるほどの魔法の使い手。いかにしてそんな師匠を打ち倒せしょう」
「それを探るために時間を与えるのだ。さあ、行け。なんなら今すぐにでも始めてもよいのだぞ」
弟子は風の前の紙切れのように小屋を飛び出していった。
1週間後、よろよろと杖にすがりながら弟子は老賢者の前に戻ってきた。
「逃げなかったのは褒めてやろう。だが手加減はせんぞ」
老賢者は魔法の詠唱を始めた。適当にあしらってそれで終わらせるつもりだった。
弟子は杖を振りかざし、老賢者の頭に満身の力を込めて振り下ろした。
地に倒れ、老賢者はぴくりとも動かない。
弟子は老賢者の血のついた杖をしげしげの眺めながらひとり、つぶやく。
「師匠、約束通りあなたを打ち倒してみせましたよ。魔法使い同士の決闘だから魔法しか使わないなんて、パン屋だからパンしか食べない、なんていう屁理屈だとは思いませんか」
弟子はその後孤島をあとにし、海の彼方に消えていった。




